《短篇完結済》王子様は私を2度裏切る
先祖代々予知能力を受け継ぐ “幸運の一族” は、国の非常事態を回避する役目を担う国王の臣下として傅いていた。その末裔の娘ヴァイオレットは、ある “不吉” な予知を口にする。それは “幸運” とは言えない国を揺るがすものだった。一族はそれを回避する為、王家からヴァイオレットを隠すが、彼女が13の時に存在を知られてしまい、“幸運” を強く欲する王家は強引に王太子の婚約者にして王宮入りさせてしまう。
※誤字報告ありがとうございました。修正しました。m(_ _)m
※2026年1月24日〜29日[日間]ローファンタジー短編 最高6位ランクインしました!ありがとうございました。
夢を見た。
この夢は吉兆で、先の全ての幸せを約束されていると、
そう言い伝えられていた。
私は、予知能力を引き継ぐ血族の末裔、
ヴァイオレット・ヘル・フェリシア。
真っ赤な髪に金色の瞳を持ち、能力者特有の外見も引き継いでいる。
“幸運の一族” と言われ、
国にとって不測の事態や災害を予知して、
避けることのできる貴重な存在だった。
先祖代々、国王側近くに仕えるのが掟。
そして、王子が生まれた年に近い子供が、一族から生まれた場合、
息子は王子の側近、娘は王子の婚約者に内定される。
しかし、幼少の私が初めて口にした予知は、
およそ “幸運” とは言えない “不吉” なものだった。
一族はその “不吉” を回避するために、私は死産と報告され、
秘密裏に他家へ養女に出し、存在は隠された。
だが、当家に出入りしていた商人の軽口がきっかけで、
私の存在が王家に知られる事となる。
王家への虚偽の出生報告をした偽証罪として、
一族もろとも流刑すると宣言された。
ただし、娘を王太子に嫁がせれば、軽い処分で手打ちにするという、
恩情という名の脅迫だった。
しかし、当時13歳の私には、
すでに将来を約束した愛する人、クリストファーがいた。
引き裂かれる心の痛みを抱え、
一族の為に運命を受け入れ、
心を殺して愛する人の手を放したのだ。
───だけど、現実は残酷だった。
「今日をもって、
ヴァイオレット・ヘル・フェリシア、君との婚約を解消する」
碧眼とゆるいウェーブの金髪の見目麗しい王子は、高らかに宣言した。
「はい?」
「すまない。ヴァイオレット」
「……やはり、……のですね…」
「…何と言った?よく聞こえなかったが…」
「どうぞ、お続けになって」
「償いとして、賠償金と慰謝料は出す」
「当たり前ではないですか。
不貞を働いておいて、善人ぶらないで下さいます?」
「本当に悪かった。どうしても彼女でないとダメなんだ」
「あなたの振る舞いは、婚約者の私への明らかな裏切り行為。
人を踏み台にして得た愛は、さぞ素晴らしく気分がいいいのでしょうね」
「そんなつもりはっ!」
「では、どんなつもりですの?」
「仕方なかった。心は偽れない。私だって…苦しんだのだっ」
「公より私を優先した次期国王ですか。ご立派ですこと。
私は、その選択のおかげで、5年間の妃教育は全て無駄になり、
醜聞だけが残りました。
どこの馬の骨とも分からない男に、娶られる未来しか見えません」
「それは何とかする。婚約は…破棄ではなく解消にして、
君の次の婚姻相手は、爵位を落とさない者を必ず探すから…」
「偽善者ですわね」
「え?」
「私の醜聞は変わりませんもの。
私にご不満がありましたの?それとも何か不手際がありましたかしら?」
「いや、君に不満はない。彼女に出会って私の心が変わってしまった。
全て私が悪いのだ…君には本当に申し訳ないと思っている」
「自分が悪いなんて、本当は微塵も思ってませんでしょう?
自分の気持ちだけ押し通し、そして自分だけは欲しいものは手放さない。
王子なのだから何をしても許されると、その心理が透けて見えますわ。
事実、私の人生を踏みにじっておいて、口先の謝罪と金銭だけではないですか」
「では、これ以上…どう詫びればいいのだ? 死ね、とでも言うのか?」
「ええ、私にとってこれは、社会的な死刑宣告と同じですわ‼︎
勿論、貴方様も命がけで、その愛を貫く覚悟でいらっしゃるんですわよね⁉︎」
「…そう、だっ。私は、覚悟の上でっ…」
「王太子を廃嫡されてもですか?」
「は?それはっ、あり得ない!
国王の実子は私しかいないのだぞ?他に誰がなるというのだ?」
「公爵家に王族の血縁者、独身ご子息が3名おられます。
貴方様に 何 か あ っ た 場 合、彼らに王位継承権が移りますわ。
ご存知でしょう?」
「こんなっ婚約解消ごときで、そんな事にはならぬっ」
「婚約解消ご・と・き?」
「い、いや、すまない。言葉を間違えた。決して他意はないだ」
「ほら、自分は悪くないとお思いなのが滲み出てましてよ?
私は、先見の明を無くした貴方様に幻滅しておりますわ。
信頼関係を構築できない方が、臣下達に尊敬され
尊重される国王になれるとでも?」
「だからと言って陛下まで、そなたと同じように幻滅して、
私に沙汰を下すかどうかなど…分からないではないかっ」
「あなたの処遇など、正直どうでもいいのです。
それより、私の5年間を返していただきたいのですが?
ご存知でした? 私、愛する人がいたのですよ?
我が一族はお断りしたのに、この婚約は…ほとんど脅迫でしたわ。
私は心を引き裂かれる思いで、王宮入りをお受けしたのです」
「ああ、知っている。父上と母上が強引に引き込んだ事も…
そして、こんな結果になって…本当に…すまなかったヴァイオレット」
「馴れ馴れしく名を呼ばないでください。
もう婚約者ではないのですから」
「す、すまない…」
「それなのに、あなたは無傷で好きな方と結ばれるのですね。
……いいご身分ですこと」
「父上…国王陛下と王妃には、私から話す。
君には、醜聞にならないように寛大な優遇を…」
「もう結構ですわ。裏切り者の謝罪は受け入れません。
これ以上建設的な話もできない、間抜けな顔など正視に絶えませんわ。
あとはそちらで勝手にどうぞ。
では、私はもう自由の身なので、勝手にさせていただきます。
ヴァン‼︎ ここへ!」
「はっ、お嬢様、お呼びでしょうか?」
「お前だけ王宮に残りなさい。
真の報告を国王陛下にするか見届けて頂戴。
そして、こちらの立場が悪くなる虚偽の発言をしたら、
逐一こちらに報告を」
「畏まりました」
「私はそんなことしない!ちゃんと真実を父上にっ…」
「信用できません。裏切り者ですもの。
それに、偽らないのであれば真偽判定能力者のヴァンを
恐れる必要などありません。
ヴァン、これをお前に預けます。必要ならば使いなさい」
「光栄です、お嬢様。お預かりします」
ヴァイオレットは自分の腕輪を外して、ヴァンに手渡す。
それを見た王太子は、目を見開き息を飲んだ。
「今、ここに居合わせた方々も、よろしいですわね?
あなた方が証人です‼︎
では、ご機嫌よう。二度とお会いしません」
「……ヴァ、イッ…、本当に…悪かった」
踵を返し、礼もせず、さっさと退室する。
王太子の側近達が、こちらの歩みを止めようと近寄ってくるが、
私の護衛騎士が牽制して足止めさせる。
知ってるわ。
お前達も子爵令嬢と王太子のロマンスに心酔して、
あの二人の逢瀬に協力していたこと。
憎悪を込めて一瞥すると、ビクリと肩を揺らし目を逸らす。
私は全員把握しているのよ。裏切り者をね。
王太子と共に、誇らしい自慢の地位から転げ落ちるがいいわ。
震える手で、重いドレスを持ち上げ、
足早に無駄に長い王宮の廊下を進んだ。
消化しきれない感情を抱え、今にも叫び出しそうになる。
悔しくて、屈辱で、惨めで、泣きたいのはこっちなのに…
なぜ、加害者の王太子が苦しそうな顔をしているのか理解できない。
大方許されない恋に酔いしれた悲劇のヒーロー気取りなのだろう。
一族の為に、国母になる為に、
覚悟を決めて王宮へ来たというのに…
王太子殿下とは、私なりに努力して向き合おうとした。
まだ愛とは呼べなかったけれど、優しく慈悲深い方だと尊敬していた。
裏を返せば、流されやすい優柔不断の八方美人。
その悪い部分が、恋愛にうつつを抜かして全て出てしまったのだ。
時間を掛けて少しずつお互いに歩み寄り、親愛を育てながら、
将来、共に国を支える良きパートナーになれればと割り切った。
自分の心と向かい合い、拒否する気持ちを必死で抑えこんで、
心の整理に随分時間は掛かったが、一族の為になんとか耐えきてた。
それなのに…
怒 り が 収 ま ら な い。
あの王太子の間抜けな顔を ズ タ ズ タ にしてやりたい。
返して、私の5年を…
私の苦悩を…
私の引き裂かれた心を返して!
ああ、感情がぐちゃぐちゃだわ。
「お嬢様っ…」
「伯爵邸に帰るわ。お父様とお母様に先触れを。
御者に内門に馬車を回してもらって」
「はい、畏まりました」
「それからすぐ国外に出ます。私の部屋の荷造りを急いで。
王太子からの贈り物は、宝石含めて全て置いて行って。
後で返せと難癖つけられたら面倒だわ。
荷物は必要最低限でいいわ」
「は、はい!畏まりました!
そちらは私たち侍女3名にお任せください!」
「ヴァイオレットお嬢様、我々騎士団もお供いたします」
「ありがとう。そうね…一族の関係者に全て通達してくれる?
また我が一族が脅迫されては堪らないもの。
事前に可能性は教えておいたから、皆準備は出来ているでしょう」
「はっ!」
隣国の催事で、国王陛下と妃殿下が不在の時を狙ったのだろう。
視察先で出会った子爵令嬢との “運命の愛” とやらに、
のぼせ上がった王太子の一方的な “婚約解消” 宣言。
王太子が、子爵令嬢とそういう雰囲気になっているのは分かっていた。
でも、それは一時の身分違いの恋に燃え上がっているだけ。
それに王家は私に対して、強引に婚約させた罪悪感もあるし責任もある。
あの王子は馬鹿ではない。
そのうち現実を受け入れ正気に戻ると思っていた。
まさか、こんなに愚かな選択をするとは。
予想以上の痴れ者だったわ。
一族が私の存在を隠すという、予知と違う行動をした事で、
少しは未来が変わると思ったけれど…変わらなかったわね。
……でも、分かっていたでしょ。
私はコレを予知していたのだから。
少しの可能性に縋った、自分が惨めで腹立たしい…
この予知は万能ではない─────。
いつもそうだった。
不測な事態や、災害の予知を事前の対策で防ぐ事ができても、
どうしても、人の “恋心” は変えることが出来なかった。そして、自分の未来にも。
一度回避したとしても、また違う所で必ず出会って縁ができてしまうのだ。
その領域は、我々 “幸運の一族” では、なぜか踏み込めない。
内門に待機している馬車が見えてきて、ホッと息を吐く。
やっと、ここから出ていける。
まだ為政の権限もない王太子の宣言など、
国王陛下や妃殿下には、無かったことにされる可能性は高い。
そして、王家が固執する血筋の私は、再び連れ戻されるだろう。
国王陛下と妃殿下が帰国する前に、
一刻も早く手の届かない場所へ逃げなければ。
もう、こんな国、どうでもいい。
私たち一族が守護してやる義理などない。
ゴトゴトと揺れる馬車の中で、
悔しさと怒りが堪えきれず、後から後から滴が頬を伝い落ちる。
侍女に労われソッと手を撫でられるが、涙は止まらない。
会いたい、あの人に。
無理やり引き裂かれた、愛しいあの人に。
でも、あの人は2年前に他の令嬢と婚約したと聞いた。
彼は…3年も1人でいてくれたのだわ。
ああ、自分より一族を取った私を…彼は恨んでいるかしら。
あの王子は、私がいなければ国王になれない。
それだけは溜飲が下る思いだ。
自分の愚かな選択を後悔するがいい。
でも、今の私には、何もない。
愛する人とは引き裂かれ、やっと折り合いを付けた王子には捨てられた。
私のこの人生は、一体なんなの?
何が “幸運の一族”だ。
握り締めた手の甲には、止めどなく滴の王冠が咲き続ける。
これから、私に、どう生きろというの?
* * * * * * *
「ヴァイオレット‼︎」
「お久しぶりです。お父様、お母様…」
「ああ、なんてこと…可哀想にっ、今更こんな酷い仕打ちを…」
「明後日には、一族全員を伴い国を出るぞ。いいな?」
「はい、お父様」
「もう、うんざりだ。いつまでも古い風習に縛られることはない。
我々一族も自由にならねば」
「あなた、この子の予知通りになりましたわ」
「ああ…だからこそ、ヴァイオレットを王家から遠ざけたというのに…
こちらの事情に耳も貸さず、脅迫してまで結んだ婚約の結果がこれだ。
もう我慢ならん‼︎ こんな国、勝手に滅ぶがいい」
“幸運の一族” フェリシア一族の行動力は迅速だった。
わずか2日で、全ての血縁関係者が王国内から姿を消したのだ。
貴族と気取られないように、商人のフリをして大量の家財道具を
馬車で積み出し出国したという。
国境の関門や出国審査も偽造証明書で問題なく通過して行った。
あまりの用意周到な動きに、予知により下準備していたのでは
ないのかと後に噂されている。
* * * * * * *
婚約解消宣言から、5日後に国王陛下および妃殿下一行が帰国。
謁見の間で、王太子殿下が大事な話があると正式な場を設けていた。
あの現場にいた側近と臣下達も証人として、ズラリと場に立ち会っている。
「今、何と言った?」
「はい。フェリシア伯爵令嬢と婚約解消いたしました。
5年も彼女を婚約者として王宮に縛り付けてきたので、
慰謝料と賠償金を支払わせていただきます。
勿論、私の私財から出してもらって構いません。
私の勝手な心変わりで、彼女には迷惑をかけてしまいました。
本当に申し訳なく思っております。
そして、ここに国王陛下および国王妃殿下に
婚約解消の報告をさせていただきます。
それで、彼女の名誉を落とさぬよう次の婚約者を…」
「解消、だと?」
低く温度のない国王陛下の声が、謁見の間に響く。
王太子は一瞬たじろぐが、意を決して舞台俳優のように、
大袈裟に身振り手振りを加え食い下がる。
これを乗り越えねば、愛する人との未来はない。
そう自分を奮い立たせた。
「は、はい!心は偽れません!
私はディナ子爵令嬢を愛しています。ですからっ…」
「お前の心など、どうでも良い」
「…はい?」
「お前は一国の次期国王になる立場だと、よもや忘れている訳ではあるまいな?
“幸運の一族” より、その娘は素晴らしい才覚を持っているのか?
その子爵令嬢ごときを妃に迎えて、国にとってどんな利がある。申してみよ」
「わ、私は彼女以外愛せません。ですから、愛する彼女が隣にいてくれれば、
どんな困難でものり越えて見せます。国のために尽くすことも厭わない!
彼女は私の心の支えなのです!」
「くだらん」
「は?」
「精神論など何の役に立つ」
「国を大切に思うのは、心ではないですか!」
「そんなものは当然だ。民を慈しみ守ること。彼らがいなければ国は成り立たん。
私たち王族は民を導く統制役を担っているだけだ。
私が問うているのは、その民を守るために、ひいては国のために、
現実的な利があるのかと聞いている。国の管理の効率や論理は?答えよ!」
「…彼女はっ…優しく慈悲深く、多くの民に愛される存在になるかとっ…
民達に好かれる王妃は、心の支えになり…安心感と活力を国に与えます!」
そこに、ギリギリと扇子を握り締め、
鋭い眼差しを向けていた妃殿下も口を開く。
「子爵令嬢の特出した能力を聞いておるのだっ。
それに、そんなものはヴァイオレット嬢はとうに備わっている。
あの娘は予知だけでなく、慈善事業にも積極的に参加していた。
他には、孤児院、食料難、公共整備、災害対策、村おこし祭りの運営、
福祉ボランティア諸々…全て彼女の提案によって効率化して改善したものだ。
勿論、貴族間のお茶会の積極的な参加と交流で、信頼関係を深めていた。
まさか、知らなかったのか?」
「それは、妃教育の一貫では…」
「妃教育など、あの優秀な令嬢は信じられぬことに2年で終えている。
それらは残りの3年での功績だ。ですわね?陛下」
「ああ、まごうとなき事実だ。
その間、お前がやったのは帝王学だけか?
……ああ、浮気もしていたな。随分余裕のあることだ」
「……っ、…彼女は、私にはそのような活動をしていると、
何も言ってくれません、でした」
「お前が聞かなかったのであろう?」
「それ、は…意思の疎通が足りなかったとは…思っており、ます」
「ヴァイオレット嬢をこれへ。本人の意見を直接聞きたい」
「いいえ、彼女はここにはいません…妃殿下」
「は?」
「婚約解消を宣言した後に…すぐ王宮を出て行きました」
「なん、だと?」
「この痴れ者が‼︎ なぜ引き留めなかった!」
「か、彼女がっ、自分の意思で出て行ったのです!」
「至急フェリシア伯爵邸へ使いを!
非礼を詫びて、ヴァイオレット嬢を登城させよ!」
バタバタと慌ただしく働く臣下たちを尻目に、
王妃にギロリと鋭い眼光で睨まれ、肩を竦める王太子。
「お前がこんなに愚かだとは、知らなんだ…」
「母上っ…」
「ヴァイオレット嬢が戻らねば、この国は衰退する」
「え?…は?どういうことですか?」
「そういう予知だ。そして、彼女の予知は一度も外れていない」
「そんなっ、馬鹿なことっ…」
「1年前の河川の防波堤増築を覚えているか?」
「は、はいっ!」
「あれは、ヴァイオレット嬢が河川の古い防波堤決壊を予知して、
事前に新しい防波堤の増築をしたのだ。
事実、古いのはそれで決壊して増築のおかげで事なきを得て農作物は守られた」
「そん…なっ…予知の力があるというのは、ただの神話のような伝承で、
先祖の伝説の能力を威光誇張しているのだとばかり…本当だったのですか?」
「隣国の我が国へ秘密裏に進めていた侵略を
事前に阻止した外交も記憶に新しかろう?」
「あれもですか?しかし、なぜ…我が国とは友好国だったはずです」
「外交で表向きは友好にしてようと、本当の腹の中など見えぬ。
普通なら誰も気づかん。隣国は不作続きで飢饉が迫っていたのだ。
しかも内政派閥で揉めていた。食糧難は死活問題だからな。
我が国の豊富な作物を欲するのは当然であろう。
侵略は、1部の単略的な思考の派閥が暴走して計画していたのだ。
それもヴァイオレット嬢の予知と解決案の提示によって回避できた。
我が国が架け橋となり、各派閥の確執を解消させ、
輸出量の穏和と、隣国の環境に適した作物栽培の迅速な指導で、
全て問題が解決したのだ」
「………信じられない…そんなっ…」
「信じるも何も全て事実だ。こうして平和に暮らしていられるのは、
彼ら “幸運の一族” が、代々王家に仕えているからだ」
「分かったか? ヴァイオレット嬢無くして、この国はこの先立ち行かぬ」
「なぜ、私にお話し…頂けなかったのですか?」
「“幸運の一族” の存在は、他国は勿論、国内でも極秘とされている。
王族でも、国王陛下と妃殿下、数人の側近のみのが知る機密事項。
まだ王太子のお前には、同学年の貴族との交流も多くあろう。
そこでお前が口を滑らせてみろ。彼ら一族を手に入れようと何が起きるか。
だから、国王に即位するまで教えることはできんのだ」
「では、今それを私にお知らせ下さったと言うことは…」
「勘違いするな。
なぜヴァイオレット嬢が重要か、
痴れ者のお前に説明する必要があったからだ」
「……………」
「ヴァイオレット嬢がいなければ、お前に価値などない」
「はい?」
「お前を廃嫡して、公爵家の子息に王位継承権を移し、
隣国から王女を輿入れさせる」
「お、お待ちください‼︎ そんなっ…私は王家の実子で末裔ですよ?
ヴァイオレット嬢の方が必要だと、大切だと言うのですか?」
「当たり前だ!
まさか、代わりに子爵令嬢を妃にするつもりだったのか?
許されるはずなかろう?身分違いも甚だしい!
それに、妃教育が間に合うと思っているのか?
高い淑女教育を身につけている公爵令嬢でも、最低4年はかかるのだぞ?
子爵令嬢など10年あっても足りん知識量と覚悟が必要だ!
愛嬌だけで王妃になれる訳がなかろう!」
「その間、お前は結婚もできず、子も生せない。
ずっと婚約者不在の王太子のままでいるつもりなのか?」
「いえ、決してそのような、甘い考えではっ…
でも、ディナは真面目ですし…
もしかしたら妃教育もヴァイオレット嬢のように
2年で終えるやもしれません。
ですから、試しに彼女に妃教育を受けさせて頂けませんか?」
「ありえんな。貴族学院在学中の学力と素行を調べさせたが、
成績は中の下。学院での振る舞いも、自慢の愛嬌がありすぎて
数多の男子生徒と浮名を流し、貴族子息の婚約者の女生徒に
不評を買ってトラブルが絶えなかった。
そして、純血かどうかも疑わしい」
「は⁉︎ コソコソとディナを調べたのですか?
う、嘘です、そんなっこと!
彼女が、そんな振る舞いをっするなど…」
「王族に近づく者の素性を調べるのは当然だ。
信じられぬなら本人に聞いてみるがいい。
こういう手合は大抵都合が悪くなると
弱々しく泣いてごまかすがな」
「……っ、…彼女が良く泣くのは…
心が純粋で、傷つきやすいのですっ」
「それに、その娘が間違って万が一にも王妃になれば、
それこそ国が滅ぶのだ」
「…彼女の…ヴァイオレット嬢の…予知、ですか?」
「そうだ。だから子爵令嬢を妃にどうしてもと望むなら、お前は廃嫡だ。
ああ、温情として一代限りの男爵位は与えよう。
権力争いとは無縁な僻地で、愛する子爵令嬢と好きに暮らすがいい。
ど ん な 困 難 で も 乗 り 越 え て 見せるのだろう?」
「…そん、…な…」
憎悪と悲哀のこもったヴァイオレット嬢の瞳を思い出す。
“ 勿論、貴方様も命がけで、その愛を貫く覚悟でいらっしゃるんですわよね⁉︎ ”
“ 王太子を廃嫡されてもですか?”
「せいぜい平伏して、ヴァイオレット嬢に許しを乞うがいい。
我が息子セランよ」
こんな…こんなはず、では……
王太子は紙のように白い顔で、
足元の地面が崩れていく感覚にグラリと力なく体が揺れ
その場に膝をついて項垂れた。
* * * * * * *
「もうすぐ2国目の国境だ」
「ええ…」
「大丈夫か?」
「少し、疲れました」
「お前はよく耐えた…ゆっくり休め」
「はい、お父様…」
「伯爵‼︎ 伝令です!」
「ルドか、何だ?」
「伯爵邸に王家からの使いが、お嬢様を迎えに来たようです」
「ふん、もう誰もおらんわ。早く出発して正解だったな。
こちらに追っては掛かっていないな?」
「はい、まだ把握していないようです」
「よし、無事逃げ切れるな。引き続き監視を続けろ」
「はっ!」
「安心して眠れヴァイオレット。
もう、誰にもお前を利用させん」
「………はい…」
ゴトゴトと揺れる馬車の中で、
涙に暮れ、笑わなくなった哀れな娘の赤い髪をそっと撫でる。
あの時に逃げていれば…この子をこんなに苦しめる事もなかった。
一族の命運と娘…
躊躇してるうちに、娘が自己犠牲も厭わず願い出たのだ。
なぜ、この子の肩に、こんな重い宿命を背負わせてしまったのか…
最愛の人と引き放してまで…。
人の “恋心” の領域は、我々 “幸運の一族” では、決して踏み込めない。
だから、王子の裏切りは回避不可能だった。
その先にある悲劇も、踏み込める範囲で最低限に抑えるしかない。
その悲劇はヴァイオレットの婚約を結ぶ前に、
国王陛下と妃殿下には警告したし、もし予言の通りになった時は、
王太子を廃嫡すれば回避できると助言している。
だから、もうこちらに出来ることはない。
…そして、やはり娘はこうなってしまった。
蕾が開き咲き誇る花のような美しい時期を
囚われの王宮で過ごさせてしまった。
面会で顔を合わせるたび、目から光が無くなってゆく、
運命を知っている我が娘をどうすることも出来なかった。
後悔しても何もかも遅い。
これからは、この子の幸せの為に選択しよう。
もう、王家の思い通りにはさせん。
こんな方法しか取れなかった父を許しておくれ。
* * * * * * *
ああ、そうか。
だから君は、あの時───────
「どうしても視察に行くのですか?」
「あ?ああ。特に今日は執務もないしな。
それに友人の領土なんだ、久しぶりに会いたいし」
「そう、ですか…お茶会にご一緒して頂きたかったのですが。
どうしても、お出かけになりますか?」
「うん…お茶会など男が参加するものではないだろう?
女性同士で楽しむといい」
「私が、参加して欲しいのです」
「すまない。折角のお誘いだが、やはり私は遠慮するよ」
「私と一緒では、楽しめませんか?」
「いや、そんなことはないけど。もう視察に行く気分だし…」
「…………そうですか…」
「どうしたんだい?元気がないみたいだが、具合でも悪い?」
「いいえ…あの…」
「うん?」
「私を…裏切らないで欲しいのです」
「え、…何を、言ってるの?」
「引き止めてしまい、申し訳ありませんでした。
お気をつけて、いってらっしゃいませ…」
「あ、ああ…行ってくる」
あの後、視察先で友人に同行していた妹、
子爵令嬢ディナと出会って、私は恋に落ちたのだ。
彼女は知っていたのだ。
だから…引き留めた。
あの時の…彼女の悲しそうな瞳を思い出し、胸がズキリと痛んだ。
予知に贖おうとも、その通りに進んでいく運命を
ただ見ていることしか出来なかった。
私が変わり始めて、彼女はどんな思いでいたんだろう。
酷いことを……してしまった。
今更ながら、私は自責の念に駆られていた。
だからといって、今更ディナを手放せない。
彼女とは、もう体の関係を持ってしまっているし、
そんな不誠実で卑劣なことは出来ない。
だが、ディナを取れば王太子ではいられなくなる。
どうしたら…どうしたら…いいのだ。
そして、私は一筋の勝機を思いついた。
* * * * * * *
「正妃にヴァイオレット嬢を迎え、側妃にディナ嬢だと?」
「はい、これで憂はなくなると思います」
「…ヴァイオレット嬢が首を縦に振ると思っているのか?」
「それに我が国は、側妃制度はない」
「それは…制度を変えればいいのです」
「フェリシア伯爵家からは今回の件で、
ただでさえ要らぬ恨みをかっているのだ。
その発言は、彼女が登城して様子を見てからにせよ」
「はいっ、勿論です」
コンコン
「失礼いたします。国王陛下、フェリシア伯爵邸より戻りました」
フェリシア伯爵邸に使いに出した侍従が姿を現し、
皆がそちらに期待の目を向ける。
「おお、戻ったか。ご苦労だった。では、ヴァイオレット嬢をここへ」
「あの、申し訳ありません。いらっしゃいません」
「なんだと?断られてオメオメと帰ってきたのか?」
「いいえ。誰もいらっしゃいませんでした。
邸は…大きな家具以外、何も…ありませんでした」
「……は?」
「そして、急ぎ調べました所、他のフェリシア一族血縁者一同、
全て姿を消しておりました…」
「なんて、ことっ‼︎」
「急ぎ、出国審査を停止し、国境の関門を封鎖せよ‼︎ 誰も通すな!」
「はっ!」
「…もう、無駄ですわ、陛下」
「し、しかし!」
「我が国は見捨てられたのです。“幸運の一族”に。
陛下も、あのヴァイオレットの賢さはご存知でしょう?
もう、手の届かない場所に行っていますわ」
「だからと言って、諦められるか!」
「我々は、あの一族を脅迫してヴァイオレットを手に入れたのです。
その結果がこれですわ。悪戯に娘の5年を奪われ、
あげくに婚約解消で侮辱された。充分すぎる理由ですわ」
「母上…では、私はっ…」
「身から出たサビだ。王太子は廃嫡する。
そして、明日にも公爵家に正式な継承権移行を通達する。
それまで最後の王太子気分をじっくり味合うといい」
「なっ、…本気なのですか?」
「誰 の せ い だ ?」
「……っ、…で、ですがっ…」
「国の存続のためだ。王家の息子なら分かってくれるな?
我 が 息 子 セ ラ ン」
その時、婚約解消を言い渡した私に、
彼女が言った言葉を思い出した。
“ ……やはり、裏切るのですね ”
あ……ああ…
私は、運命に贖えなかったのだ。
こうなる運命に…
項垂れる王太子を無表情で見つめ、
パチンと扇子を畳み、
大きくため息を吐いて王妃は向き直る。
「そなた、ヴァンと言ったか?」
「はい、王妃殿下」
「フェリシア一族の見届け人として、ここに残ったのだったな。
聞いても答えてはくれぬと思うが、フェリシア一族は何処に行ったのだ?」
「私は何も聞いておりませんゆえ、お答えしたくても出来ません」
「そう、か…そなたを捕らえても無駄だな?」
「試してみますか?」
「いや、やめておこう。私も命は惜しい」
チラリと、ヴァンの腕にある腕輪を見て目を逸らす。
あれは、元々ヴァイオレットの物だった。
娘を王家に預けるにあたって、
正式な結婚をするまで純血を守るのを絶対条件として、
フェリシア伯爵が娘に持たせた守護腕輪だった。
本人の意にそぐわない無体を働くと、
攻撃魔力を放出して、周り一体を消炭にする恐ろしい魔道具だ。
それぐらいの許容をせねば、自死しかねない雰囲気だった。
「お嬢様の予知を無視したのは、あなた方です」
「そうだな…その通りだ」
「お嬢様と王子が婚約してしまうと、必ず子爵令嬢と縁ができてしまう。
そして、お嬢様は捨てられ、国は滅びる。
だから、一族はお嬢様を隠したのに、あなた方は強引に王宮に連れ込んだ。
お忘れですか?」
「…覚えておる。我々が愚かだった…今までの罪滅ぼしだ。
もう一族は追わぬ。約束しよう」
「ありがとうございます。国王陛下と妃殿下のお言葉として、
フェリシア伯爵に伝えます」
「彼女の予知とは…一体何だったのですか?
最後に…最後にお教えください、母上…」
「いいだろう。幼きヴァイオレットは、こう言ったのだ」
“王子様はね、あたしを裏切るの。
そして、彼は魔女を見初めて国は滅びるわ ”
魔女?…
ディナが? そんな…バカな…
あの大人しくて、素直な彼女が魔女だと?
国が…滅び、る?
「いいなぁ、綺麗なお城で豪華なドレスとピカピカのヒールで
セラン王子と踊ってみたいなぁ。
きっと夢みたいで素敵でしょうね!私、パールピンクが大好きなんです。
それに、ピンクサファイアの宝石のネックレスが憧れなんです。
王子様なら、きっと私の夢を叶えてくださるのでしょう?
うふふっ、楽しみです!」
あの言葉は…私の地位と財力目当てだったのか?
ああ、分からない…
いや、私は、私は彼女を愛してるんだ。
そうだ、間違っていない。運命だったんだ。
間違ってなど…いない…
でも、ディナと出会わなければ、
私は王太子のままで…そして国王になれて…
ヴァイオレットに、不満なんてなかった。
それなのに…他の娘に夢中になって、彼女を傷つけて…
継承権を失った。
私は、一体何を…しているのだ?
* * * * * * *
「ヴァン、迎えに来た」
「ルド、ご苦労。一族は無事に着いたか?」
「ああ、もう大丈夫だ。正式に受け入れられた」
「そうか、良かった。こちらも片付いた」
「あの欲深い王家が諦めたのか?」
「ええ。言質を確かに、証書も頂きました」
「そうか、やっと解放されたか、長かったな…」
「お嬢様の犠牲の元です…彼女の様子はどうですか?」
「うん……まあ、時間が解決してくれるだろ。
さあ、行こう。みんな待っている」
「ええ、今こちらの腕輪も発動します。案内を頼みます」
二人の腕には腕輪が揺れ、フワリと赤い光に包まれてフッと姿を消す。
そして5度の転移を踏み、帝国に到着して無事に一族と合流した。
この腕輪は、王家には守護腕輪で攻撃魔力を放出すると説明してあるが、
実際は転移する魔力が込められている腕輪だった。
どうしても我慢ならない時や、緊急時に使うようにと、
せめてもの親心で、ヴァイオレットに持たせた一族の秘宝。
一族の先祖代々の能力者達の血で作られた、血の結晶石の腕輪。
別名、賢者の石と呼ばれる物だった。
* * * * * * *
フェリシア一族は、4ヶ国を越え、
王国の干渉できない帝国に入国した。
一族は正体を明かし、逃走先として随分前から帝国に打診していた。
臣下としてこの能力を役立てる代わりに、
皇族との強制婚姻は否、普通の人間らしい待遇のみを要求。
そして、それは正式に認証されて叙任される。
ヴァイオレットは、皇帝陛下より譲り受けた邸のバルコニーから、
発展して洗練されている、人々で賑わう帝国の街を眺めていた。
ここは、裕福で平等で平和だわ。
あの苦しかった日々が、嘘のよう。
でも、失ったものはもう戻らない。
私、嘘をついたの。
本当は違う未来が見えていたの。
そして私は、未来だけでなく過去も見えた。
今まで我が一族を従わせる為にした、王家が行った数々の残酷な仕打ちも。
私たちを手に入れるために、この能力を魔女だと噂を広めて騒ぎ立て、
差別し、弾圧して、孤立させて、まんまと王家に囲って隷属させたのだ。
先祖は生き残るために、従順に従うしかなかった。
王家に対する憎悪を隠して、誠実な臣下としてずっと仕えてきた。
それを見て、私も心から憎悪した。
だって耐えられなかった。
私たち一族は、ずっと多くを失い犠牲になるのに、
私たちをずっと踏み台にしてきた、王国は変わらず繁栄する。
私を裏切った王子は運命の人と幸せに結ばれて、
私は、愛する人と引き裂かれてしまう。
だから、幸せになんてしてやらない。
王子が一番欲していた、継承権を取り上げてやった。
身分が落ちても、好きな人とは一緒になれるのだから
感謝して欲しいぐらい。
“王子様はね、あたしを裏切るの。
でもね、みんな結ばれて幸せになるのよ ”
こっちが本当の予知。
でも、大丈夫。
公爵家の子息が王太子になれば、国は変わらず存続できる。
今まで私たち一族を利用して横着していた分、
苦労はするし、繁栄は滞るけどね。
でもそれは、他国と同じになるだけだ。
これぐらいの仕返し、大したことないでしょう?
長年続いた、私たち一族への仕打ちに比べれば。
でも、私のこの予知は全てを見通せる訳ではない。
でなければ、こんなに苦しまなかったのだ。
* * * * * * *
「ヴァイオレット、お前に合わせたい人がいる。おいで」
そう言われて、お茶会の用意をされた庭の東屋に呼ばれた。
お父様とお母様が先に席について、こちらに手を振っている。
「お父様、お母様?どうなさいましたの?」
「座ってなさい。もうすぐ来るだろう」
「来る?誰が?」
「ヴァイオレット…」
懐かしい、声。
まさか…
ま さ か …
振り向くと、
夢でしか会えなかった彼が、少し大人になって佇んでいた。
綺麗な黒髪と緑の瞳。
「クリ、ス…?」
「久しぶりだね…少し痩せたね」
「どうして?…ここに?」
「君に会いに」
「だって…だって、あなたはっ…」
「婚約してないよ」
「…え?」
「僕は、ずっと一人で君を待っていた」
「嘘よっ、だって2年前に婚約したって…」
「うん、したけど…偽装だよ」
「偽装?なん、で?」
「僕が君の元恋人だって王家の使者が訪ねてきて、牽制してきたんだ。
だから、婚約者がいるフリしただけで、書類の契約はしてないよ」
「私を王宮に引き入れただけでは足りず、あなたにまで圧力をかけたの⁉︎」
「うん。だから、偽装婚約して目眩ししただけ。
遠縁の4歳の令嬢の名前を借りて、
ご両親に事情を話したら快く協力してくれたよ」
「…ふふっ、可愛らしい婚約者ね。
そう、だったの………
他には何かされなかった?大丈夫だったの?」
「大丈夫だよ。それより顔をよく見せて?」
「…あなた……背が伸びたわ…」
「君は綺麗になったね。
すっかり大人の女性になって、緊張するなぁ…ハハッ」
「でも、私…醜聞持ちに、なってしまったわ」
「お揃いだね。僕も解消するから同じだよ」
「あなたは違うでしょ?…ふふっ」
「…可哀想に…5年も王家に人質にされて…辛かっただろう?
何も出来なくて、ごめん…」
「いいえ…待っていてくれたわ。
私こそ、一族を選んであなたから離れたのだもの…ごめんなさい。
許してくれる?」
「許すも何も怒ってないよ。…それより、抱きしめてもいい?」
「…っ、クリス…」
ふんわり大きな腕で包まれ、
彼の成長した逞しい体の感触に少し気恥ずかしくなる。
5年の歳月は、こんなにも変わってしまうのだ。
その移ろいゆく変化を側で見ていたかった…。
でも、もういい。
「私…もう…会えない、かと…」
「僕が、君以外を好きになると思う?」
「私もあなたを忘れたことは1日も無かったわ」
「うん。結婚してくれる?」
「勿論よ」
「ほら、二人とも積もる話もあるだろう?」
「さあ座って、お茶にしましょう」
「はい、お父様、お母様」
王子様は、予知で裏切り、現実でも裏切り、
私を2度裏切った。
“王子様はね、あたしを裏切るの。
でもね、みんな結ばれて幸せになるのよ ”
ああ、あれは…私のことも含まれていたのだわ。
もしこの帝国でも、私たち一族に無体を働いたら、
また、“嘘の予知” をして惑わしてやる。
ヴァイオレットには、ミドルネームに “ヘル” と、
死の国の女神の名が付けられている。
生きる者と死にゆく者の運命を司り選別する。
利用されるだけの善良で弱い存在だった、“幸運の一族”。
自分たちの立場を嘆いて、恨みや憎悪を込め強い怨念で呪詛を紡いだ。
その呪詛で完成した、血の結晶石より生まれた娘。
女神 “ヘル” に知恵と美貌を授けられた、
才色兼備で苛烈な賢姫、ヴァイオレット─────。
私は、臣下として、婚約者として誠実に勤めてきた。
だから、一つくらい嘘をついても皆信じるの。
もうやり方は覚えたわ、大丈夫。
手札は常にこちらにある。
ほら、私の予知は外れないのよ?
ヴァイオレットは、
形の良い唇で弧を描き、妖艶に微笑んだ。
完
悪女ヴァイオレットが誕生してしまいそうな予感。
ちなみに、ディナは何の計算もしない、ただの頭お花畑娘ですが、
ヴァイオレットの嘘の予知のせいで、王子が疑心暗鬼になってしまい、
傷ついたうるうるディナに家出されて、王子はぼっちになりましたとさ。
※誤字報告ありがとうございました。修正しました。m(_ _)m




