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異世界チート?いいえ、それより知識の方が大事です

桃色のスカートが風にたなびくと、果実のソレよりも甘い香りが鼻腔をくすぐる。

祭りの日のダンスのように軽やかな足取りで、すらりと伸びた真っ白の足が地面を踏みしめた。

ふわり、とその足がターンを刻み小振りで肉付きの薄い少女のような腰が視界から離れてしまう。

此方を振り向いた人物は美しい顔立ちで、まるで天使か或いは絵画のような微笑を浮かべて俺を見つめる。

きっとこのまま年月を重ねて男の味を深く知っていけば、眼も眩み理性も吹き飛ぶような美女へと成長するのであろう。

だが、男だ。


「ヴァル、俺に見惚れてただろ?やっぱり俺ってば超可愛いし、しょうがねーよなぁ」

「ああ、わりぃ…今日の晩飯は何にしようか考えてた」

「ひどいし!こんな可愛い子が目の前歩いてるんだから、抱きたいなぁ結婚したいなぁ、種付けしたいなぁとか思えよ!」

「…可愛い子からそういう単語出てきたら、俺はドン引きするわぁー」


歩む速度を遅めて俺に並んだレリクが俺の腕を取り、文句を言う暇もなく絡み付いてくる。

無視して先に目的のミーニャの家へと歩いていっても良かったのだが、人一人片腕に絡めたまま歩くのも中々大変だ。

なので自然と一緒に連れ添って歩く形になってしまったのは真に遺憾でしょうがない。

だが、せめてもの抗議活動としてこの、自称可愛すぎる男の娘である所のレリクへと、超絶的に嫌そうな顔を向けてやった。


「こうしていると、カップルが連れ添って歩いてるみたいだねヴァル…」


自称可愛すぎる男の子は人の表情や空気の読めないアホの子であったらしい。


「俺の顔を見てみろ、こんなイヤそうな顔をして腕を組むカップルがいるとしたら、そいつらは破綻直前だ」

「もぉ~ヴァルったら照れ屋さんなんだから♪」

「お前昔っから人の話をちゃんと聞きましょうって周りから言われてたよな、そういえば」


むぅぅぅぅぅー、と楽しそうな唸る声がすぐ隣から聞こえてくる…俺の私見だけど、完全に女の声と大差ない。

何となくそれがまた複雑な気分なので、あえて聞こえない振りをしながら自由な方の手を持ち上げて彼の頭を一気に撫で回す。

もうそれこそ髪の毛がむちゃくちゃになるまで思いっきり撫で回すと、今度は本気の困惑声があがりだした。


「わわっ、ちょっとヴァル!やめろよ、セットした髪が崩れちゃうだろ!」

「うるさい、知るか、男の癖にそんなに可愛いのが悪い、反省しろ」

「可愛い!?ねぇ、俺可愛い、ヴァル、今、おれに可愛いって言った?」

「…………んー、聞き間違いじゃね?」


「いーや、絶対言った!今可愛いって俺に向かって言った…やっだなぁ、俺ってば罪だわ…きっとヴァルも俺にめろめろになっちゃうんだわぁ…」

「うっぜぇなぁ、こいつ…死なないかな、なんかの手違いで」


背丈のそれなりにある俺と、ちんまこくて一見すれば美少女にしか見れないレリク。

そのレリクが俺の腕に絡み付いているせいで、さっきから向けられる視線がほほえましかったり。

あるいはやっかみ混じりだったりと、多少思う所があるので、割と心の底からそう呟いてみた。

しかし、その直後にレリクの身体が思い切りびくりっと跳ね上がるのが感じられる。

ちらっと感づかれないようにそちらを見れば、なんてことはない、というのを精一杯に表現しながら、バレバレの風体で腕に絡みつく力を緩めてくるレリク。

その、わかりやすいというにはわかりやすすぎる、誘っているのではないかと勘ぐってしまいそうになるくらいの反応に思わず口元が緩みだす。



「……どうした?」


俺の腕に弱々しくすがり付くレリクを見下ろして、一応聞いてやる。

コアラか、或いはナマケモノか、ともかく腕だけを頼りに縋り付く男の娘は静かに俺の方を見上げ。


「やっぱり、俺じゃダメ?」


潤んだ瞳、引き締められた唇、小刻みに震える華奢な肩。

本当に女より女らしい、という言葉を胸の奥にしまいこみながら、レリクの頭に手を置き、再び撫でまわす。

今度は抗議してくる声は上がらない。


「今こうしてたら俺達って、恋人とかに見えないかなぁ…」

「……見えない事も、ない」

「え?お…おぉぉ~、へっへへ、強情なヴァルさんもようやく認める気になったんだね、オレとヴァルが最高のカップルだってこと―――」

「先に行ってるぞ」

「うわぁ!ま、まってヴァル、ウソ!冗談!ちょっと調子乗りました!」



少し優しくしたと思えばすぐに調子に乗ってしまう。

そんな所も可愛らしいといえば、らしいのだが、ため息混じりに歩幅を広げ歩く速度を速めていく。

おいて行かれてはたまらない、と俺の後ろから聞こえてきて、すぐに隣に並ぶ駆け足気味の足音と、ふてくされたような抗議の声につい笑ってしまった。
























大通りに面した道にあり、しかも規模がとても広い。

更に部屋の一つ一つでは、鍛冶に魔術実験、更には個人工房の真似事もできる。

そんな家があれば、ソレ一つでどれだけの財産と化すかは想像に易いものだと俺は思う。




「キミ、いつか刺されるぞ」


よれよれで、所々に染みを作った清潔感を完全に排除した白衣。

とび色の頭のてっぺんから幾重にも分かれて飛び出した寝癖。

その割には万年寝不足と言わんばかりの眼の下にクッキリと浮かび上がる隈。

ミーニャという女性を見るたびに俺は、自分が異世界にいて、そこで生活しているのだと実感させられてしまう。

なぜならば彼女はあらゆる意味で物語の中にいる「研究者」という生き物なのだ。


勿論、家の中だってそれはもう、ここまで想像と一致する世界があったのか、と思えてしまうくらいだから驚きというしかない。

乱雑に本が積み上げられたかと思うと、何に使うのかわからない像や置物が床に転がり

ナイフや短い槍や魔術の篭った札といった武器になりそうなモノはまとめて、一箇所に置かれている。

足の踏み場はなんとかあるものの、うっかりすれば何か踏んづけてしまいそうだから廊下やリビングを歩くのにも気を使う。



ようやく応接間にたどり着いた時に、当の本人はといえばテーブルの上に突っ伏してぐぅすかと寝息を立てている。

仕方ない奴だとあきれながら揺り起こし、俺達を見た第一声がそれだったから、本当にどうしようもないものである。









「まぁ楽にしていてくれたまえ、レリクまで来るとは思わなかったから、菓子は用意してないけどね」

「また不健康そうな生活してるねぇ…ちゃんとご飯食べてるの?」

「うん問題ないよ…東洋には霞を食べて生きる存在がいると聞いた事がある、そしてそれは特定の道に通じた者だと…つまりワタシの事だろう?」



ふぅぅぅー、と長い長い息が白い煙と共にミーニャの口から吐き出されて部屋の中へと充満していく。

レリクなどは露骨に嫌そうな顔をしかめ、座り込んだ椅子から腰を開けると窓へと逃げていき、開け放ちはじめた。

空気が変わるのを肌で感じられる、というのは恐らく過言ではないだろう。


「オレにはミーニャの部屋の空気は毒なんですけど、オレの可愛い肺が汚れたらどうしてくれるのさ!」

「その時は洗浄する為の技術を作るからね…実験台になってもらうよ、安心してね…切り刻むだけで勘弁してあげるから」

「こえー!ヴァル…この女やっぱこえーよ!」


「うん、そうだね、俺もミーニャならやるかもしれない可能性がある、ってだけで凄く怖いわ」



真顔で淡々と語る彼女につい恐ろしいモノを感じてしまい苦笑いが浮かんでしまう。

それをごまかすようにミーニャから逃げだし俺の元へと戻ってくるレリクを見ながら、ミーニャが淹れたコーヒーをすすりこむ。

お湯と粉の配分を明らかに間違えたソレは苦く、ドロドロとしていて、その癖に質が悪いのか微妙な酸味を感じさせられてしまう。



「うん、クソ不味い」

「……ワタシもそう思う」


それを客に飲ませようとするな、という言葉はコーヒーと一緒に飲み込んだ。

というよりも、こうして出迎えができている時点でミーニャとしては満点だからしょうがないだろう。

隣ではレリクが一口だけコーヒーに口をつけると、相変わらずのミーニャ味に嫌気が差したのか、俺のほうへと中身を移してた。

取りあえず拳骨をその頭に叩きつけてから、レリクのカップに残ったのを一気飲みしてやる。

わぁ…回し飲み!間接キス!とか聞こえてきたので、もう一発。


「それで、今日ヴァルを呼びつけたのは他でもなくてね…ほら、コレを見てくれないか」


ころんっと非常にそっけなく硬質な音がテーブルの上に響いて転がった。

刻印やらなにやら無駄な要素を完全に排除した茶色の多角形の細長い棒。

その天辺を覗き込むと茶色の木に包み込まれるように中心を通った黒い芯。

間違いない、鉛筆だ。


「使って…見ても?」

「ここに私が使ってみたのがあるから、これで」


そういったミーニャはもう一本、今度は片方の先端が削られて黒い芯がむき出しになった鉛筆と、俺がこういうのをわかっていたのだろう。

真っ白な紙を渡してくると、どこか誇らしげに俺を見つめ始めた。

震える手…それも恐怖や緊張ではない、むしろ楽しみでしょうがないせいで震えている手で鉛筆を手にとると、身体にしみこんだ持ち方を自然と右手で取る。

いや違う、身体に染み込んだんじゃなくて、精神に刻み込まれているんだった…そんな、どうでもいいことを思い返して、知らずに口元が緩んでいくのが自覚できてしまう。


「なぁヴァル?これってもしかして筆記具なの~?」

「…あぁ、そうなるな…羽ペンや筆を使ってるのがひっくり返る…まぁ見てろ」


不思議そうに見つめてくるレリクの視線に、ミーニャと一緒になって開発していた俺もついつい誇らしげになってしまいながら。鉛筆の先端を紙に押し当て一気に走らせる。

驚かせる内容としてはそうだな、取りあえずレリクの名前でも書いてやるか…。

すらすらっと、インクが後を引く感覚を一切気にせず、一息でレリクの名前を書き上げる。

名前を書き終えると、鉛筆を置いて紙を持ち、それをレリクの腕に押し付けた。


「うわ、ちょ…何するんだよヴァル!?」

「まぁ良いから」

「うん…きっとレリクが凄く驚くとワタシは思う」


抗議の声をあげつつも、動かないレリクに紙を押し付けてたっぷりと数秒。

そろそろ良いか、と手を離してやると、期待通り今まで紙があった場所にはインクが滲んで肌に文字が移る事も、水分で紙がふやける事もなかった。


「………………えー?」


訳がわからない、その表情のレリクにミーニャと顔を見合わせて笑いあう。


「ミーニャ、紙とあわせて簡単に作る方法はできてるな?」

「大丈夫だよ…場所と時間さえあれば…あとはヴァルが伝えてくれたら」

「面倒くさい事は俺任せかよ、勘弁してくれ…まぁ良いや、じゃあ、コレを売れるようにがんばるわ」

「研究資金……カガク者をただで使おうなんて、考えてないよね?」

「コレが売れたら…一生研究して暮らせるくらいもしかしたら、手に入るかもな」

「…やった…!」


ぐっ、とミーニャが腕に力をこめる音まで聞こえてきそうだ。



「待った!待ってくれ、ええっと…つまり、ちょっと待って考えるから…羊皮紙とインクの代わりになるのを、作ってた?」

「…そうなるな」

「うん」

「オレって頭わるいけどさー、これが簡単に作れたりしたらさ…紙とインク作ってる人たちから怒られない?」

「なるな」

「うん」

「だったら…ほら、商売の縄張りとか、色々あるでしょ!?」


「あるけど…まぁ、最初から飛ぶように売れる事も期待してないし、最初はこの町の特産品、少しずつ技術が盗まれて世界に普及していって」

「…最終的には区別していくようにするのが理想?」

「流石ミーニャ、頭の回転が速い」


最初は商人たちが、どうするかと悩み売れ行きが伸びなくても、次第に浸透していき人気を得て…売れていく。

代わりに羊皮紙を使う商品たちは他の肉や毛の値段をあげつつ、きっと羊皮紙自体の値段を持ち上げるだろう。

そして最終的に、重要な書類に使われる羊の皮という図式が成り立てば御の字、成り立たなくても、コレを売り込む時に誰が作ったのかを伏せることを条件にする。

商人を、侮ってはいけない。

そのことをキモに命じながら、これだって彼らの役に、きっと立つ…はずなのだ。

うむ、こうして計画を考えると、どこかで失敗が無いか不安で死にそうになるな。




「まぁ…レリクは色々考えてるけど大丈夫…何か問題があったらすぐ逃げるさ…お前に心配させない為にな」

「……うん、オレはヴァルいなくなったら心が死ぬし、約束な、約束だかんな!」




大きすぎる発明はそれ以外を取り扱う商人から恨まれますよね


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