最終話 冒険する理由
モリアーティ教授の悪事が暴かれたのは、今朝の号外新聞からだった。
『怪盗団』の元締めであったこと。教え子達を洗脳し、様々な怪盗行為を指示していたこと。
集めた宝具や呪物を用いて禁忌の儀式を行おうとしていたこと。禁忌の儀式によって、ファステリアを滅亡へ陥れようとしていたこと。
今まで俺達が自分の眼で目撃し、実際にモリアーティ教授の口から語られたものがほとんどだった。
だが「冒険者の父」として慕われていた男の本性が知られるや否や、ファステリア中に大きな混乱が齎された。
そして今日、俺達が寝過ごしたこの宿屋でも、モリアーティ教授の話第で持ちきりだった。
ただどうしても不可解な点が一つだけあった。
「モリアーティ教授の行方は分からず、ファステリア警備隊は失踪と見て捜索中……」
モリアーティ教授の事件について記された記事の最後を読み上げた俺は、あの日のことを思い返す。
「教授、まさか逃げちゃったんでしょうか……」
「あり得ないわ。だってあの時の教授、エリックが治療したとはいえ下半身がなかったのよ?」
タオさんとリタさんが口々に言い合う。
彼女の言う通り、あの時の教授には下半身がなかった。
仮に魔法を使って拘束していた縄を解いたとして、脚がなければ遠くへ行くことはできない。
まして知覚まで警備隊が来ていたのを考えれば、そう簡単に姿を隠せるとは思えない。
「一体教授は、どこに消えたんだろう……」
顎に手を当てながら、俺は考える。
それ以前に、教授の言っていた『イレイザー』とは何者なのだろうか。彼らの目的は何なのだろうか。
考えれば考えるほどに、様々な謎が浮かんでは消えていく。
「ま、あんなジジイが今更どうなろうと私達の知ったことじゃないわ」
ため息交じりに、リタさんは言って俺の方を向いた。
「それよりエリック、どうするのよ!」
「え? 何が?」
「何が? じゃないわよ! アンタのせいで『イレイザー』とかいう怪しい組織に喧嘩売ったことになったじゃない!」
リタさんは机を叩き、顔をしかめながら叫ぶ。
丁度今それを考えていたところだ。
今回の戦いで、俺達はモリアーティ教授の仲間――『イレイザー』を敵に回してしまったのだ。
彼らが何者で、何のために暗躍しているのか知らないが。どうやら喧嘩を売ってしまったらしい。
「とりあえず落ち着いてリタさん」
俺は興奮するリタさんを宥めながら、再び新聞に視線を落とす。
禁忌の儀式、それは恐らく『罪過の仮面』を現世に呼び出すため、屋敷の地下で執り行っていたものだろう。
そこから推測するに『イレイザー』の目的は、その『罪過の仮面』を召喚すること。
そして召喚の儀式には、教授を以てしても足りない量の膨大な魔力が必要になる。
更に今回の一件で俺の存在、無限回復に関する情報が漏れている可能性も高い。
とどのつまり始末対象。そして同時に、膨大な魔力を捧げるための生贄として適性がある。
「とにかく今言えるのは、このままだとこの街自体に被害が及ぶ可能性がある」
少なくとも『イレイザー』には教授と同等、或いはそれ以上に手段を選ばない者が多数いる。
であれば俺達を始末するために、罪のない人を何の躊躇いもなしに巻き込む可能性が高い。
「証人はできるだけ少なく。敵は未知数ですが、確かに国民への被害が出るのは確実と考えていいですね」
これにはタオさんも同意の様子だった。殺しこそしていないが、教授の下で動いていた怪盗のリーダー格の意見だ。
「それじゃあ、私達はその誰かも分からない組織に付け狙われながら、街から街へ放浪すると?」
「まあ、そうなるかな。少なくとも永住する拠点を持つためには、『イレイザー』を潰す以外にないけれど」
勢いで言ってみたが、組織壊滅は結構ハードルが高いぞエリック。
それに俺は今までの冒険で慣れているとはいえ、街や国を転々として冒険するのは並大抵の冒険者にできるようなことじゃあない。
例えばリタさんやタオさんは、まだこの平原やその近辺の依頼しか受けていない。
だのに急に国を跨いだ大冒険をするのは、登山初心者を無理矢理標高8000メートル超の山に連れて行くようなものだ。そんな高い山があるか知らないけれど。
「む、無理に来いとは言わないけど、リタさんはどうする?」
訊くがリタさんは俯いたまま、肩をプルプルと震わせている。
命の危険があるとはいえ、過酷な冒険になるのは否めない。ここは彼女の意思に従うしかない。
「行く!」
即決だった。
「えっ、今の流れ普通に葛藤するシーンとかじゃないんですか⁉」
「何を言っているのよタオ、よく考えなさい! これは世界旅行よ! 行ったこともない土地、見たこともない景色を転々としながら、出会ったこともない魔物と戦えるのよ!」
「あー、そういえばこの子、教授の大ファンだったっけ」
「こんなにワクワクすることなんてないわ! そうと決まれば早速冒険よ冒険!」
リタさんは鼻息荒くまくし立てながら、キラキラと輝いた目で語り出す。
考えても見れば、リタさんの冒険者としてのバイブルは教授の教えだった。
初めて彼女と会った時には感じなかった彼女の熱い感情が、今では前面に押し出されているような気がする。
というか、こんなに熱血な子だったっけ彼女?
「ともあれ、いっしょに来てくれるってことで少し安心したよ」
「それに両親の抱える借金も、難易度の高い依頼を熟せばすぐに返せるから!」
リタさんは大きく胸を張って宣言する。
「え、借金? リタさん、借金抱えてるんですか?」
「まあ家の事情で、5兆ほど」
「ごごご、5兆⁉ 5億じゃなくて、5兆ですか⁉」
「そうだよ。そういえばタオさんにこれを話すのは初めてだったか」
初耳だったタオさんは、顎が外れるほど口を大きく開けて、リタさんの借金に驚いた。
俺も初めて5兆だと聞いた時は、耳を疑ったし、正直腰を抜かした。
だがリタさんは暗い表情を浮かべるどころか、自信たっぷりな笑みを浮かべてピースサインを出して言った。
「でもこんな借金だって、世界回って魔物倒して、『イレイザー』とかいう奴らぶっ潰せばすぐに完済できるわよ!」
「すごいしれっと言ってますけど、5兆もあれば一生どころか五生くらいは遊んで暮らせますよ……?」
すまないタオさん、それ俺も初めて聞いた時に言った。
「ところでエリックさんは、どうして冒険をしているんですか?」
「えっ? 急になんで?」
「なんとなく、エリックさんについてもっと知りたくて」
タオさんはそう言って、ワクワクとした表情を浮かべる。
改めて訊かれると少し気恥ずかしいが、折角の機会だ。
俺はラトヌス達に追放され、今に至るまでの経緯についてタオさんに話した。
「……とまあ、俺を追い出した元仲間達を見返したいから、アイツらよりも強くなってやりたいんだ。だからこうして冒険してるんだ」
「へぇ、そうなんですね……」
タオさんは難しい表情を浮かべて肯くと、ニパッと明るい笑みを浮かべて、
「なんか、普通ですね!」
悪気もなく、満面の笑みでそう言い放った。
それと同時に俺の腹に鋭い槍が突き刺さったような気がした。
「まあまあタオ。実は私も追放された身だから、それは私にも効果があるのよ。効果抜群なのよ」
よかったまだ仲間がいた。
俺は安堵しつつ、同じく腹に言葉のナイフを受けたリタさんを慰めて席に戻る。
「あ、でもそれだけじゃあないかな。俺の冒険する理由」
ふと今までの冒険を振り返って、俺はなんとなく思い出した。
「どんな理由ですか? 教えてください!」
再び興味が湧いたタオさんは、また目をキラキラと輝かせて顔を近付けた。
ついでにリタさんも期待の眼差しで俺のことを見つめている。
俺は少しだけ息を吸い込むと、今までの冒険、そしてこれからの冒険のことを考えながら答えた。
「もう二度と、目の前の誰かを見殺しにしたくない。自分の身を削ってでも、回復術師として多くの人達を守りたい」
もう二度と、大切な仲間を失いたくない。
けれど同時に、回復魔法を駆使して、周りの人達の命を助けたい。
あの日、ジョバンニ達が俺にしてくれたように。自分の命を捨ててでも、俺を助けてくれたように。
俺も、誰かのためにこの力を使いたい。
「そして『イレイザー』のせいで辛い日々を送っている人達を助けたい。それが――もう一つの冒険する理由かな」
そう締めくくると、黙って聞いていたタオさんは静かに笑みを浮かべた。
「エリックさん……」
「全く、格好付けちゃって」
「……なんて、少しガラじゃなかったかな」
自分でもちょっと恥ずかしくなってきた。
俺は自然と頬を赤く染めて、頭を掻きながら笑った。
「あっ、エリック今笑った!」
「本当だ、それに照れてます?」
「えっ⁉」
完全に無意識だったので、俺も思わず驚いた。
訊き返すとリタさんもタオさんも、首を揃えて縦に振る。
「て言うか、エリックの笑った顔見るの初めてかも」
「ボクもです、ボクもです」
そう言って2人は「だよね」「ね~」と同調し合う。
「俺って、そんなに笑ってなかった……?」
訊ねると、リタさんはクスクスと鈴を転がすように笑いながら、
「そうね。今までのエリックって、心が笑ってなかったもん」
と言った。
更に「それに初対面の時、目が死んでた」と追加情報を付け加える。
「分かるかも! 実はエリックさんと初めて会ったとき、少し顔怖いって思ってたんですよ!」
「あの2人とも、俺の知らない所で悪口大会開くのやめてもらっていい?」
そう2人の会話に入ると、再び2人はクスクスと笑い出した。
「エリックってば、そう言って楽しそうじゃない!」
「今のエリックさんは全然怖くない、むしろ面白いおじさんって感じで好きですよ!」
「おじさんって……。てか俺、また笑ってた?」
自分でも信じられず、自然と訊いていた。
すると2人は顔を見合わせて、肯き合って答えた。
「私には、そう見えるけど?」
二回目の「笑っている」を訊いて、俺の心に空いていた隙間が埋まったような気がした。
その瞬間、自分でも今「楽しい」と思っていることに気が付いた。
何気ない、くだらない会話でしかないのに。今はそれが、とっても楽しい。
いつぶりだろう。それこそ、ジョバンニ達と冒険していた日々以来だろうか。
ラトヌス達との冒険の日々は、ランキングだの効率だので、無駄話をするようなことはなかった。
今も、そしてこれからもこの楽しい時間を共にしていくのだろうか。
そう思うと、自然と笑みが溢れ出してきた。
「さて! それじゃあそろそろ行こうか! タオさんも、一緒に来るだろ?」
「はい! 改めてこのタオ・シルバディ! エリックさんのパーティに同行させてもらいやす!」
「ふふっ。これでまた賑やかになるわね、エリック」
「だね。それじゃあ早速、次の街への馬車でも取りに行くか!」
たとえお節介と言われようと構わない。
たとえ偽善者だと罵られようと構わない。
たとえ雑魚と言われたって構わない。
俺はこの短くも長い日々を通して、胸の奥に眠っていた『呪い』を解き放つことができた。
ジョバンニ達が死んでから、ずっと俺は笑えないままだったから。
けれどリタさんと出会い、タオさんと出会い、再び掛け替えのない『仲間』と出会うことができた。
そして――この両手に宿った『無限回復』というスキル。
一体どうして俺がこの能力に目覚めたのか。それは分からないけれど、俺なりの答えが一つだけ見つかった。
あの日掴むことのできなかった、守ることのできなかった『仲間』の手を、次こそ掴むために。
回復術師として、助けを求める人達の手を、より多くつかみ取るために、世界が与えてくれたものなのだ、と。
これからも俺は、無限に生命を与える力で、多くの人間を救っていく。
そうして無限に繋がった縁が、俺達を強くしてくれる。
その果てこそが、ラトヌス達を出し抜く『最強』への道筋だと、俺は考える。
だから突き進んでいく。
リタさんと、タオさんと共に。
――これは、回復魔法しか取り柄のない男がもがき足掻きながら、やがて『最強』と呼ばれるまでを綴った物語。
その序章である。
これにて「追放された回復術師の俺は、《過剰回復》で成り上がる。 ~「回復魔法しか能のない奴は必要ない」と言われ追放されたけど、《回復魔法》で敵を倒す方法を見つけました~」はひとまず完結です。
元々WEBTOON大賞用に作成した本作、いいねをしてくださった読者の皆様まことにありがとうございます!
(処女作「コピー使いの異世界探検記」より後に始まった作品が、処女作より先に終わってんだチクショウ!)
しかしこちらの作品がもし好評であれば、もしかしたら第二章以降続くかも……?
そんな期待を込めて、最後にいいねや感想など、お待ちしておりますですわ。
ほなまた、他作品でお会いしましょう!




