第一章 第二十九話「迷宮の紋様」
巨大な扉の前で立ち尽くす俺たち。これが次の試練であることは一目で分かった。扉に刻まれた紋様は、さっきの影たちが作り出した形と一致しているが、そこには新たな謎が隠されているようだった。
「この扉…ただの装飾じゃないわね。」
エリスが杖を使って慎重に紋様をなぞり始める。その姿を見ながら、俺は自分の中に芽生えた焦りを抑えようとする。この先に待つ真実や敵の存在を考えると、気持ちがどうしても逸る。しかし、それではダメだ。この迷宮は、俺たちに冷静さを求めているのだろう。
「エリス、何か気づいた?」
「ええ。でも、ちょっと変なの。」
彼女は扉の下部を指差した。そこには、刻まれた紋様が奇妙に途切れている部分がある。
「ここが何かのカギだと思うわ。でも、どうやって…?」
俺たちはその部分を詳しく調べることにした。扉自体は重厚で、無理やり押し開けることは不可能だ。それに、ここでは力ずくが通じる相手ではないと分かっている。
「智也、この迷宮は何かを試しているのよ。」
エリスの言葉に、俺は眉をひそめた。
「試すって、どういうことだ?」
「あなた自身のこと。それと、この扉の紋様…過去に見たことがあるものじゃないかしら?」
彼女の言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏に記憶の断片が浮かび上がった。幼い頃、祖父に連れられて訪れた古い神殿。その壁に刻まれていた紋様が、この扉のものとよく似ている。
「あれは…まさか!」
俺は手探りで扉の紋様をたどりながら、その記憶を掘り起こそうとする。祖父が言っていたこと、古い伝承に出てきた話…。
「エリス、これ、解くにはおそらく言葉が必要だ。」
「言葉?」
「祖父が教えてくれた古い祈りの言葉だ。この扉、ただの物理的な障害じゃない。意思を持っている。」
俺は静かに目を閉じ、祖父が語ってくれた祈りの言葉を口にする。
「世界を繋ぐ鍵よ、我らが道を示せ。」
扉はびくともしない。だが、どこかで小さな振動音が聞こえた気がした。
「智也、それよ!」
エリスが声を上げる。彼女の言葉に背中を押され、俺は再び祈りの言葉を唱えた。今回はもっと強い気持ちを込めて。
「世界を繋ぐ鍵よ、我らが道を示せ!」
すると、扉の紋様が淡く光り始めた。揺れる光の中で、刻まれた模様が少しずつ動き出し、一つの形を作り上げる。
「やったか…?」
だが、次の瞬間、光は消え、再び扉は静まり返った。
「どういうことだ…?」
焦りを感じながらも、俺は冷静を保とうとする。エリスが隣で小声で呟いた。
「智也、あの光…何かを選び損ねたのかもしれないわ。」
「選び損ねた…?」
「紋様の動き、何かを訴えてた気がする。私たちが正しく応えなければ、この扉は開かない。」
エリスの推測に基づき、俺たちは再び扉を観察した。光が描き出した紋様の形を思い出し、それが意味するものを考える。
「これ、何かの道標じゃないか?」
「そうね。だけど、どうやってその道を選べばいいのか…。」
俺たちの議論が続く中、時間だけが過ぎていく。だが、この扉が開かなければ、先に進むことはできない。
「もう一度、祈りの言葉を唱えるしかない。」
俺は決意を固め、再び扉に向き合った。そして、心の中で問いかける。この道の先に何があるのか。それを知るために、俺はすべてを賭けるつもりだった。
扉に再び祈りの言葉を捧げながら、俺は内心の葛藤に押しつぶされそうになっていた。この扉の向こうに何が待ち構えているのか。俺たちの選択は正しいのか。それとも間違い続けているのか。
扉は静まり返ったまま、何の反応も示さない。しかし、俺の心には、確かな違和感があった。さっきの光が形作った紋様…それが意味するものが頭の片隅に引っかかっている。
「智也…少し休憩しない?」
エリスが心配そうに声をかけてきた。その顔には疲労がにじんでいる。俺も同じだ。ここに至るまでにすでに多くの試練を乗り越えた。精神的にも肉体的にも限界に近いのは明らかだった。
「そうだな…一度落ち着こう。」
二人で扉から少し離れ、壁に背を預ける。目を閉じると、これまでの旅路が頭を駆け巡る。出会った者たち、戦った敵、手にした小さな勝利と苦い敗北。
「智也、あなたが言ってた祈りの言葉、何か思い出す手がかりにならない?」
エリスの声に、俺はゆっくりと目を開けた。
「祈りの言葉自体には、鍵が隠されている気がする。でも、それだけじゃ足りないんだ。きっと、扉に意思があるなら、こちらの行動も見ている。」
ふと、エリスが何かに気づいたように立ち上がる。そして扉に近づき、再び紋様を指でなぞり始めた。
「智也、これを見て。紋様の中に、いくつか欠けている部分があるわ。最初はただの装飾だと思ってたけど、もしかしたらこれが意味を持つのかも。」
「欠けている部分…それが何を意味しているのか。」
俺も立ち上がり、彼女の隣に並ぶ。確かにいくつかの模様が途切れている。それは意図的に削り取られたようにも見えた。
「紋様が完全じゃないと、この扉は応じない。そういうことか。」
だが、それをどうやって修復する?俺たちは何も持っていないし、この場にそれを補う道具があるとも思えない。
「いや、違う。道具なんていらないんだ。」
突然、胸の奥にひらめきが走った。俺は自分の手を紋様の途切れた部分に重ねた。すると、温かな感覚が手のひらに伝わってくる。
「智也…それって!」
「この紋様、俺たち自身を試している。欠けているのは形じゃない、俺たちの覚悟なんだ。」
覚悟。目の前の扉はただの試練ではない。これまでの俺たちの行動、選択、そして未来への意志。そのすべてを見極めようとしている。
「エリス、手を貸してくれ。」
「ええ。」
彼女は躊躇なく俺の隣に立ち、自分の手をもう一つの欠けた部分に重ねた。その瞬間、紋様全体が再び光を放ち始める。そして、今度こそ扉が反応を示した。
扉がゆっくりと開き始める。重厚な音が響き渡り、光が漏れ出す。その光景は神々しく、まるで新たな世界の入口を開いたかのようだった。
「成功…したの?」
エリスが震える声で呟く。俺もまた、現実感が湧かないまま、目の前の光景に圧倒されていた。しかし、その先に待つものを考えると、緊張が胸を締め付ける。
扉の向こうに広がっていたのは、想像を超えた光景だった。巨大な広間。その中心には台座があり、そこに何かが浮かんでいる。それは一冊の古びた本のように見えたが、ただの本ではない。
「これが…この場所の秘密か。」
俺たちは慎重にその台座へと近づく。だが、その瞬間、足元の床が淡く光り始めた。
「罠か!」
広間全体が震え出し、空間が歪むような感覚に襲われる。これまでとはまったく異なる敵意を感じた。
「智也、来るわ!」
エリスが警戒心を高める。だが、敵の姿はどこにも見えない。
「どういうことだ…?」
混乱する俺たちの前で、光が集まり、ついにその形を現した。それは…
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価と、ブックマークをしていただけると、ハッピーな気持ちになります…




