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第11話 花の香りに導かれ

 ダークゴーストを討伐し、無事に川へ辿り着いた俺達は、目的であった『ミチビキ草』を摘んで街に戻った。


 幻想的な景色を前に帰るのは、正直名残惜しかった。リタさんも帰るとき、少し寂しそうな目をしていた。


 というか、再び足下の悪い森を歩いたせいか、とても疲れている。


「ねえ、エリックさんの回復魔法って、疲れとか癒やすことできないの?」


「うーん、残念だけどそれはできないなあ。この前肩こり治そうと使ってみたけどダメだったし」


 リタさんが寝ている間、無限回復の効果範囲が気になったので使ってみたことがある。


 しかし結果は残念ながら、何も起こらなかった。


「そんなぁ~……」


 リタさんは分かりやすくガックシと両肩を落として落ち込む。


 効果範囲はあくまで傷の回復や骨折の治癒だけで、疲労感を回復することはできなかった。


 しかしまさか、欠損した部位を復活させることができることには、驚いたけれど。


「でもまあ、便利だからって“万能”なワケじゃあないわよね」


「みたいだね。けれど、確かに今日はもう疲れたしなあ」


 まだ尾を引く謎が残っているし、不安であることに変わらないけれど。


 ここのところ、連日冒険と事件とで休みがなかったし。明日は確実に筋肉痛確定だろうし。


「薬屋にコイツら預けて、今日は一旦休みにしよう」


 提案がてら言ってみると、リタさんは目の色を変えて俺を振り返った。


「ホント⁉ それじゃあ久しぶりに、羽伸ばせるのね!」


「あ、ああ。リタさんの行きたいところに付き合うよ」


 俺自身、この街のことについてあまり詳しく知らないからだけれど。


 俺にはこれといった趣味がない。強いて言うなら、外食で美味いものを食べる程度だ。


 それに何より、リタさんがこうして笑顔になってくれているのだ。何も言うことはあるまい。


「やったー! それじゃあエリックさん、早速薬屋行くわよ!」


 一瞬で元気を取り戻したリタさんは目をキラキラと輝かせ、俺を置いて走り出した。


 やれやれ。若いって、本当にいいなあ。


「エリックさーん、置いてくわよ~!」


 しかし一つだけ言わしてくれ、リタさん。


「薬屋はそっちじゃないよ~!」


 ***


 閑話休題。


 一人突っ走って行った暴走馬車……もといリタさんを連れ戻し、薬屋に辿り着いた俺達は、早速木製の扉をゆっくりと開けた。


 中は昼間にも拘わらず薄暗く、様々な薬草の香りが混じった臭いが鼻腔を突いた。


 恐る恐る中へ入ると臭いは更に強くなり、奥からは微かに何かを煮る音が、グツグツ、グツグツと聞こえてくる。


 極めつけは全ての壁一面に設置された棚。そこには見たこともないような草や木の枝、蜘蛛の目のようなゲテモノが封じ込められた瓶が所狭しと並んでいた。


「な、何ここ? 本当に薬屋なの?」


「そりゃあまあ、外の看板に薬屋のマークがあったし……」


 間違いないはず。はずなんだけれど……


「珍しい客人じゃな、若いの」


 刹那、背後から掠れた声が聞こえてきた。


「「ぎゃあああああああっ! ででで、出たぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」」


 あまりに突然の出来事に、心臓が止まりそうになった。


 と次の瞬間、ボコンッ! と勢いよく俺の頭に衝撃が走った。


()ァ!」


「失礼な奴じゃな小童」


 一言文句を言ってやろうと顔を上げると、そこにはいかにも魔女らしいローブに身を包んだ老婆がいた。


 腰は曲がっていて全体的に丸く、ローブの奥から見えるイボが特徴的な鼻は長い。


 見るからに怪しい婆さんだが、彼女が薬屋の店主だろうか?


 そう考え込んでいると、再び婆さんは俺の頭に杖を振り下ろした。


()ァ! 何で俺だけ⁉」


「儂を舐めるな小童が。うぬ等の考えている事など、手に取るように分かる」


「へぇ、凄いですねお婆さん! ねね、その読心術教えてください!」


 一体何に感心したと言うんだ。リタさんは婆さんの手を取り、純粋な眼差しで言った。


 すると老婆はリタさんの顔を見た瞬間、


「なんとお主……! 久しぶりじゃあないか、ゼシカや! まあまあこんなに大きくなって!」


 腹の底から大きな声を出し、リタさんの手を握り返した。


「えっ? あの、私はゼシカじゃなくて、リタで――」


「何を言っておるのじゃ、お婆ちゃんが孫を見間違う筈ないわい! うん、うん、ゼシカの頼みなら何でも聞いてやろう!」


 どういうワケか、婆さんはリタさんのことを孫――ゼシカさんと勘違いしているみたいだった。


 一文字も合っていないし、さっき読心術が使えるみたいなこと言ってたアレは何だったんだ?


「あ、あの、お婆さん。この子はアナタの孫じゃなくて、俺達は――」


「お黙り! アンタみたいな冴えない男にゼシカは渡さんよ! 呪うぞ、一週間はタンスの角に小指をぶつける呪いをかけてやるぞ!」


「なんて最低最悪な呪いなんだ! だからお婆ちゃん、俺はゼシカさんの彼氏でもないし、そもそも人違いだから!」


 ああ、なんて愉快な婆さんなんだ。まるで俺の話を聞いてくれやしない。


 婆さんは冴えない彼氏をボコボコに伸してやろうと、杖をブンブンと振り回す。


「お、お婆ちゃん。あの人は私の友達だから、別に彼氏とかじゃあないから、安心して、ね?」


 俺では話が進まないと見たのか、リタさんは老婆の両肩に手を添えて宥める。


 すると暴れていた婆さんは急に大人しくなり、リタさんに向き直った。


「なんじゃゼシカ、それを早く言うとくれ。それで、お婆ちゃんに何の用じゃ?」


「え、えーっと……」


 困惑した様子で、リタさんは目で合図を送る。


 やはり俺が出るとややこしくなるので、ここはリタさんに頼むしかない。


 何より婆さんは孫と勘違いしているのだから。ズルい気もするが、人の頭をバカスカ殴ったんだから。


(リタさん、孫ってことで導きの薬を作るようにお願いして!)


 小声とジェスチャーでリタさんに伝達して、俺はすぐに逃げられるように出入り口付近まで避難した。


 リタさんは肯くと、手にしていたミチビキ草の入った籠を老婆に差し出して言う。


「このミチビキ草で、導きの薬を作って欲しいの! お願い、できる?」


 その口調は普段とは違い、とても可愛らしかった。もし俺が爺ちゃんだったら、彼女のワガママにすんなりと答えていただろう。


 それは婆さんも同じようで、


「なんだい、大切なものでも無くしちまったのかい? しょうがないねえ、孫の頼みじゃ。とっておきの導きの薬を作ってやろう」


「本当に⁉ ありがとう、お婆ちゃん大好き!」


 大好き⁉ そこまで入れてくるとは、恐れ入った。おねだり上手もここまで来ると、まさに神業だな。


 くれぐれも彼女には、シリカみたいな尻軽女にはなって欲しくない……。


「何か言った、エリックさん?」


「い、いいや何も!」


「それじゃあ、今日の夕方頃にまた来なさい」


 あ、危なかった。あの婆さんは読心云々以前に俺を嫌っていたが、リタさんもリタさんで結構勘が鋭いな……。


 しかし、まあ、これで無事に導きの薬も調達できた。


 後は夕方に薬を受け取って、タオさんの動きがあるまで待つのみか。


 いや、一旦この話はここで終わりにしよう。偶には息抜きも大事だからな。


 ***


 そうして薬屋を後にして、噴水広場前までやって来た俺達。時刻はだいたい3時過ぎか。


 ここからはリタさんの自由、久々の休暇タイムとなった。


「ほらエリックさん、早く早く!」


「あーもう、置いてかないでってば……!」


 休みにしようと言ってからリタさんの疲れは何処、急激に活発になった。


 対して俺は朝からの疲れを引き摺ったまま、リタさんの後を追うので精一杯。未だに頭が痛い。無論さっきの婆さんの仕業だ。


 そんなこんなで追い付くと、リタさんは雑貨の出店の前で商品を眺めていた。


「何かいいものでもあった?」


「ええ。そろそろイメチェンしたくて、丁度髪飾りがあったから」


 そう言うので俺も見てみると、そこには女の子が好きそうな髪飾りが沢山並んでいた。


 花のアクセサリーが付いたものから、魔力の込められたもの、そしてどこに需要があるのか分からないガイコツを模した髪飾りまで様々。


「ねえエリックさん、どれが私に似合うと思う? やっぱりコレかしら?」


 言って早速、彼女が手に取ったのは、ガイコツの髪飾りだった。


「なんでよりによってそれ⁉ 君そんなゴスロリ趣味あったの⁉」


「うーん、銀髪と色も近いし、いいと思うんだけど……」


「いやまあ、趣味なら否定はしないけれど。ビジュアル的にガイコツは……」


 流石に縁起が悪すぎる……。


 いやしかし、これでは俺がただ否定しただけになってしまう。


 それに彼女には一つ、お詫びしないといけないこともある。


「それじゃあ、これはどうかな?」


 折角捕縛した怪盗団を逃がしたこと。本来手に入るはずの5億ゼルンなんかと比べたら劣るけれど。


 俺は、ピンク色の花の髪飾りを手に取り、リタさんに手渡した。


 リタさんはそれをそっと頭に試着して、鏡を覗き込んだ。


「へぇ、銀にピンク、なかなかいいセンスじゃない! 決めた、私これ――」


「いいよ、俺のプレゼント」


「で、でも……」


「リタさんには色々とお世話になってるし、これからもよろしくって意味も込めてさ」


 するとリタさんは耳を真っ赤に染めて、口をもごもごとさせながら俯いた。


「あ、ありがとう……」


 その表情は初めて会った時とは比べものにならないほど、嬉しそうなものだった。


 がしかし次の瞬間、どこからともなく獣が唸るような声が聞こえてきた。


 ――グー……。


 そしてリタさんはお腹を抱え、更に顔が赤くなった。


「…………きゅう」


 腹の虫が鳴いたらしい。その飼い主は、言わずもがなといったところか。


 そういえば昼食をまだ食べていなかったか。


「そうだ、偶には奮発して美味しいものでも食べに行くか!」


 あたかも俺の腹の虫が鳴ったかのように腹をさすりながら、フォローを入れてみる。


 リタさんは俯いたままながらも、コクリと首を縦に振って肯いた。


 ***


「やっぱり噴水広場は店が多いなあ。逆に迷う……」


 髪飾りも買い、噴水広場の飲食店街に向かった。


 時刻が時刻なだけに、スイーツ専門店やカフェはほぼ満席。逆に重そうなレストランは空いていた。


 しかしどうして、ここに来るなりリタさんはガチガチに固まってしまっていた。


「リタさん、どうかした?」


「外食って、結構お金かかるんじゃないの?」


「まあ、場所によるけど。流石に高級レストランには行けないなあ」


 俺のお財布事情的にも、リタさんの目標のためにも。三つ星だとか満願全席は……無理だ。


 けれど、普通のレストランならば問題はない。


「大丈夫だって。偶には羽目を外さないと、ね?」


「それなら……あれ、食べたことないから」


 そう言って恥ずかしそうに指を差したのは、ハンバーガー屋だった。


「ハンバーガーか、提供も早いし丁度いいね」


 ハンバーガーなら、ラトヌスと一緒にいた時にも何度か食べたことがある。


 ナイフやフォークを使わず、手だけで食べることができる。


 その上提供も早いので、時間に追われている冒険者達にとっては非常に人気な店だ。


 ただそれもあくまで一部地域での話。まさかこの街にも普及しているとは思わなかった。


 俺達は早速席に着いて、無難なレギュラーバーガーを注文した。


「え、エリックさん。大丈夫かな、私みたいなのがいても……」


「大丈夫、ここはドレスコードとかないし、誰が入っても問題ないよ」


 外食は初めてなのか? リタさんは落ち着かない様子で、そわそわとしている。


 そうしてそわそわしていること数分、すぐにウエイターがハンバーガーを持ってやって来た。


「お待たせしました! レギュラーバーガーです!」


「おっ、やっぱり早いなあ! それじゃあ早速、いただきます」


 そう言いながら、早速バンズを持ち上げて、ガブリと勢いよくかぶりつく。


 一方のリタさんは、どう食べるのが正解なのかオロオロとしていた。


 俺は二口目を食べるふりをしながら、手で持って食べることを伝える。


「えっ、手で食べていいんですか……?」


「ナイフもフォークも要らない、そのまま食べていいよ」


「そ、それじゃあ……」


 肯いて、リタさんは恐る恐るハンバーガーを手に取ってゆっくりと齧り付いた。


「うん、やっぱり美味いなあ!」


 などと暢気に言いながら食べていると、リタさんの動きが止まった。


「うっ……」


 嗚咽にも似た声を漏らし、リタさんの体が震える。


「あ、あれ? リタさん? もしかして、口に合わなかった……?」


 不安に思って訊ねるが、しかしリタさんは首を横に振り、口を開けた。


「美味しい……こんなに美味しい物、初めて食べた……」


 俯いたまま呟くと、リタさんは顔を上げた。


 その顔は大粒の涙でぐしゃぐしゃに濡れ、恍惚とした表情になっていた。


「えっ、そんな感動するほど美味しかった……?」


「だって、だって……私今までこんな贅沢したことないから……レストランも、お金無くて、場違い感もあったから怖くて……」


 リタさんは泣きじゃくりながら続ける。


「お肉も肉汁たっぷりで美味しいのに、トマトとレタスもこんなに瑞々しくって、パンは零れた肉汁を吸って塩っ気が強くなっているし……幸せの味……」


 まさかハンバーガー一つでこんなに感動してくれるとは。


 これは奢りがいがあるってものだけれど……。


「ねえあの子、ハンバーガー一つであんなに泣いてるわよ?」


「もしかしてあまり食べさせてくれてなかったのかしら?」


「きっとあの男に泣かされたに違いないわ。可哀想に……」


 通りすがりのおばさま達が、こちらを見て噂話をしている。


 いや待て待て、何かすごく勘違いされてるんだけど⁉


 仮にもこれ、リタさんが美味しいご飯を食べて感動しているだけなんですけど⁉


「り、リタさん! 美味しいのは分かったから、とりあえず泣き止もう! ね!」


「ご、ごめんなさい。でも、食べれば食べるほど……美味しすぎて……」


 泣きじゃくりながらも、リタさんはモグモグと美味しそうにハンバーガーを頬張っている。


 その度に、おばさま方の目線が冷たく、鋭いものに変わっていく。


 こうなってしまっては、もう弁解もできないか。


 今日はどうやら、おばさま運のない日らしい。


 ただでさえ物理的に頭が痛いのに、胸にも冷たい槍が突き刺さってズキズキとする。


 残念ながら、心の痛みも回復魔法じゃ癒やすことはできない。


 けれど、リタさんがこんなに感動してくれたのなら、それでいいかな。


 これもまた日常。これから巻き起こる騒動を忘れられる、唯一の心安まる時間だ。

たまには息抜きも必要だよね。

とにかく人間、無理は続かないので。適度な休憩も時には必要なのぢゃ!


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