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第19話 エリックの過去

 ――俺がまだ20になったばかりの頃。


 回復魔法だけを独学で覚え、冒険者になるために故郷の村を出た俺は、そこで偶然出会った同い年の青年と仲良くなった。


「オレちゃんはジョバンニってんだ! 剣術を専門にしてんだけど、結構ドジでさぁ」


 ジョバンニとは出会って間もなく、まるで昔からの大親友だったかのようにウマが合い、すぐに仲良くなった。


 奴は確かにドジでどこか抜けた所もあったが、明るく前向きで、いつも俺の回復魔法を「凄い!」と褒めてくれた。


「なあなあエリック、お前どうして回復魔法しか使えねえんだ?」


 まだ人数も少なく、宿屋に男2人で泊まっていたある時、ジョバンニは興味本位で俺にそう訊ねた。


 俺はその時、とても怖かった。もし回復魔法以外が全く使えないと知られたら、コイツとの縁は切れてしまうんじゃないか、と。


 それでも俺は、親友のよしみで勇気を振り絞って答えた。


「実は、どうしてか回復魔法以外の魔法は全然使えなくって……」


 それを聞いたジョバンニは、怒るでも軽蔑するでもなく、


「ハッハッハ! 回復魔法専門って、初めて聞くぜ!」


 彼は笑った。大笑いだった。


「……何も、思わないのか? 俺、回復しかできないんだぞ? 武器も使えないし――」


「いいじゃねーのそれで」


 俺の言葉を遮って、ジョバンニは言葉を紡いだ。


「オレちゃんだって剣術以外のことからっきしだし、魔法の才能ないもん。逆に、お前の回復魔法が羨ましい」


 ベッドに倒れ込み、ジョバンニは右手を天井に掲げながら、言った。


「誰だって得意不得意はあるし、それなら得意なことを伸ばして行けばいい。その結果が、今のお前が持ってる、回復魔法なんじゃあねえのか?」


 俺の杞憂だった。ジョバンニは俺を受け入れ、そして気付かせてくれた。


 それからというもの、俺はドジなジョバンニをサポートする形で回復などの支援をしつつ、ジョバンニは前線を切って戦いを続けてきた。


 その結果が功を奏し、ジョバンニの人格もあって俺達はついに4人のパーティを結成することになった。


「アタシは魔法使いのジェリカ、よろしく」


「あっしは、ダンガスでい! 年はオッサンだけど、まあよろしくな!」


 お転婆美人で有名なジェリカと、足を洗った元盗賊というオッサンことダンガス。


 そして回復しかできない回復術師の俺エリックと、ドジだが憎めない最高のリーダーことジョバンニ。


 とても愉快なパーティがここに完成した。


 それからの冒険は、他の何よりも楽しかった。


 役割の違う俺達は皆で協力を仰ぎながら、数々の強敵達と渡り歩いてきた。


「ここはあっしに任せるでい! 来いやブラックドラゴンッ!」


 時には暗雲立ち込める竜の根城に赴き、ブラックドラゴンと戦ったこともある。


 ドラゴン種の中でも凶暴で、街に被害を与えるような恐ろしい魔物だ。


 ダンガスがソイツの攻撃を惹きつけ、その隙にジョバンニとジェリカが攻撃をしかける。


「そこだァァァァァ!」


「これでも喰らいなさいッ! 《メガ・フリズ》ッ!」


 そして俺は、戦いで傷ついた仲間を回復させる、いわゆる「ヒーラー」として皆をサポートしていた。


 特に体の頑丈なダンガスは、それ故によく無茶をすることが多く、オッサンの怪我をいつも回復させていた。


「すまねえなエリック、あっしがもう少し踏ん張れたら、気ぃ使わせねぇで済んだのによぉ」


「大丈夫だって、皆を回復させることしか俺には取り柄ねえし。何より、皆が無事なら俺はそれでいい」


 明るい性格のジョバンニにつられて、俺達はいがみ合うこともなく、本当に文字通り仲良く毎日を過ごしていた。


 来る日も来る日も、4人でどんなクエスト、どんな強敵に挑もうかと話し合っては作戦を立て、依頼をこなしていく日々。


 そうして数多の強敵達と渡り歩いてきた俺達は名実ともに成長して行き、気付けばギルドランキングの上位に君臨するパーティとなっていた。


 若いながらも実力ある冒険者パーティだ、強さの秘訣を教えて欲しいなど、それはそれは多くの冒険者達から羨望の眼差しを受け続けた。


 しかしジョバンニ達はそんな誰もが羨む境地にいても、天狗になることはなく、他の冒険者達と分け隔て無く接していた。


「ここで出会えたのも何かの縁だ、皆で一緒に楽しく飲もう! 今日はオレちゃんの奢りだァ!」


「おいおいジョバンニ、こんな人数いるのに大丈夫なのか? あれだけ欲しいって言ってた防具もあったのに」


 勢いだけで生きていたジョバンニは、すぐに突拍子もない行動に出ることがあった。


 俺や仲間がやり過ぎだと止めることも何度かあったが、大体はコイツの大雑把な押しの強さに押されて負けることが大半。


 ジョバンニは自分の欲しがっていた防具よりも先に、同じ冒険者の笑顔を優先する。


 そんな、誰にも真似できないような、純真で真っ直ぐな奴だった。


「全く、ジョバンニの気前の良さには呆れるものがあるでい……」


「ま、でもそれがアイツのいいところじゃない? そうでしょ、エリック?」


「そうだねジェシカ。アイツがああやって笑って楽しんでるなら、俺はそれで満足だよ」


 ただ4人で一緒にいて、一緒に冒険をして、一緒にバカをやって笑い合う。


 そんな何気ない日常を送ることだけが俺の、俺達にとっての生きがいだった。


 ***


 そんなある日のことだ。


「ここが、噂のダンジョンか、ジョバンニ?」


「攻略したパーティが一人も居ない、前人未踏のダンジョンらしい」


 酒の席で知り合った冒険者仲間から噂を聞いた俺達は、街のはなれにある小さな洞窟へとやって来ていた。


 そこは今まで多くの冒険者達が挑んでは、あまりの恐ろしさに逃げ帰ってしまう、まさに“冒険者を拒む洞窟”だそうな。


 話に聞けば、かの百戦錬磨の屈強な冒険者も裸足で逃げ出したと言われている。


「ねえジョバンニ、本当にこんな所入って大丈夫なの?」


「そうだいそうだい、中にどんな魔物が潜んでいるかも分からないんだぜ?」


 ジェシカもダンガスも、不安そうに弱音を吐く。


 がしかし、ジョバンニは相変わらず脳天気に笑って言った。


「大丈夫だって。どんなに強くてもいつも通りやればいいじゃない」


「お前なあ、それで死んだら元も子もないんだぞ? 分かってんのか?」


 最後に俺は訊いた。すると彼は俺の肩に腕を回し、背中をバンバンと叩きながら言った。


「俺は皆のことを期待しているから、いつも通りやればどうにかなる! それに怪我をしたら、エリックの魔法があるだろ」


 コイツはなんて、どこまで脳天気な野郎なんだ。


 そう心の中で思いつつも、俺は彼の言葉に心を打たれていた。


「それもそうね、いつもエリックに助けてもらってばかりだけど」


「本当に不思議だい。ジョバンニが言うと、なんでも説得力が付いて来ちまう」


 ダンガスが言ったように、ジョバンニの言葉にはいつも説得力があった。


 それに俺も、ジョバンニや仲間達から信頼されていることがとても嬉しかった。


 本当に、今考えても面白いくらい、ジョバンニはとんだ人たらしだった。そんなジョバンニを、俺は愛していた。


「さーて、それじゃあ早速行こうぜ!」


 こうしてジョバンニの音頭に乗せられた俺達は、前人未踏のダンジョンへと潜り込んだ。


 中は思った以上にも明るく、整備されているのか松明などが壁にかかっている、不思議な構造になっていた。


 そして何より、思っていた以上に魔物の数が少なかった。


「何だぁ? このダンジョン、言うほど逃げ出すような感じかぁ?」


「魔物もザコばっかりだし、ガセネタ掴まされたんでしょ」


 ジェシカは呆れてため息を吐きながら、拳を握ってプルプルと震わせる。


「あんの飲んだくれオヤジ、次会ったら絶対に一発ぶん殴ってやるわ!」


「お、おいおい。問題事はよしてくれよジェシカ……」


「何よエリック! 大体アンタもねぇ、オヤジの話を素直に聞いてんじゃないわよ! あの時だって――」


 ケンカっ早いジェシカにくどくどと説教されながらも、俺はこの洞窟にある大きな違和感を覚えていた。


 魔物も少なく、整備されている洞窟。人がいるはずなのに、冒険者達が逃げ出す未踏の地。


 あまりにも出来すぎている状況に、ジョバンニもそれを感じていた。


 いつも真面目ながらもお気楽だったアイツが、この時だけは笑っていなかったのだ。


「ねえジョバンニ、さっきからどうしたのよ? 変な物食べてお腹壊した?」


「…………なあ、エリック。お前、感じるか?」


 真面目な声色で、ジョバンニは訊いた。その状況に、ジェシカもダンガスも息を呑んだ。


 そんな中、俺は彼の問いに首を縦に振って答える。


「ああ。洞窟の奥から、嫌な気配がする。……邪悪な魔力の気配だ」


 魔力の強い者同士は惹かれ合う。そんな性質か、俺は他の誰よりも魔法の気配に敏感だった。


 それは今も昔も変わらず、この時に俺は鳥肌が立つような恐ろしい魔法の力を感じていた。


 ジョバンニも、なんとなく肌で感じていた。


 きっと、逃げ出した冒険者達はその違和感に気付いて、逃げ去ったのだろう。


「エリック、ジョバンニ? 一体どういうことでい?」


「魔力だよ。とても強い魔力がこの洞窟を支配している。だから、殆どの魔物は既に逃げた後だろうと思う」


「それじゃあつまり、この奥にヤバい奴がいるってことじゃない!」


 ジェシカは俺の説明からそう導き出し、体をガクガクと震わせた。


「……どうする、皆? このまま進むか?」


 皆が固唾を呑む。究極の選択。


 俺達4人は、それぞれ考えて、そして答えを出した。


「私は、やめるべきかしら」


「いいや、あっしは進むでい。このまま逃げちゃ、ダメな気がする」


「オレは、行きたいけど……」


 3人の意見が出そろい、最後に俺の番が来た。


 俺はそこで、皆が信じてくれたことを思い出し、肯いた。


「行こう。俺達なら、できる」


 確証なんてなかった。けれど、皆が互いを信じていることは事実。


 理屈ではなく心で、俺達は繋がっていた。


 そして突き進むこと数分、俺達はこの選択を後悔することとなる。


「あ、あれは……っ!」


 洞窟の最深部だろう。一際暗い空間に来た俺達を待っていたのは、黒いローブを纏った怪しい集団の姿だった。


 彼らは魔法陣を囲み、骨も同然なほどに痩せこけた体で怪しい呪文を休まずに唱え続けていた。


 周りには儀式の最中に死んだであろう信者たちが転がり、魔法陣は怪しい紫色に光っていた。


「なんでい、ありゃあ……」


「サバト……何かは分からないが、コイツは悪魔召喚の儀式だ……!」


 この時、どうしてサバトなんて言葉が出て来たのか、俺でも分からなかった。


 だがそれが悪魔崇拝の儀式で、凶悪な悪魔を呼び寄せるものであることは、すぐに理解出来た。


「コイツはやばい……! すぐに、ギルドの本部に報せないと……!」


 これは俺達4人でどうこうできるような問題ではなくなっていた。


 ジョバンニはすぐに俺達に指示を出し、すぐにその場から逃げだそうとした。


 と、その時。


『グオオオオオオオオ……!』


 突如背後から響くうめき声。吹き荒れる死の気配を漂わせる風。全身に浮き上がる鳥肌。


 振り返ることも躊躇したくなるような恐怖に、俺達の足は掬われた。


 それでも振り返ると、果たしてそこには――


「なんだこれ……!」


 骸骨のような仮面を被った、巨人のような悪魔が顕現していた。


 しかしその姿は不完全で下半身はなく、まるで煙の魔神のように雲状になった上半身だけの姿だった。


 恐らく信者達の魂の数が足りず、不完全での召喚になったのだろう。


 それでも、威圧感や強さは本物と同等――多く見積もっても、俺達に敵うような相手ではないのは明白だった。


「とにかく逃げるぞ! 皆ッ!」


 皆が恐怖する中で、ジョバンニは勇気を振り絞ってそう叫んだ。


 その言葉に勇気を貰った俺達は、足に力を入れて走った。


 走って、走って、走って、走って、走り続ける。


 疲れなんてものを忘れ、必死に走り続けるが、悪魔も俺達を追いかけてくる。


 やがて追い付かれそうになり、絶体絶命の危機に瀕してしまう。


「畜生、このままじゃ全滅しちまう……!」


 ダンガスが珍しく絶望していたことが、今でも印象に残っている。


 そんな時、ジョバンニは踵を返し、剣を引き抜いた。


「ジョバンニ! 無茶だ、よせッ!」


「安心しろエリック、ここはリーダーであるオレちゃんが食い止めるッ!」


 ジョバンニは一人残って、悪魔と対峙することを決意した。


「みんな、後で再開しような」


 俺の回復魔法を使わせる暇もなく、ジョバンニはそう言い放った。


 たった一人、殿になったのだ。


「ジョバンニ、もし負けたら承知しないからね」


 ジェシカもそう言い、俺達はジョバンニを残して逃げた。


 そうして再び走り続けるが、しかし――


『グオオオオオオ……!』


 すぐに悪魔が追いかけてきた。


 奴のうめき声を聞いた瞬間、俺達はすぐに察した。


 ――ジョバンニがやられた。


 それでも俺達はジョバンニのため、必死に走り続けた。がしかし、悪魔の方が速かった。


「畜生……ッ!」


 次に踵を返して悪魔に立ち向かったのは、ダンガスだった。


「ここは若いモンに長生きしてもらうのが、オッサンの役目やろうがい!」


「で、でもダンガス……!」


「エリック! ジェシカ! コイツはあっしがやる、先に行け!」


 ――だが、結果から言えばダンガスもやられた。


 俺達は必死に走り、出口までやっと来た辺りで、悪魔に追い付かれてしまった。


 残るは俺とジェシカの二人のみ。


 俺もジェシカも、それよりもダンガスとジョバンニも死にたくなかった。


 それでも仲間のために、自らを犠牲にした。


「もう、ダメ……足が……」


「俺も……もう、ダメだ……」


 目の前には悪魔。俺達はもう動くことすらままならない状況。


 だから俺は、せめてジェシカにだけでも生き残ってもらおうと、彼女の足に触れ、残っていた魔力を全て使った。


 彼女を回復させ、逃がすつもりだったのだ。


「ちょっと、エリック!」


「これで足の筋肉に付いたダメージは消える……! 疲れまでは取れないけど、あと少し、逃げられるはずだ……!」


 一か八かの賭けだったが、俺は賭けた。


「エリック……!」


 結果は無事、ジェシカの足は回復し、立ち上がることができるようになった。


 けれどジェシカは俺の首根っこを掴み、女子の全力で俺を遠くへ投げ飛ばした。


「っ! ジェシカ! お前、何を――」


 そしてすぐさま、天井に爆裂魔法を放つ。


 激しい轟音と炎に包まれ、天井からゴロゴロと大きな岩が降り注ぐ。


 ジェシカは、自らを犠牲にして、自分ごと洞窟の中に閉じ込めようとしたのだ。


「エリック、私はアンタのことが憎かった。ジョバンニの親友だったんだもの」


「お、おい、何言って……」


「きっとジョバンニも、アンタにだけは生き残って欲しいと思うの」


 背を向けたまま、ジェシカは淡々と語る。


 そして振り返り、ジェシカは言った。目に涙を浮かべながらも、笑顔で――愛する仲間のために。


「アンタだけは、強く生きてね。エリック」


 ――ドゴーンッ!


 無情にも、ジェシカの最後の言葉を遮るかのように、天井が崩れ落ちた。


 こうして俺は、たったの一日にして大切な仲間を失った。


「あ……ああ……ジョバンニ、ダンガス……ジェシカ……」


 俺が行こうと言ったばっかりに。


 俺が武器も使えない、回復術師だったばっかりに。


 俺が、何もできない無能なばっかりに。


「どうして……どうして俺だけ……」


 あと少しで、もっと頑張ればジェシカだけでも救えたのに。


 守れなかった。救えなかった。


「死ねよ……俺だけ、なんで俺だけ生きてんだよ……なんで……」


 ――俺のことを見捨てれば。


 色々な感情が浮かんでは消え、浮かんでは消え。


 俺の心は、この時に死んだ。全員死んだ。


 エリックという男の、抜け殻となった肉体だけを残して。


 それからと言うもの、俺は誰かの命を救うことだけが目的となっていた。


 たとえ自分が死にそうな目に遭ったとしても、自分の命を捨てる思いで助け続けた。


 そんな一人旅をして長い年月が経ち、2年前、偶然助けたことをきっかけにラトヌスのパーティに入った。


 ――結果は、ご時世と回復魔法一本槍の俺を見限って追放だったけれど。



 だが、だからこそラトヌス達も守りたかった。


 リタさんも、そしてタオさんも助けたかった。


 それなのに、それなのに俺はまた――同じ轍を踏んでしまった。


なぜエリックは人を助けることに拘るのか……。


これで何とか9万字ッ! 少々長い話になっちゃったけど、面白いと思ったらいいね! ブックマークお願いしますッ!

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