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人間、少しまとまったお金を持つと気が大きくなります

「まぁそんな感じで捕まえて来ましたんで、少し酔っ払っちゃいますけど、無傷です」

「あらあらまぁまぁ、そうなのぉ…やっぱりミィちゃんは人気ものなのねぇ」

「そうなりますね」

夕暮れ前のハミュレット邸。

邸宅といっても、手入れの行き届いたこぢんまりとした庭付きの一軒屋といった方が正しいだろうか。

その庭先に愛用の安楽椅子を持ち込んで心地良さそうにしているハミュレット婦人。

思いのほか早くに猫を捕獲できた事もあってか、日が沈む前に依頼を終わらせてしまう事にした俺達は、ぐぅすかと気持ち良さそうに寝ている猫を中年婦人の膝の上へと置いてやる。

膝の上に、確かな慣れ親しんだ重みが帰ってきた事が嬉しいのだろう、人当たりの良い彼女は更にその笑みを強くすると優しく、その背中を撫ではじめた。

その様は何というか、まぁ下手な貴族よりも貴族らしい。

彼女が座っている安楽椅子だって、結構な値段がする品だろうに…これで貴族権利を購入して、平民から脱しようと思わないのだから、夫婦共々人柄が良いのだろう。


「でもそうなの…この子にも、子供がいるのね…どうしましょう、その子達の面倒も見てあげた方が良いわよねぇ」

我が子を慈しむ視線で、膝上の猫の眉間を優しく突っついて考え込むのは、この夫婦が子供に恵まれなかったからというのも強いのかも知れない。

何度か頑張ったが終ぞダメだった、と以前漏らしていた事を思い返して一度頷くと。

「それが良いかと…親子が一緒なのは、それだけで幸せな事でしょうから」

「えぇ…えぇ、そうね…今度ミィちゃんに案内して私の可愛い孫の姿を見に行っちゃうかな…あ、それでヴァル君はいつ頃?」

「すいません、何の話かオレにはちょっと…!」


しまった、と思いながら数歩後ずさる。

笑むことで細められていた彼女の瞳が、更に絶好の話相手を見つけた狩人の目へと変貌していく

夫が現役で外で働き、暇をもてあます中年女性にはありがちな事なのだが…こういう話題になると人の面倒をやきたがるのだ…!


「あら、アリアさんにメリアちゃん…後はレリク君とも関係しているなんていう話があるじゃない、もう近所の奥様方の話題なのよぉ」

「ひ、否定も肯定もしませんけどね、あいつらからは純粋に仲間との好意を…それに、そのレリクに至っては男です」

「キスしてたのに?」

「ッァ!?!?」


何処で見られたぁぁ!?

俺は更に一歩後ずさりながら深呼吸、落ち着け、表情に出せばそれだけでばれてしまうぞ!


「よく他の奥さんから話を聞いたりするのよぉ、ヴァル君はモテるわねぇって」


奥様ネットワークってすげええええ!!

オレの現世の母親もしょっちゅう他の母親と話し込んだりしてたけど、ここまで綿密に情報共有が行われるという事実に思わず戦慄。


「…えーっと、そのですね、一先ず報酬の話の方をしたいんですが……」

「あらまぁ照れちゃって可愛いわねぇ、私もヴァル君たちの頃はまだ夫と知り合ってすぐで…って、報酬の話だったかしら」

「はい」


このままこの話題を続けられるのはたまらないと、力強く頷いておく。

照れているというのもあながち間違いではないのでまぁ、訂正する必要もないだろう。

恰幅の良い中年貴婦人は膝の上で酔いに任せて寝返りを打つ愛猫を起こさないようにそっと、懐から幾らかの硬貨を取り出す。


「はい、それじゃあアリアさん達に話した通りの、4500ゴルドになるわね?」

「はい…確認します」

 

銀色の初代統一皇帝とかいうオッサンの顔が描かれた装飾過多なコインが4枚。

同じ色合い同じオッサン、だけど装飾の無いずいぶんとすっきりとしたコインが5枚。

大陸の多くの場所で使われる1000ゴルドと100ゴルド硬貨の枚数を軽く目線で数えると頷いて。


「確かに…お聞きしたとおりの金額ですね、ご依頼ありがとうございました」


迷子の猫探しという仕事で得た、暫く分の報酬を財布に突っ込みながら一礼。


その後、少しばかりハミュレットさんと世間話とか、そう言ったものをしてから帰ることにする。

内容といえばまぁ、暇をもてあました婦人らしい世間話だったが。











「えー、そういうわけで今夜の打ち上げで余ったお金はみんなで分配するってことで宜しいでしょうか」

「いぎなーし!!」

「まぁ良いんじゃないの?」

 

よろず屋大和の店内に複数の同意の声があがり、同時に歓声が響き渡る。

店内のテーブルには所狭しと料理は並べられてその一つ一つが湯気をたちのぼらせて、美味しそうな香りを店内に充満させている。

そして卓についている奴らの前には酒が当然のように置かれて、飲めない奴の所には果汁の絞り汁が。

それなりに懐が潤ったので即席で食材を適当に買い求め、ミィ探しから戻ってきた奴らに事情を説明して全員参加の宴を開く事が決定。

数時間もして、日が暮れてくれれば腹を空かせた奴らや昼間はいなかった連中がぞろぞろと集まってきてささやかな宴会らしくなっていた。


「はいそれじゃあ…皆おつかれさーん、カンパーイ」


カンパーイ!と俺の後に続けてみんなの声が一斉に重なり合い、グラスのぶつかる音が更に重なる。

直後、儀式は終わったと言わんばかりにあるモノは一気に酒を飲み込み、あるモノはテーブルに並べられた肉料理にかぶりつく。

はぁぁ…と長いため息をつきながら、くいっぱぐれてはたまらないと考えた俺も一先ずは、昼間に渇望していた麦酒を喉に流し込んだ。

アルコールが喉を通り苦味がお腹の奥から一杯にこみ上げてくる、思わず瞼の端に涙の粒を浮かべながらテーブルにグラスをたたきつける!

美味い……ああ、こんなに美味い飲み物が世界にあって良いんだろうか、いやコレこそ人類の作り出した最高の発明……!


「あっはっは、相変わらずヴァルはお酒好きなんだね」


一口目で多大な幸せに包まれた俺は、それでは適度に空っぽになった胃袋にご飯を与えなければという使命に従い、目の前の肉へとフォークを伸ばす。

そして適当に焼いてソースをかけただけという雑な味わいのそれに先端が突き刺さった所で、平凡的な特徴のない声がかけられる。

特徴に残らない平凡な顔立ち、印象に残らない声、中肉中背、とにかく平凡という言葉に肉体を与えた男、キョウの声だ。


「そういうお前は、あまり飲んでいないようだが?」

「あはは、ボクはお酒のほうは普通にしか飲めないからね」


横からひょっこりと口を挟んできたクロウの手には酒瓶がにぎしりめられていた。

苦笑いを浮かべるキョウのグラスの中身が微妙に減っている事に気がつくと、その分の中身が注ぎ足される。

一方俺は、フォークに突き刺した肉を口に運んで噛み締めながら殆ど空になったグラスを目の前の無愛想男へと突き出す。

俺の意図を理解したクロウは、手に持った酒瓶の中身を空のグラスへと注いでくれる。

いやぁ、理解が早くて助かる。


「にしても、酒まで普通とか…聞きたいけどお前って、何がとりえなんだ?」

「うーん、普通な事かな……」

「納得した」


どっと俺達三人の間で笑い声が巻き上がり、酒がすすむ。

再び満たされた麦酒を一気に流し込み、熱い呼吸を吐き出しながらキョウへと目を向けて。


「そういえば、お前の仕事の方はどうだったんだ」


「愚問だな」


「あー…狼程度じゃ相手にならなかったんだね?」


「餓えた獣は訓練にちょうど良い…」


「何このドヤ顔、何気に腹立つ」


「え~?そうかなぁ…ボクはクロウのこういう表情好きだよー?」


「そりゃお前は…似合わないからなぁ」


「いいや、違うな…ヴァルに俺を見る目がないだけだ」


「男を見る目が合ってたまるかばっきゃろう!」



わははー、わははーとまた俺達の間に湧き上がる笑い声。

こういう席だとすらすらと出てくる他愛ない会話でも楽しく思えてしまうのは何故だろうなぁ、とお酒交じりの頭でほんのりと考える。

勿論答えなんて出るはずもないので、テーブルの上の料理へ無造作に被りつきまた酒で流し込む。

うぅむ…日本で生きてた頃じゃあ、考えもできないような雑な食べ方してるなぁ俺。


「…楽しんでいるようだな、ヴァル」


しみじみ、とヴァルという一人の人間として成長していることをまた、些細な事で噛み締めている俺の元へ声が響いた。

凛とした鈴の音色のような響き渡る声、ソレでいて冷たく透き通り貫くような美しさを持った音色。

おそるおそる視線をクロウやキョウ達と談笑していたのとは反対側へと向けていくと、そこには不敵な笑みを浮かべ酒の入ったグラスを軽く掲げて微笑むアリアが座っていた

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