新たな同居人 その1
そして――
サバラエティ公爵の妹君が、弟子入りのために一週間後、やって来た。
メイドを伴って、である。
妹君の名はナディア・リフォン・サバラエティ。
相変わらず美しく、そしてまるで男装の麗人といった雰囲気だ。
「ふふふっ。楽しみで楽しみで、昨夜はなかなか寝つけませんでしたわ」
と、にこやかに言ってくれる。
……これは喜ぶべきところ、なのだろうか?
こちらは不安で眠れなかったというのに。
どうしても、つい苦笑いで対応してしまう。
ナディアの後ろには、眼鏡をかけた黒髪の女性がひとり。年の頃は二十代後半といったところだろうか。
彼女はメイド服を着て、静かに立っていた。
いかにも「クールビューティ」という雰囲気で、会社にいたら「できる女」と見られていそうな感じだ。
――なお、元・暗殺者らしいが、そこは深く考えないことにする。
あっちの世界、なにかと物騒だしな……。
彼女と目が合うと、軽く頭を下げられた。
「えっと……ようこそ」
なんとかそう言って、言葉をつなげる。
「それで、荷物は?」
と尋ねると、ナディアはにっこり笑って答えた。
「必要最低限のものだけですから、これだけですわ」
そう言うと、メイドが店の外に止めてある馬車から、大きめのトランク――というか、キャリーバッグのようなものを4つ、店内へと運び込んできた。
……いや、普通の感覚なら「多い」と思うだろう。
けれど、公爵家の関係者にしては、むしろ少ないほうではなかろうか。
以前、一度だけ首都に案内された際、三日間の視察旅行に同行したことがあるが、その時の荷物は馬車一台分を超えていた。
それを思えば、今回は「しばらく住む」前提でこの量なら、確かに少ない。
「意外と少ないですね」
そう言うと、ナディアはまた笑って答えた。
「ええ。本当に必要最低限にしましたの。あとは、必要になったらこちらで買い足そうかと」
――なるほど、そういう手があったか。と気づいた瞬間、血の気がすっと引く。
……ってことは、ナディアを連れて街中を案内しなきゃいけないってこと!?
めちゃくちゃ目立つじゃないか。
ただでさえ、静かに、目立たず暮らしたいと思ってるのに……。
慌てて口を開く。
「で、ですが、こっちのお金は……」
「大丈夫ですわ。確か、こちらの通貨に両替してくれる方がいらっしゃると聞いています。その方にお願いすればよろしいのでしょう?」
ああ……よく分かってらっしゃる。
たぶんサバラエティ公爵あたりから話を聞いてるんだろうな。
どうやら、両替用の貴金属や宝石もしっかり持参してきているらしい。
準備が良すぎる。
もう、今さら「なかったこと」にはできない。
腹を括るしかない。
「では、ずっとここで話しているわけにもいきませんし、お部屋にご案内します。えっと……」
ふと、名前の呼び方に困る。
フルネームは知っている。でも、貴族には呼び方の作法もあるし……。
そんな迷いが伝わったのか、ナディアはくすくすと笑いながら言った。
「普通にナディアと呼んでくださいな。ここでは貴族としての立場は関係ありませんから」
なんとも楽しげだ。
それから、彼女はそばに立つメイドに視線を向ける。
「彼女は、サティア・ラベンドリー。私の護衛兼、専属侍女です」
紹介を受けて、サティアは無表情ながら、まるで教科書のように完璧な礼をしてみせた。
礼儀作法の教材ビデオで見たような、あの礼そのものだ。
「サティとお呼びください。一通りのことはできますが、こちらの道具や習慣には不慣れですので、ご指導をお願いいたします」
「は、はいっ。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
思わず、こちらも頭を下げていた。
それを見ていたナディアが、悔しそうに地団駄を踏む。
「あーっ、サティだけずるいっ! 抜け駆けしないって言ってたのにー!」
その視線がこちらに向けられ、ナディアがずいっと距離を詰めてくる。
「では、私のこともナディと呼んでくださいませ」
顔が、近い。
めちゃくちゃ近い!
顔が熱くなるのが自分でも分かった。
後ずさろうとしたけれど、後ろにはショーケースがあって逃げられない。
「あー、あー、わ、わかりましたからっ!」
そう言うと、ナディは満足そうに笑って、ようやく距離を取ってくれた。
――ああ、心臓に悪すぎる。
美女に迫られるなんて、人生で一度もなかったというのに……。
ふぅ、と息を吐いて、気を取り直す。
さて、それぞれの部屋へ案内しよう。
サティが馬車に戻って荷物を持ちに行く間、ドアにつけられた鈴を外して、いつもの壁に掛ける。
すると――
ガラス越しに映っていた外の風景が、すっと変わった。
こちら側の、本来の景色へと。
その様子を見て、ナディアもサティも目を丸くする。
「さすが、“国宝”と呼ばれる時空ずらしの鈴ですわね……」
ナディアの、思わず漏れた一言にぎょっとする。
え、これってそんなにすごいアイテムだったの……?
確かに便利ではあるが、あちらの世界でもそこまで特別なものだったとは知らなかった。
……うちにあって大丈夫なのか?
少し不安になるが、これがないと向こうと行き来できない以上、仕方ない。
深く考えてもどうにもならない。
開き直るしかない。
「では、お部屋にご案内します、ナディア様」
そう言って荷物を二つ手に取る。残りはサティが持ってくれるようだ。
なるべく大きくて重そうな方を選ぶ。
ちらりとこちらを見たサティが、微かに笑った。
あ、可愛い。
クールビューティなのに、ちょっとした笑顔が妙に胸をくすぐる。
……と、気づけば、ナディアの鋭い視線が刺さっていた。
「ナディアではありません。ナディですっ!」
ぷいっと怒った顔が、また絵になる。
「え、えっと……、一応その、ですね……」
「ナ・デ・ィっ!」
「……ナディ……様……」
「“様”もいりません! ナディっ!!」
くっ、怒った顔も美しいが、正直怖い……!
その端正な顔立ちが、余計に迫力を増している。
「わ、わかりました。ナディ」
ようやくそう答えると、彼女は満足げにうなずいた。
「よろしい。いいですか? もう一度“ナディア”なんて言ったら、罰を与えますからね」
……罰って何!?
何をされるの!?
もやもやした不安だけが沸き起こる。
だが、それを押し込めつつ、二人を部屋に案内するのであった。




