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心身ともに疲れきった体で眠ると深く眠りの世界に落ちていき快楽に身を委ねていく。しかしその至福の時間は玄関から響いてくる音で妨害されてしまう。薄い木で作られた扉は叩かれるたびに揺れ叩き破られそうな勢いだ。



「あぁ~……はいはい」



まだ視界がぼやけ、寝起きのせいか肩がこったように重く、体全体が重量で押し潰される感覚を味わいながら寝床から起きて玄関へ向かう。



「うるせぇな!! こんな朝っぱからなんだよ!!」



勢いよく玄関の扉を開け悪態をつけるが目の前の人物に言葉が止まる。頭一つ分テツより背が高く、なにより黒いスーツの上からでもわかる筋肉の量。テツも元はプロボクサーだから喧嘩では一般人には勝てる自信があったが一目見て勝てないと悟る。



「急にすいません。私はこーゆ者です」



強面の顔に似合わず男は名刺を出すと、そこには世間に興味もないテツにもわかる大手企業の名前が書かれていた。



「ある方が鉄様に会いたいと言っておられまして、本日迎えに参りました」



「ふぁあ~ある方ねぇ~」



欠伸をしながら背伸びをすると男の眼光が鋭く光る。どうせ仕事もなくたいした用もないテツは着替え外に出ると黒塗りのベンツに腰を抜かす。



「マジかよ」



車内に入るとワイングラスやら見た事もない高級ワインやふかふかのソファと本物の金持ちの臭いがしテツがびびる。



「あ、一応聞くけどどこいくんですか」



男は無言で運転をし大通りを進んでいくと近所では有名な金持ちしか住めない住宅地に入る。テツは徒歩でここを通り過ぎると溜息を吐きながら犬の散歩する子供や主婦を恨めしい目で見ていた。



「はぁ~本当いつからになったんだろうなぁ、溜息を呼吸するようにしてんのは」



肘をつき顎の下に手の平を乗せながら幸せそうに庭でバーベキューをする家族を見る。何が違うんだろうか、同じ人間なのにこうも落差が人生にあるとは……欝になっていると景色が変わりビジネスマンが行ききするビルだらけの道に出て行く。


真夏で腕まくりしたサラリーマンが片手にバック、片手に携帯で喋る姿は見てるだけで暑苦しい。そこから少し走った所で車はようやく止まり車から出るとテツの視線は上にいく。



「でっけぇええええええ!!」



周辺にあるビルが霞むほどに巨大なビルの下でテツは叫ぶ。



「鉄様こちらへ」



男に案内されビルに入ると美人の受付が挨拶してきてテツは一目ぼれした。あまりの美しい笑顔にいい匂いのする女に惚れた。


ロビーでは何人ものスーツ姿の男が世話しなく走ったりPCで作業をする姿が目につく。おそらくテツにはまったく関係のない世界。案内されるままエレベーターに乗り最上階までいく。



「ここから一人でどうぞ。あの扉の先に社長がいます」



「社長!! たくっそんな大物がなんのようだよ」



扉の作りはシンプルだったが溢れ出る高級感にドアノブを握った手が震える。覚悟を決め扉を開け部屋に入ると、壁一面ガラス張りから日光に目を細め手で隠す。部屋の奥に巨大な世界地図が壁に張られ、その手前に大きめな机がありPCがつけられていた。


そしてテツを呼びつけた張本人であろう男が指を組んで座っていた。若くははない。若い所か老人だった。真っ白の髭と黒髪はなく白髪だけの髪が印象的。



「よう社長さん!! きてやったぜ~なんのようだい」



テツは近場に座る場所を探したが椅子一つなくその場で座ると老人を眉間を指で抑え溜息を吐く。



「聞いた以上に酷いな」



「いきなりなんだよ!!」



「ワシは橘鉄朗{タチバナ・テツロウ}お前さんの母親の父親じゃ」



座っていたテツは勢いよく立ち上がり目の前の橘と名乗った老人を見た。



「そうじゃ会えて嬉しいぞ我が孫よ」



「母ちゃん言ってたぞ。駆け落ち同然で家を出たって」



「そうじゃ……あの馬鹿娘は跡継ぎを放り出し、どこの馬の骨ともわからない男と逃げ死んだんだ。まったく目も当てれないわ」



親を馬鹿にされたテツは無言で鉄朗に近づき胸倉を掴み上げ年老いた体を宙に浮かせていく。



「ほう。学歴も仕事も底辺と何一ついい所がないと思ったが腕っ節だけには自信ありそうだな」



「そこまでは自信はないが、老人一人くらい殴り殺すくらい警備がくるまでには出来そうだぜジジイ」



「フフ、フハハハハハ!! 長年の底辺生活に牙を抜かれと思ったが噛み付くくらいの気概はありそそうだな我が孫よ」



掴んでいた手を鉄郎が勘弁してくれと叩くとテツは降ろす。



「すまんのう。初めて孫に会えて興奮しとるんじゃ、なにせ生まれた事も最近まで知らなかったんじゃ~」



初めて笑った鉄朗の顔はどこか母親に面影がありテツの殺気が薄れていく。



「娘は昔から自分勝手で随分手を焼いたんじゃ……鉄鉄か。ふん、中々いい名前をつけよったな。テツ、お前さん随分と酷い経歴の持ち主じゃな」



「年収の低さ学歴の酷さ。このままじゃ家賃滞納で追い出されそうだしなぁ~」



「どうじゃそんな人生を変えてみたいと思わないか?」



鉄朗はズイッと顔を寄せるとテツの眉毛が吊り上っていく。



「中卒か。まずは高校入学してみないかテツ」



「はぁ!! この歳で高校生やれってのかよ!! 定時制か夜間だろうな」



「何をぬかすか。高校生ってのは制服着て若者に混じって登校する者を示すんじゃ」



腰に手を当ててわざとらしく溜息をテツが吐くと鉄朗はニコニコと嬉しそうにPCをいじってモニターを向けてくる。



「ここなんてどうじゃ? お前さんの家から随分と近いし調度いい」



「爺さん何が狙いだ。こんな落ちぶれにそこまでする」



「……跡継ぎが必要なんじゃ」



そこでテツは腹を抱え笑う。体を曲げて転げるほどの勢いで笑い飛ばす。



「ブハハハハ!! 跡継ぎに俺を指名かよ爺さん!! こんな大企業の大切な跡継ぎが中卒なんておかしいだろ~」



「確かにな。これは老人の我がままなんじゃ、娘を失いワシは後悔している。正直娘を失ったきっかけを作ったこの会社なんてどーでもよくなったわい。どうせなら孫にでも継がせてみるのも面白いと思ってな」



「おいおい社長さんよ。その意見はまずいだろ~……でも安心したぜ。母ちゃんが死んでも誰も悲しまなかったし。葬式なんて誰もこなかった、でもここにちゃんと思ってくれる人がいたんだな」



深呼吸しガラス張りの壁に手をつけて下を除くと人が点のように見える景色を見ながら背後の鉄朗に口を開く。



「いいぜ爺ちゃん。どうせ今のままじゃ本当に糞みたいな人生になりそうだしな。高校にでもなんでもいってやるよ……ただし金の事は頼むぞ。調べたんならわかるよな?」



「安心せい!! お前一人高校にやるくらいの金はあるぞ!! ついでに家賃も払っといてやるわ」



「お爺ちゃん大好き!!」



 

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