第一章 第三十六話「選択」
霧が晴れた後に現れたのは、静寂そのものだった。先ほどまでの木のうねりや触手が嘘のように、あたりには風の音さえ聞こえない。エリスが慎重に木の残骸へと歩み寄り、その様子を確認する。
「本当に、これで終わりなのかな……?」
彼女の声には疑念が混じっていた。それも当然だ。この空間では一つの危機が去ったとしても、次にはさらに大きな謎や脅威が現れることがわかっていたからだ。
「まだ何かが隠されている気がする。でも……」
俺の言葉は途中で止まる。視線の先、木の根元からわずかに光が漏れていたからだ。その光は、まるで呼吸をしているかのように微かに点滅している。
「また仕掛けか?」
エリスが俺の肩越しにその光を見つめる。その表情には警戒心が浮かんでいたが、それでも足を止めようとはしない。
「調べるしかない。放っておくわけにもいかないしな。」
俺は慎重に近づき、光の正体を探る。木の根元に埋め込まれた宝珠のような物体。それは奇妙な文様が刻まれており、先ほどの戦闘中に見た紋様と同じ形状だった。
「これが原因かもしれない。」
そう呟きながら手を伸ばすと、宝珠が微かに震えた。触れると、先ほどのように頭の中にイメージが流れ込んでくる。だが、今回はより鮮明で、明確な意志のようなものを感じた。
イメージの中で俺が見たのは、かつて繁栄を極めた文明の姿だった。巨大な都市が広がり、人々が賑やかに生活している。しかしその平和は突然崩れ去った。天から降り注ぐ災厄のような存在――それが全てを覆い尽くし、人々を苦しめたのだ。
「これは……この空間の過去か?」
意識が現実に引き戻されたとき、エリスが不安そうな顔で俺を見ていた。
「何か分かったの?」
「……過去の記憶のようなものだ。でも、それだけじゃない。この宝珠にはまだ何かが隠されている。」
宝珠に再び触れると、今度は文字が浮かび上がる。それは古代の文字で、一見すると解読不能だったが、なぜか意味が直感的に頭に入ってきた。
「試練を超えし者に告ぐ――深き闇の奥に、真実が眠る……か。」
声に出して読むと、その文字は一瞬で消え去った。代わりに、宝珠は音もなく砕け散り、輝く粉となって宙に舞う。それが何かを示すように、暗闇の先に続く道が現れた。
「これは誘いかもしれないな。」
「でも、行くしかないんでしょ?」
エリスが軽く肩をすくめる。彼女の声には冗談めかした調子が含まれていたが、その裏には明確な覚悟があった。俺たちは無言のままその道を進むことにした。
暗闇の道はひんやりと冷たく、時折どこからともなく風が吹き抜ける。周囲は静まり返っており、まるで時が止まったような感覚に襲われる。この道の先に何が待っているのか――それを想像するだけで緊張が高まる。
「なあ、さっきの映像……お前は何か感じなかったのか?」
歩きながら、俺はエリスに問いかけた。
「感じたよ。あれはただの記憶じゃない。警告みたいなものだったと思う。」
彼女の声は低く、慎重だった。その言葉には俺も同意せざるを得ない。あの映像が示していたのは、単なる過去の出来事ではなく、今後俺たちが直面する可能性がある未来そのものかもしれない。
「でも、どうして私たちに見せたんだろうね?」
「それが分かれば楽なんだけどな。少なくとも、俺たちがここに来た理由と関係しているはずだ。」
会話を続けながらも、足を止めることはない。やがて、道の先にぼんやりと明かりが見えてきた。
「光だ……!」
その光に導かれるように進むと、やがて広間にたどり着く。そこには無数の柱が立ち並び、その中央には巨大な装置が鎮座していた。その装置は静かに光を放ち、全てを見透かしているかのような存在感を放っている。
「これが、次の試練か……?」
エリスが呟く。俺たちは無言のまま装置に近づき、そしてその異質な光景に息を呑んだ。
広間の中央に鎮座する装置は、威圧感と不可思議な魅力を兼ね備えていた。複雑に絡み合った機械的な部品と、まるで自然界の生物のような有機的なデザイン。光を放つ部分は息をするかのように明滅し、周囲の柱に反射して奇妙な模様を浮かび上がらせている。
「これ、触っていいやつなのかな……?」
エリスが眉をひそめる。これまでの経験上、こういった装置は厄介ごとの発端であることが多い。俺も警戒しながら装置を観察するが、動き出す気配はなかった。
「いずれにせよ、ここを通るにはこれをどうにかしないといけないだろうな。」
俺は手をかざし、慎重に装置へと近づいた。その瞬間、広間全体が淡い光に包まれる。同時に、頭の中に再び声が響いた。
「選択せよ――力か、知恵か、絆か。」
「またか……!」
俺は眉をしかめる。この空間では何度もこうした二者択一、あるいは三者択一を迫られてきた。それぞれが試練の一部であり、選び方によって結果が大きく変わる。
エリスが装置の文字を指差す。そこには、選択肢の具体的な条件が記されていた。
「力――試練を肉体で乗り越えよ。」
「知恵――この装置の謎を解き明かせ。」
「絆――二人で共に新たな道を切り拓け。」
「これは……力と知恵だけじゃなく、俺たちの関係性まで試してくるのか。」
エリスが視線を落としながら考え込む。俺たちはこれまで何度も力で乗り越えてきたが、そのたびに精神的にも肉体的にも消耗してきた。一方で、知恵や絆を選ぶ試練は、未知数だ。
「どうする?」
エリスが小声で尋ねる。その声には迷いと覚悟が混じっていた。
俺は深呼吸をし、目を閉じた。冷静に考えるべきだ。力を選べば、また消耗戦が待っているだろう。知恵を選べば時間はかかるが、リスクは少ないかもしれない。そして絆――それは、俺たちの信頼関係を試す未知の試練だ。
「……絆を選ぼう。」
決断した理由は自分でもうまく説明できない。だが、今の俺たちに必要なのは、互いを信じて進む力だと思った。エリスが驚いた顔を見せた後、うっすらと笑みを浮かべる。
「意外だけど……いいかもね。」
装置に手を触れると、全てが暗転した。
次に目を開けたとき、俺たちは奇妙な空間に立っていた。先ほどの広間とは異なり、四方八方が濃い霧で覆われている。足元には星空のような光が広がり、天井も見当たらない。
「これが、絆の試練……?」
エリスが辺りを見回す。すると、霧の中から声が聞こえてきた。
「お前たちの絆を示せ。二人で一つの道を選べ。」
その声に応じるように、霧の中から無数の道が現れた。それぞれが異なる風景を見せており、どの道も一筋縄ではいかないように見える。
「これ……全部行けってこと?」
エリスが半ば呆れたように言うが、声は再び響く。
「ただ一つの道が真実へと続く。他の道は虚偽と罠である。」
「……簡単にはいかないってわけか。」
俺は目を細めながら道を見渡す。それぞれの道には微妙な違いがあるが、どれが正解かは分からない。直感に頼るべきか、それとも冷静に分析すべきか――俺は迷った。
そのとき、エリスが一つの道を指差す。
「これ、どう思う?」
そこは、他の道よりもやや光が強く、奥に何か動くものが見えた。それが敵なのか、それとも導きなのかは分からない。だが、エリスの直感に賭けてみる価値はあるかもしれない。
「いいだろう。行こう。」
道を進むと、次第に周囲の霧が晴れていった。やがて見えてきたのは、一つの扉だった。その扉には、これまでの試練で見た紋様が刻まれている。
「これを開ければ、次に進めるってことかな?」
俺が扉に手を伸ばした瞬間、背後から異様な気配を感じた。振り返ると、霧の中から何かが現れようとしていた。
「おい、来るぞ!」
エリスが身構える。現れたのは巨大な影――獣とも機械ともつかない異形の存在だ。
「試練はまだ終わっちゃいないみたいだな……!」
俺たちは再び構えを取り、迫りくる影に立ち向かう準備を整えた。
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