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第18話 モリアーティの野望

 完全に人質に取られてしまった俺達は、そのまま教授の促されるままに地下通路を進み、奥の部屋へと通された。


 そこは思った以上に広く、無人のギルド酒場ほどの面積があった。


 しかし中央にソファとアンティークな机がある意外、その全てが異様な光景に包まれている。


「何だよ、これ」


 その周りには、まるで俺達を見張るかのように怪盗団の構成員達が並び、一糸乱れぬ状態で休めの姿勢を取っている。


 その様はまるで個性のない人形、どこかの悪の組織の戦闘員のようにも見えた。いや、実際怪盗団だから、同じようなものだけれど。


 髪型や性別こそ違いはあれど、皆一様にバイザーのようなものを取り付け、体のラインが浮き出しになっている黒い全身タイツを身に纏っている。


 その中には――案の定、タオさんもいた。彼だけ特別なのか、バイザーは付けていない状態だった。


「…………」


「あ、ねえエリックあれ!」


 振り返ると、タオさんは何か言いたげに俺達を見て、他の構成員と同じく姿勢を正す。


「さあさあ、遠慮はいらない。そこにかけてくれないかね?」


 教授が言うと、俺達の体は勝手にソファへと歩みだし、そっと腰掛けた。


 遠慮も何も、俺達に拒否権なんかそもそもないくせに。


「で、何を話そうって?」


 話なんて到底したくないような相手だが、しかし俺はあえて訊いてみる。


 すると教授はティーカップに紅茶を注ぎながら、不気味な笑みを溢して答えた。


「私の目的についてだよ。物事の8割は対話を介することで初めてわかり合えるからね」


 そんなものだろうか? と呆気に取られながらも、教授は話を続ける。


 がしかし教授の大ファンでもあったリタさんは、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。


「我輩は今の時代を憂いている。このままでは魔法という文化が消えてなくなってしまうと」


「魔法がなくなる? そんなことが起きるわけないじゃない」


 リタさんは呆れ気味に、教授の言葉を否定した。


 確かに魔法という文化が消えるだなんて、ここ数千年という長い歴史を共に歩んできた魔法が消えるなんて、普通に考えればあり得ない。


 しかし教授は紅茶を一杯飲み干してから、続けて語る。


「エリック君なら分かるはずだ。昨今の回復術師達の失業率を見るに、今の若者は魔法にまるで興味がないのだ!」


 力強く言いながら、教授は続けて周りの怪盗団達に目線を送りながら続ける。


「この子達だってそうさ、我輩の塾に来たかと思えば魔法はからっきし。むしろ魔法を覚えるどころか、剣術や武術だけを学びたいと言い出す始末だ! それもこれも、今の魔法を使わぬ腑抜けた冒険者共が台頭してしまったが故の功罪ッ!」


 教授は一人で叫び、机を力強く叩いた。


 リタさんはそんな教授に怯えながらも、俺を振り返り「分かる、エリック?」と小声で訊いてきた。


 いやしかし、俺にはなんとなく理解できた。


 何せ俺自身、回復魔法以外の魔法を学ぶことができなかったから。


 そもそも魔法には『適正』が存在する。その人に適合した属性の魔法以外は、習得することが困難に等しい。


 稀に全ての属性魔法を扱う人間――『大魔道士』なんて偉人が現われることもあるが、それも千年に一人レベルの逸材だけ。一生に一度出会えるのが奇跡だ。


 それほど魔法を習得するのが困難な昨今、魔法使いを選り好みするようになった冒険者が増えたのも事実。


 現に俺のいたパーティ、ラトヌス達もそうだった。


 最初は俺の回復魔法の才能を買ってスカウトしてくれたはいいが、蓋を開ければ“回復魔法しか使えない”と言われ追放されてしまった。


 俺みたいな一個のことしか出来ずに終わる人間になるよりも、剣や武術を会得して物理と実力でのし上がっていく方が、今の冒険者社会を生き残る方法なのかもしれない。


「だがッ! 我輩こそが真なる最強の魔法使い――大魔道士となり全ての属性魔法を会得することで、魔法の素晴らしさを改めて世に広めるのだッ!」


「そんなこと、出来るわけ……」


「出来るとも。そのために我輩は材料を集めてきたのだよ」


 リタさんの言葉を遮り、教授は椅子から立ち上がり、部屋の奥へと向かう。


 そこに立っていた構成員達が左右に捌けると、そこには見覚えのあるものが置かれていた。


 いや、見覚えしかなかった。


 何故ならそれは、博物館を巡り奪い合った例の宝石――メガクラムの大秘宝が置かれていたのだから。


 その他にも、ゴロツキの根城から奪ったであろう禍々しい呪具やらドラゴンの眼球のような宝玉など、値打ちのありそうなアイテムが並んでいる。


「あ、あれは……ッ!」


「見たまえ、これこそが我輩の追い求めた生贄、『罪過ノ仮面』を復活させるための供物達だよ」


「罪過の……仮面ですって……っ!」


 聞いたこともないような名前に、リタさんは目を丸く見開いて戦慄していた。


「リタさん、知ってるのか?」


「知ってるも何も、かつて七賢人と呼ばれた7人の賢者達が命懸けで封印したとされる、7体の悪魔の総称よ……」


 すると教授は感心したように「ほぉ」と顎のヒゲを撫で、リタさんに目を向けた。


「このことを知っているとは、流石は賢者アムリタの子孫、マムルタート家の令嬢だな」


「アナタ、どうしてそれをッ!」


「いやしかし、今は確か、没落貴族だったかな?」


 リタさんを煽るように、教授はニヤリと笑みを浮かべながら付け加える。


 刹那、リタさんは剣を取り、ソファを蹴り込んで教授に飛びかかった。


「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 あれほど感情的になるリタさんは初めてだ。


 けれどリタさんの剣は教授に当たることなはく、それどころか横から飛び出してきた構成員によって取り押さえられてしまった。


「ちょっと、離しなさい! たとえ教授だろうと、私の家族をバカにする奴は誰だろうと許さないわ!」


「無駄だよ、その子達は我輩の傀儡も同然。我輩の実力と実績に心を奪われた、我輩の教え子達だからね」


 教え子? タオさんがこの中にいた時からうっすらと思っていたが、ここにいる子達はやっぱり……!


 それに気付いた瞬間、教授は俺を向いて言った。まるで心を読んだかのように、タイミング良く。


「ご名答。ここにいる子達は皆、我輩の教え子達だ。まあ、今は機械の洗脳効果でただ眠っているような感覚に陥っているだけだがな」


「だとしても、実の教え子にこんなことをさせて――」


「安心しろ、この街が崩壊しようと、この子達だけは生き残る」


 教授は構成員、もとい教え子達に目配せをしながら、部屋の奥へと進んでいく。


「そうして目覚めた時、我輩が救ったと思い、自らの意思で我輩につくようになるのさ」


「そんなの、自作自演じゃないか! しかも、街が崩壊するって……」


「全ては仕方の無いことさ。大義の為には犠牲が必要、そうして世界はできている」


 まるで授業で説法を説いているかのように、教授は淡々と答える。


 その淡々とした態度が、何とも気持ちが悪かった。


 その時、教授の言葉を聞いたタオさんの表情が、少し強張ったような気がした。


「しかしまあ、これ以上話をする必要もなさそうだな」


「な、何ですって?」


「最後のピースとして、キミの魔力を使わせてもらうからね。エリック君」


 振り返って、教授は俺にそう告げた。


「俺の、魔力を……⁉」


「キミと初めて握手をした時、あの魔力を感じた時に我輩は確信した。キミの持つ魔力さえあれば、我輩の計画は完成すると」


「じゃ、じゃあまさか、全てはエリックをおびき寄せる為の……?」


「解釈はキミ達に任せよう。がしかし、キミは確かにこうして我輩のもとにやって来た。我輩はこれを、運命だと考える」


 息を殺すようにして笑う教授は、今まで見てきたどんな人間よりも不気味で、恐ろしかった。


 それどころか、自らの目的のために多を犠牲にするその精神に、俺は怒りさえ感じていた。


 ラトヌス達に感じていたものよりも大きな、絶対的な悪を前にした時のような怒りだ。


「さて、授業はもう終わりだ。そろそろ始めようじゃないか」


 言うと教授は教え子達に合図を送り、リタさんの体を引き上げた。


「きゃっ!」


 あまりに強引な行動に、俺は完全に堪忍袋の尾が切れた。


 剣を取り、教授の頭上に剣を振り上げていた。


 完全に俺の意思で動いていた。俺の意思で剣を取り、教授に振り下ろしていた。


 けれど――


「フンッ!」


 教授は一瞬にして闇の魔法陣を展開し、俺に凄まじい一撃を放ってきた。


 剣は吹き飛び、奇しくもリタさんの隣に不時着する。


「エリック!」


「リタさん、ごめん……」


「全くこざかしい。お前達、逃げられんよう、しっかりと押さえておけ」


 教授の指示に従い、教え子達は俺の体を持ち上げ、逃げられないようにしっかりと拘束した。


 目の前に倒すべき敵がいるのに、教え子達が近くにいて動くことができない。


 洗脳されているとはいえ、元々は普通の冒険者塾の学生。未来ある子供達なのだ。


 それを盾のようにして、俺達の動きを阻害している。まさに極悪非道。


「クソッ! やめろ、そんなことをしたって、魔法の地位は変わらないぞッ!」


「そうよ! その程度で魔法が消えるなら、とっくに――」


「黙れッ! 若造共がッ!」


 教授は叫び、今度は俺達の足下に魔法陣のようなものを展開した。


 その瞬間、突然俺達の体から力が抜けた。


「ぐっ……!」


「キミ達の魔力を奪う魔法だ。奪いすぎれば死んでしまうが、まあ我輩の裏の顔を見てしまった罰として受け止めてくれたら幸いだよ」


 そう言って、教授は早速部屋の奥にある供物達に魔力を注いだ。


 すると教授の足下にも大きな魔法陣が展開され、紫色の光を放ち始める。


 まさに悪魔を呼び出す儀式のように、禍々しく、悍ましい。


「うっ……! エリ……ック……!」


「リタさんッ!」


 その間に、リタさんは魔力を奪われたショックで苦しみ出す。


 リタさんの専門は剣術、魔法は氷魔法を少し使える程度だったか。故に、魔力が少ない。


「クソッ! ごめん少年、少し眠っていてくれッ!」


 俺は咄嗟に教え子達の拘束を解き、手刀で二人を眠らせる。


 そして、リタさんを拘束していた教え子も気絶させた後に、俺の魔力を分け与えた。


 これも一種の回復魔法だが、しかし俺の魔力も奪われている以上、それがいつまで持つかは分からない。


 そもそも、リタさんに送った魔力も結局は奪われ、教授のものになってしまうだけ。


「畜生、畜生……!」


 あの時、リタさんだけでも置いて、俺一人でここに来ていれば。


 このままじゃリタさんは死ぬ。俺のせいで、俺が彼女を巻き込んだせいで。


 死ぬなら、俺一人で勝手に死ねばいいものを。どうして……!


 今までだってそうだった。俺のせいで、俺のせいでいつも……!


 死なせたくない。その一心で、俺は必死にリタさんに魔力を送り込む。


 しかしリタさんが復活するなんて都合のいいシナリオはなかった。


「エリック……アンタだけでも……逃げて……!」


「バカ言うな! 死ぬなら俺だけでいい! リタ、君だけは俺の命を捨ててでも必ず救うッ!」


 ああ畜生、何クサいこと言ってんだよ、俺。


 こんな絶望的な状況で、救うことなんてほぼ無理なのに。


 それに魔力もどんどん限界を迎えてきている。


「さあ、来るのだ……! 我輩に、更なる力を与えるのだ、罪過ノ仮面よッ!」


 教授の儀式もラストスパートまで来ている。


 もう、ダメなのか……?


 ああ、きっと、ダメなんだ。



 ――またダメなんだ。俺は。


 あの時と、全く一緒だ……。

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