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異世界コロンブス

荒削りで粗雑、純白とは程遠いくすんだ色合いの紙の上に鉛筆を走らせる。

黒い線はこの世界、この国特有の文字となって何も描かれていない白紙の上を踊りだす。

時折、子供の頃に習いはしたもののすっかり忘れてしまった文字などが出てくるたびに筆を止め頭を悩めてしまう。

そんな時、ふとずっと昔に自分が学生だった頃の事を思い出し、つい口元が緩んでしまうのは仕方のない事だ。

記憶の扉が開きだすと余計な事まで頭の中に浮かび上がりだし嫌な予感と共に鉛筆を握った右手を持ち上げる。

ゆっくりと、ほんのわずかに淡い期待を抱きながら、今まで紙と触れ合っていた部分を覗き込む。


「うわぁ、真っ黒だ」


世界が変わって、言葉が変わって、姿形や名前が変わっても。

俺は同じような事をまたやってしまうらしい。





「なぁんて、俺が思い出に浸ってる間くらい静かにできないのか」

「すげぇ!ヴァル、見てこれ…明かりが、明かりが勝手に灯ってる、小さいけど光ってる!」

「豆電球だな…雷系の魔法で蓄電池をどうにかしようとミーニャが2年くらい前にがんばってた奴だ」

「こっちのは!?」

「あぁ、それは………」


試し書きという名目で完成した紙と鉛筆を持って、部屋を借りてから少々。

昼食を取って腹の膨れた人たちが、ようやく存分に動き回れる程度にはこなれてきた、というくらいの時間がたっただろうか。

物思いに浸っていた通り、手を真っ黒に染め上げながら書き物をしていた俺は、早くも待つことに飽いたレリクの、質問攻めという妨害活動にあってしまった。

早くコレを完成させてしまいたいのに…コイツ、後で言葉責め仕返してやろうか。


「で、ヴァルは何書いてんの?っていうか文字書けるの?」

「いきなり言ってくれるなお前…良いから、あっちであれこれ探索してろよ、…コレが終わるまで静かにしてなさい」

「え~やだよ…お前は俺の両親か!」

「お前親いないけどな…こほん、子供みたいにあっちこっち目移りしてるあたり、子供とかわりないって事だよ」

「だってなぁ~気になるじゃん?」


「俺は大体知ってる、というか開発のアドバイスとかでよく来るから、気にならない」

「ひでぇ…でもそっか、変わり者のミーニャってこんなのやってたんだな…ヴァル何書いてんの?」

「できてからのお楽しみな、まぁ…あいつがカガクシャ、なんて名乗ってるのも俺が教えちゃったからだしな」


しきりに手元の紙を覗いてくる姿はまさしく、構ってほしくてじゃれついてくる子供と変わりない。

目線と右手はしっかりと紙の上に向けたまま左手だけで軽く払ってやると、唸るような声が聞こえる。

お前はメリアか、とつい口を挟みたくなるのを我慢しながら、ちらりとレリクの方を見てから手を伸ばす。

ちょうど書き物のために椅子に座り込んだ、俺の肩の高さと同じ位置にあった頭に手を置いてやる乱雑に撫でる。


「うわ、ちょ…やめろって、せっかくの髪の毛が乱れちゃうだろ、こら、やーめーろーよー!」


なにやら抗議の声が聞こえてくる気がするが、この際無視する事にした。

撫でる、撫でる、撫で回す、たまに髪の毛に指を絡めて弄ぶ。

そうして絡まった部分のまた、ゆっくりと指を通して梳いてから、撫でる。


暫くそうして堪能していると、最初はレリクの方からあげられていた抗議の声が次第に小さくなっていく。

いや、正確に言えば抗議の声自体は連続してあげられているが、それは別にやめろと訴えるものではなかった。


「あぅ、ヴァル…だからそんな手つきずるいって、ぁー、もう……」


少し離れた場所にあったはずのレリクの身体が触れ合うほどまでに密着し、桃色に色づいた頬と視線が俺の方を見つめてくる。

頭を撫でる腕に手を伸ばし、優しく触れるかどうかのタッチで俺の肌を撫でまわしていく。

まるで閨を共にしたときの愛撫のようだ、と思ってから背筋にぞくりとした何かが駆け抜ける。

勿論それは男のレリクにそんな事をされているという嫌悪感ではなく、むしろそのまったくの反対側の、感情で………それを自覚してから、気がついた、もしかして、これは。

………なんか、変なスイッチ入れたような気がしたのは、気のせいだと思いたい。


「でもあれだよ、俺はヴァルが望むなら別に…あ、そうだ、まだそれやってるなら俺が椅子の下で口で―――」

「ストップ!それ以上は言うな、ここはミーニャの家だからね、お前ならやりかねないからいっておくけど、絶対やるなよ!」

「やるなよ、絶対やるなよ、良いかやるなよ、だね?オッケー」

「ちげぇ、マジでやるなっていってんだ」


今まで撫でまわしていたのをやめて、レリクの頭を引っぱたく。

すぱぁん!と自分でも良いと思える音が響き、間違いなく改心の一撃を受けたであろう男は、それでも頬を膨らませるだけで。


「なんだよもぉ、せっかく俺が一肌脱いでやろうと思ったのに、いろんな意味で!」

「お前が脱ぐと一肌じゃすまないんだよ、何枚脱ぐ気だ」

「えーっとね、下着まで全部脱いじゃうからあわせるとね~」

「言うな!…それより、ほれ…書き終ったけど見るか?」

「おうよー!見るみる!」


今まで右手の下敷きにしていた紙を取り、レリクの方へと差し出してやると、意外にも丁寧に受けとって、俺から離れて目を通し始める。

その表情が最初は、びっしりと文字を書かれた紙が数枚あることに対する露骨な嫌そうな顔だったが、受け取って、俺が書いたものという手前もあってひけなかったんだろう。

よく動く口を止め文字を追いかける事、数分。


恐らく最初に話が終わって俺が乱雑にフリーハンドで引いた横線まで読み終えたのだろう。

最初の表情とはうってかわり、レリクの口元には笑みが浮かんでいた。


「ヴァル、これ結構面白い」

「だろ?俺の国の話なんだけど…俺以外知ってる奴いないから、ズルしてみたわ」

「ヴァルの国って…あぁ、あの異世界の日本とか言う、妄想世界」

「…お前よくソレを俺の目の前で堂々と言えるな?…まぁ良いや、続きも大体そんな感じの話だから、見てみろよ」

「うん」


短い返事を最後に再びレリクの視線が紙の上へと落とされる。

先ほどまでの姿がまるでウソのように静かに文字を読む姿や、さっきの感想に、何となく成功を感じ取り俺はついつい嬉しくなってしまう。

勿論、今説明したように…日本の記憶の中にある物語を軽く書き写しただけ、なのだが…こういうのはやったモノ勝ちなのだ。


一番最初にレリクに読んだ話が、森の中にある湖に斧を落とした木こりの話。

今恐らく彼が読んでいるであろうものは、氷の張った湖の上で釣りにいそしむ男性が願いをかなえる悪魔の壷を吊り上げ、金貨を山のように恵んでもらい、重みで氷が割れてしまう話。


どれもこれも一度は聞いたであろう話をこうして紙の上に纏め上げてみたのだ。

元の世界で名作扱いされているような話であれば、紙媒体の少ないこの世界では娯楽として十分に通じるだろう…少なくとも、俺は今までこの類の話を聞いたりしたことはなかった。

あとはこの原稿をミーニャに渡して、人を雇い紙に写本か版画か…とにかく、用意して店先で売り込む。

儲けがどれだけ出るかは今はまだわからないが、本を書いて売るというのが案外楽しくて、この先の事を想像してつい口元が緩んでしまったのは、きっと誰だってそうなってしまうだろう。

ついでに、それのせいで気が大きくなって寛容になってしまうのも、だ。


「レリク、こっちに来い」

「ん?なに…どうしたのヴァル」

「一緒に座っていいぞ」

「……いいの?やだなぁ、もう…幾ら俺が可愛いからって、読書してる姿にヴァルが見惚れるとか、かぁー!オレってば本当に罪作り☆」

「座るのか、座らないのか、早く決めろ?」

「もちろん座る!」


椅子に座ったまま足を広げて、早くしろ、とそこに生まれた一人分の空間を叩いてしめす。

ソレを見ていろいろと悟ったのか、心底幸せそうに表情を緩め宝物のように原稿を胸に抱えたレリクが俺の膝の間に座り込んでくる。

そのまま彼がずり落ちないように腰に手を回し…あ、やっぱり物凄く細いな…昨日抱いたアリアより細いぞこれ。

しかも微妙に良い香りがするのは何かの間違いだろう……抱き心地もやわらかくて気持ち良いし。


「悪戯しても良いんだぜ?」


ふと、俺の胸中を察したのかどうか知らないが、レリクの視線が原稿から此方へと移り、意地の悪い笑顔を浮かべていた。

…そう言われてしまっては、少しばかり悪戯しようかと思っていた心に、してやるもんかという反骨心が宿ってしまう。

けれどレリクの身体が今凄く魅力的なのは事実なので……こう返してやろう。


「お前が読み終わるまでに理性が決壊したら存分に出させてもらうよ」

「よーし言ったな…覚えてろよ、覚えてろよ!」


どこか自信たっぷりなレリクに、そのとき嫌な予感を覚えなかったといえばウソになる。

だからってミーニャが様子を見に来て開放される1時間後までさ。

これでもかと言うほど俺の身体を撫で回したり唇を落としたりして、挑発してくるのは絶対に反則だろう、と思った。

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