第1話 小さな背中
午前6時
安らかだった眠りを、邪魔するかのように目覚まし時計が鳴り響いた。
眠い目をこすり、大きくあくびをすると、顔を洗い流し一階にある食堂へ降りた。
台所から、包丁の音がした。
扉を開けると、いい匂いがする。
この匂いが好きだ。
「おはようさん。」
いつも、笑顔で挨拶をしてくれるのは、ここのアパートの管理人さん。
名前は、あかりさん。
優しいお母さん的な人だ。
年は、最年長の30歳。
亡くなった親の後を継ぎ、このアパートを管理している。
一人で一階の管理人室に住んでいる。
「やっだぁ〜。もう〜」
朝から、手をつなぎ食堂に来たのは、201号室の【ゆう】さんと【ちか】ちゃん。
アパート1のラブラブカップルだ。
ゆうさんは、23歳。
ちかちゃんは、二十歳。
朝から晩まで、いちゃついてる、バカップルだ。
隣の部屋の俺の事も考えてほしい…
「おはよう」
「おはようございます」
続いて、降りて来たのは、【まこと】さんと【りな】さん。
年は、二人とも29歳
俺の事を、面倒みてくれてる、大人のカップルだ。
部屋は、俺の逆隣の203号室
「おはようございます!」
元気よく、駆け下りて来たのは【みき】さん。
いつも、さわやかな人だ。
そして、後ろから大きなあくびをしながら降りてきたのは、【ひろ】さん。
ごく普通の平凡なカップルだ。
年は、ともに23歳。
ゆうさんとひろさんは、幼なじみで仲がいい。
部屋は、205号室
「おはよう!」
続いて、降りて来たのは【としや】さん、【まゆ】さんのカップル。
としやさんは、みんなから【とし】って呼ばれてる。
だから、俺も、としさんって呼んでる。
としさんが27歳。
まゆさんが26歳。
こちらは、中学校から付き合ってる。
アパート一番、長い付き合いだ。
部屋は、206号室
最後に降りて来たのは、【たか】さん。
あかりさんと同じ、30歳。
みんなの兄貴分だ。
優しく面倒見がいい。また、料理もうまい。
申し分ない男の人だ。
しかし、なぜか彼女がいない。
噂では、前に結婚していたみたいだ。
部屋は、207号室。
そして、俺は202号室に住んでいる、【だいすけ】。
22歳。
ここは、『故郷』という名前のアパート。
ほぼ、全員がカップルで住んでいるという、暑苦しいアパートだ。
俺も一緒に住んではいないが、隣町に彼女がいる。
ここに来て、半年。みんなとも、打ち解けて楽しく過ごしていた。
この日も、毎日の日課で住人全員で食事をしていた。
「そういえば、今日新しい人が入居してくるよ。」
あかりさんが、みんなにご飯を渡しながら言った。
「マジ!?男?女?年は?」
ゆうさんが、食いつき始めた。
『友達を作るのが、趣味だ』と前言ってた事を思い出した。
「まだ、会ってないけど若いみたいだよ。可愛い感じって言ってたから、女の子じゃないかな?」
あかりさんも、期待でいっぱいのようだ。
俺が入って始めての入居者って事もあり、みんな話題は、そいつの話だ。
ふと、時計を見るといつの間にか、7時を指していた。
「やべっ!早く行かなきゃ!」
俺は、味噌汁を流し込むと食器を急いで置いた。
俺を先頭に、次々と急いで仕事の支度をし始めた。
用意された弁当を手に取り、玄関へ向かった。
「ちょっと、だいすけ君今日、ゴミ当番だよ」
みきさんの呼びかけに、またもや食堂に戻る。
「忘れてました。」
ゴミ袋を3つ持ち、また玄関に向かった。
同じ時間に、あかりさん以外全員が仕事に行く。
これも、【故郷】の毎日の日課だ。
「行って来ま〜す」
俺は、元気な声でアパートを出た。
いつもと変わらない日。
しかし、これから始まる新しい日々の幕開けだとは、思いもしなかった。
アパートから、走って五分の所に駅はある。
今日は、少し遅く出たので、早々と改札口に向かった。
いつもならば、まっすぐにホームに行くのだが、何気なく隣に置いてあるベンチを見た。
一人の少年らしき人物がしゃがみ込んでいる。
よく見ると、何やら探してるみたいだ。
早く行かなければ、電車に間に合わないというのに、気になってしょうがなかった。
少し、考え少年の所へ向かった。
「どうしたんだ?何か探してるのか?」
優しさいっぱいで話しかけた。
少年は、俺を見て不思議そうな顔をした。
少年のそばには、大きな荷物がある。
どっからどう見ても、小学生にしか見えない。
今日は平日だけど、学校に行く素振りもない。
もしかして、家出か?
ニュースで『最近の若い奴は、すぐにキレる』って聞いた事がある。
親とケンカでもしたのだろう。
その時、(厄介な事に首を突っ込んだ)と後悔した。
少年は、何も言わずにただ俺を見ていた。
俺の質問に答える気配もないので、歩いて行こうと後ろを向いた。
しかし、何か引っ張られてる感じがする。
振り向くと、少年が泣きそうな顔で見ていた。
「紙!!」
一瞬、何の事かわからなかった。
「紙?」
「そう。紙がないと、家に帰れないよ。どうしよう?」
俺は、少し考え少年の頭をなでた。
「あそこに、お巡りさんがいるから行きな。」
微笑みながら、交番を指差して去って行った。
朝から、家出少年を見るなんて…
とにかく、仕事場に向かった。
俺は、電車で15分の工場に勤務している。
小さいけれど、時給がいいからだ。
昼。
いつものように、近くの病院で勤務してる彼女と待ち合わせをして、一緒に昼食を食べていた。
彼女の名前は【みか】
年は、俺と同い年。
付き合って、3ヶ月ぐらいだ。
「そうなんだよ。朝から、家出少年は見るし遅刻はするし、さんざんだよ」
今日見かけた少年の話で盛り上がった。
「でも、小学生ぐらいなんでしょ?危ないよ。一人でいたら」
みかは、看護士って事もあって子供好きだ。
俺も、子供は好きだけど、変な事には突っ込みたくなかった。
少し、少年の事を気がかりしながら、工場へ戻った。
休憩室に行くと、何やら騒がしい。
女性社員達の声がする。
「可愛い〜!!」
気になって、輪の中を覗いた。
「あっ!お父さん。」
俺は、悪夢を見ているようだ。
朝見た家出少年が、俺を指差している。しかも、お父さんとか叫んでる。
周りは、一瞬にして俺に注目した。
「お前、何でここに?つか、俺は、お前の父親じゃねぇっつ〜の。」
少年は、笑顔で俺の前に来た。
「だいすけ君。仕事場に子供を連れて来たら、ダメじゃないか!!」
主任が、俺に話しかけてきた。
「いや…俺の子じゃないですよ。まったくの他人です」
俺の主張を聞いていないかのように、周りは、ひそひそと話しだした。
これ以上言っても、場が悪くなる。
すかさず、少年を連れて外に出た。
「お前、何でここにいるんだよ?」
俺の話を聞いていないかのように、少年はニコニコしていた。
「これ、お兄ちゃんの落とし物!!」
少年が渡すものを見ると、俺の手帳だ。
手帳には、仕事での大事なメモが書いてある。
いつの間にやら、落としていたみたいだ。
「これ、届けに来たのか?」
「うん。タクシーに乗って、住所を言ったらここに着いた。」
少年は、自慢気に話した。
「そっか。ありがとうな。でも、一人で来たら、お母さん達が心配するぞ。これで帰りな。」
俺は、五千円札を渡して仕事場に戻った。
夕方5時
今日は、いつもより早く仕事を切り上げた。
着替えをしながら、少年の事を気にした。
(まっ。帰ったのかな?)
そう言い聞かせ、工場を出た。
「お兄ちゃん」
聞き覚えがある声がして、振り向くと少年がいた。
「お前、帰ってないのか?」
「うん。待っていた。」
無邪気に笑う少年を前に、俺は考えた。
(手帳拾ってくれたし、メシでも行くか)
少年と一緒に、駅の近くのレストランに入った。
「で、お前、親はどうした?」
ハンバーグをむしゃぶりつく少年に聞いた。
「いないよ。今日から、ここに住むんだ」
なぜか、明るい少年。
「そっか。大変だな。親と離れて暮らすのは寂しくない?」
家庭の事情で、来たんだと思った。
「全然!!俺は、大人だから」
少年は、口にソースを付けたままピースした。
「名前は?」
「ガク」
「ガク君、ここの近くに住むのか?送って行くよ。」
俺は、早く帰りたい事もあり席を立った。
「いいよ。さっき、落とした紙を見つけたし、一人で行くよ。」
少年は、そう言うと財布を出した。
「いいよ。手帳拾ってくれたお礼だ。
でも、一人で大丈夫なのか?」
俺は、心配しながらも少年わ見た。
「平気。こう見えても、大人だし。一人は慣れてるから」
笑顔で答えていたが、少し寂しい目をしていた。
レストランを出て、少年は軽くお辞儀をすると駅と反対方向へ歩いて行った。
その背中を見えなくなるまで、俺は見ていた。
(あんな小さい子供でも、大人に気を使っているんだな)
そう思いながら、アパートへと帰った。
アパートに着くと、みんな食堂にいた。
「おかえりー。外で食べて来たの?」
まゆさんが食事の片付けをしながら、聞いてきた。
「はい。」
返事
「いないよ。今日から、ここに住むんだ」
なぜか、明るい少年。
「そっか。大変だな。親と離れて暮らすのは寂しくない?」
家庭の事情で、来たんだと思った。
「全然!!俺は、大人だから」
少年は、口にソースを付けたままピースした。
「名前は?」
「ガク」
「ガク君、ここの近くに住むのか?送って行くよ。」
俺は、早く帰りたい事もあり席を立った。
「いいよ。さっき、落とした紙を見つけたし、一人で行くよ。」
少年は、そう言うと財布を出した。
「いいよ。手帳拾ってくれたお礼だ。
でも、一人で大丈夫なのか?」
俺は、心配しながらも少年わ見た。
「平気。こう見えても、大人だし。一人は慣れてるから」
笑顔で答えていたが、少し寂しい目をしていた。
レストランを出て、少年は軽くお辞儀をすると駅と反対方向へ歩いて行った。
その背中を見えなくなるまで、俺は見ていた。
(あんな小さい子供でも、大人に気を使っているんだな)
そう思いながら、アパートへと帰った。
アパートに着くと、みんな食堂にいた。
「おかえりー。外で食べて来たの?」
まゆさんが食事の片付けをしながら、聞いてきた。
「はい。」
返事をしながら、辺りを見渡した。
「あれ?あかりさんは出かけているんですか?」
めったに、外出しないあかりさんを不思議に思った。
「今日から入居する人を迎えに行ったよ。」
まことさんが、タバコを拭かしながら言った。
俺も、一目見たくて待った。
しばらくして、玄関のチャイムが鳴った。
「ただいまぁ」
どうやら、あかりさんのようだ。
全員、玄関へと向かった。
大きな荷物を床に置きながら、外にいる人に手招きをした。
一瞬。目を疑った。
「あっ!お兄ちゃん」
「はぁ?家出少年ガク」
先ほどの、ガクがいた。
「知り合いなの?今日から、入居するガク君。よろしくね」
あかりさんが、ガクの肩に手を置きながら紹介した。
「ガク君かぁ〜。一人なの?」
ちかちゃんが、子供に話しかけるように聞いた。
「一人だよ。」
ガクは、無邪気に答えた。
「一人って、あかりさんいいのかよ。小学生を一人で入れて」
ゆうさんは、あかりさんに言った。
「小学生じゃねぇよ。俺は、17歳の高校生だ」
誰もが驚いた。
俺も、その時は耳がおかしくなったんじゃないか疑った。
「そうだよね。まっ親御さんからもOKだって聞いてるし。今日から、仲良くねみんな。部屋は、二階の208号室だからね」
あかりさんは、ガクに説明した。
【ガク】
年は、17歳。部屋は208号室。現役高校生。
4月の晴れた日
これが、ガクとの出会いだった。