転校生は三十三歳
真砂高校。
緩やかな坂の下にある普通の高校。生徒は千人近く、勉学のレベルは中の中と近所から通う生徒も多く毎年安定して新入生が入ってきて経営もまずまず。一部個性的な生徒もいるという噂があるが平凡な高校。
通学路には毎日学ランを着た男子生徒とセーラー服の女子生徒が坂を下ってくるが……その爽やかな光景に一人のおっさんが降臨する。
「かぁ~高校かぁ、なんだかんだで期待しちまうんだよなぁ~学生時代ろくな思い出ねぇし青春のやり直すとするか」
坊主頭で無精髭の剃り後の学ランおっさんが一人歩くだけで周辺の生徒の顔が変わる。高校生は十五歳から通う所であり三十三歳が通う所ではない。一応は通えるが数えるほどしか前例がない。
「しかし暑いなぁ~衣替えまだかなぁ……お、なんだか高校生らしい台詞いったな俺、ウハハ」
腕を組み高笑いしながら校舎に入ると下駄箱から靴を出す生徒が驚く。顔はどう見ても先生なのに学ランを着ている謎のおっさん。
「あ、そっかまだ下駄箱ないのかぁ~やべぇなんかドキドキしてきた」
とりあえず教員室に向かうとすれ違う生徒が驚いた顔をするがテツの目には入らない。少なからず憧れていた学園生活に興奮し昨晩は中々眠りにつけなかった。教員室の扉を開けると生徒だけでなく先生達もどこか身構えている。
中にはテツより年下の先生もいてキョロキョロと見渡すと一人の女性が近づいてきた。セミロングの茶髪で少し垂れ目で中々の美人だ。テツはその女性に惚れた。すぐ惚れてしまう。
「おおおはようございます!! 鉄君ですね……とりあえずついてきてください」
怯えた仔犬のように震えながら教室まで案内されると扉の前で待つ。中からは転校生の話題に盛り上がるクラスメイト。テツは学ランを着なおし坊主頭なのに髪型を気にして発声練習までしだす。
「では鉄君はは入ってきてください」
大きく深呼吸し扉を開けてテツは新たな学園生活の舞台に踏み込んだ。期待の眼差しで見ていた生徒の眉毛が八の字に変わっていく。
「鉄鉄だ!! 気軽にテツと呼んでくれ!!」
元気よく挨拶し片手まで上げポーズまで決めたのに反応が薄い。最初はテツを見ていたクラスメイトだがだんだんと視線を外していく。
「一番後ろのはじっこの席に座ってください鉄君」
担任の先生に言われようやく違和感に気付き席に向かうと誰も視線を会わせてくれない。後ろで端っこの席に着く頃には馬鹿なテツでも気付く。今まで期待と興奮で頭の中はお花畑だったがようやく現実が追いついてくる。
「――…そうだよな。俺が学生時代におっさんが転校してきたら……おぅ」
怖い怖すぎる。年齢差があるなんてレベルじゃない。相手はつい最近まで中学生だった高校一年生、ここまで何の疑いもせず薔薇色の高校生活を妄想していた自分を殴りたいくらいに後悔するテツ。一時限目の授業はほとんど入らない。
そもそもまだ教科書がなく、隣の女の子に見せてもらいそれがきっかけで仲良くなんて都合のいい展開はない。隣の子は確かに女の子だがテツを見て怯えている。そんな子にかける言葉はなく窓の外の風景を見て思う。
「歳は三十三、記憶力も低下、集中力低下、体力も低下……弱くてニューゲームか。お爺ちゃんごめん、既に心折れそうになってきました」