北の戦乱 潜入の章
魔法王国が大陸で四大国家の一つになったのははるか昔。そうなった理由の一つは魔法という技術に特化している国であったからだ。魔法は最低限の素養があればどの生物でも使える上に、軍事や産業だけではなく、移動手段や家事まで様々なことに応用が利くことが強みである。もう一つは魔法王と聖騎士という国家体制だ。魔法王はあらゆる魔法を使いこなす魔法王国の最強兵器であり、魔法王国の象徴である。国の運営は王と聖騎士の5人の合議制となっており、独裁的な行動を互いに抑制しつつ、一致団結して戦うシステムがあるため、国の有事にはまとまって戦うことができたのである。こうして魔法王国は四大国家の一角と今日まで維持しているのである。
魔法王国の王宮には王の間という会議室がある。ここには魔法王と聖騎士たちが会議をする場所である。
新しく選ばれた魔法王バネットと聖騎士4人が集まっていた。
不思議な緊張感のある空間にバネットは委縮してしまう。
会議の円卓に着いている者はバネット、その左右に左宰相ルビン、右宰相カール、左将軍ミカーシャ、右将軍ランバールが座っている。
部屋の静寂を破るようにルビンが立ち上がった。
「今回は王即位の初めの会議だ。ルビンめが進行を仰せつかりたいが、意義はあるかな。」
皆が頷くのを見て、バネットも頷く。
「では、簡易的ではあるが、初めに王からの挨拶とこちらからの自己紹介としましょう。バネット様、よろしくお願いいたします。」
「ひゃ、ひゃい!」
突然、話を向けられたので噛んでしまった。
「わ、私はバネット・アリエーテと申します。今回、王となりましたが何もわからないことばかりですのでどうかいろいろ教えてください!」
他の聖騎士からは笑み一つ出てこなかった。歓迎されていない気持ちになってくる。
「では順にお願いします。まずはカール殿。」
右宰相カールは宰相と呼ぶには不相応の体格がローブから覗いており、顔には多くの古傷が刻まれていた。
「右宰相の地位に着かせてもらっている。名はカール・ルートシルト。主に外務省を担当している。よろしく。」
簡潔な内容であるのに、見た目通りの渋い声のせいで重々しい雰囲気であった。
「次に左将軍ミカーシャ殿。」
左将軍のミカーシャは白銀の全身鎧に綺麗な銀髪に綺麗に整った顔つきであるが、体格のせいか少女のようである。
「左将軍を預かっているミカーシャ・アイリスフィールドです。このような身なりですが、エルフ族のためこの中では最年長になります。担当は魔法省です。よろしくお願いします。」
――最年長!? エルフ族は初めて会ったから知らなかったけど、見た目と年齢が違うのね。
「次に右将軍ランバール殿。」
右将軍ランバールは青光りしているミスリル金属の魔法鎧からは筋骨隆々の体が見えている。
「軍事省担当の右将軍をしているランバール・ブロムホーンだ。この中では最年少で若輩者であるが、よろしく頼む。」
――ランバール将軍は軍事省からの叩き上げでこの地位に着いたと噂になるくらいには有名な人だ。確かにすごい武人に見える。
「最後に私が。私はルビン・フリードリヒ。内務省を預かっている。王の政務としては一番関りがある場所ゆえわからないことはいつでも聞いてほしい。どうかよろしく。」
――ルビン宰相は前国王の弟で、一族のフリードリヒ家は魔法王、聖騎士を代々任せれてきた名門。その雰囲気からは名門ゆえの気品と新しい王への威圧感が感じられた。
「さて、自己紹介は一通り済んだが、初めの会議ゆえ急ぎの議題以外は後に回したいが各々方何かござりますかな。」
ルビンが円卓をジロリと見回す。
すると、ミカーシャのみが手を挙げた。それを見て、ルビンがミカーシャを指名する。
「火急の内容かどうかは判断がつかないため、報告させてもらうが、つい先日に魔法省の魔法観測部から見たこともない魔力を観測した報告があった。場所は中央湖の古代遺跡があるアリ島だ。過去の記録から精査するに、800年前にあった魔王ジョンの魔力に似ているとのことであった。魔王復活の可能性があるため警戒と研究が必要であると思う。よってそのための人員と予算を求む。何か質問は。」
するとカールが手を挙げる。
「報告に感謝する。さて魔王という存在はミカーシャ殿以外はお伽話であるが、実際はどの程度のものなのか。また、他の国家との連携が必要なレベルなのか。わかっている範囲で教えてもらえるかな。」
「私とて生まれる前の話ですので詳しくはわかりません。しかし、わかっているのは強大な力で世界は滅ぼされかけたということと各地に特異な力を持つ勇者の存在によって魔王は退けられたと伝わっております。魔法王国の初代魔法王や傭兵連合国の主要部族は勇者の末裔が建てた国であると伝えられています。そこから考えられることとして一国家レベルではどうにもならないと思います。」
「ふむ。非常に参考になったよ。ありがとう。」
ルビンが再度見回したあと、「では採決に参りましょう。この件を賛意する者は挙手を。」と大声で言った。
そして、その場の全員が手を挙げた。
「では採用といたします。詳しいことは内務省へお願いします。」
「採択を感謝する。」
「他に議題がなければ解散といたしますが…………いないようですので解散とします。」
それぞれの聖騎士たちは席を立つとそそくさと外へ出ていった。
そこにルビンがバネットへ近づいてくる。
「バネット様、お疲れさまでした。初めての会議で慣れないでしょうが、学んでいっていただくようお願いいたします。会議の雰囲気でお分かりかと思いますが、この国の政治はこの5人の合議で決まります。今回は特にありませんでしたが、政治と軍事が対立することなどいくらでもあります。そのとき、あなた様の意見がこの国に反映されることになります。今は右も左もわからないでしょうが、我らと同じ立場なのです。よくよくお考えの上、裁可を下すようお願いします。それはどちらかに肩入れをせよということではなく、あなたの思う最良の道をということです。努々お忘れなく。では失礼いたします。」
バネットは誰もいなくなった会議室で一人嗚咽を漏らした。
魔法王国に入ったガルディレアは思案していた。
どうやって魔法王国を他国と争うようにもっていくかと。
魔法王国の政治形態は非常に特殊な合議制であり、5人中3人が賛意を示せばそれが国是となる。ただし、国王だけには拒否権があり聖騎士が3人賛意を示しても、拒否権が行使されれば動かない。逆に国王が通したいことがあっても聖騎士3人から反対されれば国王と言えども何もできない。つまり、他国と戦争をさせるためには、国王と聖騎士2人を動かす必要がある。もしくは他国から侵攻させるしかない。
――国王や聖騎士を洗脳することができれば簡単だが。このレベルの人間はその手の魔法には強い耐性があって効かないだろう。人質や誘惑にもかかるような俗物もいない。困ったね…………待てよ。いい考えがある。そう、私自身が聖騎士になればいい。ではどうやってなるか。まずは聖騎士を観察するとしましょうかね。
――内務省――
ルビンはいつものように執務室で書類に目を通していた。そして、一つ一つに決裁の印を押す。張り合いのない仕事であるのはいつものことであるが、手を抜くこともできないため忙しいものである。
そんな折に、一つの書類が届いた。例のミカーシャが言っていた件である。最優先で回ってきたようだ。
目を通すと観測された魔力について、過去の記録についての資料や今後の必要な人員、予算について書かれている。一つ一つに目を通していくと一つの項目に目が留まる。それは魔王の出自のついてであった。曰く、魔王はこの世界の生き物ではなく、別の世界から転移、あるいは転生した存在であること。その魔力はあらゆる属性、あらゆる形質で使え、使い魔を作ることも可能であること。そして、魔王は必ず世界を滅ぼすことを第一にしていること。と書かれていた。
ルビンはため息をすると決裁の印を書類に押した。
――平和な世になって何年。私の代でこのような有事になるとは……。
ルビンは書類を書簡に入れた。そのとき、鋭い視線を感じた。
見回すが何も感じられない。感知魔法で周囲を調べるが、何もない。
再びため息をすると、次の書類に目を通し始めた。
ルビンの様子を見ていたガルディレアは執務室から離れた内務省の屋根に転移していた。
――危ない、危ない。さすがはフリードリヒ家。兄のウィルに魔法王を取られたと聞いたが、実力は勝らずとも劣らないわけか。しかも自分は王になれなかったのに野心はあまりないと見える。とりあえず候補からは外れるかな。
思案が終わると、ガルディレアは次の場所へと転移していく。その後、外務省、魔法省、軍事省と回り、それぞれの聖騎士をしっかりと見定めていった。どの聖騎士にも気づかれそうになったことからそれぞれが同格の力を持っていることがわかる。
――やはり聖騎士というだけはある。どれも人格、実力ともにトップだ。しかし、あいつ。あいつは野心がある。この野心、利用する手しかない。
ニヤリと笑みを浮かべるとその者の場所に転移をした。
その人物の執務室に転移した。夜遅くになるのに、その者はまだ仕事をしていた。
執務室に座っている人物はうろたえず、じっと見据えて身構えている。
「初めまして。私はガルディレアと申します。あなたに素晴らしい話を持ってきました。興味ありますか。」
その人物は口を開かず、ただじっとガルディレアの動きに注視している。
「ふふふ、そうですよね。突然のことで驚いていますよね。私は敵ではありません。あなたに協力したいのです。そう、あなたが魔法王になるための。」
その人物は少し動揺が浮かんだが、すぐに強い警戒を示した。
「その動揺はわかります。なぜ自分の野心がわかったのかと。安心してください。私は敵ではありません。そしてあなたが魔法王になるための手立てがあります。どうです?聞いてみたくないですか?もし、聞く気があるなら、痛いくらいに飛ばしている殺気を消してもらえますか。」
その人物はため息をつくと、殺気を消して部屋に結界を張った。
「お気遣いに感謝します。さてその手立てですが。教える前に自己紹介としましょうか。私はガルディレアと申しますしがない魔法使いです。」
ガルディレアはあなたもどうぞと手を向けてくる。
「儂はカール・ロートシルトだ。さて、手立てを教えてもらおうか。詐称があればこの結界で消し飛ばしてくれる。」
「ふふふ、ではお伝えします。その方法とは………………………………………………」
一時間ほどして執務室の明かりが消えた。
カールは帰路に着いた。何事もなかったように。
それを離れた屋根の上から見送るガルディレア。
その顔には悪魔の笑顔がにじみでていた。
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