アマリリスの妹 その2
色以外も次々と決めていく。
母親似だろうか。
きちんと希望を伝えてくれる。
本当にありがたい。
そのほうが形にしやすいし、後日「イメージと違う」といったトラブルにもなりにくい。
もっとも、こだわりがないわけではない。
流石親子という感じで、こだわる点はこだわっている。
だが、こだわりはあるものの、母親と違って頑なという感じではない。
その点も助かっている。
全ての確認が終わったところで、事前に出力しておいた線画に色鉛筆で彩色して見せる。
「お嬢さんの希望だと、こんな感じなんだけど……」
と、そこで気づいた。イメージ決定のために使っている色鉛筆と線画に、アリサが食い入るように見入っている。
あれ、もしかして……。
ふと思うことがあって、こっちの仕事ぶりを見ているナディをちょいちょいと呼び、小さな声で聞いてみる。
「えっとさ、向こうの世界って塗り絵とか色鉛筆とかあるの?」
その問いに、ナディは聞き返す。
「色鉛筆はないけど、それより塗り絵ってなに?」
あー、決定だ。
どうやら向こうの世界には塗り絵がないらしい。
そういえば、以前向こうの世界に滞在した時、鉛筆も見なかったから鉛筆自体がないんだろう。
もっとも筆とペンはあったけど。
そこで続けて尋ねる。
「じゃあさ、向こうでは絵を描くとき、どうするんだ?」
「そりゃ、木炭を使って大まかな形を取って、絵の具で描くに決まってるだろう」
木炭を布で巻いて使う段階で技術が止まっているのか。
なるほどね。
そういえば……。
ふと思いつき、「ちょっと待っててね」と言って奥の部屋へ行く。
予備の色鉛筆があったはずだ。
それと、色彩見本用に各モデルの線画も何枚か印刷してあるからまとめて綴じて、それを持って戻る。
そして、色鉛筆で塗った彩色見本の線画を穴があくほど見ているアリサに聞いてみる。
「どう?」
目をキラキラさせて、アリサがうんうんと頷く。
「すごくいい。これでお願いします」
そう言ったものの、手に持った線画をじーっと見ている。
すごくワクワクした表情だ。
あれだ、すごく面白そうな玩具を目の前にした子ども、というやつである。
あ、もちろん、アリサちゃんは子どもだけど。
こういう年相応の反応をされちゃうと、かわいくて“ちゃん”付けしたくなるが、それは心の中だけにしておく。
相手は子どもといっても貴族令嬢。
お客様である。
節度は大事だ。
うん、だから心の中だけで抑えておこう。
「では、いいかな?」
そう言って手を出すと、残念そうな顔で線画を返してくる。
いやぁ、罪悪感がすごい。
なんかこっちが悪いことをしているみたいだ。
後ろで見ていたナディが、ちらちらとこっちを見る。
その表情は、「どうにかしてあげてよ」と言っているようだ。
サティは奥でアントルメ伯爵夫人の相手をしている。
もちろん元暗殺者ということで、こっちにも気は配っているだろうが、いきなり横からいろいろ言うのは拙い。
ここは我関せずを貫いているのだろう。
だから、ナディに目配せをして、用意してきたものをちらりと見せる。
それを見て、ナディがくすりと笑った。
視線をアリサちゃんに向ける。
少し悲しそうな、残念そうな顔だ。
「そんなに気に入ったのかい?」
「うん。こういうの、初めてだから……」
「そうか。やってみる?」
そう言うと、ぱーっとアリサちゃんの顔が明るくなった。
「うんっ。やってみたいっ」
その返事を聞き、用意したものを彼女に手渡す。
いろんな動物の線画をまとめたものと色鉛筆。
どちらもこっちの世界では実に大したものではない。
色鉛筆だって普通に売っている安いものだし、線画だって完成品をスキャンして簡単な線画にして印刷したものだ。
だが、アリサちゃんにとってはとんでもないものに感じたのだろう。
ちらちらと手渡されたものと、こっちを見ている。
「えっと、いいの?」
「ああ、いいぞ」
「ありがとう、おじさん」
実に屈託のない笑顔だ。
だが、心にはダメージがガッチリ入る。
後ろでナディがくすくすと笑っていた。
くっ。
だが、この時、ひとつ妙案が頭に浮かんだ。
これならいいかも。
「そうだ。お嬢さんにお願いがあるんだ」
その言葉に、アリサちゃんが「えっ?!」という顔になった。
だが、そんなアリサちゃんを見つつ笑って言う。
「どうせなら、“おじさん”じゃなくて“お兄さん”って言ってくれると嬉しいな」
その言葉に、一瞬、きょとんとした後、アリサちゃんは笑った。
「うん、わかった」
いい返事だ。これでダメージを負わなくて済む。
そんな事を思っているとアリサちゃんは屈託のない笑顔で言葉を続けた。
「そういえばお母さまが言っていたわ。相手と会話する際は年を若く言ったほうがいいって。こういうことなんだね」
ぐさーーーっ。
それはそうなんだけどさ。相手を目の前にして言われると、ダメージがぁぁぁぁぁっ。
そして、後ろではナディが腹を抱えて笑っていた。
おいっ。いちおう君も貴族令嬢だろう?
それでいいのか。
と、心の中でだがそう突っ込んだが流石に口にはしなかった。
それが大人と言うものだ。
そう自分に言い聞かせて。




