アマリリスの妹 その7
アントルメ伯爵夫人とアリサちゃんが帰った後は、いつものルーチンだ。常連さんが来て、いつものように物欲しそうな顔をして帰り、閉店となる。
その合間に、カンパネラの最終表面処理を仕上げた。
何度もサフを吹いて、キズや気泡などがきちんと処理できているか確認する。見つかればパテを盛って削り、再度サフ。これを繰り返して細かくチェックした。
よし。いい感じだ。
これならいけそう、というところまで閉店までに終わらせた。
黒いサフに塗られたカンパネラは、それだけでも生きているような雰囲気を醸し出していて、我ながらうまくいったと思った。
ナディとサティの二人も、驚いた表情で見入っていた。
だが、このままってわけにはいかないので、声をかける。
「それじゃ、しばらく時間を置くから」
そう言って、夕食の準備をするために台所へ歩き出すと、まずサティがはっとした表情になった。
「はっ、いけない。モフモフタイムが減ってしまうわ」
そう言って、そわそわしつつ外に向かって歩き出す。
恐らくお目当てはクウだろう。
あの魔性のモフモフの前に、サティの強靭な精神をもってしても抵抗は難しいのだろう。
罪作りな犬である。
そして普段なら一緒に行くはずのナディに動きはない。
「もう少し見てていいですか?」
その真剣な表情に、少し圧倒された。
その表情に、僕は見覚えがある。いや、目つきと言ったほうがいいだろうか。
それは、少しでも見ることで何かを得ようとする、貪欲な目だ。
そう、それは職人の目だった。
それに気が付き、僕は心の中で苦笑した。内心、まだどこか「貴族の道楽」という感覚があったのかもしれない。
だが、今までの態度と真剣なまなざし、それに職人としての才能。
そして、今の職人としての目。
それは間違いのないものだ。
本当に驚かされる。
かつて師事した、先輩とも呼べる造形師の言葉が、すとんと心の奥に落ちた。
「お前も師事を受ければわかるよ。こいつは本気だとか、才能あるとかさ。そして、教えたことは、そいつの血と肉となって、造形師にならなくても、そいつの人生の一部となっていくってさ」
まさにその通りだと思った。
そして、より決意する。
向こうの世界ではシリコンや塗料はない。だから、こっちで学んだことが向こうの世界ではほとんど役に立たないかもしれない。
だけど、それはまったく役に立たないわけではない。
職人として、造形師として、そして人生の中できっと役に立つことがある。
そう実感したのだ。
だから、言う返事は決まっている。
「ああ、構わないよ。ただ触らないでね。乾いていないところがあるから」
「はい。わかりました」
「じゃあ、食事が出来たら呼ぶからね」
「はい」
そう言って、ナディは口元に手をやって、ぶつぶつ言いつつ見入っていた。
「あ、ここは……」「そっか、ああすることで……」
今まで見てきた製作過程を思い出し、点と点を繋げて線にしていく。
そんなナディを微笑ましく見ながら、僕は夕食の準備をするために台所へと歩き出した。
あれなら、きっと頭をフル回転させているだろうから、デザートに少し甘めのものでも出そうかなと思いつつ。
その日の夕食は、鶏肉と豚肉の揚げ物にした。
鶏肉と豚肉のいろいろな部位を、とんかつ風に一口サイズにして揚げたものだ。
大きな皿にキャベツの千切りの山を中央に盛り、その周りを各種の揚げ物で囲むように盛り付けていく。
一応、かけるものとしては、とんかつソース、味ぽん、味塩、マヨネーズ、トウガラシなどを用意。
あとは、ご飯と、カレー風味の細かく刻んだ人参と玉ねぎ、ベーコンの入ったスープ。
それにデザートはヨーグルトだ。
なお、ヨーグルトには好みに合わせて、はちみつ、イチゴ、ママレード、梅のジャムを並べておく。
頭を使って当分必要なナディはたっぷりかけれるようにね。
そして、全ての準備が終わると、声をかける。
「ご飯だよ~」
そう声をかけると、ナディもサティもすぐに来た。
やはり、冷えると料理のうまみが減るからね。
温かいのはご馳走だということである。
なお、二人のおかずの皿とご飯のお椀は少し大きめにしてある。
「今日も美味しそう」
「本当ですね、お嬢様」
そう言いつつ、二人は顔を近づけて小声で話す。
「でもここにきて、ご飯が美味しすぎてヤバいかもしれないわ」
「ええ。その通りです、お嬢様」
二人とも真剣な表情である。
なお、小声も実は聞こえているが、タブーには触れない主義なのでスルーして、聞こえないふりをする。
僕は、進んで地雷原に入るような度胸はないのだ。
人は、知らないほうがいいことが得てしてあるのである。
そして、それと同時に、スルーしたほうがいいことも。
ああ、平和って大事だね。本当に。
そんなことを思いつつ、二人に声をかける。
「温かいうちに食べようか」
その言葉に、二人は実にうれしそうに返事をする。同意の言葉を。
その顔には、もう深刻そうな表情はない。
心底、食事を楽しもうという気持ちがあふれていた。
そう、明日のことは明日考えればいいのだ。
うんうん。
人、それを先送りという……。
そして、食事が終わった後、食後のお茶を飲みつつ二人に言う。
「明日は定休日で買い出しに行くけど、どうする?」
要は、買い出しの日で、本土に行くけどどうするかという事だ。
まぁ、少しめんどいとは思うけど、こっちの世界の生活や文化に触れて欲しいなと言う気持ちもある。
だから、聞いておくことにしたのだ。
「できるなら、一緒に行ってみたいです。ですが、お金が……」
そうなのだ。
二人とも、こっちの世界のお金に変えるために貴金属や宝石は準備しているけど、こっちのお金に変えてくれる取引先の片岡さんや堂本さんは、まだお店に顔を出すという連絡は来ていないので結局そのままなのである。
まぁ、こっちから連絡をしてもいいけど、すぐに来れるほど彼らも暇じゃない。
事前に連絡は必要なのだ。
「ああ。心配しないで。立て替えておくから」
そう言うと、二人の沈みかけていた表情が輝く。
いや、本当にまぶしいくらいに。
「本当ですか?!」
「ああ、大丈夫だよ」
すると二人は手を取り合ってキャッキャし始める。
「初めての異世界よ。とんな感じなのかしら?」
「ええ。初めての事ですから、とてもたのしみです」
「そうよね。それに知らない機械とか、道具もあるだろうし」
「あと、おいしそうな食べ物とかも」
二人共、どうやらとてつもなく楽しみにしていたらしい。
まぁ、僕も向こうの世界を案内された時、テンション上がったからなぁ。
もっとも、貴族の面倒くささは辟易したけどね。
そんな事を思い出しつつ聞く。
「じゃあ、明日はお出かけでいいかな?」
「「はいっ。よろしくお願いします」」
二人の声がタイミングよく重なって、お嬢様と専属メイドのはずなのに、まるで仲の良い姉妹のようだ。
ついつい微笑ましく見てしまう。
「じゃあ、明日はよろしくね」
僕はそう言うと夕食を片付け始める。
そして、今夜のうちに、カンパネラのベース塗装だけは終わらせておくかと、食器を洗いながらこの後の製作過程を考え始めていたのであった。
今日のお話はどうでしたか?
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次回もお楽しみに。
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