第一章 第三十四話「謎の男」
冷たい空気が背筋を這い上がるような感覚を覚えながら、俺たちは新たな扉の先に足を踏み入れた。目の前に広がったのは、どこか現実感を欠いた風景だった。巨大な柱が無数にそびえ立つ空間。その柱はどれも半透明で、内側に渦巻く光が蠢いている。
「これは……何なの?」
エリスが呟く声には困惑が混じっていた。俺も答えを見つけられず、慎重に柱の一つへ近づく。その表面に触れようとすると、指先が触れる前にふわりとした感覚が体を包み込む。
「おい、エリス、これ……」
振り返った俺の視界が一瞬で暗転した。
目を開けると、俺は見知らぬ街の路地裏に立っていた。空は暗く、冷たい雨が降り注いでいる。周囲に人影はないが、遠くで誰かの足音が反響している。
「なんだ……ここは……?」
手元にあったはずの剣も、エリスの姿もない。困惑する俺の胸に、不安がじわじわと広がる。さっきの柱に触れた瞬間、俺たちは何かの幻影に取り込まれたのか?
そのとき、突然背後から声が聞こえた。
「そこにいるのか?」
反射的に振り返ると、黒いローブをまとった男が立っていた。顔はフードの影に隠れているが、その声には妙に聞き覚えがあった。
「お前は……誰だ?」
「俺か? まあ、名乗る必要はないさ。ただ、教えてやろう。この世界で生き延びたいなら、選択を誤るな。」
「選択……だと?」
男は俺の言葉に答えることなく、フードの下で薄く笑ったように見えた。そして、次の瞬間、俺の視界が再び白い光に包まれる。
目を覚ましたとき、俺は再び柱のある空間に戻っていた。しかし、今度はエリスの姿がそこにあった。
「智也! 無事だったのね!」
エリスの声には安堵の色があったが、その表情にはどこか怯えたようなものが浮かんでいる。
「お前は何が見えた?」
「……街だったわ。見覚えのない場所。でも、そこには……人々が争っていた。まるで、自分たちを見せつけるように……。」
エリスの言葉に、俺の体が無意識に強張る。どうやら、俺たちはそれぞれ違う幻影を見せられたらしい。そして、それが何を意味しているのかは、まだわからない。
「柱……これが仕掛けの一部なんだろうな。」
俺は目の前の柱を睨みながら言葉を絞り出した。触れるたびに別の幻影を見せる柱が、この空間の鍵を握っていることは間違いない。だが、それをどう攻略すればいいのか、手がかりはない。
「智也、柱の光をよく見て。あれ、少しずつ動いているわ。」
エリスの指摘に目を凝らすと、確かに柱の内部で渦巻いている光がゆっくりと変化していることに気づいた。それは何かを示しているようにも見えるが、具体的な意味はわからない。
「試してみるしかなさそうだな。」
俺は覚悟を決め、もう一度柱に手を伸ばした。再び白い光が視界を覆い尽くし、次の瞬間には別の光景が広がる――。
光が消えると同時に、俺は冷たい岩肌の上に倒れ込んでいた。全身が汗でびっしょりで、心臓が嫌なほど速く脈打っている。周囲を見回すと、目に映ったのは狭い洞窟のような空間だった。壁は黒ずんだ石で覆われ、天井からは鋭利な鍾乳石が突き出ている。
「ここは……?」
起き上がろうとしたその時、背後から聞き覚えのある声が飛んできた。
「智也、大丈夫? 無事なの?」
振り返ると、エリスがこちらへと駆け寄ってきた。その顔には明らかな焦りが浮かんでいる。
「お前も、ここに……」
俺が言いかけると、エリスは頷きながら息を整えるように胸に手を当てた。
「柱に触れて……気がついたらここにいたわ。でも、さっきと違って今回はあなたと同じ場所にいるみたいね。」
「それなら少しは安心だな。」
ほっとしたのも束の間、洞窟内に低い振動音が響き渡った。何かが遠くから近づいてくる音だ。それは地面を這うような鈍い音と共に、不気味な低音の咆哮を伴っていた。
「エリス、構えろ。何か来る。」
エリスは頷き、すぐさま武器を手に取った。その刹那、暗闇の中から巨大な影が姿を現した。
目の前に立ちはだかったのは、岩と骨が融合したような異形の怪物だった。四肢は太く、鋭い爪が生えている。その体表はまるで洞窟そのもののように黒く硬質で、目は赤く光っている。
「……でかいな。」
俺は剣を構えながら呟く。エリスも隣で魔法の準備をしているが、その額には冷や汗が浮かんでいる。
「智也、あの怪物……普通の攻撃じゃ通らないわ。この洞窟と一体化しているみたい。」
エリスの言葉に俺も気づく。怪物の体表は確かに岩と同じ材質に見える。つまり、ただ切り裂くだけでは意味がないということだ。
「弱点を探るしかないな。」
俺は怪物の動きを注意深く観察する。奴の動きは鈍重だが、体力と防御力が尋常ではない。その上、時折吐き出す毒のような霧が洞窟内を覆い尽くす。
「智也、この霧……動きを制限されるわね。」
エリスが警戒する中、俺は一瞬の閃きを感じた。この霧はただの毒ではなく、俺たちを囲むように動きを封じるための罠だ。そして、その霧が怪物の行動パターンと連動している。
「霧を操る力が、奴の本体から発しているとしたら……」
俺はそう呟きながら、怪物の胸元に目を凝らす。そこには微かに光る紋様があった。
「エリス、あの紋様だ! あそこが弱点かもしれない!」
「分かったわ!」
エリスはすぐさま魔法のエネルギーをその手に集中させた。怪物が吠え声を上げながら爪を振り下ろす中、俺はその攻撃をギリギリでかわしつつ、奴の胸元を目指す。
激しい攻防の末、俺はようやく紋様のある部分に剣を突き刺すことに成功した。しかし、それだけでは終わらなかった。怪物はさらに狂乱状態に陥り、洞窟全体が振動する。
「エリス、今だ! トドメを!」
「分かったわ!」
エリスの魔法が光となり、怪物の体を貫いた。激しい閃光と共に、怪物は消滅し、洞窟内には静寂が戻る。
息を切らしながら座り込む俺たち。怪物が消えた後、洞窟の中央には新たな扉が現れていた。
「また……試練か。」
俺は苦笑しながら呟く。エリスも疲れた顔で微笑み、扉の方を見つめた。
「でも、これで進めるわね。」
俺たちは立ち上がり、扉の前に向かう。次に何が待ち受けているのかは分からないが、俺たちの覚悟はもう決まっている。
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