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1-4章 冒険者登録

 ナチャーロの冒険者ギルドはこの町のどの建物よりも大きく、そしてボロかった。


 建物の中にはクレアのような絵になる存在とは違って、きっと話に聞いていた通りの荒くれ者が集っているに違いない。バナードを屈強にしたような奴らに絡まれたら面倒だと考えつつ、クレアの前に立って扉を開けた。


 中に踏み入った俺に無遠慮な視線が突き刺さる。実力を値踏みするような鋭さ。俺が知っている喧嘩自慢とは違う、本当の強者達。


「おう兄ちゃん、見ねぇ顔だな」


 昼間から酒を飲んでいた傷だらけの男が、全身を揺らすようにして近寄ってきた。細身だが手足が長い。武器は短刀。もし戦闘になった場合は間合いの感覚が狂わないよう注意する必要がありそうだ。

 元々の性格とクレアの訓練が合わさった成果なのか、瞬時に戦闘になった際の警戒ポイントを緻密に想定する。


「冒険者登録をしに、今日この町に来た」


 簡潔に告げると、男は額を押し付けてきそうな勢いで顔を近づけてくる。酒臭い息を吐き出し––––俺の肩を陽気に叩いた。


「若いのに志が高ぇなオイ! 歓迎するぜ、きょうだい!」


 想像していた展開と真逆のことが起き、俺は口を間抜けに開けてしまう。そんな俺の様子も慣れたものなのか、男は肩まで組んできた。


「酒クセっ」

「ぎゃはははっ、そう言うなよ! 新しい冒険者仲間が増えるってんだから、酒くらい飲ませろぉ!」


 俺が来る前から飲んでるくせに、それらしい文句を吐いた男をどうにか押し退けようとするが、細身の外見に反して力が強い。周りの冒険者も大笑い、中には口笛を吹いて囃し立てる者までいる。この光景はある意味、話に聞いて想像していた冒険者の通りか。


「きょうだいは何で冒険者になろうと思ったんだ、ん? 金か、栄誉か、それとも––––女にモテたかったか! なんてな! んなもん聞くまでも無ぇや。金のためじゃねぇってんなら、ゼデスのクソ共をぶち殺すために決まってるわなぁ!」


 男がジョッキを高々と掲げながら叫ぶと、ギルド中から歓声が沸き起こった。思わず俺の口元にも淡く笑みが浮かぶ。ここが冒険者ギルドなのか酒場なのかは分からなくなってきたけど、この空気感は嫌いじゃない。


 けど今は冒険者登録を済ませてしまいたい。どうすればこのお祭り騒ぎを鎮めることができるだろう。

 成す術が思いつかず困惑していると、男の肩を細い指がちょんちょんと突いた。


「んん?」


 大笑いしていた陽気な男が、酒で焦点の定まらない目を下に向ける。

 にこにこ笑うクレアと目が合った。男が固まり、俺で隠れて見えてなかったらしいクレアを見つけた他の冒険者も、動きを完全に静止させる。

 数秒も静止していた時が、誰かの落としたジョッキで再び動き出す。


「ぎゃあああああ炎姫えんきだァァ!?」


 肩を組んでいた男はもちろん、釣られて近寄ってきていた冒険者たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 これだ。俺がこの町に来てからずっと抱いていた疑問は。検問の門兵や服屋に武器屋、町行く人ほぼすべてがクレアを見て騒ついていた。


 屈強な男たちが壁際まで退がってすし詰め状態になっている。クレアに説明を求めるようにそのむさ苦しい光景を指した。


「依頼を受ける時に絡んできたから、分からせてあげたの」


 むさ苦しい光景の理由は何となく分かった。


 炎姫と呼ばれていたように、俺が知らないだけでクレアは名の通った有名人。俺の予想では、炎姫を語る子供にしか見えないクレアを心配した男たちが依頼の受諾を制止し、言っても聞かないので仕方なく実力行使で止めようとしたら、全員もれなく痛い目に遭わされたってところか。


「ああ、騒がしいと思ったらやっぱりクレアさんでしたか」


 奥の窓口から顔を出したのは、分厚い眼鏡をかけた素朴な受付嬢だ。クレアが窓口に進んだので、俺も男達のビクついた視線を浴びながら後に続く。


「こんにちはナタリー。依頼の報告とクロの冒険者登録をしたいんだけど、いい?」


 クレアの言葉を聞き終えたナタリーが俺を見る。分厚い眼鏡越しで分かりにくいが、冒険者の男たち同様、俺を値踏みしているようだ。冒険者には誰でもなれるという噂だったが、もしかするとそれは法律上だけの話なのかもしれない。


 俺を見るだけ見たナタリーは、最小限の動きでカウンターの下から1枚の書類とペンを取り出し、俺の前に滑らせた。


「クロさんと仰るんですね。こちらの記載項目を全てお読み頂き、同意いただけるようでしたらサインをお願いします。字が書けない場合は血判(けっぱん)でも構いません」


 渡された紙にある記載事項はシンプルだ。依頼で死んでも自己責任であること、家族無し冒険者の場合は死亡した時点で資産をギルド及び国が回収すること、冒険者が犯罪を犯した場合は即極刑に処されること。この3つだけ。

 考えるまでもなく同意だ。神父から文字を教わっていた俺は名前を記入し、ナタリーに返す。


「はい、確かに。それでは次に、冒険者カードの発行と刻印鑑定を行います」


 次に出てきたのは鉄製に見える銀のカードと小さな水晶玉。カードを俺の前に滑らせ、ナタリーは慣れた様子で説明を続ける。


「このカードは特殊な素材で作られており、ギルド管理の特殊な別素材を使用することで色が変わるようになっています。色はランクが低い順にシルバー、ゴールド、ブラックとなり、功績により都度ギルドより特殊素材を使用させていただきます。一定条件を満たすとランクが上がりますので頑張ってください。現在ゴールドは300人に1人の割合、ブラックは世界に3人しかいませんので、険しい道程ですけど」


 カードが紛失した場合は再発行が不可能でイチから出直しになること、特殊素材の不正利用を行おうとした場合は情報が瞬時に全ギルドに共有されることを告げたナタリーは、「不思議ですよね」と付け加え、水晶玉を前に出す。


「最後に、こちらの水晶に触れてください。覚醒の兆しがある者なら白く点滅し、刻印者リュミエールであれば水晶が刻印属性に合わせた色に輝きます。火なら赤、水なら青、風なら緑、地なら茶、雷なら黄といった具合ですね。どうぞ」


 ナタリーの説明通りなら水晶は赤に輝くはずだ。水晶に触れてみると、内側から生まれた光が揺らめきながら増幅し、瞬く間に水晶を染め上げた。色はやはり赤。

 未だ壁際にひしめき合っている男達から感嘆の声が上がる。やはり冒険者であっても刻印者リュミエールは珍しいようだ。微かに聞こえる会話から、いまこの町に居る刻印者リュミエールは俺とクレア含め3人しか居ないらしい。


「はい、確かに」


 ナタリーは顔色ひとつ変えず、ただ事務的に処理を進める。水晶を回収しようとナタリーが手を伸ばした時、赤い輝きが内側から漆黒に塗り潰された。

 全員が息を詰める。俺はもちろんとして、クレアもだ。全く光を発しない闇そのものの奔流が如く、ギルドが黒く染まる。


 慌てて手を離すと、水晶から放出されていた黒は嘘のように消え失せ、ギルドを静寂が包んだ。

 冒険者たちが騒めいている。刻印の知識が乏しい俺も当然いまの現象に理解が追いつかない。俺の炎は確かに黒いが炎であることに変わりはなく、現に水晶も初めは赤く輝いていた。

 なんだったんだ、今のは……


「あー、ビックリしましたね」


 全然そんなことないような調子で、ナタリーが水晶を引っ込めた。視線がクレアに向けられていたのが気になったが、それを追求する間も無くナタリーが言う。


「これで登録は完了となります。お疲れ様でした」


 書類を収納しながら告げられ、完全に終了ムードとなってしまった。きっと厄介事を回避するためにナタリーが身に付けた会話術なのだろう。聞きたいことがあるのに、言葉が出てこない不思議な感覚に襲われる。


「クレアさん、お待たせしました。依頼の報告ですね」

「ええ」


 気付けばクレアもいつも通りの感じに戻っていて、先の現象に困惑を続けているのは俺と冒険者の男たちだけのようだ。


「どうでしたか、レルゲン村は」


 ナタリーの口から村の名前が出るが、特段驚きはしない。レルゲン村近郊でゼデスの出現が予測され、その調査依頼で村にやってきたのだと、道中でクレアから聞いている。


「ゼデスを確認したわ。数は13。全て討伐完了。村は私が駆けつけた時にはもう……生き残ったのは16名。うち15名は二シルに移住、もう1人は」


 クレアが俺を親指で示し、ナタリーは事務的に頷く。


「なるほど、そうでしたか。この度は冒険者の派遣が間に合わず、誠に申し訳ありませんでした」

「べつに……」


 ナタリーの口調はどこまでも事務的で、むしろそれが有り難かった。変に同情されるよりよっぽど良い。

 クレアからの報告を素早く調書に記したナタリーが改めて頭を下げる。今後のご活躍を期待しますと添えて。これで冒険者ギルドでの用は終えたので、クレアに続くように窓口に背を向けた。


「ああ、クレアさん」


 声をかけられクレアが立ち止まる。


「先程の鑑定の件で、恐らく近いうち王都から召喚状が届くと思います。気乗りしないでしょうが、今回は無視しないよう願いますね」


 鑑定の件というと、やっぱり水晶が黒く輝いた件だよなと心臓を跳ねさせる。王都から呼び出しがかかる可能性があるなんて、余程のことだろう。クレアは何も答えずギルドから出て行こうとするので、慌てて後を追う。

 外に出ると太陽がオレンジ色に町を照らしていた。昼過ぎに町に到着してから買い物に登録と、何だか疲れる数時間だったと伸びをしつつクレアを見る。


「はぁ、お腹空いたわ」


 同じタイミングで俺を見たクレアの笑顔に、どこか影が差しているように見えたのは、きっと勘違いではないだろう。こんな笑顔は初めだ。その顔を見ていると、なぜか心の奥底が騒つく。

 どんな言葉を掛けるべきか悩んだ挙句、俺はため息まじりの苦笑を溢した。


「予定通り飯いくか。っと、その前に宿を取らないとな。疲れが溜まってるし上等な部屋が良い。もちろんクレアの奢りで」

「遠慮がなくなってきたわね。けど良いわ、冒険者になったお祝いってことで。そうと決まれば私のイチオシ宿を教えてあげる!」

「イチオシの飯屋もな」

「分かってるわよ。まったく食いしん坊なんだから」


 それはお前だろと思いつつ、いつもの笑顔に戻ったクレアに胸を撫で下ろす。

 クレアにも何か抱えている事情があるんだろうが、踏み込むには俺はクレアのことを知らなさすぎる。そんな時は変に気遣わず、いつもと同じように接するのが1番良い。さっきナタリーが事務的に接してくれたように、俺は俺のいつも通りでクレアに接しよう。


「あっ、そうだ。ご飯が終わったらクロが待ち望んでたお楽しみがあるからね」

「なんか楽しみにしてたっけ?」


 心当たりが無さすぎて首を傾げる俺に、クレアは無い胸を張った。


「刻印の制御訓練。ナチャーロには数日滞在する予定だから、その期間で基礎をマスターしちゃいましょ」




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