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第17話 冒険者の父と裏のカオ

「まさか、またこの場所に来ることになるとはな」


「それも、今度は正面突破だなんて」


 二度目ともなると、もうそこに安心感なんてものはなかった。


 満月の月明かりに照らされたその豪邸は、まるで吸血鬼だとか神話の大魔王の住処のような恐ろしい気配に満ち満ちていた。


 時刻は既に日を跨ぎ、2時を回った。


 ゴーン……ゴーン……と2回、中央の時計の鐘が鳴る。


 それを合図に俺達はそっと目の前の鉄扉に手を掛けた。


「あれっ?」


 すると鉄扉は少し力を加えただけでゆっくりと両外側に開いていった。


 こんな真夜中に戸締まりもしていないとは。不用心も良いところだ。


 ――なわけがない。


「ねえエリックさん、これって……」


「ああ、罠だろうね。なんとなく、嫌な予感はしていたけれど」


 リタさんもこの違和感には気付いていた。


 そうだ。モリアーティ教授だって、部外者に自分が裏で遂行している計画を見られたくはないだろう。


 それに表でも超絶人気の教授様だ。泥棒が入らないよう、厳重なセキュリティを敷いているはず。


 だのにそれがなく、何よりタオさんの仲間――諜報員達の気配もない。


「まるで私達を歓迎している、みたいね」


「一体何を企んでいるのやら。気を引き締めて行こう」


 念のためだ。俺は勢いよく剣を引き抜き、庭を突き進んでいく。


 何一つ物音がしない。風もなければ、草木のざわめきすらもない。


 ただただ俺達の足音だけが鳴り響いている。


 そして、玄関口に近付く度に、心臓がバクバクとざわめき出す。


 やがて見えてきた茶色い玄関扉の前で立ち止まり、そっと掌で押す。


 するとギィ……と音を立て、扉が動いた。


「……行こう」


 やはり俺達を歓迎しているみたいだった。一体あの男は何を企んでいるのだろうか。


 そんなことを考えながら、俺達はそっと邸宅に侵入する。


「中は……思ったよりも、明るいわね」


 扉を開けた先に広がっていたのは、まさに大豪邸の大広間だった。


 ど真ん中に黄金の花瓶が飾られ、両サイドには左右の棟へ続く扉と、2階へ続く階段が付いている。


 そして向かって奥側には、玄関口にあった扉とほぼ同じ大きさのドアが付いている。


 あの奥に行けば、前回俺達が覗いた例の場所――モリアーティ教授の部屋があるのだろう。


 部屋の中はいたって普通で、天井に吊されたシャンデリアが部屋全体を照らしている。


 しかし人の気配はどこにもない。明るくアットホームな雰囲気があるはずなのに、無人。


 そんな不気味さが、より俺達の背筋を凍らせる。


「とにかく、教授を探しましょう。こんなの、絶対おかしい」


「けどこの感じ……やっぱり、おかしい」


 まだ胸がざわざわする。一体このざわめきの正体が何かは分からないけれど、段々と気分が悪くなってくる。


 けれどこのざわめきが、なんとなくだが教えてくれる。


 ――教授の居場所を。深淵の正体を。


 その気配は――黄金の花瓶から漂っている。


「あの花瓶、その下だ」


「嘘、地下の入り口なんてどこにもないじゃない!」


 リタさんは驚いて声を上げ、周囲を見渡した。


 がしかし、真っ白な石灰岩の床が一面に広がっているだけで、地下通路らしき場所はどこにも見当たらない。


 切れ目一つない、綺麗な床だ。生徒達はこの綺麗な床を踏み、様々な冒険術を学んでいたのだろう。


 折角の学び舎を失うのは惜しいが、仕方が無い。


 俺は花瓶の前まで進み、それを観察した。


 金メッキだろうか、どこから見てもムラなく黄金の輝きを放ってくる。


 台座も黒曜石を使っているのだろうか。綺麗に磨かれているため俺の顔がよく見える。自分で言うのも難だが、パっとしないのは主人公としてどうだろうか……。


 しかし花瓶の周りをよく見ると、うっすらとだが摩耗したような傷が付いていた。


「ねえエリック、その花瓶がどうしたの?」


「この台座、よく見て欲しいんだけど」


「うーん、どこにでもある普通の台に見えるけど……あれ?」


 リタさんはおっ、と声を漏らして台座の傷に指を当て、左側にそっとなぞる。


「なんかここだけ、左にずらしたような傷があるわ」


「やっぱり、この花瓶に仕掛けがあるんだ」


「いやいやまさか、エリックあなた疲れてるのよ。こんな所に隠し通路があったら、変な声で驚く自信があるわ」


 まさか、簡単なトリックを仕掛けているワケがあるものか。俺も最初はそう思っていた。


 けれどこの足下から感じる尋常じゃない魔力の気配。確実にそこにいる。


 物は試し、俺はそっと黄金の花瓶に全体重をかけ、台座から倒す勢いで押し出した。


 がしかし、花瓶は台座から倒れることはなく、ひとりでに左側へ動き出した。


 ――ズズ、ズズッ……


「思ったよりも、インパクトに欠けるなあ……」


 小さく文句を垂れつつ、辺りを確認する。


 するとその時だった。


「ね、ねえあれ!」


 リタさんが慌ててエントランスの奥を指差す。


 彼女が促す方に目をやると、果たしてそこにはタイル1枚分の穴が空いていた。


「エリックが花瓶を動かしたときに動いたの! もしかしてあれが……」


「だと思うよ。リタさん、準備は――」


「分かってるくせに」


 それだけ言って、リタさんは笑いながら先を行く。


 俺も彼女の後を追って、出現した隠し通路へと向かう。


 覗いてみると、入口側にハシゴの付いた空間があった。


 よく見ればその向こう側に、地下へと続く階段もある。そこから漂ってくるのは――


「やっぱり、ここなのね?」


「ああ、魔力を感じる。それも、俺が予想していたものよりも強い」


 いや、どんどん強くなっている、と言ったほうが正しい。


 まさか深淵を覗くどころか、深淵そのもののようだ。


 いいや、不法侵入している輩が今更なんだ。深淵など怖くない、無限回復でぶち破るだけだ。


 そんな思いを胸に、俺達は地下通路へ入る。


「大丈夫かい、リタさん」


「ええ、大丈夫よ」


 ハシゴを下り、また更に階段を降りていく。


 薄暗くて階段を踏み外しそうになりながらも、ゆっくりと降りていく。


 コツ、コツ。俺達の足音のはずなのに、不思議と不気味な気分になってしまう。


 やがて光が見えてきて、辺り一面が真っ白に包まれる。


「やあ、こんな真夜中に来客とは。珍しいこともあるものだね」


 部屋の明るさに目が慣れるのとほぼ同時に、男は言った。


 果たしてその先にいたのは――案の定、彼だった。


「モリアーティ教授!」


 エントランスとあまり変わりの無い、アンティーク調の地下通路。その奥にある扉の前に、モリアーティ教授が立っていた。


「教授、嘘だと言ってください! あなたは怪盗団とは何の関係もない、そうでしょう!」


 リタさんは剣を構えながら、教授に問う。その手はぷるぷると震え、剣先にも心の迷いは現われていた。


 彼女にとって教授は冒険者としての光。その光が、本当は闇だなんて思いたくはない。


 しかし――


「それを知っていて、ここに来たんだろう? 君は賢い、こんな愚問を投げる必要などないだろう?」


 教授は余裕を持って、リタさんの問いに答えた。


 リタさんだって、その答えは既に分かっていた。


「まあまあ落ち着きたまえ。折角我輩のファンが来てくれたのだ、少し茶でも飲んで話そうじゃないか」


「生憎そんな気にはなれません。教授、アンタは一体何を企んでいるんですか?」


 続けて、俺も問う。こんな不気味で嫌な魔力の渦巻く気持ちの悪い場所で、お茶なんて飲みたくはない。


 すると再び教授はホッホッホと静かに笑い、


「愚問だな」


 と淡々とした口調で答えた。


「今からそれを話そうと言うのに。最近の若者は結論を急ぐから困る」


「何を……」


「結論には必ず、その“結論”に至った“過程”が存在する。リタ君と言ったね、君ならこの言葉の意味が分かるはずだ」


 歯を食い縛りながら、リタさんはうめき声を挙げるようにして答えた。


「過程から逆算し、結果を得るべし……。確かに、教授の著書にもありました」


「そう。つまり私の求める過程とは、キミ達のことだ」


 刹那、教授はカッと目を見開いた。


 すると身体が勝手に動き出し、自ら剣をしまいだした。


「っ⁉ 身体が、勝手に……!」


「この感じ……まさかあの時のゴロツキと――」


 そうだ、初めて教授と出会った時と同じ。


 あのゴロツキも、自らの意思とは関係なく自らの首に刃を向けていた。


「安心しろ、キミ達は貴重な生贄。大人しくしていれば手荒な真似はしないし、危害も加えない――今のところはな」


 含みを持たせつつ、教授はニッと静かに笑みを溢した。


 これほど不気味な笑顔がこの世にあるのだろうか。俺は必死に抵抗し、教授をにらみ返す。


「ふざけやがって……生贄だか何か知らないけど、そんなことに子供を巻き込むんじゃねえッ!」


 瞬間、俺の身体は自然に剣を抜き、教授に飛びかかっていた。


 教授の暗示でも何でもない。俺の、俺自身の意思だった。


「愚かな……」


「うおおおおおおおお――」


 しかし、寸前の所で俺の足は止まった。俺の――最も嫌な臭いがした。


「ひっ……」


 リタさんの小さな悲鳴。その悲鳴に振り返ると、彼女は自らの剣を首に当てていた。


 手はぷるぷると震え、膝から崩れ落ちている。恐怖で腰が抜けてしまっているのだろう。


「リタさんッ!」


 その首からはツー……と静かに赤い滴が垂れているのが見えた。


 ――血の臭いだ。


「教授……ッ! アンタ……!」


「言ったろう? 大人しくしていれば手荒なまねはしない、と。キミ達のような若造に我輩の術など破れん」


 余裕な表情を見せたまま、教授は静かに言った。


 俺達は最初から、この屋敷に侵入した時点で人質に取られていたのと同じ。


 飛んで火に入る夏の虫。まさに今の状況を示すのに、こんな適当な言葉があるものか。


「我輩の術を破り、剣を抜いたことは褒めてやろう。だが、抵抗をすれば分かるだろう? 今ならキミの魔法で治療できる」


「……心は、苦しくないんですか?」


「我輩も、ファンにこのような真似をするのは心苦しい。しかし、キミ達の場合はそうせざるを得ない」


 教授は淡々と俺の質問に答えながら、徐にポケットから何かを取り出した。


 ハンカチに包まれたそれをそっと広げると、そこから現われたのは――


「っ! その髪飾りは……ッ!」


 雪の結晶を模した髪飾り。


 リタさんにプレゼントした、そしてこの屋敷に潜入した時に無くしたものだった。


 その証拠に、髪飾りに付いた雪の結晶が銃弾を受けて割れている。


「さあ、少しお茶でもしながら話をしようじゃあないかね。エリック・サーガイン君」

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