一
――クラスの空気が重い。当たり前だ……俺が生徒の立場だったらいきなり転校してきたおっさんにどう接すればいいかわからず近づかない。馬鹿だった、落ちぶれた俺に再起の可能性なんてありはしない。結局どこにいこうともいつも通り、まったく本当に人生クソゲーすぎんだろ――
「では今日の授業はここまでにします」
欝な気分になりながら授業を受け放課後になるとクラスメイトは帰り支度するがテツは黙ったまま大きく息をついた。まるで息が出来ないくらいに苦しかった。休み時間も誰も近づかなく遠巻きからチラチラ見られ動物園のパンダの気持ちが少しわかった。
「さぁ~てと俺も帰るかなぁ」
わざとらしく言い背伸びし空っぽの鞄を持ちながら教室を出る。テツが去ると中から「どーなってんだ」「怖いんだけど」と女子の声が聞こえ溜息が大きくなっていく。
「フフ……三十三歳高校一年生。ウハハハ!! ギャグにしては笑えねぇなぁあああ」
叫んだ。廊下どころか今出てきた教室にも響くくらいに叫んでテツは壊れた。登校初日で社会ではなく学校の現実に当たり狂気乱舞したように走り出す。
「ヒャア!! 皆凄い目で見てるぜ!! だが俺には関係ねぇ、なぜなら!! ここでは気にする立場も失う物さえもないんだ!! 俺は自由だ……そう自由だ!! そうだろ? 好きな女の子も一緒に馬鹿やる友人もいないんだ!!」
両手を羽のように上下させ全力疾走するおっさんは廊下にいた女子には十分恐怖を与えた。悲鳴を上げたが、その悲鳴さえもテツを加速させ止らない。もう社会的立場など忘れ崩壊していく精神に身を任せ飛んでいく。
「そこのお前何をしてるんだ!!」
体格のいい男性教師が追ってくる事に気付くと走りながら振り返り唾を吐くように叫ぶ。
「フハハハお前のような社会的立場がある奴には自由はないんだ!! 自由がない奴に俺は止められない!! どうした? 何を顔を赤くしている? ほぉ~ら捕まえてごらん~アハハハ」
テツは自由だった。全てを投げ捨て言いたい事を吐き出し表情も快楽に染め上げ桃源郷をフルマラソンしている気分になり全力で走り抜いた。その先には階段があり扉を蹴破り気付けば黄金色に包まれる世界でようやく足を止める。
「――…なにをしてんだ俺」
屋上の手すりに捕まり沈む太陽を見ながら冷静になってしまう。先ほどまでの犯罪者一歩手前の行動を振り返り頭を抱え座り込む。数時間に及ぶ教室に拘束され誰とも喋れず言葉も出せない状況にストレスが限界にきて爆発してしまったのだと言い聞かせ深呼吸を繰り返す。
「おいおっさん」
先客がいたのか一人の男子生徒が近づいてくる。髪は見事までに金髪に耳にピアス。絵に描いたような不良が近づき締まりのない顔でニヤニヤしていた。
「あんた噂になってるぜ~」
「そりゃ噂になるわな。いきなりおっさんが転校してきたんだし、お前不良だな。頭の先から爪先まで不良だな」
黄昏ながら疲れた目で不良に言うと睨み返してくる。反抗的な目で今にも噛み付きそうになっているがテツは気にもしない。
「おいおっさん。てめぇなんで高校入ったんだぁ~」
頭を傾け斜め上を見るように近づいてくるがテツが太陽を眺めながら力なく答える。
「いろいろだ少年。俺が言えた事じゃないが勉強しとけよ、今の日本学歴なきゃまともに就職できないぞ。その馬鹿みたいな態度も面接の時は隠しとけ」
別に説教するつもりじゃないが目の前の少年を見ていたら将来が暗く見えつい助言してしまう。それが若く勢いがある不良少年に火をつけたのかテツの足を全力で蹴ってきた。
「こらおっさん!! てめぇみたいなカスが説教こいてんじゃねぇよ!!」
「はぁ~……そーだよな。お前みたいな不良ってのが年上に説教されるのが嫌いなんだよなぁ~悪かったよ……んでお前今なにした」
手すりから手を離すと不良に近づき目を合わせて言う。普段温厚なテツだが今は機嫌が悪く、若い少年のいきがった蹴りが勘に触ってしまう。
「普通なら高校生相手に喧嘩なんてしたらやばいんだけどなぁおじさん。でも今はなぜか同じ高校生同士だもんな~」
「やんのか!!」
「お前も不良やっていきがってんだろ? ほらこいよ、ほら早く」
手招きしながら笑うテツの顔を見た瞬間、不良がブチ切れ殴りかかる……と同時に膝から落ちてしまう。大振りに殴りかかる不良にたいしテツは最短の距離を最速で拳を走らせ不良の脳を揺らす。
「登校初日で不良と喧嘩か~あぁ昔憧れた不良漫画みたいだなぁ~」
喧嘩に勝利したテツには優越感はなく、ただただ虚しい。一生懸命練習したボクシング技術が役にたったが心に穴が空いたようにボケーと沈む太陽を眺めながら初日は終わりは継げていく。
「ようやく見つけたぞ!! 貴様なにをしているか!!」
しつこく追ってきた教師が見たのはテツの前に倒れる少年。テツの噂は更に拡大していった。