アマリリスの妹 その1
昼食後も作業の続きのつもりであったが、午前中の作業の確認をしていたら、玄関の鈴が鳴った。
どうやら来客のようだ。
いつもの常連さんが来る時間ではないし、製作依頼も受けていないので、新規のお客かもと思って作業室を出てカウンターの方に向かう。
すると、玄関のドアを開けて豪華な衣装を身に着けた赤髪の女性と黒髪の少女が入ってくるのか見えた。
「あ、いらっしゃいませ」
そう言うとカウンターに入る。
サティが自然と後ろに下がる。
表情は硬く、使用人モードといったところか。
まぁ、この方相手ならそうなるか。
そんな事を思いつつ、相手の方を見る。
この女性、年はナディと同じくらいだろうか。
ウェーブのかかったロングの赤髪を後ろに豪華な髪留めでまとめ、上品で豪華なドレスを着ている。
装飾品も豪華といったところか。
この女性を自分は知っている。
なんせ以前、この人の使い魔を作ったのだから。
アントルメ伯爵夫人。
半年ほど前、パトロンの紹介で、リスの使い魔を作った相手で、かなりこだわりのある方で製作は大変だった記憶がある。
まさか、トラブルでもあったかな。
少し不安な気持ちになる。
だが、それが顔に出ていたのだろう。
「心配しなくても、アマリリスは元気ですわ」
そう言って扇を開いて口元を隠す。
すると彼女の髪の毛の中から、小さなリスが顔を出した。
自然界にはあり得ない赤紫色のリスだ。
なお、わかるかと思うがアマリリスは、このリスの名前だ。
「ふふっ。さぁご挨拶なさい」
その言葉に、アマリリスはぺこりと頭を下げる。
おうおう、自分で作ったものではあるが、相変わらずかわいいなぁ。
そんな事を思ったものの、なるべく顔には出さないようにして聞き返す。
「では、今日は何を?」
アントルメ伯爵夫人の視線が動き、店内の展示物を物珍しそうに見ている少女に向けられた。
顔立ちは伯爵夫人にそっくりで、すぐに娘だと判る。
「ええ。実は間もなくあの子が七歳の誕生日を迎えるの。だからね、一つお願いしたいのよ」
その言葉には心配する母親の気持ちが滲み出でいた。
確か、貴族の子供は、七歳になると翌年から貴族の学校に行かなければならなくなるはず。
だから、大抵の貴族は子供の七歳の誕生日に使い魔を贈るらしい。
自分だけの使い魔を持っているという事は一人前の証であり、より良きものを持つという事は貴族としてのステータスであり、学校内の発言権にもかかわってくるからだ。
だからこそ、子供により良きものをと考える者は多かった。
まぁ、どの世界でも、子を思う親の気持ちは一緒という事だろう。
「わかりました。それで、お嬢様はどういったものをご希望されているのですか?」
そう言うと、多分それが聞こえたのだろう。
展示物を見ていた少女がこっちに駆け寄ってこようとする。
それを見て伯爵夫人は困ったような顔になった。
「これっ、アリサっ、淑女たるもの走り回ったりしてはいけません」
そう言われて、慌てて駆け出していたのを歩きに変えると上品に歩いてこっちに来た。
いやはや、貴族というのも大変だな。
そんな事を思いつつ、心の中で苦笑する。
で、カウンターに来たアリサは母親である伯爵夫人の方をチラチラと見ると言いにくそうにもごもご言っている。
要は、隣に母親がいると言いにくいのだろうか。
そんな事を考えて、サティの方を見る。
どうやらサティの方もそれがわかったようだ。
お茶の準備を始めていた。
いいぞ。
では、こっちも……。
「多分、少々時間がかかると思いますので、少しあちらでお茶でも飲んでお休みになられてはどうでしょうか?」
そう言われてふと思い出したように言う。
「そう言えば、私の時も色々決めるのに時間かかったわね」
いや、あの時は、あなたが無茶苦茶こだわったので時間がかかっただけです。
そう突っ込みたかったがそれを言うわけにはいかず、笑って誤魔化す。
そして、サティがお茶を用意すると隅のテーブルと椅子のある所へ案内する。
「じゃあ、向こうにいるから、きちんと決めなさいよ」
「はい、お母さまっ」
アリサはそう言うとこっちを向いてニコリと笑った。
そして、小声で言う。
「ありがとう、おじさんっ」
いや、おじさんって……。
俺はまだ二十代だっ。
おじさんじゃないっ。
そう言いたかったがグッと我慢する。
すると後ろの方でくすくす笑う声が漏れていた。
ナディである。
後ろでどうやら成り行きを見ていたらしい。
後ろを振り向いてぎろりと見返す。
するとナディは益々楽し気に忍び笑いを漏らしている。
くそっ。後で見てろっ。
そういう気持ちを込めて睨みつけた後、アリサの方に顔を向けた。
勿論笑顔でだ。
おじさんと言われたことはスルーする。
うん。大人の対応ってやつだ。
ともかく、今は話を包めなければ……。
「で、どんなのがいいのかな?」
その問いにアリサは楽しげに笑った。
「ママのとおそろいのがいいの。アマリリスの姉妹が私の使い魔になってくれたらいいなって思ってるの」
その言葉に、ピンときた。
この子は、厳しいながらも優しい母親が大好きなのだと。
そうでなければ母親と同じものをとは言わないだろう。
それに多分、素直にそれを言うのが恥ずかしいのだろう。
段々と大人になっていくと、無邪気に大好きといえなくなっていく。
照れと恥ずかしさが大きくなっていくからだ。
「そうか。いいね。じゃあ、ベースモデルはアマリリスと一緒のでいいね」
「うんっ。でね、色だけは変えて欲しいの」
無邪気に言うアリサに、笑いかけて聞く。
「何色にするんだい?」
その問いにアリサは照れたように言う。
「うんとね、お母さまの髪の色の赤をしてて、所々黒色が入っているといいな」
「黒い色って、お嬢ちゃんの髪の色?」
「うん。私の髪の色」
そう言えば、伯爵夫人がアマリリスの作成の時に来られた時、色にすごくこだわっていた事を思い出した。
だから聞いておく。
「もしかして、おばあちゃんの髪の色は紫っぽい色だった?」
その言葉に、アリサは驚く。
「えっ?!なんでわかったの?確かに今のおばあさまの髪は白だけど、若い頃は紫に使い色だったって。さすが、おじさんすごいね」
悪気がないから質が悪い。
本当に……。
ぐっ。
言葉に詰まる。
なんか後ろでくすくす笑いが大きくなったような気がしたが、気にしたら負けだ。
うん。負けだ。
ぐっと我慢して、微笑んだ。
「偶々だよ」
そう言いつつも、心の中で微笑む。
多分、君のお母さんもおばあちゃんの事大好きだったんだよと。




