第一章 第七話「謎の導き手」
猫っていいですよね。うちの猫はめっちゃ噛んできますがかわいいです^_^
光の森から抜け出し、俺とエリスは再びディグラフスフィアの風景に戻っていた。空に浮かぶ幾何学模様の太陽、どこまでも続く透明な大地。相変わらず非現実的な景色だけど、妙に安心感があるのが不思議だった。
「智也、大丈夫?」
エリスが心配そうに声をかけてきた。彼女の瞳は微かに揺れていて、俺の様子を伺っている。
「まあな。いろいろ考えさせられたけど、悪くはない気分だよ。」
俺は肩をすくめながら答えた。本音を言うと、過去の俺との対話はかなり精神的に堪えた。でも、その分だけ吹っ切れた気もする。
「あなたが過去の自分と向き合えたこと、すごいと思うわ。」
エリスの声は優しい。俺が微妙に照れくさそうに目を逸らすと、彼女はくすっと笑った。なんだか、ほんの少しだけこの世界に馴染めた気がした。
「ところで、この後はどうするんだ?」
俺はふと立ち止まり、エリスに尋ねた。試練を乗り越えたのはいいとして、この先何をするべきかが全く見えていない。
「次に進むべき場所が、試練を終えた者には示されると聞いているわ。」
エリスが指を空に向けると、先ほどまで何もなかった空間に突然光の矢が現れた。それはキラキラと輝きながら、北東の方向を指している。
「なんだこれ、道案内か?」
「そうみたいね。あそこに向かえば、次の導き手に出会えるのかもしれない。」
導き手――その言葉に、少しだけ緊張感が走る。過去の自分との対話が終わったばかりで、また新たな試練が待っているのかと思うと、気が重い。
「どっちにしても、行くしかないか。」
俺は気持ちを切り替えて、光の矢が指す方向へ足を踏み出した。
道中、エリスと少し会話を交わしながら歩いた。
「智也、あの光の森でのことだけど…過去の自分と向き合うのって、どうだった?」
エリスの問いに俺は少し考えた。
「正直、辛かったな。でも、やっぱり必要だった気がする。あのまま逃げ続けてたら、俺は何も変わらなかったかもしれない。」
エリスは満足そうに頷いた。
「あなたがそうやって前に進もうとする姿勢、素敵だと思う。」
「おいおい、褒められると照れるぞ。」
冗談めかして言い返したが、実際ちょっと嬉しかったのは否定できない。
しばらく歩いていると、地面に奇妙な模様が現れ始めた。まるで巨大な円形の紋章のようなデザインが、大地一面に広がっている。
「なんだこれ…?」
「ディグラフスフィアにある古代の遺跡の跡かもしれないわ。」
エリスがそう言うと、突然空間全体が淡い青い光に包まれた。
「おい、また何か始まるのかよ!」
俺は思わず声を上げたが、エリスは冷静だった。
「落ち着いて、これは歓迎の印よ。」
その言葉通り、光の中から一人の人物が現れた。身長は小柄で、頭に奇妙な三角帽子をかぶっている。服装は淡いグレーのローブで、全体的に神秘的な雰囲気をまとっていた。
「よくぞここまでたどり着いた、異界の者よ。」
声は柔らかく、どこか安らぎを与える響きがあった。その人物は俺たちの前で一礼すると、名乗りを上げた。
「私はライネス。この地を守る“観測者”の一人だ。」
「観測者?」
俺は首をかしげながら尋ねた。その言葉に、エリスが少しだけ目を見開いた。
「観測者とは、この世界の根幹を知る者たちよ。彼らはこのディグラフスフィアの成り立ちや、存在意義について深く知っているとされているわ。」
「なるほど、つまりこの世界の案内人ってわけか。」
俺は軽い調子で返したが、ライネスの表情は変わらなかった。彼は静かに頷き、言葉を続けた。
「君たちがこの地にたどり着いたのは、偶然ではない。全ては“量子の軌跡”によって導かれているのだ。」
「量子の軌跡?」
新たな謎めいた言葉に、俺は眉をひそめた。その瞬間、ライネスが指を空に向けると、そこには複雑な幾何学模様が浮かび上がった。
「この世界は無数の可能性によって成り立っている。そして君たちはその一つの可能性に選ばれた存在なのだ。」
彼の言葉に、俺は少しだけ背筋が寒くなるのを感じた。選ばれた可能性――それが一体何を意味するのか、この時点ではまだ理解できなかった。
ライネスの言葉に、俺はなんとも言えない違和感を覚えた。選ばれた可能性?量子の軌跡?それが一体何を意味するのか、俺にはまだ掴めない。だが、その核心を探りたいという気持ちが胸に芽生えた。
「選ばれた存在、ってのはどういうことなんだ?」
俺は少し気負いながら尋ねた。エリスも黙ってライネスの言葉を待っている。
ライネスは穏やかな微笑みを浮かべながら説明を始めた。
「ディグラフスフィアは、可能性の無限集合とでも呼ぶべき場所だ。この世界ではすべてが量子のように多様な状態を持ち、言葉や意識によってその姿を変える。」
「つまり、ここでは『選ぶ』という行為そのものが、この世界を形作る原動力になっているんだ。」
俺はその言葉を聞きながら、光の森での体験を思い返していた。過去の自分と向き合い、何かを決断したからこそ次の場所に進めた。それも一つの「選び」だったのか。
「でも、それが俺たちとどう関係するんだ?」
「あなたたちは、この世界に影響を与えうる特殊な存在なのよ。」
代わりに答えたのはエリスだった。その瞳はいつになく真剣だ。
「私もその全容は知らないけど、この世界では選ばれた者が特別な役割を持つとされているわ。」
ライネスはエリスの言葉に頷き、さらに続けた。
「そうだ。智也、君はこの世界において重要な役目を果たす可能性を持っている。そしてそれは、試練を通じて明らかになるだろう。」
「試練って、またあのしんどいやつかよ…」
俺は思わず溜息をついた。ライネスは微笑を浮かべたまま、静かに手を差し出した。彼の掌には、小さな輝く球体が浮かんでいる。
「これを持っていきなさい。」
俺はその光の球を手に取った。触れた瞬間、球体はまばゆい光を放ち、俺の中に一瞬で何かが流れ込む感覚を覚えた。
「なんだ、これ…」
「それはこの地で試練を乗り越えるための“鍵”だ。次に進む場所では、この鍵が新たな道を示すだろう。」
話を終えると、ライネスは一歩後ろに下がり、空に向かって手を広げた。その動きに呼応するように、空間が変化し始めた。俺たちが立っていた地面が柔らかく揺れ、周囲の風景がゆっくりと歪んでいく。
「な、なんだ!?また何か始まるのかよ!」
驚いて声を荒げる俺を、エリスが軽く肘で突いた。
「智也、慌てないで。この人が何かしてるのよ。」
ライネスは微笑んだまま、周囲の変化に説明を加えた。
「これから君たちは次なる地へ向かう。この場所は君たちの旅の一部に過ぎないのだ。」
突然、俺たちの足元から光の帯が立ち上がり、それが渦を巻くように俺たちを包み込んだ。その中でエリスと顔を見合わせたが、彼女も少し困惑した表情を浮かべている。
「こういうの、もう少し事前に説明してくれよ!」
俺は叫んだが、ライネスは静かに微笑んだままだった。
光の渦が消えたとき、俺たちは別の場所に立っていた。そこは深い霧に包まれた荒野のような場所だった。地面は黒い砂利で覆われ、遠くには鋭い岩がそびえ立っている。空はどこまでも灰色で、奇妙な不気味さを感じさせる。
「ここが次の試練の場所か…」
俺は息をつきながら周囲を見回した。エリスも慎重に辺りを観察している。
「注意して、智也。この場所には危険なものが潜んでいる可能性が高いわ。」
その言葉が終わらないうちに、霧の中から低いうなり声が聞こえた。俺たちは瞬時に身構えた。霧がわずかに晴れると、そこにいたのは巨大な獣のような影だった。
「おいおい、いきなりかよ!」
俺は思わず声を荒げた。エリスが剣を構える横で、俺も何か手を打たなければと焦った。
巨大な影がゆっくりと姿を現す。その目は真っ赤に輝き、牙が鋭く光っている。俺たちの前に立ち塞がるように、唸り声をあげながら迫ってきた。
「さて、どうするよ…」
俺は軽口を叩きながら、全身に緊張を走らせた。初めて直面する本格的な危機に、どう対処すればいいのか全くわからない。
だが、エリスの瞳には迷いがなかった。
「私が先手を取るわ。智也、あなたはチャンスを見極めて!」
彼女はそう言うと、霧を切り裂くように前に飛び出した。その瞬間、俺の中にライネスから渡された光の球が淡く輝いた。これが何を意味するのかはわからないが、とにかく状況を見守るしかなかった。
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