可愛ければそれが正義
「ゴブリン退治はもう飽きた~!」
いつもの公園にいつもの声が響き渡る。
視線を向けるとその先ではベンチに座った人物が、ふて腐れたような声をあげていた。
やめろバカ、あまり足をバタつかせるな見えるだろ。
「なら、戦車にでも乗って荒野を行くか?」
「何それぇ~、戦車なんて怖くて乗れないよー、それに大事なお尻に何かあったら大変じゃん」
当然だが現代日本で流行っていたゲームのネタは通じない。
軽く肩を竦めながら苦笑いを浮かべると、確かにこの世界の戦車なんてオレも怖くてのれやしないなぁ、と思う。
「2番通りの奥にあるハミュレットさん家の猫が脱走して行方不明らしいよ、依頼が出てた」
「えぇぇぇ~猫探しもやだぁ、あそこんちっていつも脱走して女の子ひっかけてきてるでしょ、そういうのはちょっとぉ~」
「あまり依頼に好き嫌いを言うのはどうかと思うんだけどね」
俺はこの国でもそれなりに珍しい噴水の縁に腰掛けながら空を見上げる。
今日は良い天気だし洗濯モノの心配はしなくても良さそうだ。
とりとめもなくそんな事を考えていると頭に衝撃が走り、追従して緩い痛みがやってきた。
「いってぇ…」
「ねぇヴァル~、オレの話聞いてるの?」
「あぁ聞いてるよ…えーっと、飯奢ってくれるんだっけ?」
「やっぱり聞いてねーじゃねーか!」
ゲシィと気持ちの良い音と共に俺の足が思い切り踏みつけられる。
おまけに踏みつけた直後に、つま先を動かし捻りをいれてくるおまけつきだ。
ちょういたい、何これ。
思わず涙目になりながらこんな残虐非道な行為をしてくれた奴へと視線を向け。
「レリク君、俺は君から受けたダメージのせいで足の骨が折れました、つきましては謝罪と賠償を要求します」
「うるせー!こんなので骨が折れてたまるかよ!おら!おら!」
そいつ――レリクは自分の穿いている短い淡い紺色のスカートが翻るのも構わず今度は俺の脛へと攻撃を開始してきた。
軽く小突く程度の攻撃が断続して何度も俺へ降りかかる!
…とはいっても、コイツも本当に怒ってはいないんだろう、全然痛くない。
だが、しかし。
「ほう、水色とは趣味が良いな……」
「なっ!?」
俺の言葉に含まれていた、ある単語を聞いた途端レリクの動きが止まる。
ゆっくりと足を下ろし自分のスカートの裾を掴むと、視線を左右におどらせている。
たまに目線があうと慌ててそらして。
「あー、ぅー……いや、見たんだよな」
耳まで真っ赤になっているレリク、コレはわかりやすい。
しかし俺としてはそれなら短いスカートを穿くなよと言ってやりたい。
特にコイツの場合はそんな事気にすることないと思うんだけどな~。
「ばっちり、パンツを見せられた俺はやっぱりお前に謝罪と賠償を要求するわ」
「はぁ!?なんでだよ、俺のパンツだぞ、むしろ俺が金取りたいくらいじゃんかよ!」
「いやだって、なぁ……」
レリクの方を見る、明るく淡いグリーンの髪、何処までも細い四肢。
自分の体のラインを見せ付ける為に着込んだノースリーブのシャツとスカート。
口を開けば険のある言葉が目立つが、声色は高く愛らしい。
こいつと知り合い長いが、これで――これで。
「男のパンツを見て悦ぶ趣味は俺にはちょっとないってーの」
女よりも女らしい、それでいてしっかりと男として生きている男。
数多くいる俺の幼馴染の一人、レリクはそんな奴だった。
「えー、良いじゃんかよぉ俺のパンツだぜ、金払っても見たい奴いるんだぜ~?」
「金払わないと見れないようなパンツに俺は興味はない」
男だという事に追求した途端に楽しそうな笑顔を浮かべ俺の隣に座り込んだレリクを一蹴。
しかしコイツもそんな事にはなれているのか、笑顔を崩さないまま俺のわき腹を指で突っつきはじめてきた。
あ、だめレリクさん、ソレ俺弱いんです。
「うりうりぃ~、嬉しかったと言うのだぁ~」
「ちょ、やめろバカ!離れろ!子供みたいな真似をするな!」
「へっへっへ良いじゃんかよぉ、ヴァ~ルゥ~」
このまま突っつかれては仕方ないと慌ててレリクから離れる。
レリクは少しだけもったいなさそうな顔をしながら持ち上げていた指を下ろす。
「ちぇ~…でもあれだろ、似合ってるだろ?」
噴水から立ち上がり、どやぁぁという顔で俺を見下ろしてくるレリク。
なんかウザいと思いつつこいつがそこらの女子よりよっぽど女の子らしいのは俺達幼馴染一堂が知っている事だ。
不承不承といった形で頷くとどやぁぁ、という表情は一転してこれ以上ない程に嬉しそうに綻び。
あろう事かその場で思い切り飛び上がった。
またしても持ち上がり水色を晒すスカートがイヤでも目に付いてしまう。
「やったー!やっぱ俺可愛い!俺美しい!俺きれい!」
「そこまで褒めてねぇよ!?また見えてんぞ!」
「見せてるんよ、なんてね」
にぃっ、と獰猛に歯を向いて笑っている…レリクからすれば、そのつもりなんだろう。
実際には首を軽く傾げて可憐に笑っているようにしか見えない。
そこをまた憎たらしく思いながら、俺は一度深く長くため息をつく。
「はぁぁぁぁぁ…………」
「あはは、ごめんごめん調子に乗りすぎたよ」
「いや、少しは嬉しかったから別に良い…それはさておき、仕事の事なんだけど」
「ふぇ?ゴブリン退治?ハミュ猫?」
「ハミュ猫、4日位前かな…いなくなったわぁ、とかハミュレットさんが喋ってたらしいから、そろそろ来るぞ」
ハミュレットさんは愛猫家で有名だ、三日も自分の家の猫がいなくなれば心配になる。
そして、心配になればすぐに俺たちの所に依頼を出してくるのが、いつもの事になっているんだ。
金持ちのハミュレットさんの依頼だし、なんだかんだで仕事という事で断る事も出来ずに何度も請け負っているので、レリクはその辺りの事もわかっているんだろう。
露骨に嫌そうな顔をすると、肩を落としてため息をついてしまう。
「俺、あの人の依頼苦手なんだよなぁ…めんどくさいし、自分勝手だし…猫の管理位自分でさぁ」
「レリク」
「わかってるよぉ、でも受ける仕事の内容があれこれとか俺らが思うくらいは自由だろぉ」
「…その通りだけどなぁ…俺もめんどくさいけど、金払いが良い…多少の不満は消しておこうぜ、ソレも仕事だ」
俺が日本でサラリーマンをしていた頃、上司に怒られる不条理な内容に比べたら、まだマシなほうだ。
なにせ仕事を与えられて、それをこなせれば金をもらえて文句も言われない、まるで天国じゃないか。
隣を見ればレリクがわかったのか、それともわかっていないのか、とにかく神妙な面持ちで頷いていた。
まぁ納得していてもいなくても、ハミュレットさんからの依頼ならばコイツも無理やりに戦力として数えるんだけどな。
改めて俺の隣に座り直したレリクの頭に手をおいて撫で回す。
俺が5歳の時に知り合い一緒に遊んできたこいつは、まだ子供だからそのあたり割り切れないんだろうなぁ。
「…ヴァルぅ……」
どれだけ撫でてやっていただろうか、多分時間にして1分もかからなかったと思う。
しかしその短い間に、渋々俺達がしているのが仕事だという事を飲み込もうとしていたレリクの表情は消えてしまっている。
代わりに俺の肩に身体を預け、両手で俺の身体を抱きすりついてくる彼女、いや違った、彼の姿があった。
コレはまずい、長い付き合いだからわかるが、これは非常にまずい…次にレリクが言う言葉は……!
「ヴァル…ちゅーしよ、…ね?」
「あぁ、そのうちに気が向いたらな」
「なんだよ、もう…ヴァルの意地悪…な、良いだろ…俺もう我慢できなくて…」
甘ったるく甘いまどろみに誘うようなレリクの声、そして努めてこいつの方を見ないようにしていた俺がちらりと視線を向けると、そこには俺に向けて唇を突き出すレリクの姿。
まずい、本当に食われる…!
最悪突き飛ばして逃げる、という選択肢を頭の中に叩き込みながら、どうするかと考えていると神の助けは身近な所から降り注いだ。
「レリク、ヴァル、何をしている」
「うひゃぁぁ!?!?」
アリアだ。
澄み切った鈴のような、それでいて朝露に濡れた刃のような鋭い声。
その声色を聞いた瞬間にレリクは面白いほど身体を跳ね上がらせ、俺から距離を取る。
一方俺は、助かったという思いで体から力が抜けていく。
「ア、アリア、どうしたんだよ…今良い所だったのに!」
「良い所、とかそんな事は良い、私のヴァルと、お前は、何をしていた」
声色は変えないまま、淡々と問い詰めるようなアリアの声は正直怖い。
俺だって、レリクの立場になったら逃げるだろうなぁ…関係ないから、こう言ってるけど。
「い、え何も…何もしてません」
「ほう……まぁそれは良い、私も後で同じことをしてもらう、いや、それ以上のな」
「えぇ!?ずるいぞアリア、俺だってなぁ、俺だってなぁ!」
「…ほう?」
「…はい、すいません」
つえー、アリアまじつえー。
「………ヴァル、レリク、仕事だ…ハミュレット家の猫が脱走した、心配だからつれてきて欲しい、とのことだ…お前が戻ってくるまで店で待ってもらっている」
「うへぇ、やっぱりぃ」
「はは…ほれ見たことか、ま…猫探すだけの簡単な仕事だ、頑張ろうぜ」
「……?」
意味が分からない、といった風に首を傾げるアリア、と肩をおとすレリク、そして金払いの良い仕事が入った事に悦ぶ俺。
三者三様の様子を見せながらも俺は、街中を歩き回るのは大変だけど、次の給料日が楽しみだなぁ、とか実に平凡な会社員らしい楽しみに、微笑んでしまっていた。
「それでねぇ、うちの猫ちゃんがまぁ~たいなくなっちゃってね、もう心配で心配でご飯も喉を通らないのよぉ」
人の良さそうな笑顔を浮かべながら、今回の依頼主であるハミュレットさんが言った。
俺の視線は自然と妙齢の彼女から少しずつ下にずれていき、胸を通過した更に下へ。
ハミュレットさん…そのお腹で飯が喉を通らないとか、ありえませんよ。
声には出さずにそういうと、視線をあげて再び依頼主と向き合う。
「あはは、気持ちは分かります…自分達も出来る限り早く探して連れてきますから、どうぞ心配せずに」
「あらぁ本当?いつもいつも悪いわねぇ…」
「いえ、仕事ですから」
軽く愛想笑いを浮かべながら、そう返しておく。
人と恰幅の良い、猫を文字通り猫可愛がりして愛猫から若干の苦手意識をもたれている貴婦人も、俺の返事に笑みを深くする。
「たすかるわぁ…ヴァルちゃんも、クロウちゃんも、みーんなまだ若いのに真面目で…私もこんな子供が欲しかったのよぉ」
「そういえば、ハミュレットさんの家はお子さんがいませんでしたね」
「えぇ…中々出来なくて…その分うちのミーちゃんがいるから良いのだけれど…」
「なるほど、わかりました…それじゃあ大至急探し出しましょう」
「よろしくねぇ?」
分かりました、と軽く返事を返しながら左右に目を向ける。
俺と依頼人が向き合っているカウンターの他に、いくつか設置してあるテーブルの上には数人分のお茶がおいてある
公園から一緒に歩いて帰ってきたレリクやアリア、それから他数名程度が俺と同じように頷き立ち上がり。
「では、私たちは早速探しに行きますのでこれで失礼します」
「ハミュレットさん、報酬の方よっろしくねぇ~」
「えぇ…ミーちゃんも大事だけど貴方達も気をつけてね、ちゃんと連れて帰ってきてくれるの、楽しみにしてるわぁ」
よっこいしょ、と少々貴婦人には似つかわしくない声をあげて依頼人が立ち上がると、俺達に向けて軽く頭を下げて退出していく。
からんっと気持ちの良いベルの音が鳴り響くと、店に束の間の静寂が訪れた。