1-1章 炎の邂逅
神父はクネル達のところへ送った。
バナードはまだ腰を抜かしている。連れて逃げるのは後回しだ。俺は1人でも多く村人が生き残れるよう、ここで4体のゼデスを1秒でも永く足止めする。
家族を2度も失い、もう生きる希望を持たないのに、どうして俺は抗おうとしているんだろうか。
何度も自問する。答は無い。それでも斧を振り続ける。
ゼデスは実体が在るのか無いのか、よく分からない手応えだ。刻印者でもない俺がいくら斧で斬りつけようと、コイツらは止まらない。
いつの間にか左から迫っていたゼデスが、俺を喰おうと大口を開けていた。間一髪のところで回避。お返しに斧を叩きつける。
柔らかい砂を打っているような手応えに舌打ちを溢し、邪魔なバナードを後方へ蹴り付けながら攻防を繰り返す。
なかなか俺達を喰えないことに憤ったのか、4体のゼデスが咆哮を上げた。生物ではとても出し得ない、本能が拒絶する声。
顔を顰めた俺に、1体のゼデスが腕を伸ばした。
鞭のような軌道で襲いくる攻撃に反応しきれず、斧を持つ右腕が抉られる。
「がッ……!?」
焼けるような痛み。
浅く抉られただけなのに、骨まで貪られてるような感覚が俺を襲う。
だが、そろそろだ。もうかなり時間を稼いだ。生き残ってる村人はあらかた村の外へ逃げただろう。あとは役立たずのバナードを逃せば、俺もみんなのところへ行ける。
ゼデスとの間合いを保ち、バナードを連れて撤退するタイミングを図る俺の目の前で、1体のゼデスが輪郭を妖しく揺らめかせた。
「……グ……ググ、グ……ロ……」
俺とバナードが息を呑む。
ゼデスが言葉を発するなんて、俺の知る限りでは聞いたことが無い。
いや、言葉を発することは問題じゃない。いまコイツ、俺の名前を––––
「アァア”……ア”ノ子ダヂ……ヲ……守ッデ……ズミ、ズミ、子供、ダダヂ……ズミズミマゼン”……アァ”……モ"モウ一度……守……会イダイ”……」
バナードが悲鳴を上げる。
俺は目を見開いたまま動けない。直感的に悟ってしまった。
––––コイツだ。
いま目の前にいるコイツが神父を喰らい、神父がクネル達を殺す結末を招いた。
だがソレが分かったところで意味は無い。俺ではコイツを殺せないし、殺せたとしても、みんなが帰ってくることはない。
本当にクソみたいな人生だ。奪われるだけ奪われて、仇を己の手で殺すことすら許されない。俺に許された最もマシな最期は、バナードを逃した上で、自ら命を絶つこと。
「ッ!」
血が沸騰した。
ゼデスが4体いることなど忘れ、仇の1体のみを見据えて飛び掛かる。
伸びてくる腕が頬を掠め、横腹を打つ。それでも止まらず、ゼデスを射程に収めるや斧を上段に構え、全力で振り下ろした。
刃が彼方へ飛んでいく。
他のゼデスが斧を折ったのだ。仲間意識などないコイツらにとって、動く武器を狙う反射的行動だったのだろう。だが、まるで仲間を庇ったように見えるその行為が、さらに俺の血を沸かせた。
木の棒となった斧を持つ俺を、ゼデスが嗤った気がした。ようやく食事にありつけるとでも言いたそうだ。
喰わせない。喰われて獣となる前に、俺は自ら命を絶つ。その前に––––
「お前だけはッッ!」
叫ぶ。魂の奥底から。
逃れられない絶望の中、はっきり理解した。
なぜ俺が抗うのか。それは神父の、クネルの、アイツらの仇を討たずして死ねないという、最期の希望があったから。
殺すことを強く望むなんて、神父に叱られるかもしれない。それでも、このドス黒い希望が、俺を一歩前に踏み出させる。
「––––ォォォオオオオオッ!!」
殺意から生まれた咆哮が大気を揺らす。
同時に、不思議な流れを感じた。
胸の奥から湧き出たソレは右肩・右腕・右手へと流れ、木の棒に黒い炎を灯す。
何が起きてるのかなんて、どうでも良かった。
身体が動くままに任せ、右手を伸ばす。
黒く燃える木の棒は、ゼデスの頭部に深々と沈み込んだ。
「––––––––!!?!?」
脳に直接響くような断末魔を上げて、ゼデスは頭部から燃え広がり全身を包んだ黒炎に焼かれ、消滅した。
確かな手応えが残る手から、木の棒が燃え尽き、黒い火の粉を散らす。
全身を襲う脱力感に膝をつく。残った3体のゼデスが俺を喰おうと迫る。
いや、3体どころではない。
村人に逃げられた残りのゼデスたちが、ここへ集まってきている。
後ろからもだ。もう逃げられない状況だと、バナードの悲鳴が物語っていた。
目的は達した。今度こそ本当に、生きる希望はない。
バナードを逃すことは出来なかったが、バナードが逃げ出せる機会は何度もあった。それを無駄にしたのはバナード自身で、俺が石を投げられる道理は無い。
悔やまれるのは自害ができず、人間を襲う獣になることか。
もうじき訪れる、ある種の死を嘲た俺は、すぐ近くに鎌が落ちている事に気付いた。
これはさっき、俺が神父の手から弾き飛ばした物だ。鎌が落ちた場所に、偶然移動していたのか。
手を伸ばし鎌を取る。まるで神父が、俺を人のまま死なせてくれようとしたみたいだと思いながら、鎌を自らの首に触れさせた。
–––– よく頑張ったわ ––––
鈴のような、それでいて幼さの残る声が魂を打った。
俺の手から鎌を弾き飛ばした紅い棒が、円環を描くように振るわれ、3体のゼデスを横に薙ぐ。
吹き飛ばされたゼデスが真紅の炎に包まれ、脳に響くような断末魔を上げて消滅した。
「あとは私に任せなさい」
長い黒髪が宙に弧を描く。
踊るように紅い棒を回し地面に突いたのは、とても小さく、それでいて大きな存在感を放つ少女だった。




