ピロウトークには気をつけましょう
「うん、殺すよキミら」
真っ暗で日の光も届かない深い深い井戸の底。
そこに小さな石を放り込み、ぽちゃんという音と一緒に水が頬にかかったらきっとこんな感じがするのだろう。
ただしミーニャが搾り出した冷たい声は、頬にかかるというより体全体に浴びせかけられるようなものだった。
歯の根がかみ合わず、かちかちと音を鳴らしていないだけ自分を褒めてやりたい。
「あははは……」
代わりといっては何だが思わず口からは笑いが漏れてしまう。
助けを求める為に横を見ると、レリクは借りてきた猫のように大人しい。
…その表現は正しくないかも知れない。
何故なら大人しいのは表面上だけで、その身体は小刻みに揺れては俺にすり寄せられ。
人肌の温もりというものを堪能したかと思えば、そこは自分の居場所であるかのように、強く腕や背中に顔を埋めてくるのだ。
「ヴァル…作業がしたいから部屋を借りたい、といって出てったのに…なんでこうなってるの?」
「は、ははーーー!!場の流れと空気によりましてですねミーニャ様!」
「…ヴァル、もう一度聞くね……どうなってるの…?」
「…ごめんなさい」
寝癖を直す事もせず、睡眠時間の足りないミーニャの隈で縁取られた瞳が強く俺を射抜く。
このヨレヨレの白衣の、頭二つ分程度小さい少女が今は何より恐ろしかった。
「ヴァルは悪くないぜー…悪い所があったとしたら、俺もうヘロヘロで動けないくらいー」
「ヴァル……」
お願いだから黙っていてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!
肉体的にもつながりあえたんだ、精神とだって!
その思いだけを一心にレリクに向かい、口を閉じろ!余計な事を言うな!と念を飛ばし続ける。
願いが通じたのか、それとも相互理解が行えたのかはわからない。
だがレリクはゆっくりと顔を持ち上げると、その紅色に染まった姿を隠すことなく俺へと向け。
「…またしようぜ?」
人は簡単には理解しあえないらしい。
勿論それはレリクの普段のあの空気の読めない感じを見ていたわかるので、まぁ納得してしまう。
盛大にため息をつきたくなるのを我慢。
「あぁ、そうだな…所でミーニャ、別にサボってたわけじゃないんだ」
コレを見ろ、と先ほどまで手を真っ黒にして描いていた紙の束を差し出してやる。
横から凄い作品だよ、面白かった!とか声が聞こえてくるがもう完全に無視。
彼女の方もきちんと結果として生み出された紙束を見れば、流石にそれ以上文句は言えないだろう。
研究者とはいつだって、過程や手段より結果を重視する生き物なのだ。
「………………」
ただ、研究者とは人の結果を見るときだけは、普段以上に厳しい目線を持つ生き物でもある。
ソレが切磋琢磨の第一歩だとは言え、その道に居ない俺にはこの沈黙はちょっとキツイ。
「……あの、ミーニャさん…?」
「……ふぅ」
短いため息が彼女の唇から漏れると、紙へと落としてた視線が一転して俺へと向けられた。
「ワタシはヴァルがわからない、昔からそう」
「…はい?」
「今の技術を通り越した発想は、普通じゃ生まれないもの…それを持っていて、こんな風なモノまで作り出す
何処からそれが沸いて出てくるのか不思議だと、いつもワタシは感じてる」
「ヴァルはねぇ、別の世界の生まれなんだってー、あはは凄いよね~?」
「…笑止、観測された事のない別の世界、なんて神の存在を証明しろというのと同じ、誰も見たことがない」
はい、俺が見たことあります…とは言っても、ミーニャみたいな科学者には自分の目で見たことが一番だから、そういわれるのもしょうがない。
俺は少なくともそうおもうので、別の世界から生まれ変わってここに来た、なんてことを全面的に信じてもらおうなんて、おもってはいないのだ。
「でも、ヴァルが神様に与えられた能力があるというのが、あるのも事実…普通の人間は詠唱を破棄して魔法を唱えるなんて、不可能だし…」
「俺の存在が、神の証明になる?」
「まさか、ヴァルのソレが特異体質だという保障は何処にもない、世界を探せばもう一人くらい、いるかもしれない」
「まったくその通りだよミーニャ」
沈黙が、室内に流れる。
もっともこの沈黙はそこまで不快で重苦しいモノというわけではない。
小さい頃から自分の研究に没頭し、俺らが誘わなければマトモに外にも出ようとしない彼女の、この長い沈黙は黙考。
そのリソースの全てを思案する事に割いているのだと、俺もこの桃色女装美少年も十分に理解していた。
していたので、ためしにレリクの喉元に手を伸ばしまるで猫か何かをあやすように、くすぐってやる。
「ふにゃん~…」
まったく持って気の抜けた声が沈黙を破壊して、響く。
いや、少しは空気読もうね…原因の俺が言うのもなんだけどさ。
「ヴァ~ルゥ~、俺をどうする気だよぉ、今日はずいぶん甘えさせてくれるじゃんかよーぅ…」
「……やっぱキミら殺すよ?」
「ご、ごめんなさい」
黙考を邪魔されたミーニャの目は、それこそ視線だけで人を殺せそうなほど強かった