三
紅孔雀が目を覚ますと素直に負けを認め真砂の番長を頼まれたがテツは「勘弁してくれ」と頭を下げた。さすがに恥ずかしい。しぶる紅孔雀をなんとか説得し、今まで通りに番長をやってくれと頼むとテツに裏番長になれといってきた。
思考が昭和のヤンキー映画のままの紅孔雀を納得させるためにテツは真砂の裏番長になった。影の番長なんて格好いいじゃないか……それがおっさんでなければ。登校二日目にして裏番長になり肩こりが一気に増した気分になり帰宅していく。
「らぁ~らぁらぁ~俺は裏番長~♪ そう俺は裏番長~……はぁ、もうなんでもこいや!!」
やけくその鼻歌を歌いながらの帰宅は近所の目が痛い。学校でも近所でも不審者の目で見られる生活に慣れはじめた自分にも嫌になっていく。
「逆に考えるんだ。裏番長なんて素敵な響きに釣られてくる女がいるかもしれない!! まてよ、紅孔雀となら……フフン」
テツの得意の妄想で現実逃避をしていると現実が襲い掛かってきた。
「うわ!! なんだお前ら!!」
黒スーツ一人にアロハシャツ着た男数人にテツは車に押し込まれて数秒で拉致された。車内では無言の男達が睨みつけてくる。何事かと思い口を開いた瞬間に顔を殴りつけられ鼻血が垂れてしまう。
「余計な事言うな。余計な事をするな」
運転してる黒スーツの男が言葉を出すと声色だけで威圧されてしまう。テツはこいつらが一般人ではなく裏社会の人間かと予感する。嫌な予感だから外れてくれと思うが見事に当たる。
「組長連れてきました」
高級中華店の前につくと車から引きずられ店内に蹴り込まれ床に這いつくばりテーブルを見上げた。そこには五十代くらいの男が美味しそうに中華料理を食べていた。半ズボンにラフなシャツを着て汁を飛ばし食欲をそそる音を鳴らしながらテツを見下す。
「はじめまして鉄君。実物を見るまで信じられなかったが、まさか本当に君みたいな中年が高校に通っているなんてね」
テツは何もされていないのに言葉が出ない。回りは大人達に囲まれ、どいつも危ない空気を出し中にはヘラヘラと薬でもやっていそうな連中もいる。心底怯えた。喧嘩なら自信あるが、これはそんな次元ではない。
「そんなに怯えなくていいよ鉄君」
優しい笑顔が逆に怖く、組長と言われた男は食事を続けながら用件を話し出す。
「君が今日叩きのめした紅孔雀っていう生徒ね。あれ私の娘なんだ」
恐怖で脂汗が一気に吹き出し膝が笑ったように震え始める。一瞬で理解してしまう。先ほどまで女ヤンキーだが美人だから許せると思っていた紅孔雀は暴力団の娘……人生で初めて血の気が引くという事をテツは経験していく。
「どうだった娘は? 強かったかい。一応は剣術と喧嘩のやり方くらいは仕込んだつもりだったが君にかかれば駄目だったみたいだね、元プロボクサー」
個人情報も調べられテツは追い詰められた。家族もいなく、知り合いも少ない。今殺されてもおかしくない状況に心底震えてしまう。
「組長が質問してんだろうが!!」
チンピラ風の男に顔面を横から蹴り抜かれ目の前で火花が散る。額から血を流しながら立ち上がり組長を見ると表情一つ変えず食事を続けていた。
「おたくの娘さん……」
言葉が続かない。後ろでは暴力の固まりのような男達が睨みをきかせ、目の前では長年荒事家業で食べてきた組長がいる。元交通誘導員のテツではどうする事も出来ない。人生の終わりがとうとう来たと思い諦めると口が動く。
「組長!! あんたの娘さんね、あれ駄目だわ。確かに剣術の腕は凄いが、それに頼りきっていて喧嘩じゃ駄目!! そこらのチンピラならいいが、喧嘩慣れした奴には勝てないね」
テツの言葉で店内の温度は下がり威嚇していたチンピラの顔が驚きに変わる。暴言を吐かれた組長だけは淡々と食事している。
「君中々面白いね。普通こんな囲まれたら俺のご機嫌とりでもするだろ? 根性があるのか、それともただの馬鹿かな」
テツは吹っ切れた。もうどう足掻いても逃がしてはもらえないだろう。運がよくて袋叩きで一生残る障害や傷……運が悪いと死。
「聞いてくださいよ組長。俺は三十三年、本当に本当に……なぁあああにんもいい事なかったんですよ~女なんて一人も出来ず、交通誘導員って知ってます? 糞みたいな仕事で糞みたいな毎日送ってきたんですよ」
組長の正面にあった椅子を引いて座ると近くにあった料理を食べ話を続ける。
「その糞みたいな人生がこんなヤクザ者に囲まれて終わるなんて笑っちゃますよね~まぁ相応しいって言えばそうですけど。おいお前ら」
座ったまま振り向きチンピラ達に指を向け言う。
「どうせお前らも糞人生だろ? ヤクザ者の下っ端なんざ酷いもんだな。どうせこれから殺されるなら好き勝手してやるウハハハハ」
この場で暴言を吐く勇気を与えたくれたのは諦めだった。社会にも学校にも弾かれ行き場をなくし行き着いたのは暴力団の前。さすがの馬鹿のテツでもわかる……もう人生終わったと。
「なるほど死ぬ覚悟が出来てるという事かな鉄君」
「そんな覚悟ねぇよアホ」
ついに組長をアホ呼ばわりし回りのチンピラが動きだしたが組長が手を上げ止める。
「どうせヤクザと揉めてるなら一暴れして武勇伝でも作ってから死ぬかなぁ~」
これから先生きてても何があるだろうか。働いたとしても年収百五十万以下の生活になんの意味があるだろうか。買いたい物も買えず、毎日生活費のためにストレスしかない仕事……そう考えると目の前のヤクザが怖くなくなった。
今こそ戦う技術を使う時だとテツは立ち上がり構える。当然チンピラ達は椅子や木刀、刃物まで持ち出す。
「――…あぁ終わったな」
数で負けているだけではなく武器まである。どんなに喧嘩の達人でも無理。そう思ったが頭の中で一人悪魔のような男が思い浮かび笑みを作る。恐怖はあったが手足は固まらず軽くジャブを出すと調子がいい。
「ハハハハ鉄君、君面白いね」
食事をやめ腹を抱え笑い出す組長の声が背後から聞こえるが敵からは視線を外さない。店内は広く動き回っていれば囲まれないと読み武器になりそうな物を探す。
「おいお前ら武器下ろせ」
先ほどまで丁寧な口調だった組長が低い声で言うとチンピラ達は従う。テツの立っている横まで組長は歩き肩に手を回してくる。
「もしお前が命ごいやご機嫌とりなんてしたらこの場で殺すとこだったが、まさか逆らい戦うとは思わなかったぞ」
口調も声色も変わり表情は優しい笑顔から邪悪な笑顔に変わっていく。
「お前俺の組入らないか? 腕っ節に自信あるなら大歓迎だぞ」
「ヤクザになれってか? 確かに腕には少し自信あるが嫌だね。俺は今高校生だ」
「ブハハハハ!! 確かにな。面白い奴だ」
組長が指示するとチンピラ達はどき出口まで案内される。帰り際に組長が一言残し店を出る。
「娘とは仲良くしてやってくれや。これは父親としての願いだ」
車でアパートまで送ってもい、ようやく解放されたと思うと腰が抜けて立てなくなる。学ランの下にきシャツは汗で重くなり、今になって手足が震えだし恐怖が全身を駆け巡る。奥歯はガチガチと音を鳴らし漏らす寸前までいく。
「こえぇえええええ!! なんだありゃ!! おもいっきり本業の人じゃねぇえええか!!」
テツの叫びで更に近所の評判が下がっていく。