20年以上異世界人やってたら慣れますよ
「私ねぇ、大きくなったらマー君と結婚するんだぁ~」
「よせよ!俺はお前みたいなのとなんて結婚しないかんな!」
「あら~良いねぇ、私もあそこにいるお兄ちゃんと結婚するつもりなのよ?」
住居や細々とした店舗のひしめく5番通りの中程にある公園に、子供3人の声が響き渡る。
いや、性格には子供二人と子供みたいな奴一人だ。
楽しそうにきゃっきゃと話す女の子と、灰色巨狼の牝がきゃっきゃと楽しそうにはしゃぐ。
その隣の男の子、多分マー君と呼ばれた男児は気恥ずかしそうに視線を此方へと向けてきている。
深く息を吐き出しながら手で払う仕草。
男の子はそれだけで俺からの援軍を期待できないと悟ったのだろう。
ふて腐れたような表情で二人の女の会話が終わるのを待ちだす。
すまないマー君、だがわかって欲しい。
俺はそこに混ざるわけにはいかないんだよ、心情的に!
女の子に腕を抱きしめられ、途端にはにかんで顔を赤くする彼を見てまんざらでもなさそうだなぁ、とかどうでも良いことを思いながら、隣をまさぐる。
先ほど露天で買った串焼きが数十本は収められた薄い木星の器から、まだ中身がついているモノを選びとり、口に運ぶ。
後6~7本も食べれば全部無くなってしまいそうな、木串の殆どはメリアが一人で消費してしまった。
相変わらず良く食べる奴だよ、とか考えてタレをたっぷりと吸い込んでしっとりとなっている野菜と、まだ暖かい肉を一緒に咀嚼する。
タレによって薄められてはいるが、肉に僅かに残る臭みは一緒に食べた野菜からさらに染み出してくるタレの味によってすぐにその姿を隠してしまう。
肉自体は特別に良いモノというわけでもなく、この辺りでは比較的当たり前に狩れる動物のモノらしく、慣れた歯ごたえに口を何度も動かす。
その最中に野菜のほうを先に飲み込んでしまい、若干まだ形を残した肉を少し遅れて喉の奥へと詰め込む。
「あー…普通に美味い」
街を歩けば普通に売っている店が何件も見つかり、普通の味に思わずそんな感想を抱く。
休まず二口目にかじりつくと、メリアが女の子に手を振りながら此方へと歩いてきていた。
「またね~!マー君と仲良くするんだよー!マー君も彼女さんを離したら、ダメだからね!」
「ん、…もう良いのか?これ食い終わるまでは、のんびりしてようぜ」
「うんっ、あんまり遅くなってお仕事に影響与えるのもあれだしね、あっ!それなら一本もらうよっ」
「まだ食うのかお前は!」
「えへへん、私は特別なんです~♪」
「いや、本当にな」
器から一本抜き取ると、口を大きく開けて一本分丸々と口に含んでしまうメリア。
もごもごと口を動かしながら表情が自然と緩み始める。
あ、これは幸せに蕩けているな……このまま俺の分まで食べられちゃたまらん。
慌ててもう一本器から抜き取ると俺も自分の分を食べ始める。
短い沈黙が俺達の間に訪れた。
……………
…………
………
…………喉渇いたな。
「んーっ…ねぇヴァル、良い天気だねぇ…ハミュ猫も何処かで日向ぼっこでもしてるのかなぁ」
「どうだろうなぁ、日向ぼっこというかピロートークまがいの事ならしてそうだ」
はむりと一口、なんだか段々とビール…というか、麦酒が飲みたくなってきた。
季節がはっきりとしているこの地方では比較的、様々な酒を楽しむ事ができるのは、地味に嬉しかった。
このあたりも神様が転生させる時に気でも利かせてくれたんだろうか…さんきゅー神様。
「ヴァルがいた所、ってどんな所~?」
「ん?」
「日本っていう国の所、あの看板の字の国なんだよね~?」
「あぁ、そうなるかな…前にちらっと話さなかったか、平和な国、だよ」
「うー…うぅん、そういうのじゃなくて、もっと色んな話が聞きたい」
メリアがまた一本、串を器から取り出して食べつきながら俺の話を聞きたそうに目を向けてくる。
もうどうあっても戻れない世界、だと言うのに……知らない世界の話というのは、やはりものめずらしいのだろうか。
まぁ別に減るものではないと思うし飯を食べてる間の、暇つぶし程度に軽く語ってやる事にした。
以前話したとおり、世界には人間以外のヒト種族や魔物がいない事。
魔法の力に一切頼らない事、俺が住んでいた家や街、それから通っていた学校や会社。
話している間に懐かしい、という感情は浮かぶが望郷の念は浮かんでこない。
「20年以上も生きていれば、やっぱりこの世界が故郷、になるよなぁ…」
「わふっ?」
「いや…話してる間に、帰りたいって気持ちがない、って思ってさ」
「……良かったぁ、じゃあヴァルはこれからもみんなと一緒?」
「勿論、お前ら皆とバカやってるのが楽しいからな」
この歳になってそんな事を言う気恥ずかしさから肩を軽く竦めながら、新しい一本を食べようと手を伸ばし、その空を切る。
知らない間に食べ過ぎていたのかも知れない、容器を見れば既にそこには中身のついた串はなく
ただタレでべとべとになった、空の木串が大量に転がっているだけだった。
「もうこんなに食べたのか…よっし、それじゃあ仕事しに行くぞメリア!」
「わっふぅ…お腹いっぱーい、食べた食べた~」
「お前は本当に良く食うよな」
「種族的なものなの、食後のデザートちょーだいー?」
「アホ言ってないでさっさと行くぞ」
空の容器も何処かで捨てないといけないので一緒に持って立ち上がりながら、大きく背を伸ばして深呼吸。
メリアの方もそれについて一緒に立ち上がり、さぁ二人で探しに行くか、と思ったその瞬間。
にゃーん
にゃにゃん、にゃー
にゃーにゃー
にぃーにぃー
なんか動物の鳴き声で大合唱が聞こえてきた。
ゆっくりと顔を、声のした方へと向ける。
えぇっと、まさか、もしかして、もしかすると、もしかしたり、する?
…………いや、猫だ。
それも一匹だけじゃない。
先頭を歩く黒猫の傍には常に4匹程度の猫が付き添い、更にその後ろを10匹ほどが付き従って歩いている。
この街が幾ら広いと言っても、あんな事をしでかすイケメン、いや…イケ猫は一匹しかいない。
間違いない、ハミュ猫だ、あいつまたハーレム作っていやがった!
っていうか地味に羨ましいなちくしょうめ!
「メリア、確保!」
「わぅっ!」
そこからのメリアの行動は流石は古狼と言うべきだろうか。
身体を低く屈めると、スカートのポケットの中へと手を差し入れマタタビに手をやる。
…後はのんきに牝猫を引き連れ街を歩くハミュ猫へと、人間の形態をとっている時でも代わらない高い身体能力で突撃。
俺は手元で風属性の魔法を作り上げると、強い追い風をメリアの背中めがけて吹き付けさせ、その速度を僅かに上乗せさせる。
様々な意味で完璧なコンビネーションはそのまま、メリアの身体を風と成させる。
その疾走に気がついたハミュ猫は例え飼い猫であっても、獣、一人(古狼だから匹と数えるべきなのかどうか)と一匹の距離が後わずかという所で気がついてしまう。
『にゃ―――――!!!』
猫の瞳が驚愕で見開かれ、驚くべき反射能力で逃げ出そうとするが、もう既に遅い。
普通の人間ならば逃げ出しても、その尻尾の毛先すらつかめないような距離でもメリアからすれば、それは必殺の距離。
ハミュ猫と肉薄した彼女はポケットに忍ばせていたマタタビを、右へ左へそしてハミュ猫の正面へと投げつける!
『にゃぁぁ……』
『にゃにゃー…にゃぁ』
『にゃぅぅ』
効果はてきめん、マタタビはハミュ猫だけではなくその取り巻きである牝猫すら、その場に伏せさせてしまった。
10秒20秒…40秒、ほぼ、一分ほど時間が流れると、その場でハミュ猫を囲んでいた猫の全員がごろごろとマタタビに身体をこすりつけはじめる。
勿論、もっとも効果が大きく激しいのはすぐ傍にマタタビを投げつけられたハミュ猫だ。
ぐったりと地面に転がるとそれこそ、一心不乱に転がり身体をこすりつけ、マタタビを堪能している。
「あっけなかったな…任務完了だ」
「んっふっふっふ、私とヴァルならこの程度は朝飯前…キリ!」
「いや、今飯食ったばっかじゃねーか」
「はぅ!?」
地面を心地良さそうに転がり酔いしれる猫を前に色々と衝撃を受けるメリアを他所に、俺も猫の群れへと近づいていく。
そうして素晴らしい働きを見せてくれたメリアの頭を撫で回しながら、猫集団の先頭にいたハミュ猫を拾い上げた。
今回の仕事、超ちょろいとかちょっと思ってしまっているのは秘密だ。
「目標確保だ、この牝猫たちには悪いが連れて帰るぞ」
「はいっ!」
だらーんと持ち上げられたハミュ猫は抵抗の意思を持たないまま、俺の手の中で揺れている。
僅かに視線を下へと向けると、マタタビで酔っ払った影響だろうか。
雄猫の生殖器官が、しっかりと見えてしまい何となく気恥ずかしい俺は目を背ける。
地面でまだ転がり夢見心地で転がっている猫に目を向ければ、中にはまだ歳若い。
それこそ子猫というのに相応しい体格の猫さえ混ざっていた。
…去年、このハミュ猫が脱走した時に生まれたてだった毛色と同じ猫が混ざったりしてる事には目を瞑っておこう。
「さ、帰るぞ・・・牝をはべらせるのもいいが、主人を心配させるな、バカ猫」
『みゃーん』という猫の酔っ払った鳴き声が俺の耳に届く
言葉はわからないが、ちょうど良いタイミングで帰ってきたその返事に気を良くした俺は、既に変化を遂げ狼の姿へと戻っていたメリアの背中に飛びのり、帰路へとついたのだった。