アマリリスの妹 その5
翌日、いつものように朝食を済ませて開店した後、お店をサティに任せて作業室に入る。
勿論、昨日洗浄して準備した素体と、それに使う塗料なども用意しておいた。
そして作業台に、それらをひとまとめに入れた金属製のトレイを置き、カルテを確認する。
カルテとは、正確に言うと製作依頼の際に取り決めた注文みたいなものだが、僕はカルテと呼んでいる。まぁ、間違ってはいないと思う。
それと一緒に、しまい込んで保存していたアントルメ伯爵夫人の依頼を書き込んだカルテも出す。つまり、アマリリスのカルテだ。
それを見つつ、カンパネラのカルテに注意事項を追加記入していく。
その作業を横で見ていたナディは、思わずといった感じで聞いた。
「えっと……何をしているんですか?」
その問いに、僕は視線を彼女に向けて笑って答える。
「ああ、ごめんね。説明してなかったよね。修正点の確認をしているんだ」
「でも、アリサちゃんはそんなところまで言ってなかったですよね」
書き込んでいる内容を見て、ナディが再度聞く。
それはそうだろう。追加で、手の部分は細くとか、尻尾の先は軽くウェーブが付くようにとか書き込んでいるのだから。
それを行うという事は、ベースのものをさらに色々加工しなければならないという事だ。余計な事をしているとでも思われたのかもしれない。
でも、これは自分では重要な事だと思っている。
だから、答えた。
「ああ、確かにその通りだよ。でもさ……」
そこで一旦言葉を切って、微笑んで続ける。
「カンパネラってアマリリスの姉妹だろう? ならさ、似ているのはおかしなことじゃないだろう?」
そう言われてナディは気が付いた。
アマリリスは確かに展示されているリスのガレキをベースにしているが、それとはかなり細かな違いがある事に。
「あ……」
思わずといった声がナディの口から漏れる。
その細かな違いこそがアントルメ伯爵夫人のこだわりのポイントであり、唯一無二の個性を生み出しているのだと。
そして、言われた点だけを注意して作った場合、恐らくカンパネラとアマリリスはあまりにも違うことになってしまうだろう。
そうなると姉妹とは見えないだろうし、それはアリサちゃんの希望とは大きく違う。
彼女が欲しているのは、アマリリスの妹であるカンパネラなのだ。
だから、少しでもそれに沿ったものを作りたい。
これは僕のこだわりである。
勿論、普通に作ってもいい。そういう注文なのだから。
だけど、それではお客様は満足しないだろうし、なにより僕が納得できない。
僕はただのカンパネラを作るんじゃない。
アマリリスの妹であり、アマリリスの姉妹であるカンパネラを作るんだ。
だからこそ、アマリリスとカンパネラは、誰が見ても姉妹に見えるようにしたい。
それを表現したいんだ。
どうやら、ナディもその考えがわかったらしい。
一瞬驚いた顔をしたものの、くすくすと笑った。
「すごいですね」
少しからかう口調。
だが、その言葉に含まれるのは、感心と尊敬。
職人とはこうあるべきだとでも思ったのかもしれない。
「まぁ、これは僕のこだわりだけどね」
一応、そう言っておく。人によってはこの行為を余計な事と考えてしまうかもしれないからだ。
その言葉に、ナディは目を細める。
「すごくいいこだわりだと思います」
その言葉に少し照れ、慌ててカルテの方に視線を戻す。多分、にやけ顔になっているだろうから。
「でも、全く同じにするんですか?」
少し考えた素振りを見せて、ナディは気になっていたのかそう聞き返す。
「いいや。もちろん、個性を付けるよ」
「その際にはどんなことを参考にするんですか?」
「そうだねぇ……」
僕は少し考えて答える。
「そうだなぁ。今回の場合だと、アリサちゃんを参考にするかな」
そう言って、カルテに挟まっている色彩指定のものとは違う線画に、修正案を実際に書いていく。
「そうだな。アマリリスは少し目が細めだから、アリサちゃんに合わせて目を少し大きめにしていこうと思う。それに耳を少し大きめにして、可愛さを強調しようかなとね」
そう説明すると、なんか思いついたのだろう。
ナディはわかったような表情をした。そして口を開く。
「あー、なるほど。しっかりもののアマリリスと、少しのんびりしたカンパネラって感じですか?」
「お、いいね。そういう要素も姉妹っぽさが出るね」
「でしょう?」
気が付くと僕とナディは、いろいろ意見を出し合っていく。
いやはや、実に楽しい。
気が付くと線画には、いろんな注意点、改修点が書き込まれていた。
そして、それを少しずつまとめていく。
こうして、カンパネラの改修ポイントが決定したのであった。
昼食が終わり、午後からは改修ポイントを実際に加工していく。
勿論、少しずつ全体のバランスを取りつつである。
なんせ、一か所を突出させて製作すると、その部分は良くても他の部分とはバランスが取れず、うまくいかない事があるからだ。
なお、お昼は朝に準備していたとんかつを揚げて、味噌汁、サラダ、デザートのヨーグルトを付けたとんかつ定食である。
ふたりは相変わらず気持ちよく食べてくれる。うんうん。うれしい。
でもそろそろ買い出しに行かないと拙いかもしれん。予想以上に食料の減りが早い。
一応、僕基準で三人前+αで用意していたはずなんだけどなぁ……。
でも二人とも機敏に仕事してくれるし、海岸でワンコと運動したりしているので、あれくらい食べて問題ないんだろうな。
そう思っておくことにする。
いや、体重関係の事を女性に色々言うのはタブー、というのは人付き合いが下手な僕でもわかる事だからねぇ。
おっと、思考がずれた。修正、修正っ。
というわけで、バランスを取りつつパテを盛ったり削ったりをして、仮組を何度も繰り返していく。
実に地味な作業だ。
だが、その作業もナディは食い入るように熱心に見ている。少しでも見て何かを得ようという貪欲な視線だ。
なんか、すごく恥ずかしいというか照れてしまうなぁ。
でも、それを気にしたら負けだし、相手に失礼だ。少しでも彼女の糧になるように、こっちも頑張らねば。
そう思って、集中して作業を続ける。
そして気が付くと三時を回っていた。
ざっと二時間近くやっていた事になる。
「少し、一息入れようか」
そう言うと、ナディはほっと息を吐き出して緊張を解いた。すごく集中していた事がわかる。
「すごく熱心に見てたね」
「ええ。すごく勉強になりますから。それに見つつ、あー、こうすればこうなるのか。もし私がするなら……とか考えてみていると、失礼かもしれませんが、飽きないし、楽しいんですよ」
その言葉に、僕はすごいなと思う。
そして、前回の新作作成時にも感じた事だが、彼女には才能があると再度認識したのだった。
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