プロローグ
鉄鉄{クロガネ・テツ}
珍しい名前。名前だけなら格好いいイメージが思い浮かぶが現実は非情である。年齢は三十三、最終学歴中卒、現在の仕事交通誘導。それがテツ……
「うぅ……くぅ」
真夏のうだるような暑さの中で通行止めの現場でテツは涙を落としていた。交通誘導員は七時間から八時間という時間を立っている。それだけあればいろいろ考えてしまう。
早く仕事終わらないかな。今日帰ってなにするかな。などいろいろ考えるが数多く存在する交通誘導員の中で真面目に仕事の事を考える人は少ない。
テツは人生を振り返ってしまった。きっかけは暑さの元とも言える青空見上げ太陽に目を細めただけ、そんな事で脳裏に過去の映像が蘇ってしまった。
「俺は――…俺は何をしてるんだ……っ」
まるで罰ゲームだ。なにが悲しくて体感温度三十度を超える真夏に長時間立ってなければいけない。いい歳したおっさんがドライバーに頭をペコペコ下げて、作り笑顔を作るのもすっかり慣れてしまった。
泣き出すと止まらなくなり肩まで震わせた頃に同僚が走ってくる。現場の作業員が気付き同僚に話したのであろう。そう思い鼻水をすすりなんとか誤魔化すが今更泣き顔は戻せない。
「どーしたテツ!!」
歳は四十代のベテラン丸山、通称マルさんが心配そうに顔を覗き込んでくるとテツは下を向き涙だけでなく鼻水まで地面に垂らしてしまう。
「マルさん……俺は……俺は大馬鹿です。自分が情けないです、こんな人生の先に何があるんですか……毎日毎日こんな仕事して給料は一日六千八百円、こんなのってありますか!!」
言っている事は無茶苦茶なのはテツ本人もわかっていたが一度本音を出してしまうと止まってはくれない。我慢の限界がテツにきてしまう。長年毎日生活費のために交通誘導をしてて楽しみなんて何もない人生に限界がきてしまう。
「少し待ってろ」
そう言うとマルさんは近くの自販機でジュースを買いテツに渡し座らせる。
「この前な俺らの会社から発狂した奴が出たんだ。信じられるか? 片側交合誘導してる最中に止まってる車に誘導棒投げつけボンネットの上で飛び跳ねたんだぞ~笑っちまうよなぁ」
テツは渡されたジュースを喉に流し込むと体の芯に染み渡り泣き壊れていた感情が少し和らぐ。
「俺はその発狂した奴の気持ちは少しはわかる気でいる。テツ、今のお前ならわかるだろ? 毎日糞熱い中長時間立ってれば人間なんて壊れてしまうよなぁ~……テツどーするよ」
「――…俺は」
「一度でもお前みたいになった奴は長続きしないぞ。皆我慢してんだ、俺もそーだ。次の仕事の当てあるか?」
テツが頭を横に振ると携帯がうるさく鳴る。何事かと思い出ると会社の上司が怒鳴り散らしている声が鼓膜に響く。テツの言動を怪しく思った現場監督が会社にクレームでもいれたのであろうとマルさんが言いながら電話を変わる。
「――…ちくしょう」
猛暑の下で泣き喚き、同僚に慰められ、太陽に笑われるように日光を照らされてしまうテツ。何時からだろう? 考える事をやめたのは、勉強や女や仕事……三十三年という時間を生きてきたが中身は中学生と変わらない。
これはそんなおっさんの物語である。