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古の伝承にすら姿を現す幻の獣でもある狼

『よろず屋 大和』


俺が昔いた国、日本で使われている漢字で書かれたこの世界の誰にも読むことが出来ない看板が目印の店。

転生なんてものがあるんだ、万が一日本人がこの世界に来てしまった時、目印になれるように描いたそれの下には小さくこの国の共有言語で、ヤマトと書いてある。

今の所そのような些細な気配りが実を結ぶ事はなく、店の看板を見上げるたびに日本のことを、ふっと思い出すのに役立つだけだが。

街の中心にある広場で北を向き、右回りに8本目にある8番通りの西門に比較的近い立地条件が、俺が自宅兼店舗として活用している店だ。


「なぁなぁ、猫が脱走したって言うけど今度は何処を探すんだよ~?」

木星の椅子に逆向きに座り背もたれに顎を乗せたレリクが気だるそうに誰に向けるともなく問いかける。

後ろ足――この場合はレリクから見てのだ――を持ち上げて欠伸をしているあたり、迷子の猫探しという単純な依頼を軽く見ているようだ。

それはレリクの他に…実はこっそりと金払いが良くなければ、面倒臭すぎてやりたくもない、と思っている俺…以外の何人かも思っているようで、今回の依頼に対し非常にリラックスしている様子が伺える。

ちなみに彼のスカートは背もたれを支える支柱によって隠され、内部を覗き込む事は出来ない…いや、先ほど見たばかりなので見たくもないけどな。


「手分けをして1番通りから手分けをして探す、ミィが前回脱走した時に見つけたのは5番通りの奥にある集会場だったな」

「あー、思い出した、確かそこで牝猫集めてハーレムしてたんだよなぁ、あいつ」

「そうだ…あのハーレムにまた戻っている可能性もあるからそこは……」

「俺が行こう、メリアを連れて行きたいんだけど、あいつは?」

「そうだな…彼女なら―――」

アリアが腕を組み、いつもと変わらない無表情を浮かべて答えようとしたその途端、勢い良く店のベルが鳴り響く。

更に言うならば扉が思い切り開け放たれ激しい音も一緒だ。


「わぅぅぅぅーー!たっだいまぁぁ、頼まれてたもの買ってきたよ~!!」

「対ミィ用にマタタビとか食べ物を買いに行って貰っていたが、今戻ってきたみたいだな」

勢いよく入店して楽しそうに声を張り上げた相手にアリアや俺の視線が集まっていく。

メリア、アリアの銀髪に近い灰色の髪と紫の瞳を持ち、髪の毛と同じ色合いの尻尾と獣の耳を持った彼女は木で編まれた背の高い買い物籠に荷物を載せながらやってきた。

彼女は俺の姿を見つけると、その耳をヒクヒクと動かして俺の傍までやってきて買い物籠をテーブルに置くと。

「わぁいヴァルだ、おっかえりー♪会いたかったよぉ~♪」

飛びついてきた。


それはもう、俺が座っていた椅子の前足が浮かぶくらい勢いよく飛びついてくると、そのままメリアの両手が首に回される。

危ないなぁと思いながら浮かんだ足が地面につく頃には、メリアの頬が俺の首元に密着して摺り寄せられていた。

「んふぅ~…ヴァルぅ、好き~♪」

「メリアァァ!?君はまた何を…私だってしたいのに、そういう事をさぁ!!」

その場で椅子から立ち上がり声を張り上げるアリア。

アリアは俺のことになると、すぐにムキになるな…なんてことを考えつつすり寄ってくるメリアの頭を撫でてやる。

灰色の髪の毛は俺の指を阻害する事無く通し、流れるようにすすんでいく。

その感触が楽しくて二度、三度と続けて梳いたり撫でたりを繰り返してやると、徐々にその表情が幸せに蕩けていった。

「ふぁ…ヴァルぅ……」


甘ったるいメリアの声が店に響き渡る、何名かの幼馴染は俺達から目をそらし、他の何名かはまたか…と言いたそうにため息をついて、それぞれの仕事に向かうべく立ち上がる。

やめろお前ら、そんな目で俺を見るなよ。

俺の心の叫びは誰かに届く事もなく、一人また一人とそれぞれの仕事に向かうべき席を立っていく。

唯一レリクとアリアだけは、何も言わず甘えてくるメリアと俺をじぃっと見つめていた。

「ずるいわぁ…メリアずっるいわぁ、俺もそんなことしたいのにさぁ…」

「わ、わかっていたはずだレリク…あの技はメリアだからこそ、許される技だ…私たちには…」



「んっふっふ、羨ましいでしょう~♪」

ぎゅぅと俺への抱きつきを更に強くしてくるメリア。

凄く、二人の目線が痛い。

あの目線はデレデレしてんじゃねぇぞこの野郎とか、こんな場所で昼間からイチャついてるんじゃねぇよこの野郎とか。

ともかく俺を攻め立てるようなのであるのだけは間違いがない。

「そういえば、クロウなんかはどうしたんだ…姿が見えないみたいだけど」

「え?あ…あぁ…こほんっ、あいつなら野良狼退治に向かっているな、2・3日前に外に遊びに行った子供が襲われかけたらしい」

「なにそれ!?俺もそっち行きたい!」


野良狼退治と聞いた途端にレリクが声を張り上げ、やる気をみせる。

そういえばゴブリン退治は飽きた、とか言ってたなぁコイツ。

内容的には、ただの猫探しだし…クロウの応援に行かせても良いかな。

「まぁ別に人数的には問題ないだろうし、大丈夫なんじゃない」

「ダメだ…というより、クロウの事だからもう終わりかけているかもしれない、今行っても徒労に終わるだけだぞ」

「あー…そっかぁ、残念だなー…はぁ…」

アリアの言葉に思わず納得する俺と、がっくしと肩をおとすレリク。

相変わらず俺にしがみ付いてくるメリアを軽く撫で回しながら、こほんっと一度咳払い。


「…それじゃあ取りあえず、予定通りに探しに行こうか、メリアが買ってきてくれたマタタビを皆しっかり持つように、情報が集まり次第みんなで追いかけて行って…日暮れまでには一度戻ってこようか」

「了解した」

「はぁーーい」

「うんっ、私はヴァルと一緒だね!」


三者三様、それぞれ思い思いの返事を返しながら残っていた連中も外へと出て行く。

ベルの音が響き渡り、後に残されたのは俺とメリアの二人だけ。

流れるような灰色の髪の手をのせて、軽く梳いてやりながらマタタビを手に取り、ポケットに無造作に突っ込むと外へと立ち上がる。

「それじゃあ俺達も行こうか、メリア…足は任せるぞ」

「うんっ、わかった♪」

俺に追従するように立ち上がり、右腕に抱きつかれる。

ちょっとメリアさんやめてください、当たってます、当たってますよ。

「んふふ~当ててるんだよ?」

おおぅ、そうでしたか…じゃあ短い間だけど、この感触を堪能させてもらうとしましょう。

それにしてもメリアのはやはり…デカい。








寝転びながら空を見上げると、雲がゆっくりと流れて行くのが遠くに見えた。

頭の後ろで両手を組みながら欠伸を一つ、時間は昼時を少し過ぎた頃だろうか。

ハミュ猫探しの前に何処かで飯を食べるのを良いなぁ、と思いながら背中から伝わる緩やかで優しい震動に瞼が落ちそうになってしまう。

ぎゅぅっと瞼を閉じると頭を振って深呼吸、両手を解くと俺を運んでくれている背中をぽんと叩く。

「あー行けない、気持ち良くて寝そうだ」

「寝てても良いよ~」


尻の下から底抜けに明るく楽しそうなメリアの声が発せられると、俺のすぐ傍にある耳が揺れた。

隣を歩いていた通行人が、俺とメリアの姿を見てぎょっ!とした視線を向けていたが…なるほど、あの人は旅人か何かだろうなぁと思う。

「まぁ知らなければ、確かに驚くよな」

「ふふふふ、うんっ」

何となく悪戯が成功した小僧のような気持ちになりながら、俺は俺を背中に乗せて運んでくれている巨狼――メリアへと笑いかけた。


年老いたという意味ではなく、種族として古い歴史を持つという古狼。

幻獣と一種としても分類されている一族の中で人の世に飛び出してきた、特上の変わり者メリアはこうして本来の姿である狼へと戻る事が出来る。

その姿といえば髪や尻尾と同じ灰色の体毛が美しく、大人が一人寝転んでも余裕のある大きさなのだから壮観だ。

本来ならば誇り高い存在であるはずのメリアは、俺や幼馴染を背中に乗せて歩くのが大のお気に入りらしく、こうして馬車一台が通れる程度の道ならば堂々と歩いてしまう。

十数年前から街の中で見かけられるようになったこの光景は、最早ここの住人ならば誰しも一度は見たことがある、程度のモノにはなっているだろう。


「あっヴァル~、向こうから馬車が来るから飛ぶねー?」

「ん?…あぁ、わかった掴まってるよ」

彼女の言葉に身体を起こし、道の向こう側を見ると確かに荷物を積んでいると思われる幌馬車が、のんびりとした足取りで此方へと向かって歩いてきていた。

このままでは数分もしない間に鉢合わせてしまうだろうが、馬車の業者に慌てた様子はない。

馬車馬の方も特に此方を気にした様子もなく歩いている事から、特に何かしておく必要もないだろう。

両者の距離はそれぞれの歩みの分だけ縮まっていき、いざぶつかるといったタイミングで、メリアが跳ぶ。


文字通りの跳躍で、巨狼はその体躯を軽々と馬車の頭上を通過させる。

幌馬車のほうも、業者が軽く手を上げて若干速度をあげて下を通過していく。

それぞれのすれ違い、が終わるとメリアがその場に音も無くちゃくち、何事もなく再び道を歩きだす。

まるでスキップでもするかのような気軽さに相変わらず、この古狼の能力の高さを痛感しながら、再びメリアの背中に寝転がった。


「あぁ、そうだメリア…途中で何か食べるもの買っていって、探しながら一緒に何か食べようぜ…何か食いたいもんあるか?」

「はい!ヴァルを性的な意味で食べたいです」

「昼飯抜き、と」

「えぇぇっ!?!?」

「あっはっはっはっは!」

「笑い事じゃないよ、ごーはーんー!」

「…悪い悪い、冗談だよ…じゃあ適当に歩きながら食べれるの、ついでに探しておこうな」


ぽふん、とメリアの頭…この場合は耳と耳の間の広大な面積を言うのだが、そこを足で軽く叩いて撫で回し笑いかけておく。

彼女曰く俺にこうされると落ち着くらしい、という仕草に機嫌を直したのだろう。

すぐにいつもの楽しそうなメリアの声が響くと、それだけでは足りないのか軽くスキップまでし始めた。

再び俺に襲い掛かってきた心地の良い揺れに意識を奪われないようにするのに、とてつもない労力を強いられたのは言うまでもない

読専だった時は何も思わなかったのに、自分で連載して初めてわかるこの苦労

なんですかこれ、きちんと定期連載してる人ってちょっと凄すぎやしませんか

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