第一章 第二十四話「双黒の騎士」
静寂が戻った広間に、俺とエリスの荒い息だけが響いている。崩れ落ちそうな膝を必死に支えながら、俺は周囲を見回した。光を放っていた柱の紋章もすっかり落ち着きを取り戻し、その存在感を消している。
「これで…終わったのか…?」
俺は半信半疑で呟いた。目の前の戦いが終わったことは確かだが、達成感や安堵よりも、次に何が待ち構えているのかという不安の方が強かった。
エリスも無言で肩を上下させながら頷き、古びた文書を手に取る。その文書には、まだ読み解けない謎めいた文様が残されている。
「智也、この文書だけど…まだ続きがあるみたい。」
彼女の言葉に、俺の胸がざわめく。広間の戦いを制したと思った矢先に、次の難題を暗示されるのだから、気が休まる暇なんてありはしない。
「まったく、こっちの体力を気にしてくれる謎解きってもんがないのかね…」
俺が皮肉を口にするが、エリスは苦笑を浮かべるだけだった。その反応が逆に、この先に待ち構えているものの厳しさを物語っているようで、少し背筋が寒くなる。
俺たちは広間を出て、新たな通路へ足を踏み入れた。これまでの道とは違い、そこはほとんど真っ暗で、遠くからかすかに水滴の音が響いている。足元に気をつけながら慎重に進むと、通路の壁には薄っすらと見覚えのある紋様が刻まれているのが分かった。
「これ、さっきの柱と同じ紋様だな。」
「ええ。ここもおそらく同じように、何かを封じる仕掛けがあるはず。でも…」
エリスが険しい顔をして言葉を濁す。その視線の先には、床に散らばった無数の瓦礫や破片があった。それらは明らかに人工的な破壊の跡で、通路全体が荒らされたような印象を受ける。
「ここで何かがあったのか?それとも、何かが出ていった…?」
俺の問いに、エリスは首を横に振る。
「わからないわ。でも、これは単なる自然の崩落じゃない。誰か、あるいは何かがこの場所を目的を持って破壊した形跡よ。」
彼女の指摘に、俺の心臓が速くなる。誰かがこの空間を知り、しかも何らかの意図を持って侵入しているということか。
その時、背後で小さな音がした。
「…!」
俺たちは反射的に振り返る。だが、そこには何もいない。ただ、通路を進む際に灯していたランタンの光が揺れているだけだ。
「気のせいか?」
「いや…そんなことない。何かが…いる。」
エリスの囁き声に俺も緊張を強める。視線を凝らし、耳を澄ませるが、それ以上の気配は感じ取れない。だが、この場の空気がどんどん重くなるのを肌で感じていた。
「進もう。ここで止まってても危険だ。」
俺の提案にエリスも頷き、再び通路を進み始める。だが、それからしばらく歩いた先で、俺たちは再び足を止めた。
目の前に、広間よりは小さいが、それでもかなり広い空間が広がっていた。そしてその中央には、先ほどの黒い騎士と同じ装備をまとった影が立っている。ただし、今度は一体ではなかった。
「二体…いるだと…?」
俺は息を呑んだ。先ほど一体だけでも手こずった相手が二体もいる。しかも、その動きに迷いがなく、まるで連携を取るかのように間合いを詰めてきた。
「智也、気をつけて!さっきよりも明らかに強いわ!」
「そんなの見れば分かる!」
俺は反射的に剣を構え直し、一体の攻撃を受け止める。鋭い衝撃が腕に伝わり、思わず膝が折れそうになる。それでも必死に踏ん張り、剣を弾き返して距離を取る。
もう一体がエリスに迫るのを見て、俺はすぐさま動こうとしたが、目の前の騎士が壁のように立ちはだかった。
「エリス、そっちは任せた!」
「分かってる!」
彼女が叫び、文書を広げながら後退するのが見える。この状況では俺が時間を稼ぐしかない。
だが、連携を取る二体の攻撃は容赦がなく、俺は防戦一方だった。奴らは明らかに俺を狙い、わざと死角を作りながら動いている。
「こいつら…まるで生きているような動きだ…!」
その言葉の通り、黒い騎士たちはただの霧の存在ではなく、何か知性を持った意思が込められているように感じられた。
「どうする…このままじゃ…!」
汗が滴り落ち、腕が痺れ始める中、俺は必死に反撃の糸口を探していた。
「奴らの動き、まるで俺たちを試しているみたいだ…!」
剣を振り下ろす一体目の攻撃を受け流しながら、俺はその異様な規則性に気づいた。攻撃のリズム、間合いの詰め方、そしてもう一体との連携――すべてが計算され尽くしているかのようだった。
「エリス、奴らの動きに法則があるかもしれない!何か分かるか?」
「まだ…分からないわ。でも確かに、普通の戦い方じゃない!」
エリスは文書に視線を落としながら、さらに奥に刻まれた紋様や文字を読み解こうとしている。
「そんな時間、悠長に稼げるかよ!」
俺は目の前の騎士の剣を受け止めると同時に、もう一体が背後から迫る気配に気づき、身をひねるようにかわす。その動きはギリギリのタイミングだったが、肩にかすった衝撃が鈍い痛みを伝える。
「くっ…!」
奴らは俺の限界を見透かすかのように動き、一瞬の隙も許してくれない。だが、逆にその過剰な計算された動きが、どこか不自然にも見えてきた。
「これは…本当に生きているものなのか?」
俺は戦いながらも、敵の正体を探ろうとする。奴らは確かに実体を持っているように見えるが、その動きには生命特有の迷いや感情がまったくない。ただ、決まったルールに従って俺を追い詰めているだけだ。
「智也!」
エリスが突然叫ぶ。彼女が指差した先には、二体の黒い騎士が間合いを詰め、まるで俺を挟み撃ちにするような形で迫ってきていた。
「ちっ…これじゃどうしようもない!」
だが、その瞬間、俺の頭に一つの考えが閃いた。奴らの動きがあまりにも正確すぎるということは――逆に、それを利用できるのではないか?
「エリス、奴らの規則性に合わせて、俺を助ける仕掛けを作れないか?」
「規則性…そうね!」
エリスは再び文書を読み解き始めた。そして、彼女の指がページのある一点を指し示す。
「分かったわ。奴らの動きは紋章の配置と連動している!これを逆に利用すれば、奴らを封じる方法があるかもしれない!」
「やってみろ!その間、俺が持ちこたえる!」
奴らの攻撃はさらに激しさを増していた。剣と剣がぶつかり合う音が響き渡り、俺の体力を削っていく。一瞬でも気を抜けば終わりだ。だが、それでも俺は全神経を集中させ、奴らの攻撃をかわし続ける。
「ここで倒れるわけにはいかない…!」
俺は自分自身に言い聞かせる。この戦いに勝たなければ、俺たちはここから先に進むことができない。そして、それが意味するものはただ一つ――全てが終わるということだ。
「智也、準備できたわ!」
エリスの声が響く。振り返ると、彼女の手元には光る紋章が広がっていた。
「その紋章の中に奴らを誘い込んで!」
「了解!」
俺は全力で動き、敵の攻撃をかわしながら紋章の中央へと誘導する。一体目は素直にその場に入り込むが、もう一体は鋭い動きで回り込んできた。
「くそ、簡単にはいかないか!」
だが、俺はその動きを逆手に取り、一体目を囮にして二体目を強引に紋章の中心へ引きずり込むことに成功した。
「今だ、エリス!」
エリスが叫ぶと同時に、紋章から強烈な光が放たれる。その光が黒い騎士たちを包み込み、奴らの体が徐々に崩れ始めた。
「よし…!」
だが、その瞬間、奴らの体から黒い霧が噴き出し、広間全体を覆い始めた。その濃密な霧は、今まで感じたことのないほどの圧力を俺たちに与えてくる。
「まだ…終わってないのか…!」
俺は剣を構え直し、再び霧の中に目を凝らした。エリスも文書を握りしめ、次なる策を探るように視線を巡らせている。
「来るぞ…!」
霧の向こうから、新たな気配が迫ってきていた。俺たちはこの空間の真の恐怖と対峙する準備を、再び整え始めた。
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