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1-3章 買物と紐

 村を発ってから5日が経過した。神父に拾われてから村以外の場所を知らなかった俺は、レルゲン村が相当な田舎だったことを改めて認識する。ロッゾ達が向かった二シルという町は村から3日、俺たちが向かっているナチャーロという町まではあと1日足らずかかるらしい。


「集中!」

「ッ!」


 クレアが打ち込んできた木の棒を、同じく木の棒で受け止める。野営ができる場所を見つけてはおこなっている訓練だが、彼女は座学よりも実践派で、オマケに容赦がない。木の棒で叩かれた数は500をゆうに超えている。


 だが俺もやられっぱなしではない。この5日でだいぶクレアのリズムに慣れてきた。俺がある程度の連撃を耐えると、彼女は威力を上げた振り下ろしをする癖がある。振り下ろしたあと動きが止まる刹那の隙を狙い、今日こそは1本取らせてもらおう。


 俺の目論見通り、11の連撃をなんとか捌いたタイミングでクレアが棒を振り被った。振り下ろしの『起こり』を狙い、横に跳ぶ。


「もらっ––––ァァ!?」


 空振らせたと思った木の棒が跳ね上がり、俺の右肩を打った。肩を押さえてうずくまる俺に、クレアは満足そうに頷く。


「わざと作ってた隙にたった5日で気付くなんてやるじゃない。やっぱりクロのセンスは、私が今まで見てきた中で頭ひとつ抜けてるわ」

「痛つつ……くそっ、もう1度だ!」

「じゃあ次はコレね」


 片手剣くらいの長さだった棒を捨て、今度は短剣のような長さの棒を手渡してくる。それを受け取り、クレアが背中を向けた瞬間に飛び掛かる。実戦を想定した訓練に卑怯も何もない。戦闘中に背を向けたクレアが悪いのだ。

 俺はこのあと、普通に返り討ちにあった。




 夜になった森で焚き火にあたる俺とクレア。訓練でボロボロになった俺は、クレアが仕留めた鳥を焼いていた。


「ねえ、まだー?」

「まだだって言ってんだろ」


 怪我どころか汚れすら付いてないように見えるクレアが、上体を左右に揺らしながら急かしてくる。

 肉の焼き加減を見ていた俺は、旅が始まった日からずっと抱えていた疑問を解消するべく、クレアに視線を移す。


「なあ……なんでずっと俺が飯番なんだよ」

「料理は弟子の仕事でしょ」


 返されたのが嘘の理由だと見破る。本当のことを言うまで目を逸らさないという意志で見続けていると、折れたクレアが遠い目をした。


「知ってる? 肉ってね、加熱すると炭になるのよ」


 俺の口に入るものはクレアに調理させないことを誓う。レルゲン村に来るまで、いや、それ以前の旅で食事をどうしていたのかは、触れない方がいいだろう。

 

 肉が焼けた。丸々焼いたそれを2つに分け、片方をクレアに渡す。待ってましたとばかりに肉を頬張ったクレアが、心底幸せそうに顔を蕩けさせた。彼女の左右に跳ねた垂れ耳みたいな癖毛が、心中を映してかピクピクと揺れる。どういう原理で動いてるんだろうか、その癖毛は。


「んー! クロの焼く肉はやっぱり美味しいわ!王都でお店出せるレベルっ」

「遠火でじっくり火を通して、最後に焼き石で表面をカリッと焼いてるからな。時間かかる分、肉汁とか完璧に閉じ込められる」


 教会のチビ達に少しでも美味いもん食わせたくて、試行錯誤の末に辿り着いた調理法。美味そうに食うクレアが、一瞬アイツらと重なって見えた。


「明日の昼過ぎには、ナチャーロに着くと思うわ」


 肉をあっという間に平らげたクレアが唐突に言った。俺の肉まで狙っている様子で身を乗り出してくるので、もう一口齧ってから渡してやる。


「あれ、良いの?」

「今日だけな。要らないなら俺が食うけど」

「要る要る。食べる」


 また幸せそうに破顔するクレアに苦笑を零しつつ、木々の切間から望める夜空を見上げた。


「今日は先に寝ろよ。俺が見張りやるから」


 今までは訓練でぶっ倒れる俺が先に眠り、朝方になる前にクレアと交代するというパターンだった。クレアに悪いと思いつつも疲弊した俺は睡魔に抗えず、クレアも『不眠不休だったこともある』などと言って、俺が休むのを譲らなかった。

 けど、今日は不思議と大丈夫そうだ。体力が付いたのか、それとも別の理由があるのかは分からないが。


 黙って俺を見ていたクレアは最後の一口を呑み込むと、木の繊維をほぐした歯ブラシを手に立ち上がる。


「そう。なら言葉に甘えよっかな」


 川へ歩いていったクレアを見送り、火に薪を焚べる。揺れる火を眺めながら、服の上からネックレスに触れた。相変わらず胸をチクリと刺す痛みは消えない。だがそれでいい。痛むということは、俺がみんなを忘れていないことの証明だから。


 川からクレアが戻ってくる。ネックレスに手を置く俺に何を言うでもなく、そのまま通り過ぎて木と草で組んだ簡易テントに入ろうと身を屈め……こっちへ振り向いた。


「どうした」

「変なことしないでよね」


 これまで4回あった夜で、一度でも俺が下心を見せたことがあっただろうか。

 あいにく俺に少女趣味は無い。どう言い返そうかと言葉を選んでいると、クレアの口端が悪戯っぽく笑っているのが見えた。彼女なりの気の利かせ方だったのだと気付く。


 仲間に気を遣わせるような空気を出してちゃいけないと反省しつつ、俺は微笑を浮かべた。


「さっさと寝ろ」

「お先に。無理せず、眠くなったら言うのよ」


 テントからすぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。寝付きの良さも冒険には必須のスキルなのだろうかと考えつつ、薪の爆ぜる音を堪能する。

 明日にはナチャーロに着く。一体どんな所なのだろうかと、ささやかな楽しみを見出せるくらいには余裕ができたようだ。





 期待していたナチャーロの町は、言葉を濁さずに言うなら想像を遥かに下回る印象だった。

 町が石壁に囲まれている様を見た時は胸が高鳴ったが、検問を終え中へ入ると、建物が石造りになっただけで印象としてはレルゲン村と大差ない。建材が違うとだいぶ変わるはずだが、どの建物も薄汚れているから村と大差ないように感じるのだろうか。


 なぜ村から近いニシルという町ではなくナチャーロに来たのか。クレア曰くここが村から最も近い、冒険者ギルドがある町だからだそうだ。ここで俺の冒険者登録と、クレアが受けていた依頼の報告を済ませるのが目的らしい。


 ––––冒険者。


 各国の要所に存在する騎士団と同じ、ゼデス根絶を主目的とする組織に属する者の総称。騎士団は異能の力を持つ刻印者リュミエールでないと入団できないが、冒険者なら手続きさえすれば誰でもなれる。それが例え、喧嘩もしたことがないような子供でもだ。


 基本的にゼデス討伐を請け負うのは刻印者リュミエールだが、刻印を持たぬ者はゼデスを誘き寄せたり、対人間の犯罪に当たることが多いと聞く。危険は多いが、その分だけ実入りも良いので毎年冒険者になる者は少なくない。反面、殉職する者も……


 そんな大層立派に思える冒険者だが、実のところ嫌われている面が強い。俺が初めて出会った冒険者がクレアなので忘れそうになるが、誰でもなれるということは当然素行の悪い輩も多いのだ。

 そんな多面性ある冒険者の仲間入りをすることに、田舎村で暮らしていた俺が現実味を持てないのも致し方がないだろう。


 それはそれとして、町に入る時から気になっている事がある。感動は無いがとりあえず町を見回していた俺は、ソレについて訊いてみようとクレアに視線を向けた。


「まずは服屋ね」


 訊ねる前にそう言われ、タイミングを逃してしまう。咽まで上がってきていた疑問を呑み込んだ俺は、代わりにクレアの服を見た。この町に着くまでずっと見ているが、黒地に紅の装飾が映える服に目立った汚れは無い。


「そんな上等そうな服着といて、まだ買うのかよ」


 基本的に麻製の衣服で過ごしている俺が少し引き気味に言うと、クレアは白く細い指を俺に向けた。


「クロの服よ。そんなボロボロの格好で隣を歩かれたら、私が奴隷を買ったなんて噂が広まりそうじゃない」


 言われて見下ろしてみるが、そんなに言うほどだろうか。確かに村でもずっと着てたし、ここに来るまでの訓練で穴が増えたりしたが、ちゃんと手入れはしている。


「何でだよ。川で洗濯してたの、クレアも知ってるだろ。清潔だ」

「そういうことじゃないのよ……」


 必死にため息を堪えるような素振り見せたクレアが、黙ってついて来いと言わんばかりに歩き出した。広さだけは想像通りだった町で置いて行かれたら困るので、仕方なく後に続く。


「町を歩いてる間も油断しないこと。地形とか戦闘に利用できることは何でも、無意識下で記憶できるよう習慣づけなさい」


 そんな指導も受けつつ連れられたのは、村には存在しなかった服屋。並ぶ服はどれもクレアの服に比べると見劣りするが、村長やバナードが着ていた服よりは遥かに上等。


「金持ってないぞ」

「出世払いで良いわよ」


 顔を引き攣らせる俺に有無を言わせぬ勢いで、クレアが服を選ぶよう促した。綺麗に畳まれてる服、木で作られた物に吊られている服……どれも高いと分かる。恐らく1着で俺が6日(きこり)しただけの給金が飛ぶ。


「じゃあ……コレで」


 俺が選んだのは、畳まれもせず雑多に籠へ押し込められた麻製の茶色いシャツ。俺がいま着ているのと同じような服だ。金銭的にも機能的にもこれがベストな選択。服なんて肌が隠れていればそれでいい。


「却下」

「おい」

「んー、クロならきっとコレとコレと……コレの組み合わせなんか似合うんじゃない?」


 手渡された服はどれも高そうだった。手触りからして違う上等そうな糸で織られた白い肌着に、黒いズボン。上に着込む革製の黒い上着。総額が幾らになるのか考えたくもない。


「これ貰っていくわ。幾ら?」

「おい」


 決めたとも言ってないのに勝手に会計にかかるクレア。店主が金額を言おうとするので、俺はたまらず持っていた服ごと手で耳を塞いだ。どうせ稼ぎがあった時にクレアから請求されるだろうが、今は知りたくない。


 会計が終わった後、店の奥にあるスペースで着替えるように言われ、もう会計を済ませてしまってるので渋々従う。これまでに着たことがない肌触りもさることながら、袖を通してみてちゃんと動きが阻害されないことに感心した。俺に似合ってるかは別として、クレアの見立ては正しかったようだ。


 次に連れられたのは武器屋だった。男なら一度は訪れてみたいと思う店No.1。これには俺も気分を高揚させてしまう。店内に入ると店主が想像より細身だったのには驚いた。これならロッゾの方が武器屋っぽい。

 店内に所狭しと並ぶ武器は壮観だった。樽に突っ込まれた物から壁に掛けられた物まで、全てが輝いて見える。


「金持ってないぞ」

「……出世払い」


 服屋の時とは明らかに違う声音で言った俺に、クレアが少々呆れ気味だったが構わない。店内を物色し、1本の槍を手に取る。黒い持ち手は約2.5mメト、先には野党がよく持っていると聞く蛮刀のような刃が付いている。

 真紅の棒を操るクレアに倣い、俺の武器はこれにしよう。クレアのように強く優しい、そんな男になるという誓いの意味も込めて。


「クレア、武器はこれにする」

「却下」


 感慨に浸る間も無く取り上げられた。元の場所に戻された槍も心なしか落ち込んでいるように見える。


「なんでだよ」

「あのねぇ、何のために色んな長さ・形状の棒で訓練したと思ってるのよ。クロにあった武器を見繕うためでしょ」


 得心がいく。俺はてっきり、自分の武器を失った時に他の物を代用するスキルを磨くためだと思っていた。もちろんその意味もあったのだろうが、俺に合う武器を選ぶのなら試してみるのが1番早い。


「実際は木の棒と武器で勝手は違うけど、あれだけ身体を動かしたんだから、どれが合うのかは持っただけで分かるはずよ。私的にはコレって物があるんだけど、選んで欲しい?」

「……いや、自分で選ぶ」


 クレアから視線を外し、改めて店内を見回す。槍にしたいのはやまやまだが、手にした時に正直『違う』と分かった。仕事で使い慣れた斧か……実際にゼデスと戦った実績があるが、やはり違う。俺は壁に掛けられていた武器の柄を掴み、構えるように持ち上げた。


「これにする」

「よろしい」


 クレアが目を細めて笑う。俺が選んだのは片手剣だった。長すぎても短すぎても駄目で、重量も軽すぎず重すぎず。誰にでも扱えそうな気軽さが俺にはピッタリだ。

 初めての武器に少し感動しつつ、ふと思い出して口に浮かんでいた笑みを消す。


「けど高いだろこれも。服と合わせたら結構な額になるんじゃ……」

「心配いらないわよ。いずれ返してもらうし、それに––––ほら」


 掲げられた革袋を見て目が飛び出しそうになった。

 パンパンに膨らんだ革袋の口から覗いてるのは、全て金貨。1枚で俺の年の稼ぎを遥かに超える大金。村では村長が家宝のように大切にしていたもの。


 店主に支払いを済ませているクレアが何者なのか、ますます分からなくなった。冒険者と言えど、あれだけ稼ぐのは普通じゃない。

 困惑から抜け出せないままクレアから剣を受け取り、外に出る。


「はいこれ。私からの奢り」


 差し出されたのは剣帯だった。受け取った剣帯で、鞘に納められた剣を腰に提げる。装備をツケで一新した俺の周りを、ぐるぐる移動しながら確認したクレアは満足そうに微笑んだ。


「ん、完璧。良い感じよクロ」


 ウインクしながら親指を立てるクレアに、俺はどう反応したものか迷う。今の自分が良い感じなのかどうか、自分で客観的判断ができないからだ。


「あと––––これもあげる」


 再び差し出された手には、小さな鉄輪が連なった鎖が載せられていた。あまりに小さいので鎖というより、紐と表現するのが正しいか。


「これは?」

「クロのネックレス、麻紐だとすぐ切れちゃうでしょ」


 絶句する。嬉しさが思考を塗り潰す体験を、今後味わう機会が何度あるだろうか。

 俺は言葉にできない程の感謝を目で伝え、紐を受け取った。少しのことでは切れなくなったネックレスを首に下げた俺の背中を、クレアの小さな手が押す。


「さ、次は冒険者ギルドよ。クロの登録と私の報告をさっさと済ませて、夜ご飯食べにいこ」

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