一
喧嘩無双、本名は田沢義之。
背丈は百八十五。体重九十
幼い頃から空手を習い、幼いながらに最強という言葉に憧れていた。田沢が思う最強は誰にも負けない事。相手が武器を使おうが問答無用で叩き伏せる空手を目指し鍛錬していく。中学の頃にはなると大会で何度も優勝をし将来を期待されたが事件は起きる。
ある日田沢は道場の帰りに不良に絡まれてしまう。高校卒業前の大事に時期だったが挑発が怒りに触れ三人いた不良を叩きのめした。
一人は顔面を突き鼻を折り、一人は金的を蹴り上げ、最後の一人は顎を砕いた。目撃者がいたため学校側にも話が広がり道場の師範代に呼び出されしまう。
「なぜですか!! 空手は実戦で使ってこそでしょ!!」
声を高らかに叫ぶが師範代は溜息混じりに言う。
「お前が目指す強さってのは人を守れる強さだろ。いいか本当の強さってのは」
「ふざけるな!!」
師範代の言葉を切るように叫ぶと二人しかいない道場に耳鳴りがするほどの静寂に包まれていく。
「俺は路上で絡まれて使えない空手を習ってたんじゃない!! ただの喧嘩でも圧倒的な強さで叩き伏せる空手を習っていたんだ!!」
それは禁句の言葉だった。道場では空手は精神を鍛えるという教えだったが、田沢は精神面ではなく実戦でこその空手だと言ってしまう。その日の内に道場を追い出され、内定が決まっていた大学も取り消し……たった一回の喧嘩で全て失い田沢は落ちていく。
「おいお前」
高校もいかなくなり留年が確定し何もかもが嫌になって街中を放浪していると肩がぶつかり因縁をつけられる。振り向けばシャツがピチピチの大柄の男だった。
「なんですか」
「謝れ」
自分の肩を触り謝罪を要求してきた。田沢はただ一言「断ります」そう言うと胸倉を掴まれ引き寄せられた瞬間に相手の鼻めがけ頭突きを食らわす。相手は一撃で門前し体を丸めたが、田沢は追い討ちに顔を蹴り上げ新しい快感に目覚めていく。
「ハハ」
道場で習った空手の技を自分なりに喧嘩に応用していく楽しさ。路上でのルールは無く、喧嘩となれば刃物まで出す輩もいる。田沢はそんな喧嘩の世界に魅了され真面目な空手少年から、ただの喧嘩好きになっていく。
「うぐぁあああああ」
ある田沢の悲鳴が響く。相手は打撃から攻めてきて、田沢が捌いた瞬間に襟を取られ気付けば地面に叩きつけられてしまう。呼吸が止まりそうな時に柔道の使い手だと気付き敗北の味を知る。相手は痛めつけるわけでもなく黙って去っていくと田沢は悔しさで涙が出た。
「くそ」
空手だけでは駄目、喧嘩では何でもあり。あらゆる格闘技に精通し身につける技は数え切れないほどあるが一つ一つ習得していこう。田沢が二十歳で初めて敗北して以来研究に励んだ。
柔術、レスリング、キックボクシング、相手が武器を持っている事を想定して剣道、槍術まで手を伸ばし喧嘩に明け暮れた。田沢の喧嘩は勝ちより負けの方が多い。
「十人はさすがに無理だったか」
十人に囲まれ袋にされゴミ捨て場に放り投げられる事も何度もあった。喧嘩ばかりしていて真砂の不良達に目をつけられ何度も襲われた。しかし田沢は折れない。幼き頃から思い描いていた誰にも負けない空手を実現するまで。
「酷い顔だね坊や」
一人のおばさんが顔を覗いてくる。歳は四十代だろうか、人のよさそうな顔だがどこか影がある。
「あんただね噂の喧嘩ばっかしてる奴は」
「だからなんだよ」
「その喧嘩の腕試してみないかい。賞金も出るよ」
そーして行き着いた場所が地下闘技場。田沢にとってはそこは天国だった。目の前に相手を叩きのめしても社会も警察もこなく褒められる世界。そこで今まで研究し実戦で磨いてきた技術をぶつけ勝ちまくっていく。
「勝ちすぎだよあんた」
正子の悩みの種になる頃には喧嘩無双という通り名がつけられ、田沢は勝ちまくった。それは数ヶ月から始まり、やがては長年敗北なしという記録も生まれる。歳はとるが心の中は今でも最強を目指す子供のままの田沢は鍛錬をかかさない。
「俺が……最強」
もう敵がいなくなり正子に最強と言われた時は予想とは違った。喜びに震えると思っていたが逆だった。最強という事はもう敵がいない。戦う理由がない……振り返れば最強を目指し鍛錬と実戦を重ねていた頃が幸せだった。
一度徹底的に叩きのめした挑戦者は二度と現れず、だんだん挑む者さえいなくなり田沢の戦いの歴史が終わろうとしていく事に恐怖していく。
「今夜の相手はあんたほどじゃないが歳は重ねてるよ」
久し振りの相手に思い腰を上げ「また口だけの奴か」と呟きリングに上がると素人とは思えない拳が飛んでくる。速さはプロといっても過言ではなく足もよく使い空手の弱点を突くように左右の連打を浴びせ田沢を追い詰めていく。
「せやぁああああ!!」
気合の回し蹴りが相手の顔を捉え一撃で勝負を決める……その一ヵ月後再び男は田沢の前でリングに上がる。蹴りにも対応しており前回とは違う。しかし男の背丈と体重は田沢に大きく及ばず、技術も喧嘩暦も差があり負けてしまう。
しかしわずか十日後に挑んでくる。返り討ちにしても次もまた次……何度目だろうか。田沢が男を叩きのめしリングを去る時に聞いた。
「お前名前は」
「く――…鉄鉄だ」