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第13話 威を借る男

 畜生、油断した!


 モリアーティ邸から逃げて、何とかギルド酒場のあるエリアまで来た。


 血も涙もない構成員と言えど、人通りの多い場所で人を始末するようなことはしないだろう。


 幸いにもその読みは当たり、背後に追手はいなかった。


「リタさん、頑張れ。俺が今、治療するから……」


 リタさんはぐったりとした様子で、こめかみから血を流している。


 その臭いが、俺の奥底に封印した記憶をこじ開けようとしてくる。


「弾は、大丈夫だ脳天を貫通していない。まずは止血を……」


 もう二度と目の前で誰かが死ぬ所を見たくない。ただその一心で、リタさんの治療を続ける。


 と、次の瞬間――


「ううん……うるさいわねえ、何時だと思ってるのよ」


 どこからともなく、リタさんの声が聞こえてきた。


 恐る恐る目線をリタさんの顔に向けると、彼女は薄く目を開けた状態でこちらを見つめていた。


「り、リタさん……? 生きて、無事だったのか……!」


「何言ってんの? 勝手に人を殺すんじゃないわよ」


 いつもと変わらずキレのあるツッコミ、間違いなくリタさんだ。


「痛っ! 何これ、頭痛い……」


「ああ傷口触っちゃダメ! リタさん、俺のせいで頭撃たれて……」


「頭? そういえば衝撃あったけど……あれ?」


 リタさんはこめかみをそっと撫で、ふとした違和感に声を挙げた。


 そういえば気が動転していて気が付かなかったが、リタさんの髪型ってこんな感じだったっけ?


 いや、普段とあまり変わらない気もするけれど。


 銀髪ロングの美しい髪。それ以上でも以下でもなく、氷属性がよく似合う女の子らしい髪型だった。


 しかし微量のイメチェンは女子の十八番。男子のような穴ぼこチーズのように節穴の目では気付かない所まで気を遣っているもの。


「無い、髪飾りがない!」


「何だって⁉ 確かそれって、今日買った……」


「あああ、せっかくエリックさんに買って貰った髪飾りなのに……。本当に、ごめんなさい!」


「い、いいって! 髪飾りならいくらでも買ってあげるから、それに――」


 リタさんが無事だったのは、髪飾りが銃弾を受け止めてくれたお陰だからだ。


 もしあの時髪飾りを付けていなかったら、リタさんは銃弾をモロに喰らって……。


「細部には神が宿る、か」


「?」


「ううん、何でもない。リタさん、次の休みにまた髪飾り買いに行こう」


「え、ええ。そうね……ありがとう、エリックさん」


「もうさん付けしなくていいよ、無事で本当に良かった」


 ここだけの話、リタさんの性格はどこか細かい印象がある。


 だからこそ男の俺には分からない、“細部”という隠し腕、もとい隠し武器を持っているのだろう。


 そして神はそれを見ていた、彼女の努力も、“細部”も。


 お陰でリタさんはこうして奇跡的な復活を遂げた。死んでないけど。


「それじゃあお腹も空いたことだし、酒場で何か食べて行こう」


「そうね。それじゃあ今日は、エリックの奢りでいいかしら?」


「それを言うなら“今日も”じゃないか? まあ、いいんだけどさ」


 そんな戯れ言を語らいながら、俺達はギルド酒場へと入っていく。



 ***



 ギルド酒場はいつ来ても騒がしいものだ。一体いつになったら、静かになってくれるのか。


「うーん、酒場が閉店した日とかじゃない?」


「それはそうだけど不謹慎だから、店の中でやめなさい」


 いや心の中を覗くんじゃあない。そんなメタい能力持ってるのは薬屋の婆さんだけで十分だ。どうせ次の出番ほとんどないし!


 しかし彼女の気持ちも、少しは分かる。


 彼女は自分の心に嘘を吐いている。しかし無理もないことだ。


 ――モリアーティ教授の、本性を見てしまったのだから。


 勝手に期待していたと言えばそれまでだ。裏切ったと思っても、それが彼の本性だっただけの話だ。


 けれども、誰かのファンになるということは、それは『その人の一面に期待する』ことだと俺は考えている。


 リタさんは純粋に、実力者であるモリアーティ教授の大ファンだった。


 そこに良い悪いなんてものはない。


「リタさん、偶にはお酒でも飲むかい?」


「別に。てか、私未成年だし」


 言いながらリタさんはそそくさと空いている席に座り、メニュー表に目をやりながら、


「豚キムチチャーハン大盛り、タコのアヒージョ3人前、あとセットにパンもお願いします! デザートには、ここにあるパフェ3種類全部!」


 目に映るもの全てを読み上げたかのように、次々と料理を頼んだ。


 あれ、リタさんってこんな大食いキャラクターだったっけ? 前回までは、ハンバーガー食べて死ぬ程感動していたのに。


「ちょ、ちょっとリタさん、流石にそこまでされたら俺の財布が……」


「いいじゃない! 私のこの怒りは、もう死ぬまで食べないと治まらないのよ!」


「そ、それはごもっともだ……」


 けれどまあ、覚悟の上とはいえショッキングな光景を見せてしまったのもまた事実。


 今夜ばかりは、彼女のために財布の紐を解こうか。


「でもそんな量1人じゃ食えないだろう? 俺にも分けてくれ」


「しょうがないわね、じゃあ私の嫌いなものも食べてよね」


「はいよ、気が済むまでどうぞ」


 ***


 そうして運ばれてきた料理を食べつつ、俺は周囲の会話に耳を傾けた。


 ただの出歯亀だが、これも冒険者流の情報収集術だ。


「聞いたかこの前の怪盗団、また1人も捕まらなかったらしいぞ」


「五億の懸賞金があってもダメなんて、しぶといわねぇ」


「畜生! あのガキ共、今度こそは絶対に捕まえてやる!」


 想定通りと言うか案の定と言うか、入ってくるのは昨日の怪盗団に関する情報だけ。


 その他にも情報は入ってきたが、身になりそうなものはなかった。


「んっ、このチャーハン美味いなぁ! 豚キムチだっけ、辛みがアクセントになってるなぁ!」


「ほんと、私辛いのあんまり好きじゃないけど、これは、クヘになふわ」


「食べながら喋らない。そんな詰め込んだら喉詰まるぞ」


 と母親らしく説教をかましつつ、俺もチャーハンを掻き込む。


「ん?」


 とその時、入り口のドアが開いた瞬間、俺は違和感を覚えた。


 入り口の方に目をやると、そこには青いドレスを着た黒髪の少女がいた。


 髪は艶があり、毛先をお姫様のように巻いている。極め付けに、頭には黒猫のような愛らしい耳が付いている。


 一体どこのパーティー会場と間違えたのか、彼女はオドオドと周囲を見渡しながら、酒場の酔っ払いの波を泳ぐ。


「誰あの人、綺麗ね」


「けどこんな飲兵衛共の巣窟に、お姫様が来るか?」


 少なくともこんなオヤジまみれの時間帯に女の子一人は危険すぎる。


 それに、あんなに美しく着飾っていたら、目立ってしょうがない。


「おい嬢ちゃん、こんな所に人捜しかい? そんなのいいから、オレと酒でも飲み交わそうや」


 それ見たことか。波の中に潜んでいた怪物――もとい酔いどれオヤジが現われた!


 少女はオヤジの太い腕に掴まれ、ビクッと用心深いネコのように体を震わせた。


「や、やめてください! あなたに用はありません!」


「そんな冷たいこと言うなよなァ。安心しろ、損なんてさせねえからよォ」


 少女は必死に腕を引っ張るが、あんな華奢な腕じゃあオヤジの腕っ節には勝てない。


 それにしてもあのオヤジ、やけに聞き覚えのある声だなぁ。何だか数日前の記憶が蘇って、腹が立ってくる……。


 ――まさか!


 嫌な予感がして、俺はそっと少女を捕まえたオヤジを見た。


 果たして人の波の先に居たのは――イヲカルだった。


「イヲカル……っ⁉」


 イヲカル・トラタルディ、かつて俺が所属していたパーティの戦士だ。


 見たところラトヌス達はいない。まあ、居るなら紅一点のシリカが止めに入るだろうし。


『私という美女がいながら、他の女見るとかあり得ないんだけど~』


 アイツならきっとそう言って拗ねたフリをするだろう。ソイツをラトヌスが鼻の下を伸ばして宥めるのがいつものお決まりだった。


 因みに俺は蚊帳の外、三人が家族なら、俺はペットどころか家に居座るネズミだった。


 いやいや、感傷に浸っている場合か俺! ラトヌスもそうだけど、イヲカルは女癖が悪い。


 シリカが抑止力となっていたとはいえ、一人の時はすぐ女に手を出して問題を起こしていた。


 このままでは彼女も、イヲカルの牙にかかってしまう。


「どうしたの、エリック?」


「悪い、少し席外すから。気にせずに食べてて」


 そう断ってから席を立ち、俺はイヲカルのもとへ向かった。


 当の本人は俺のことにはまるで気付かず、少女にメロメロだった。


「相変わらず女癖の悪さは治ってないみたいだな、イヲカル」


「あぁん? オレ様の名を呼び捨てたァ、いい度胸して――」


 イヲカルは眉間に深く皺を寄せて振り返る。が、俺の顔を見るや否や目を丸くして驚いた。


「て、テメェ! エリックじゃねーかッ! まだここにいたのか!」


「生憎誰かさんのせいで食い扶持が無くなっちまったんでねぇ。馬車代が溜まったらすぐにでもおさらばするさ」


「言うようになったなァ、今までは何も言い返さなかったくせに。いいや、オレ様達に勝てねえから、言いなりになるしかなかったんだよなァ?」


 黙っておけば好き勝手いいやがる。


 お前だって、ラトヌスの顔の良さと実力という虎の威を借りて威張り散らすしか脳がないくせに。


「まあザコなんざ眼中にねぇ! ラトヌス率いる最強パーティ『クエスター』の一員であるオレ様のお眼鏡にかなったんだ、光栄に思えよ嬢ちゃん」


「くっ……やめて、離して……ッ!」


「やめろイヲカル、そんなことしてもラトヌスの顔に泥を塗るだけだ」


 まあコイツのせいで「クエスター」の名が汚れようと、ラトヌスに飛び火しようと関係ない。むしろ名がドブに塗れてくれた方が気持ちいい。


 けれど、そのために誰かが犠牲になっていい理由にはならない。


「お前もしつこいなァ、エリックゥ……。回復しか能のないテメェが、このイヲカル様に勝てると思ってんのかァ?」


 イヲカルはどっと大きな腰を上げ、空ジョッキの転がる机に大きな拳を叩き込んだ。


 刹那、テーブルは一瞬にして粉々になり、更に床にも大きなクレーターが生まれた。


「何だ何だ、喧嘩か?」


「あれってイヲカルじゃないか? クエスター最強の戦士の」


「相手は誰だ? ひ弱だなぁ……」


「コイツは、イヲカルの勝ち確定だな。ご愁傷様」


 周囲は完全にイヲカルの勝ちを確信し、誰もこの喧嘩に興味を示さない。


 実際そうだ。俺が他の何かでラトヌス達に勝てた試しはない。


 純粋な持久力も、パンチ力も、そして魔力や魔法の種類も。


 どれもイヲカルとシリカに負け、それ含めて全分野でラトヌスに負けた。


 けれど、だからこそ俺は知っている。


 イヲカルの弱点を。そして、今なら負けないことを。


「さあ、どこからでも掛かって来いよ、エリック」


「もう仲間じゃないし、手加減なしでいいだろ、イヲカル」


 無限回復。俺がもう、ただの回復単体の無能じゃないことを教えてやる。

まさかまさかの再登場、イヲカルッ!

ここでファステリアこそこそ噂話、イヲカル・トラタルディの名前の元ネタは「虎の威を借る狐」「取らぬ狸の皮算用」「取ったるでぇ」から来ているらしいよ。


面白いと思ったら、ぜひともいいね! だけでもよろしくお願いしますッ!!

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