カップ焼きそば作ってたら召喚された
まずはこの小説を目にしてくれてありがとうございます!!
「チェンジで」
夕方のことだ。俺は近所のスーパーで購入したカップ焼きそばの湯切りをしていた。べこん、とシンクが音を立てる。次の瞬間、脳みそが宙返りをしたような不快感に襲われ、思わず目を閉じた。そこまでは、まぁいい。
しかし、不快感が薄れ、なんだったんだろう、と思って目を開けてみると。そこには金髪碧眼、白いドレスを着た美麗な女の子が、豪奢な飾りに彩られた杖を片手に佇んでおり、そしてその女の子は俺の存在を認めると、まるで生ごみを見るような目でこちらを見やった後にそんな言葉を吐いたのだった。
訳が分からない。あまりの事態に呆然としていると、女の子はよく分からない言葉を紡ぎ始めた。そして、その言葉に呼応するように手にした杖が極彩色の光を放つ。途端に再び襲いかかってくる、あの脳みそが裏返るような不快感。俺は軽くえづきながら、瞼を閉じた。
吐き気が収まってから、目を開ける。そこは無骨な石造りの部屋だった。さっきまで自分がいた場所は漂白されたかのように白い室内であったし、なによりさっきまで自分の目の前にいた金髪碧眼の女の子が、影も形も存在していなかった。
「どういうことなの…」
俺はカップ焼きそばを片手に、途方に暮れるのだった。
まずは現状を整理しよう。ジャージのポケットからカップ焼きそばのソースを取り出し、麺に回しかける。それからカップ焼きそばを頬張る。うむ、温かい。ということは、少なくともシンクで湯切りをしていた時から、さっきのチェンジ宣言を経て、ここに飛ばされるまでは、せいぜい数分程度しか時間が経過していないということになる。だとすると、この珍事が、拉致監禁やドッキリという線は俄然薄くなってくるな…。
つまりこれは異世界召喚モノ、ってヤツなんだろうか。ラノベにおける古典であり、かつ流行の最先端でもあるジャンル。それが自分の身に降りかかった訳だ。信じがたい話だが、ホームズの御大も、どのように現実離れしていたとしても、答えがそれしかないのならそれが真実だ、みたいなことを言っていた気がするし。
だとすると、下手人はさっき人様に失礼な言葉を投げかけやがった例の女ということになるのだろうか。『お姫様』の記号をはめ込んだような容姿をしていたし、国宝めいた杖を手にしていたことから、多分間違いない。
もう一口頬張る。この手のコンテンツにおいて、召喚されて最初に面識を持った人物というのは、その後の趨勢を左右することが多い。その人物が好意的に接してくれるのなら、いきなりハーレムルートに突入することすらあるし、敵対的な人物なら、鬼畜復讐ルートへ転落することもある。そういう区分でいうなら、俺が面識を持った相手は敵対的、のカテゴリに属すのだろう。生ごみを見るような目つきだったし。人生21年生きてきたが、あれほど嫌悪と蔑みに満ちた視線にさらされたことはなかった。
キャベツを食べる。うむ、シャキシャキしていて美味い。しかしながら、殺されそうになったり、いきなり奴隷の身に落とされたりしなかったことは幸運といっていいかもしれない。拉致された挙句に、そんな目にあわされたら堪ったものではない。今回のケースにあってはおそらく、転移魔法的な代物でどこかに飛ばされたという線が濃厚っぽい。それにしたって、いしのなかにいる、なんてことにはならなくて良かった。
麺をすすりながら立ち上がり、窓から外をのぞいてみる。辺りは鬱蒼とした森に囲まれていた。そして自分が今いる建物は中世の砦めいた、長方形の建物であることも確認できた。周囲に人はおらず、またその気配もない。周囲を囲む高い塀が所々崩れているところや、雑草が伸び放題である点から鑑みるに、打ち捨てられた砦なのかもしれない。
次に部屋の内装を見て回る。まず赤いカーペットが敷いてある。窓際には執務用と思しき机。引き出しの中には万年筆と替えのインク、蝋燭、ライターが大きさをそろえるように整頓され、ぎっしりと入っていた。ライターがあるってことは、この世界の技術はそこそこに進んでいるのだろうか。まぁ、単純な仕組みの道具ではあるし、一概にそうとは言えないだろうけど。にしてもパズルゲームみたいな整頓の仕方だな…この机の主は几帳面な人だったのかもしれない。
壁際には本棚がある。本の背表紙を視線で追う。野戦のすゝめ、図式で見る帝国継承戦争、よくわかる宮廷政治学。背表紙に書かれている文字はどうみても日本語ではないが、何故だか読める。どうやら自動翻訳スキルはもらえたらしい。少しほっとしながら、本棚全体を見る。戦術やら戦略、そして政治といったものに関する本が多く、百科事典のような物や雑学書っぽい物まで網羅されている。この部屋の主はかなりの読書家でもあったようだ。本については、後でじっくりと読んでみよう。
部屋の端には、なかなか寝心地が良さそうなベットが置かれている。カップ焼きそばを机に置き、ベッドの毛布を手に取ってみる。少し埃っぽいが、特に問題なさそうだ。匂いを嗅いでみると、石鹸のようないい香りがした。
全体的な印象としては、この砦における隊長格の人物が使う執務室って感じだろうか。机もベッドもそれなりに良いもののようだし、本棚の内容もある程度の教養がなければ理解できそうにない本がメインだ。偏見かもしれないが、一兵卒が読むもんじゃないだろう。
机に腰かけながら、最後の一口となったカップ焼きそばの麺をすする。深く考えずに食べてしまったが、これって俺が生涯において最後に食べた地球の食べ物ということになるんじゃなかろうか。だとしたら、もっと大事に食べた方が良かったかな。いや、別にいいか。特価68円で売ってたカップ焼きそばだし。そもそも、そこまで美味いもんでもなかったな。
腹ごしらえを終えたので、自分が今いる建物の内部を探検してみることにした。ここが本当に異世界なのだとしたら、魔物の類と遭遇する可能性も無くはないが、だからこそ早めに現状を見極める必要がある。何か物音を聞いたらすぐに立て籠もろう。
「と、その前に。一応やってみよう。パラメーター、出ろ!!」
右手を掲げながら、そう大きな声で叫んでみた。しかしなにもおこらなかった。まぁ、そりゃそうか。一部の異世界召喚モノでは、自分のパラメーターを確認できるものがある。そしてそのパラメーターがとんでもないチート具合だったりするのがテンプレである。もし仮にチート能力がなかったとしても、自分のパラメーターを確認できれば、今後の方針も立てやすくなったのだが、残念だ。比較対象がなくても、多い少ないくらいはなんとなくで判断できただろうし。
廊下に出てみる。ひんやりとした空気だけが、廊下には停滞していた。隊長室は2階の端に位置していたようで、2階にある他の部屋は全て兵士のための部屋のようだ。2段ベッドが一部屋に10個置かれていて、中央には大きめの机と椅子が置かれている。そんな部屋が合計で20室。廊下の端まで来ると、1階へ続く階段があった。
階段を降り切った場所には外へと通じている大きな扉と沢山のテーブル、そして椅子の置かれた広場があった。外に出るのは後回しにして、広場を見て回る。どうやらここは食堂だったらしく、広場の奥には厨房があった。臨時で作戦会議室として使われることもあったようで、黒板も備え付けられている。
「何か使えそうな物はないかねーっと」
独り言を呟きながら厨房を調べ、30センチ程の包丁と、鍋の蓋を見つけた。こんなものでもないよりはマシだろう。犬以上の戦力を保有する魔物…というか動物にさえ適わない貧弱な装備であるのが泣けるところだが。
なんだかRPGっていうよりもサバイバルホラーのテイストが濃くなってきたな…。窓を破って犬型の魔物なんかが飛び込んで来たら、ショック死する自信があるぞ…。そんな事を思いつつ、俺は厨房にある竈とポンプ式の井戸がまだ使えそうなことを確認し、探索を再開した。
1階も2階とそう変わらない造りのようで、2段ベッドが置かれた部屋が30部屋、廊下の端まで連なっている。唯一、2階と違う点は廊下の中ほどに外への出口があることくらいだろうか。廊下の端にはまた階段があって、地下へと続いている。降りてみると、そこは倉庫だった。
「うわー。これぞファンタジー、って感じだな…」
倉庫には錆止めの為に油を塗られた剣や槍、そして弓矢が大量に仕舞われていた。武器に比べて数は少ないものの、鎧や盾もある。手に入れた武器は装備しなくちゃ意味がないよ、という事で。さっそく色々と装備してみよう。
まずは鎧。一番派手にディスプレイされていた、フルプレートを装備してみることにした。動きは制限されるだろうが、少なくとも首やら関節やらをムシャムシャされることはなくなるだろうし。各関節部分に肉を挟まないように注意しながら装備していく。新兵にも装備しやすいように、工夫を重ねた代物だったのだろうか。ベルトや留め金が多用されていて、鎧なんて城跡の体験コーナーぐらいでしか装備したことのない俺でも、簡単に装備することができた。
「しっかりした造りなのに、布の服みたいな軽さだな…」
この手の鎧は4~50キロぐらいが普通、と本で見た記憶がある。現実世界では、その重さのせいで浅瀬で溺れ死んだ王様がいたとか。しかし、俺が今装備している鎧には普段着程度の重さしか感じられない。ということはこの鎧はファンタジー要素満載の鉱石か何かで作られているのだろうか?龍と人を足して2で割ったようなデザインのフルヘルムをかぶれば、気分だけは龍騎士である。
次に武器を見繕うことにした。俺の武道経験なんて中高の体育でやった柔道と、出席するだけでもらえる単位目当てで履修した剣道くらいのものである。どんな武器を選んでも、錬度に大差はないだろう。確か、戦国時代を舞台にした漫画で素人には槍が一番、とかいう記述を見た記憶がある。リーチが長いというのはそれだけで物凄いアドバンテージなんだとか。
そこで、鎧の横に飾られていたかなり大きめのハルバートを手にしてみた。ハルバートは重すぎて振るえる者が少なく、主に儀礼用として用いられた、なんて中世史の講義で聞いた覚えがあるが、このハルバートも鎧と同じ不思議鉱石で作られているようで、葦の茎みたいな重さだ。ありがたい。こいつをメイン武器として使っていこう。
サブウェポンの選定に取り掛かる。サブなわけだし、取り回しを重要視するべきだろう。鎧に備え付けられていた、70センチ程の長さの両刃の剣をそのまま使うことにした。こちらは割り箸の方がまだ重い、ってくらいの重さだ。ファンタジー鉱石無双だな、これ。
まぁ、こんなもんだろうか。弓矢なんて扱ったことないし、第一こんな重装備で使う武器じゃないだろう。いざというときに、弦が鎧の凹凸に引っかかってつんのめるようなことがあったら目も当てられない。最後に、豪奢な紋章が描かれた盾を背中にひっかけ、完全武装完了だ。埃のせいで、やや曇った鏡の前でポーズをとってみる。思わずニヤリ、と笑ってしまった。いいね、さっきまでの不安が嘘のように、ワクワクしてきた。
一通りポージングごっこが終わったので、木箱にしまわれていたジャガイモのようなものと岩塩を、床に落ちていた麻袋に入れて、厨房へと向かった。見た感じ、ジャガイモっぽいこの木の実は腐ってないようだし、多分食べられるだろう…殺鼠用の木の実とかだったらゲームオーバーなわけだが、だからといって外の森で木の実やきのこを採取する、というのも危ない気がする。外を見れば、日はもう陰り始めているし、夜の森林で採取活動なんてぞっとしない。
竈の横には、大量の薪が積まれていた。部屋の角にたまっていた埃を火種に、手早く竈に火を入れてから、鍋の中に井戸水を入れる。この井戸水、汚染されてたらどうしよう…一応、蓋はされていたから、埃が内部に入り込んでいるということはないだろうが…。あまり考え込んでも仕方がない。鍋を火にくべ、ジャガイモ(仮)の皮をむいていく。
蒸したジャガイモ(仮)に塩をふりかけて、シンプルなポテトサラダを作り、足早に隊長室へと戻る。日の光はもうすでに落ちかけており、あたりは暗闇と静寂に支配されつつあった。部屋に帰り着いた俺は、机にポテトサラダを置いた後に、引き出しの中から蝋燭を取り出して、火をつけた。ぼんやりとした灯りが、周囲を照らす。
「ふぅ…これでこのジャガイモ的な何かが食べられるものだったら、しばらくは引きこもれるな…」
実食。ほこほことポテトサラダを食べてみる。塩だけのシンプルな味つけだが、そのお蔭でかえって土っぽい香りを楽しめて美味い。うん、ジャガイモだこれ。倉庫には1mほどの木箱が10箱置いてあり、それぞれにジャガイモがぎっしりと積み込まれていた。岩塩の方も麻袋に入れられたものが30袋ほど保管されていた。
これで食中毒を起こさないようなら、当面の食料は確保できたことになる。この部屋にある本をひたすら読み、そして寝るという隠者のような生活を送ることもできるだろう。
「うーん、水汲んで来ればよかったな…ポテトサラダオンリーは喉が渇くわ…」
すごくコーラが欲しい。この喉の渇きを炭酸のシュワー、という清涼感で洗い流したい。もう二度と、コーラも飲めないんだよなぁ…。そんなことを考えていると、ポン、と卒業証明書を入れる筒を開けた時のような軽快な音が聞こえた。
「なん…だと…!?」
目の前にはまごうことなき、コーラの姿があった。神々しいまでの黒々とした輝き。よく冷えていることが一目でわかる、水滴。もしかしてこのジャガイモには幻覚作用があるのだろうか。俺は目をこすりながらゴクリ、と唾を飲み込むと、目の前に突如出現したコーラを掴んだ。冷たい。触れる。もう一度唾を飲み込むと、俺はキャップを取り外し、意を決したようにコーラを喉に流し込んだ。
うんめぇええええ!!キンキンに冷えてやがる!!虚空に突如として冷えたコーラが出現するという怪現象。しかし、その不条理を俺は、異世界ゆえ致し方がなし、と力強く切り捨てると、ポテトサラダとコーラを胃の中に流し込んだ。
夕食を終え、先程の怪現象が再現可能な代物なのか、試してみることにした。アイス!!バニラアイスが食べたい!!そう念じてみると、再びポン、という軽快な音と共に目の前にバニラアイスが出現した。近所のスーパーでよく買っていた、食べ慣れた物だ。
「ありがてぇ…!!ありがてぇ…!!」
アイスを食べながら、この能力は食べ物以外も召喚できるんだろうか、と考える。えーと。銃!!銃が欲しいなぁ!!額に力を込めるように、銃が欲しいと念じてみた。すると、三度ポン、という音が耳朶を打った。次いで、ガシャン、という金属音が聞こえ、目の前に世界一人を殺した武器ことAk47が出現していた。俺がFPSでよく愛用していた銃火器だ。うわー。なんでもありなのだろうか?
その後色々と試してみたのだが、どうやらこの能力は召喚能力というよりは、作成能力に近いものであることが分かった。俺が仕組み等をある程度知っている物、あるいは実際に見たことがある物しか召喚できなかったからだ。例えば、先程ロケットランチャーやサブマシンガンを召喚してみようと色々と試してみたのだが、どう頑張っても召喚できなかったのだ。
AKに関しては、前に家内制手工業でAkを作る中東圏の村落を撮影したドキュメント番組を見たお蔭で、作成できたようだった。詳しい構造や性能、製造工程まで紹介していたからな、あのドキュメント。ちなみに一度でも触るなり、実際に見たことがある物は仕組みや作り方が分からなくても作成できるようで、パソコンやCD、博物館で見たことがある日本刀といったものは作成できた。
調子に乗って、電池式の電灯と電池、AKの弾薬を相次いで作成していると、不意に徹夜明けのような倦怠感を感じた。なるほど、全く代償なしで行使できる能力というわけではなく、MP的な何かを消費して作成しているということなのだろう。
空腹も満たしたし、今日はもう寝よう。俺は手早く鎧を外してから蝋燭の火を消し、ベッドに潜り込んだ。一時はどうなるかと思ったが、案外楽しい生活が送れそうだ。そんなことを考えながら、俺の異世界生活1日目は終わりを告げたのだった。
この小説は割とプロットに余裕を持たせてありますので、皆様のご意見次第でかなり変化します。微妙、でもだめじゃね?でも構いませんので、感想がいただけたらうれしいです。