チートというけどお前らほどチートじゃねぇ!!
久しぶりすぎて色々忘れました
チート。
動詞:騙す。不正をする。だまし取る。
名詞:騙すこと。不正。いかさま。
俺のこの能力は誰かを騙す類のモノではなければ不正でもない。
イカサマや、だましとったものでもない。
前世の日本人としての生命を終えた際に、神様から正式な謝罪或いは報酬としてもらい受けたものだ。
では…チートとは一体何なのだろう、と目の前の光景を見てそんな事を思ってしまう。
「コレが終わったら帰りに依頼金で歌劇が見たいな、どうだ一緒にいかないかヴァル」
「随分と余裕だな…気を抜いていると足元をすくわれるぞ?」
「気を入れてとりかかる必要がないのさ」
銀色の煌きが死という言葉を伴って左から右へと流れていく。
剣を振るう手に、余計な力はこめられていない。
まるで目の前を飛び回る羽虫を払うかのような、気軽な動作が完了。
刃に伴われた死は複数の相手へと降り注ぐ。
否、彼らが死んだという証は彼らにだけではなく、緑色の汚臭のする体液となって地面へも飛び散った。
一拍遅れてどさり、という生命と力を失った肉体が地面に倒れ付す音。
瑞々しい生気を感じさせる土色の肌、色濃く染まった人間とは違う緑の血液。
ゴブリン。
人類の天敵たる魔物。
その中でも、秀でた所が薄いが故にその繁殖力で数を増やし外敵に抗うという
最も人間に等しい性質を持つ彼らは、刃を振るった少女、アリアの手によって死んだのではない。
いや、厳密に言えば確かにアリアが殺したのだが彼女の刃は一瞬たりとも、ゴブリンに触れたりはしていない。
故に今の誤解を招く表現をしたのだが…その理由は彼女の魔術にあった。
剣技に秀でた彼女はそれだけでは飽き足らず、その自前の高い魔力を用いた方法で視える世界を斬る、のだそうだ。
…例えそのような理由があったとしても明らかに刃の届かない相手の首を、複数叩き落して平然とした顔をしているのは、イカサマレベルだと思う。
少なくとも俺なんかよりは、よっぽど強いだろう。
「クロウ何か言ってやって」
「…………」
がさり、と森の木々が微かにざわめいた。
遅れて人影が頭上を通り過ぎていく。
歴史の影に葬り去られて終ぞ表に出る事のなかった暗殺拳の正統後継者は、今は木々の間を飛び回り、あちらこちらに潜んでいる魔物を殲滅するのに忙しいらしい。
返事が返ってこないことは意外と寂しいと思いつつ、何かの助けになればとパルクールの存在を教えたら数日後にはどこかのアサシンも驚きの動きをしてきたあいつも大概だよなと思う。
「どっちもどっちって事か」
「心外だ、俺はアリアみたいな真似はできない」
静かで、冷たく、それでも何処かうんざりとした感情を感じさせる声が木々の間、魔物達のいる方から聞こえてくる。
土色の肌の魔物は予想外に近い場所で圧倒的優位に立つ敵である、人間、の声が聞こえてきた事に驚き周囲を見渡し始めた。
俺たちと、魔物の距離はおよそ10メートル。
正確な距離なんて測りようがないので、大体それくらいだろう…武器を構え周囲と、そして俺達の事を警戒している魔物達。
その頭上から、梢をざわめかせたクロウの体が敵の群れのすぐ後方へと落ちてくる。
手を伸ばせばすぐにでも届く距離、あの男は目の前にいるゴブリン達のうちの一匹の首を片手で掴むと、跳躍。
木の幹を蹴り飛ばし空中で体勢を変え自由な手で太い木の枝を掴むと、回転からの着地。
再び跳躍すると彼の身体はすぐに木の葉に隠されるようにして、誰の目にも見えなくなってしまった。
それからゴブリン達は仲間が一人減った事に気がつかないまま、手に持った粗末な石剣や石槍を掲げて突撃のための雄叫びを森に響かせる。
知能の低い彼らの雄叫びは決して気持ちの良いものとは言えず不快感が激しい。
しかし群れの中では相当な効果があったのか、或いは隣で剣を構える繁殖相手として申し分ないアリアがいるからなのか、彼らは同胞の亡骸を跨ぎ、或いは足蹴にして、俺たちに向かって走り始め―――。
頭上から降り注いだ生暖かい雨によって、その歩みを止めてしまった。
木々の間から生える樹木の隙間に覗く空は極めて快晴。
だと言うのに降り注いだ雨に、魔物達は不思議そうな顔をしてお互いを見つめあい始める。
敵に突撃を始めていたのに、それを忘れてしまうのはやはり、本能に生きる魔物故、なのだろうか…なんて事を俺が考えていると彼らはその雨の正体に気がついた。
暖かく独特の匂いを発する緑色のそれは、血だ。
動揺と興奮が群れの一匹の胸中を占め、それが伝播していく前に彼らの中央にはかつて彼らの群れの一員だったモノが落ちていく。
首をねじ切られ激しい勢いで血を噴出す死体は何が起こっているのか理解できない彼らの前でゆっくりとその勢いを弱め、やがて止まる。
「混乱する気持ちはわかるが、俺たちを前にそうして無防備を晒すのは殺してくれって言ってるようなもんだぜ!」
両手を前に突き出し、その指の一つ一つを敵へと向けてイメージ。
土くれの槍、先端には砂鉄固めて作った簡易的な刺突力の強化、そして風の勢いを得て射出。
無造作に頭部を貫き頭骨を粉砕していく部分まである程度イメージを終えると、指先に形成されたあわせて10の槍は高速で飛翔していった。
「規格外」
何処からか誰かの声が聞こえてきたような気がするが改めて言わせて欲しい。
お前らほどチートレベルじゃねーよ俺は!!