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俺と訓練

右手に持った木剣を左から右へと振り払う。

相手はそれを軽く後ろへとステップして回避するが、それは既に予測済み。

すかさず今度は左手に持った木短槍を相手の顔へと向けて突き出す。

手加減は一切しないまま放たれた丸められた槍の先端が気持ちの良い風切り音を発生させながら、瞬く間に距離を詰めていく。

しかし相手は頭をほんの僅かに横へと逸らす事で難なく回避。

それならば、と俺は槍を相手とは逆の方向に動かし、微々たる距離を作ると首筋へと強かに打ちつけようと――――出来なかった。

素手の相手は俺の突き出した槍の柄を掴み、自らの方向へと引っ張っていた。

その力に不意をつかれる形となった俺の身体は、一瞬だけ揺らがされこの後の行動の判断を迫られる。

相手の方が純粋な力は上、このまま木槍を取り返すなり逆に体勢を崩してやるのはどう足掻いても不可能。

ならば、と左手を木槍から離し目の前の相手へとくれてやりながら後ろへと跳躍。

十分な距離を開けることが出来た事に安堵を覚え、自由になった左手を腰の後ろへ回す。

見れば、常に素手で戦う事を心がける彼にとっては俺の訓練用の木槍は邪魔なのだろう。

自らの後方…おれから見れば遥か彼方へと投げ飛ばしてしまっていた。

これでこの戦いの最中に再び俺が槍を握れる事はない、と判明すればむしろ安心してしまう。


(やっぱり、槍と剣の二つを同時に持って戦うのは難しいな)


俺の頭にハルバートでも持って戦うか?という考えが生まれかけたが、すぐに却下する。

そもそも槍は戦いの幅を広めてみたいから持ってみただけで、無理に扱う必要はないのだ。

そんな事を思っている間に目の前の訓練相手の彼、は俺との距離を詰め一息で接近できる距離まですり足移動を終えたのだろう。

身を低くして、静かに呼吸を繰り返すその姿は未だに相手に勝つ自信を持ちきれない俺には冷や汗モノであった。


「―――――――フッ―――!」


彼の靴が地面を叩く気味の良い音が聞こえた、その瞬間には手を伸ばせば触れられる場所まで距離を詰められてしまう。

相変わらずの身体能力の高さにますます相手に勝てる自信を失くしかけるが…………ただでは終わらない。

確実に俺に一撃を与える為に下から腹部に向けて放たれたその拳に対し、俺は腰に回していた左手を腹の前へと戻す。

その手には、木槍を持つ為に装備する事が出来ないために身につけておく程度に留めていた小型の丸盾が握られている。

目の前の相手の表情がほんの僅かに緩まった気がするが、それは此方も同じ事。

立派な凶器と化している拳は丸盾へと吸い込まれるようにしてぶつかり、乾いた音が響き渡る。


(残念!お前は知らないけど俺のコレは中央にだけ鉄板を仕込んであるんだよ!)


木製の丸盾ごと粉砕して、俺に一撃を当てる事で勝利を掴もうとしたのだが、そうはいかない。

打撃の違和感に慌てて拳を引き戻したが、時は既に遅く。

右手に持った剣を捨てた俺はお返しと言わんばかりに彼の顔目掛けて全力で握り拳を放ち。


次の瞬間には地面に激突していた。


「ガ……っ!は、ぐげ…!!」


腹から喉をとおり空気があふれ出し、喋る事はおろか呼吸をする事すら出来ない。

投げ飛ばされた、ちくしょう!

背中を強かに打ちつけられた俺は、その痛みに地面を転がって悶えたくなるが、それすらも痛みのせいで許されない。

おまけにあまりの痛みに頭痛までしてきた所で、ようやく腹の中の空気を出し切ったのか、俺はぜいぜいと呼吸を開始する。

誰の目から見ても勝敗は決した、このまま意識を手放してしまいたいという強い衝動に駆られるが、そんな事は自分が許さない。


「ま、まい、ま、まいりま、した……」

 

掠れる声で何とかその言葉だけを搾り出すと、俺を見下ろしてくる彼の動きが止まる。

あのクソ野郎、やっぱりご丁寧に俺の首を踏み抜いて俺に完全なるトドメを刺すつもりでいやがった。

友人の悪癖と全身を駆け巡る苦痛に顔をゆがめながら、俺は安心して意識を手放す。

あいつは確実に相手を倒すけど、負けを認めた相手に追撃をするような真似は絶対にしないのだ。





「魔法禁止ルールじゃなければ、負けてたかも知れない」



なるほど、イケメンは心までイケメンなのか、勉強になった…知りたくもなかったよ、コンチクショウ。

つい先ほどブラウンカラーの髪をウルフカットで揃えたイケメン、クロウにボコボコにされた俺は意識を取り戻すなり口に出された奴の感想に、悔しさより先にそう思ってしまう。

俺の基礎的な能力を鍛えるために魔法の類を一切使えないクロウに頼み込んだルールだったが、どうやら俺とコイツの差はまだ天と地ほどもあるらしい。


「いやー参った…相変わらず強すぎるだろ、活殺自在拳」

「…悪い、使ってない」

「…………」

「そのな…お前が魔法禁止するなら俺も、自前の技を封印して戦ってみようと思って」

「説明すんな!もうやめろ!俺のライフはゼロだよ!」

「…すまん」

「ライフはゼロつってんのに追い討ちかけるんじゃねぇぇ!!」


我が家の裏手にあるこじんまりとした、何もない平凡的な庭に絶叫が響き渡る。

声の主は勿論、俺。

絶叫をあげさせた相手はイケメンにして俺の幼馴染の一人クロウ。

何を隠そう彼は、古代から伝わる最強の暗殺拳術『活殺自在拳』の正統後継者だったのです。

もっとも、その技を引き出す前に俺は負けてしまいましたがね!


「ふむ…ならば次は私とやりあってくれないか、クロウ」


不意に俺の身体に影がおりたかと思うと次の瞬間には頭の上にやや硬くも、暖かい温もりが触れた。

そして、すぐに仄かに甘い香りが俺の鼻を楽しませたかと思うと、頭におかれた温もりの正体…人の手を払って振り返る。


「アリア、見てたのか」


風に揺れる長い銀髪、意志の強さを感じさせる吊り上り気味の深い紅の双眸

白いスカートの青いセーターという、そこらを歩いていそうな格好の癖に腰に刀をぶら下げているミスマッチな少女がそこにいた。

彼女は腰の刀の柄に右手を置き、左手の人差し指を頬にあてて微笑みながら


「ああ、熱心にやっていたから声をかけずらくてね…ヴァルも中々良い動きをしていたよ」

「それはどうも…まだまだクロウに勝てなくて、いい加減腐っちまいそうだ」

「俺は魔術は使えない、どちらもできるお前と比べるのが間違っている」

「だ、そうだが…確かに私もクロウの言葉に賛成だな、お前の実力は訓練じゃ発揮できないさ」

「へいへい…あんまりベタ褒めすると調子に乗るから褒め過ぎるなってーの」


立ち上がり、腰や尻についた土や草を払ってから身体を思い切り天に向かって伸ばす。

全身を強打した痛みは既になく、気を失っていたせいか何処か身体全体がすっきりとしているのが自覚できた。

うーん…強くならないとなぁ…。

一体どうすれば、あのクロウに一泡吹かせてやれるのだろうか。

訓練前の準備運動を開始したアリアを横目で見ながら、そんな事ばかりを考えていた。





「ふぅ……良い汗をかいたよ、充実した訓練だった」

「あぁ…次は俺も負けない」

 

時間は昼前といった所か。

途中白熱していたらしい、二人の戦いは数十分にもおよび、勝機をつかむために懐に飛び込んだクロウの顔面にアリアが予想以上に激しいパンチを打ち込んだ事で決着がついた。

武器を持って戦うタイプの癖に、普通のパンチもクロウに届かせられるとか何なのあいつ、どんだけ強いの。

まぁ……なんて風に思っていても仕方ない、俺もいつかはああなりたいものだ。

 

「お疲れさん、熱中してる間に昼飯にパスタを茹でて来たんだけど食うか?っていうか食ってけ」

「ん?あぁ…サンキュ、じゃあお言葉に甘えよう」

「………ヴァルの、料理だと…?」


3人分のミートソースのパスタの準備をする俺にアリアの声が聞こえる。

ちらりと見れば肩を震わせて俯いて何事かを考えているようだ。

これは…いつものアレか……。


「アリア、イヤなら食べなくて良いんだぞ」

「なっ…!?逆さ、死んでも食べたい何があっても食べたいダメといっても食べさせてくれ、お前の…ヴァルの手料理だなんて、私は…私は……!」

「…いつものアリアだな」


若干呆れたようにクロウが言う。

俺もそれに習って頷きながら3人分のパスタを盆に載せて、それぞれに配っていきながら一人ため息をつく。

アリアがこうなってからもう2年かぁ……。

別段何か事件があったわけでもない、ただ彼女のほうから好きだ、と伝えられた日の事は今でも忘れられない。


「はぁ…愛する人の手料理を食べてるなんて、私は幸せなんだな…」

「…俺も食べてるぞ?」

「お前はヴァルを愛していないからこの幸せがわからないからな、もったいない」

「頼むアリア、もったいないとか言ってくれるな、ヴァルと俺とか何処の腐った連中が喜ぶんだよ」


うっとりと微笑みながらパスタを食べ進めるアリア。

無愛想に見受けられながらもその実、熱心に料理を食べてるだけのクロウ。

二人の様子に呆れられながら、内心美味そうに食べてくれる二人にまんざらでもない俺。

ここまで喜んでくれるのであれば、他の連中も誘ってみんなで食べればよかったなぁと、そんな事を考えてしまうのであった。

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