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1-5章 ナチャーロの刻印者

 ナチャーロの町に来て早6日。冒険者ギルドからの薬草採集依頼でナチャーロ近郊の森に来ていた俺は、依頼がてら刻印制御の訓練に勤しんでいた。

 心臓の位置、けれど心臓ではない何処かから溢れ出る力を全身に巡らせる。沸騰した血液のような、または冷たい清流のようなどっち付かずの不思議な力を、クレアは『魔力』と呼んでいた。

 全身に魔力が巡った俺に、真紅の瞳を和ませたクレアが親指を立てる。


「全身に巡らせるまで0.2秒……うん、上出来よ」


 全身に魔力を行き渡らせたこの状態が、刻印の力を使う基礎中の基礎らしい。刻印者(リュミエール)は武器に刻印の力を纏わせ戦っていると聞いていたし、俺が初めて黒炎を出した時も右手を通じて木の棒が燃えたので、てっきり武器にのみ力を巡らせるイメージだと思っていた。


「それじゃ次。今度はどれだけ堪えられるかしらね」


 悪戯っぽく笑うクレアを見返すべく気合を入れる。魔力を巡らせるまでは習熟したが、問題はこの後の『維持』だ。

 魔力を意識するようになって初めて気付いたことだが、クレアは常に魔力を巡らせた状態を維持している。刻印者(リュミエール)なら誰もがやれて当然の基礎らしいのだが、俺は苦戦していた。


「気張りすぎよ、リラックス」


 鋭く飛んでくる指示に、内心で無茶言うなと抗議する。

 魔力を巡らせるのが器を水で満たすイメージだとすると、魔力の維持はなみなみ張った水を零さず野山を走り回れと言われているようなものだ。

 何度も零れそうになる魔力を懸命に留めようとする綱引きを続けること僅か数分。限界を迎えた俺は全身から黒い火の粉を散らし仰向けに倒れ込んだ。


「––––ハァっ、ハァ……っ、くっそぉ……」

「4分。今朝やった時より30秒も伸びたじゃない」

「嫌味か?」

「違うわよ。普通に考えれば十分に堪えられてる。けど『巡り』が順調だった分、それと比べると行き詰まってる感は否めないかも」


 上体を起こし、手を開いて閉じてを繰り返す。今も息をするように魔力を維持しているクレアと、4分しか保たない俺、一体どこが違うのだろうか。慣れと言ってしまえばそれまでだが、刻印者(リュミエール)なら誰もが当たり前にやっているらしい基礎に、悠長に時間を掛けていられない。


「クレアは魔力を維持する時、どんな感じなんだ。意識してることとかあるか?」


 行き詰まったのも事実だし、変なプライドは捨てて素直に教えを乞うことも大切だ。意固地になっても進展しないのは目に見えている。他者から見た視点というのも、状況を打破するのに必要な要素だろう。


「どんなって言われても、私、物心ついた時から魔力維持してたし……」

「……薬草集めるか」

「なんか、ごめんね?」

「気にすんな。訊く相手を間違えたとしか思ってないから」

「ごめんってば」


 制御訓練の休憩がてら薬草採集に取り掛かる。

 村を出てからゼデスとは遭遇するどころか話も聞かない、それは良いことだ。だがそのことが返って俺に焦りを生ませる。ゼデスが現れる前にちゃんと戦えるようになっておきたいという焦りを。

 今晩から睡眠時間をもう少し削ってみるかと思案しつつ、目当ての薬草を摘んだ。





 薬草採集、木材採集、飲食店の衛生調査etc……冒険者になった俺だが、やってることは何でも屋のそれだ。こんな仕事をやってる暇があるなら訓練に専念したいというのが俺の本音だった。


「はい、確かに。クロさんが摘んでくる薬草は、状態がとても良いと評判ですよ。ありがとうございます」

「ああ」


 生返事をした俺に嫌な顔をするでもなく、ナタリーは相変わらずの事務的対応で手続きを済ませ、報酬の銅貨4枚を渡してくれた。

 クレアに買ってもらった装備の総額は銀貨8枚。いまの俺が1日に稼いでいるのが銅貨4枚なので、このペースだと完済まで195日働く必要がある。日頃の飯代とかも考えると、プラス数十日か。

 途方もないなと空笑いを溢した俺に、クレアが小首を傾げた。何でもないとだけ応え銅貨を革袋に入れた時、後ろから魔力を感じ取った俺は顔を歪める。面倒な奴がきた。


「クロ! 今日こそは僕と戦ってもらおう––––かッ」


 溜めるだけ溜めて最後の1音が跳ねる、独特すぎる話し方。げんなりと振り返れば、黄色いコートにふんだんに銀の装飾を施した格好の男が、金のロン毛を掻き上げて変なポーズをしていた。

 俺とクレアを除けば、ナチャーロに唯一長期滞在している刻印者(リュミエール)・ラウル。歳は俺より4つ上。こんなノリで鬱陶しいが、21歳という若さで冒険者ランクがゴールドの本物。

 

 そんな本物がなぜ俺に絡むのか初回に訊ねてみたところ、理由はとても単純だった。


 クレアにボコられてからというもの、ラウルはクレアに師事したいと思っていた。依頼から戻ったタイミングで申し出ようと考えていたら、クレアに稽古をつけてもらっている俺が居て、刻印鑑定の黒い光の話を誰かから聞いて「只者じゃない」と思ってくれたそうだ。『只者じゃない + クレアに師事している = 僕のライバル』ということらしい。


 最初はなるだけ穏便に断っていたが、1日に数回も同じテンションで絡まれ続け嫌気が差していた俺は、頭をガリガリ掻きながら口をへの字に曲げた。


「何度も断ってんだろ。それに俺はまだ刻印の制御訓練を初めたばっかで、クレアから刻印を使う許可が出てないんだよ」

「それは当然だ––––なッ。そこで僕は考え––––たッ。刻印なしのシンプルな腕前だけで勝負しようじゃないか––––とッ!」

「話し方がうるさくて内容が頭に入ってこないんだよ。どうにかならないのか、話し方(それ)

「僕と武器での立ち合いをしてくれないか?」

「どうにかなんのかよ……」


 呆れるやら頭にくるやら、何とも言えない感情にさせられる。

 俺はどうにかしてくれよという気持ちでクレアに視線を送るが、ナタリーと何か話していたクレアは少し思案する素振りを見せた後、ウインクを返してきた。


「良いんじゃない? そろそろクロに、私以外との戦闘も経験させておきたいって思ってたし」


 まさかの許可が降り、愕然とする俺の隣でラウルが小さくガッツポーズを繰り出す。


「炎姫の許可も降りた。さあ行こうじゃない––––かッ」

「うるせぇ!」


 話し方をまた戻したラウルに怒声を浴びせるが、ラウルはどこ吹く風で俺の腕を引っ張った。もうどうにでもなれと脱力した俺は、ラウルに引かれるままギルドを後にする。


 15の刻はナチャーロの町が1番活気付く時間帯で、買い物に勤しむ主婦や、仕事を早く切り上げ一杯やる男たちを横目に、何が悲しくてこんな派手な男に腕を引かれてるのかと肩を落とす。

 ようやく俺と戦えるとあってか足取りが軽いラウルを睨んでいると、不意にラウルの顔にらしからぬ雰囲気を感じ取った。


「なにニヤけてるんだ」

「ん? ああ、すまない」


 薄気味悪くてつい問い掛けると、ラウルは恥ずかしそうに頬を緩めた。


「僕はこの町が大好きなんだ。冒険者となって色んな町を訪れたけど、ここが1番僕に合ってた。町の雰囲気もそうだけど、町の人たちが何よりも温かい」


 口調も普通になるほどに、ラウルが本心から語っているのが伝わる。ラウルの意外な一面に面食らっている俺に気づかず、興奮冷めないラウルは続けた。


「確かにナチャーロは、ゼデスの出現も1年に1度あるかないかの田舎町だ。仕事は少なく、お金は厳しい。けどそれで良いんだよ。僕は平和なこの町で、この町の平和を守るために生涯を捧げると決めている。2(ふた)月後には子供も産まれるしね」

「へぇー……ん……? こここ、子供っ!?」

「そんなに驚くことかい?」

「そりゃ……いや……別にそんな……子供……お前に?」

「はははっ、君が僕をどんな風に思ってたのか分かって何よりだよ」


 失礼極まりない俺の反応に怒るでもなく、むしろ朗らかに笑ったラウルを少しばかり……いや、かなり見直した。

 よく知ろうともせず邪険にしていたことを反省しつつ、立ち合いでは今の俺が出せる全力で相手することを自身に誓う。ラウルは俺が思っていた以上に、カッコいい男だった。


「さあ、もうじき町の外だ。覚悟はいいか––––なッ」


 これさえ無ければ。

 

【 お金に関する補足 】


銅貨 1枚 = 1,000円

銀貨 1枚 = 100,000円

金貨 1枚 = 1,000,000円


重要な設定ではないので「ああ、そんな感じね」と思って頂ければ。

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