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第16話 見捨てられない理由

「痴漢よおおおおおおおおおおおおおおおおッ」


 大きく息を吸い込んだかと思えば、タオさんは叫んだ。


 男とはいえ、その外見はどこからどう見ても女の子にしか見えないタオさん。


 声もやや低いものの、女性の声としても聞き取れなくはない声帯をしているタオさん。


 一切の事情を知らない人間がこの悲鳴を聞いた時に、一体何を思っただろうか。


 タオさんが息を吐き切らした瞬間、賑やかだった周囲の声は消え、静寂だけがその場に広がる。


 次に注がれたのは言わずもがな、氷よりも冷たく、兵士の槍よりも鋭く尖った、無慈悲な視線だった。


「え、ああいや、違う! これは誤解だ、この子が勝手に――」


 一体何に弁明をしているんだ? 自分でも分からなくなりながら、俺は周囲に呼びかける。


 そもそも俺は痴漢なんてしていないし、そもそも人様のお尻を触るような趣味もない!


 しかし冴えない回復術師のオッサンと、ドレス姿の可愛い男の娘を前にして、どっちの言葉を信じるのか。


 言わずもがな、酒場の飲兵衛達は既にその答えを決めていた。


「おい兄ちゃん、いけねぇなァ? 女の子は、花のように丁重に扱わないといけねェッて、ママに教わらなかったのかァ?」


「あんなに清楚なカワイコちゃんのケツ揉むたァ、良い度胸してんじゃァねえの、兄ちゃんよォ」


 またしても何も知らないゴロツキ飲兵衛が立ち上がり、俺の前にやって来る。


 どうせ俺をボコボコに伸して、最強であることをタオさんに見せつけたいだけだろうが。


「まま、待って待てって! だから俺は何もしてなくて――」


「うるせェッ!」


「ぺぷしっ!」


 弁解の余地も与えず、男の豪腕が炸裂する。


 それに便乗したのか、酒を飲んでいた周りの客達も大いに盛り上がり、またまた大騒ぎになる。


「面白ェ! オレも混ぜてくれよ!」


「そんなんじゃ足りねぇ! オレ様が本物のパンチってのを教えてやるよォ!」


 などと男達は口々に叫び、俺を囲んで何度も拳を振りかざす。


 それを密かに回復魔法で治療するも、その度に殴られ、治療しては殴られを繰り返す……。


 果てには椅子を持ち上げて参戦してくる輩まで現われる始末。


「ちょ、ちょっと皆さん! エリックは、この人は本当に何もしてません! アイツが、あの女が嘘吐いたんです!」


 騒然とした酒場の中で、リタさんは必死に叫んで無実を証言してくれる。


 リタさんは正真正銘の女の子、彼女の言葉ならきっと耳を傾けてくれるはずっ!


「聞いてください! 今すぐ殴るのをやめてください! その人は――」


「はいはい君君、こんな野郎の近くにいたら怪我するよ。ほら、離れて」


 しかし俺の願いも虚しく、勇敢な女冒険者に連れられて引き剥がされてしまった。


 最早聞く耳なし。気付けば肝心のタオさんもいないし、俺はただただ殴られ続けた……。


 ***


 そんな大乱闘(とか言う名のリンチ劇場)が終わりを告げ、満身創痍になった俺はゴロツキの手によってギルドからつまみ出された。


「フンッ! これに懲りたら、二度とバカな真似はするんじゃあねえぞ!」


 それを言うなら、最初に下心マシマシで手を出そうとしたイヲカルに言って欲しい。


 が、これで何とか嵐は過ぎ去った。まあ、俺は依然変わらず「痴漢男」のレッテルを貼られたままだけれど。


「う、うう……」


「ああ、これは酷い有様ね……」


 そう言って、酒場から出て来たリタさんは胸の前で十字架を切って祈りを捧げる。


「勝手に殺さないで、リタさん。一応生きてるから」


「ごめんなさい、エリック。私一人じゃあの暴動は止められなかったわ……」


「いや、いいさ。ああなった以上は仕方ない。それに幸い死ななければ回復できるしね」


 まあ、痛いのは変わらないから良くないんだけど。


 そういう経験は慣れているから。俺は骨折した箇所に魔力を送り込みながら、次の行動を考えていた。


 するとリタさんは深々とため息を吐いた。


「あの子のこと、まだ気にかけてるの?」


「っ」


 図星だった。


 いや、これを違うと言うことは簡単だが、俺にはそれができなかった。


 するとリタさんはまた更にため息を吐き、やれやれと両肩をすくめた。


「こんな仕打ちまでされたのよ? どうしてまだ気にするのよ?」


「それは……」


「それに私もアンタも、今回の騒動のせいで酷い目に遭ったじゃない! そこまでして、何かあるって言うの?」


 うまく答えられない。


 確かにリタさんが疑問に思うのも納得がいく。


 俺達がタオさんの抱えている悩みを解決したからと言って、リタさんの借金を完済することはできない。


 ましてや、それ自体がタオさんの求めているものであるとは限らない。


「……でも、見捨てられないよ。俺はもう、タオさんって人間のことを知り過ぎちゃったから」


「どういうことよ?」


「助けられる命を、人を、また目の前で失うことが……怖い。それだけは、絶対に嫌なんだ」


 言ってすぐ、俺は慌てて口を塞いだ。がしかし、遅かった。


「また? それって、どういう意味? ちゃんと教えなさいよ!」


「いや、これは俺の問題だ。リタさんが背負うものじゃ――」


 これだけは墓場まで持っていく俺だけの問題だ。そう言おうとした次の瞬間――


 ――パンッ。


 リタさんの手が、俺の頬に炸裂した。


「エリック、アンタ忘れたの?」


「えっ?」


「仲間なら、迷惑なんてナシだって。だったら教えなさいよ、アンタのことも、その怖いってことも全部!」


 リタさんは叫んだ。


 その表情は怒っているとかではなく、心配しているような、俺のことを信頼しているような、熱い表情をしていた。


 迷惑――過去に俺が、リタさんに言った言葉だ。


 まさに過去の俺に殴られたようなものか。


「そう、だったね。俺の過去のこと――リタさんには今まで秘密にしていたからね」


「やっと素直になってくれた。やっぱりエリックはそれが1番よ」


 そう笑うリタさんは、そっと俺に手を差し伸べてくれた。


 俺は彼女の手を取って立ち上がり、夜道を一緒に進む。


「簡単に言えば、大切な仲間が目の前で死んじまったんだよ」


 唐突ではあったが、俺は結論からそう告げた。


「仲間が、目の前で……?」


「それも、俺を庇ってさ」


 結果から離してしまえば、簡単なものだ。


 けれどこの時のことを思い出す度に、息が詰まりかける。それでも俺は話を続ける。


「早く助けないと、回復してすぐに助け出さないとって、俺は焦った。だけどソイツは――」


 遅かった。そう言おうとして、また言葉が詰まる。


「まあ、なんとなく理解はしたわ。辛いなら、もう大丈夫よ」


 と、リタさんはお気楽そうに言った。


「それってつまり、私がミノタウロスと戦った時と同じことなんでしょ?」


「ああ。あれから俺は、どうも怪我をしている人を見ると放っておけなくなった」


 彼女の言う通りだ。あの時も、そして今回のタオさんのことも同じ理由。


 俺のできること、手の届く範囲はたかが知れている。


 けれど何もしないで3日後、この街が地図から消えるくらいなら。


 俺は、俺のできることを全力でやり通す。


 この手を限界まで伸ばして、タオさんの手を取ってみせる。


「俺はもう一回、モリアーティ教授の邸宅に行く。今度は出歯亀じゃなく、真っ向からね」


「……でしょうね。私も、そんな気がしてた。本当に呆れた男よ、エリック」


 ハハハ。と、俺は笑った。リタさんもクスクスと口元を押さえてお淑やかに笑う。


 少しツンツンした所はあれど、俺は彼女のこのお淑やかな笑顔が好きだ。


 あの日もし、ミノタウロスと戦っている彼女に横槍を入れていなかったらきっと、この笑顔は拝めなかっただろう。


「でも、私は嫌いじゃないわよ。アンタのそのお人好しな所とか、お節介焼きな所とかも全部、ね」


「お節介焼き⁉ うーん、否定はできないけど……」


「毎度の事ながら余計なことばっかりするじゃない。そのお陰で、私は今もこうして生きているんだけど」


 なーんてね。


 今度はニカッと無邪気でいたずらな笑みを浮かべて、そう付け加える。


 ラトヌスの奴らに追放された時は、どうにでもなれと自暴自棄になっていたけれど。


 彼女といると、まだまだ人生捨てたものじゃないと気付かされる。そこに年齢だとか、少女とオッサンだとか、そんなものは関係ない。


「さて、と。それじゃあ早速、この街救っちゃう?」


「ああ、行こう!」


 人には誰しも、表の顔と裏のカオがある。俺にも、リタさんにも。


 そして、タオさんにも。


 しかしそんな裏のカオを見ようとする人間は、そう多くはない。


 けれど俺達は、これからそれを拝みに行く。


 ゲッコウ・A・モリアーティ。冒険者塾の塾長、またの名を『冒険者の父』。


「アンタの裏のカオ、拝ませてもらうよ」

3日なんて待ってられるかッ!

お節介焼きの回復術師は夜を往く……!


面白いと思ったら、ぜひぜひ応援よろしくお願いいたしますッッッ!!!!!

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