アマリリスの妹 その6
翌日以降もお店をサティに任せて、依頼品の製作を続けている。
もちろん、夜の時間もだ。夕食後から入浴までと、寝るまでの時間を合わせて三~四時間。短いようで、積み上がると大きい。
昼に大まかに作った部分を夜に修正して仕上げ、翌朝それを見たナディが唸る――そんな流れになっていた。
なお、さすがに夜の時間はナディは参加しない。
本人は参加したがったが、「映画が見られなくなるよ。それに朝起きられないでしょ?」と言うと、悔しそうな顔をしつつも素直に引き下がった。
夕食後の映画鑑賞は、今や二人の一番の娯楽になっているらしい。
まぁ、わかる。
僕も映画やアニメにのめり込んだ時期があるし、好きが高じてBDやDVDを買い漁った結果、そこそこの数になっている。
島で他にこれといった娯楽がないなら、なおさらハマるのも当然だ。
あ、ハメたんじゃないよ。
ただ良さが伝わればと思って見せただけだ。結果として二人が沼に落ちただけである。
『ふっふっふ……沼へようこそ』
……と、思考が逸れたが、作業はそんな感じで進んでいく。
今回は、前回の二羽の鳥の時より時間も手間もかかっている。
まぁ、価格が違いますからね。
なんせ、かなりカスタマイズしてるし。
で、昼の開店時間に作業室で大ざっぱに作った部分を、夜に仕上げるという形になったおかげで、毎朝、仕事が始まると作業室でナディは感嘆の唸り声を上げる羽目になる。
「あー、仕上げるとこうなるのか……」
そう呟きながら仕上がった部分を食い入るように見て、時には指で触って驚いたり唸っていたりする。
僕はそれを見つつ苦笑し、別の部分の作業に入るという流れである。
そんな流れが三日続いた。
相変わらずお店に来店者はなく、いつもの時間にやって来てはいつもの場所で見本に見入って悲しそうに肩を落として帰っていく常連さんぐらいがいる平和な日々。
今日もそういう平和な日々になると思っていたが、今日はそうはならなかった。
お昼にゴボウ天肉うどんと稲荷寿司のセットを食べて、さて作業を始めるかと思っていたら、来店者があった。
アントルメ伯爵夫人とアリサちゃんである。
「いらっしゃいませ」
そう言ってカウンターで出迎える。
「ふふっ。お邪魔するわね」
アントルメ伯爵夫人がそう言って楽しげに言うと、後ろからアリサちゃんがひょこりと表れて淑女の挨拶をする。
「こんにちは」
少しぎこちないものの、すっかり淑女といった感じだ。
もっとも、本来の可愛さもあってか、凛々しいよりもかわいいという要素が強いのは仕方ない。
そんなアリサちゃんの様子に、アントルメ伯爵夫人も実に嬉しそうだが、敢えて口元に扇を広げて隠している。
もっとも、目が細くなって目尻が下がっており、嬉しそうなのを隠せてない。
あー、本当に娘大好きなんだろうな。見ただけでわかってしまう。
そんなことを思いつつ聞く。
「本日は、どうなさいましたか?」
そう聞くとアリサちゃんがさっきまでの淑女の仮面を外して、年相応の少女の表情で言う。
「えっとね、カンパネラどうなっているかなって……」
少しドキドキしているのだろう。必死な感じがする。
そんな娘を横で少し苦笑気味で見ているアントルメ伯爵夫人。
あー、これは娘にせがまれて来たってところか。
そういや、アマリリスの時も、結構様子見に来てたよなぁ。
つまり、血は争えないということだろう。
多分、僕も何回か見に来てたけど、母はこんな気持ちで見ていたのか……なんて思ってそうだ。
「まだ、色は塗ってないけど、ほぼ形は出来ているよ。見てみる?」
その言葉に、アリサちゃんは「やったー」という表情だ。
多分、塗装に入っていたらサプライズのこともあるからどうしようかと思っていたのだろう。
タイミングがよかったね。
そう思いつつ、作業室から製作中のカンパネラを持ってくる。
銀のお盆に乗っている、まだ灰色の栗鼠。
だが、それを見た二人は声を上げた。
「すごいっ。かわいいっ」
「あら、いいじゃない」
二人とも熱心にカンパネラになるものを見ている。
そして、アントルメ伯爵夫人の髪の間からは、アマリリスが顔を出してじーっと造形物を見た後、ぴょんと跳ねて造形物の隣に移動した。
その後、じーっと造形物を見て匂いを嗅いだ後、二人の方を見た。
その様子を微笑ましそうに見ていたアントルメ伯爵夫人は優しく言う。
「アマリリス、あなたの妹よ」
その言葉が分かったのだろう。
アマリリスは、造形物を再度じーっと見た後、少し嬉しそうに跳ねて造形物の周りを何回かくるくる回った後、アントルメ伯爵夫人の髪の方に戻っていった。
「ふふっ。アマリリスも気に入ったみたいですわ」
「うん。アマリリス、今日こっちに来るって分かって、そわそわしてたもんね」
アリサちゃんがそう言うと、アントルメ伯爵夫人は笑って言う。
「あなたもでしょ?」
そう言われて、アリサちゃんは屈託のない笑顔を浮かべた。
「うん。でも良かった。すごく素敵な子になりそう」
そして、視線を僕に向けると頭を下げた。
「引き続き、カンパネラのこと、お願いします」
その言葉に、胸を叩いて答える。
「ああ。任せとけ。」
その会話を、ナディとサティは実に楽しげに見ている。
そして、気がつけば、みんなで笑い合っていた。
アリサちゃんがじーっと食い入るようにカンパネラを見ている様子を微笑ましく見ていると、アントルメ伯爵夫人が顔を近づけてきて聞いてくる。
「えっとね、少し頼みごとがあるのよ」
少し遠慮がちに小さな声でそう言う様子に、僕は「なんでしょう?」と聞き返す。もちろん、小さな声でだ。
「実はね、この前アリサに頂いた色鉛筆と塗り絵を、少し分けていただけないかしら?」
そう言われて、前回の時にアリサちゃんにプレゼントしたことを思い出す。
「ああ、気に入っていただけたみたいで良かったです」
「ええ。すごく気に入っていて楽しんでいるわ。でもね、それで少し困ったことになったのよ」
何が困ったことになったんだろう?
もう、塗り絵を塗り終わったのかな。結構な枚数をあげたから、そうそうなくならないと思ったけど……。
「えっと、それは……」
そう答えようとすると、後ろに控えていたサティが少し頭を下げて声をかける。
「紅茶をご用意いたします。あちらで話されてはどうでしょう?」
「あ、そうですね。立ち話もなんですから……」
そう言うと、アリサちゃんはこっちを見てニコリと笑って、「わたし、カンパネラ見てるから」と言い、再び造形物をじーっと見て楽しげに微笑んでいる。
きっと、彼女の頭の中では色付きのパンパドラが動き回っている様子が浮かんでいるに違いない。
うん、がんばって完成させなくちゃな。
そんなことを思いつつ、店内の休憩スペースとなっているテーブルにアントルメ伯爵夫人を案内した。
すぐにサティが紅茶を用意する。
そして座ると、アントルメ伯爵夫人が口を開く。
「実はね、親しくしている友人の娘さんが色鉛筆と塗り絵を欲しがって……」
そういう出だしから始まった話は、要は、親友が遊びに来てその娘さんとアリサちゃんが一緒に遊んだ際、その娘さんが塗り絵をすごく気に入ってしまったらしい。
それで察してしまった。
あー、そういうことか……。
ちらりとナディを見ると、やっぱりな、という顔をしている。
おい、分かっていたなら先に言ってよ。
……なんて言って文句を言うわけにもいかず、確か……と記憶をたどる。
そして、笑って言う。
「分かりました。予備の色鉛筆がありますから、もうワンセット用意しましょう」
そう言うと、アントルメ伯爵夫人は僕の手をぎゅっと握って言う。
「私の学生時代にすごくお世話になった姉のような方なの。だから、本当に、本当に助かるわっ」
なんかすごく必死な感じが……。
うーん、あの世界にも百合文化みたいなのがあるのかなぁ。
そんなことを思ってちらりとナディを見ると、なんか頷いていた。
あー、あるのね、そういうのが……。
そんなことを思っていたら、アントルメ伯爵夫人がさらに言いにくそうに言う。
「それでね……えっと、よければなんだけど……」
もうこうなったら、毒喰らわば皿までである。
「なんなりと言ってください」
そう言うと、アントルメ伯爵夫人はぱーっと花が咲いたように笑顔を浮かべた。
あ、さすが親子だ。アリサちゃんにそっくりである。
あ、いや、逆か……。
と、そんなことを思っていると、アントルメ伯爵夫人はとんでもないことを言い出した。
「あと、出来れば、私とおねぇさまの分も……」
僕の後ろでナディが爆笑していた。
くっ。そこ笑うところじゃないだろうがっ。
しかし相手はお客様だ。それもかなり太い。
ふう……。息を吐き出して言う。
「分かりました。でも、追加の二セットは今は用意できません。ですから、完成の時でよろしいでしょうか?」
「もちろんですわ。本当にありがとう」
僕の手を握って、ぶんぶん振り回す。
いや、なんかこういうの、アリサちゃんならやりそうな感じだなとか思ったが、よく考えたら親子だからな、と納得してしまっていた。
今日のお話はどうでしたか?
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