第一章 第九話「迷宮の罠」
風邪が流行ってますね。皆様もお気をつけて…
深い森の奥に進むにつれて、周囲は次第に不気味な静寂に包まれていった。獣との激しい戦いを終えたばかりの俺たちは、息を整える暇もなく次の試練に挑む羽目になっていた。
「なんだこの森…昼間なのに、まるで夜みたいに暗いんだが?」
俺は周囲を見渡しながら呟く。木々が生い茂り、太陽の光がほとんど差し込まないせいで、昼間とは思えない薄暗さだ。
「智也、気をつけて。ここはただの森じゃないわ。」
エリスが鋭い目つきで周囲を警戒しながら言う。その声には緊張が滲んでいて、自然と俺の背筋も伸びた。
「ただの森じゃないって、どういう意味だよ?」
「この森、昔から『迷いの森』と呼ばれているわ。試練を課される者たちが次々と道を見失い、二度と出てこられなくなる場所だって。」
俺はごくりと唾を飲み込む。確かに、目の前の風景はどれも同じように見える。一本一本の木々が不気味なまでに似通っていて、道の区別がまったくつかないのだ。
「そんな場所、どうやって進めばいいんだよ!」
俺の声が少し大きくなる。焦りが滲んでいるのが自分でも分かった。
「落ち着いて。私たちには『光の刃』があるわ。この力を使えば、何かヒントが見つかるかもしれない。」
エリスは俺に向かって微笑む。その笑顔には不思議と安心感があり、俺は何とか気持ちを落ち着けることができた。
「分かったよ。じゃあ、どうすればいい?」
「まずは目の前の道を進んでみましょう。何か異常があればすぐに気づくはずよ。」
俺たちは慎重に足を踏み出し、迷いの森の中へと進み始めた。木々の間を抜けるたびに風景が変わらないことに気づくたび、背中を冷たい汗が流れる。
進むにつれて、森はさらに異様な雰囲気を帯びてきた。木々の間から低い声のようなものが聞こえてくる。まるで誰かがこちらを嘲笑っているかのような、不快な音だ。
「おい、エリス。今の声、聞こえたか?」
「ええ、聞こえたわ。でも、油断しちゃダメよ。この森そのものが、私たちを惑わせようとしている。」
そう言う彼女の顔は冷静そのものだったが、俺にはその声がただの空耳だとは思えなかった。木々の間から無数の目がこちらを覗いているような感覚がして、どうにも落ち着かない。
やがて、森の中にぽっかりと開けた空間が現れた。そこには奇妙な模様が刻まれた石碑が立っていて、まるで俺たちを待ち受けているかのようだった。
「エリス、この石碑…なんか嫌な感じがするんだが。」
俺が石碑に近づこうとした瞬間、エリスが鋭い声を上げて俺を止めた。
「待って!触っちゃダメよ!」
「え、なんでだ?」
「この模様…ただの飾りじゃないわ。これは古代の結界術式に使われるものよ。」
彼女が慎重に石碑を観察している間、俺は不安を抑えきれずに辺りを見回した。そして、その時だった。背後からひやりとした冷たい風が吹き、俺は思わず振り返った。
そこには…何もなかった。しかし、その「何もない」ということ自体が、どこか異様に感じられる。
「智也、どうしたの?」
「いや、なんでもない。けど…ここ、本当におかしいよ。」
エリスは石碑を見つめながら頷く。そして、次の瞬間、彼女の表情が一変した。
「まずいわ。この石碑、ただの結界じゃない。この森全体を操る装置みたいなものよ!」
「ええ!?じゃあ、どうすればいいんだ!」
「壊すしかないわ。でも、壊した瞬間に何が起こるか分からない。」
エリスの言葉に、俺は迷った。だが、迷っている暇はなかった。この森でじっとしていても、いずれ俺たちは飲み込まれるだけだ。
「俺がやる!」
俺は光の刃を振り上げ、石碑に向かって突き刺した。
石碑に光の刃を突き刺した瞬間、まるで天地がひっくり返るかのような衝撃が俺たちを襲った。足元が揺れ、森全体が呻くような音を立てている。
「エリス!大丈夫か!?」
俺はすぐさま彼女の方を振り返ったが、濃い霧が急激に立ち込め、彼女の姿は見えなかった。
「エリス!どこだ!返事をしてくれ!」
叫びながら辺りを手探りで進む。だが、霧の中では方向感覚が狂い、どちらに進んでいるのか全く分からない。
霧の中を彷徨いながら、俺は次第に奇妙な声を聞くようになった。それは囁くような低い声で、まるで俺の心を見透かしたかのような言葉を投げかけてくる。
「帰れないぞ…ここで朽ち果てるのだ…」
「お前の刃など、無意味だ…」
「なんだよ、ふざけるな!」
俺は声の正体を探そうとするが、霧の中には何も見えない。ただ、その声が耳元で囁くたびに、不安と恐怖がじわじわと広がっていくのを感じた。
その時、不意に霧の中から光が差し込んできた。エリスの声だ。
「智也!こっちよ!」
その声を追いかけて進むと、霧の中にぼんやりと人影が浮かび上がる。エリスだ。彼女は手に光の球体を持ち、それが霧を少しずつ晴らしていく。
「エリス!無事だったのか!」
「ええ、なんとかね。でも、この森が暴走を始めたわ。石碑を壊したことで、結界が不安定になっているみたい。」
彼女は急いで周囲を観察しながら続ける。
「このままだと、私たちもこの森と一緒に飲み込まれるわ。早く出口を見つけないと。」
俺たちは霧の中を進み続けた。だが、道が次々と変化し、どこをどう進めば出口に辿り着けるのか全く分からない。森そのものが意思を持っているようで、俺たちを迷わせようとしているのが明らかだった。
「くそっ、どうすればいいんだ!」
俺が苛立ちをぶつけると、エリスが冷静に答える。
「この森は私たちの心を揺さぶろうとしているの。落ち着いて、自分の直感を信じて進むしかないわ。」
その言葉を聞いて、俺は少しだけ心を落ち着けることができた。確かに、この森が仕掛けている罠に動揺していては、出口など見つけられない。
やがて、前方にかすかな光が見えた。それは出口のようにも見えるし、また別の罠のようにも見えた。
「どうする?行くか?」
「ええ、行くしかないわ。」
俺たちは慎重にその光へと近づいた。そして、光の中に足を踏み入れた瞬間――
視界が一変した。周囲は一瞬にして明るくなり、霧も木々も消え去っていた。そこに広がっていたのは、広大な草原だった。
「ここは…?」
俺が呟くと、エリスが息をつきながら答える。
「どうやら出口に辿り着いたみたいね。でも、どうしてこんなに突然…?」
俺たちが困惑していると、不意に目の前に巨大な影が現れた。それは黒い甲殻に覆われた巨大な昆虫のような怪物で、鋭い触角を持ち、明らかにこちらを敵視している。
「おい、マジかよ…今度はなんだよ!」
「落ち着いて、智也!戦うしかないわ!」
エリスはすぐに光の刃を構え、俺も彼女に続いて構える。だが、その怪物の威圧感は尋常ではなく、ただ立っているだけで息が詰まるような感覚がする。
「行くぞ、エリス!」
「ええ!」
俺たちは息を合わせ、怪物に向かって突進した。俺の刃が甲殻に命中すると、怪物は怒り狂ったように触角を振り回し、俺たちを攻撃してきた。
「智也、右だわ!」
エリスの声で俺はとっさに右に回避し、なんとか触角をかわす。その間にエリスの刃が怪物の左足を切り裂いた。
怪物は大きく揺れ、足元が崩れるように地面に倒れ込んだ。俺はその隙を逃さず、全力で光の刃を振り下ろした。
怪物が完全に動きを止めると、俺たちはようやく息をつくことができた。
「なんとか…倒したか。」
「ええ。でも、この先もまだ油断できないわ。」
エリスの言葉に俺は頷き、再び前を見据える。俺たちには少しずつ「勝つための力」が備わり始めているような気がしていた。
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