妹襲来
一週間後、約束通りサバラエティ公爵は来店してきた。
「やぁ、待っていたかな?」
相変わらず親しい友人に向けての挨拶のような第一声だった。
まぁ、商品の代金(正確に言うと、その分の貴金属や宝石になるが)を持ってきてくれたのだから待っていたというのはあながち間違ってはいない。
しかしだ。
今回は待っていなかった。
そう断言できる。
だってさ、好奇心旺盛な妹君が来るという事になってしまっていたのだ。
望んではいない。
ええ、望んでいませんとも。
でもさ、強く断れない下請けの辛いところで、結局押し切られてしまったのである。
そして、当日、どうか妹君の気分が変わりますようにと必死に神様に願っていたのだが、どうも駄目だったようだ。
公爵と執事の後から店内に入ってきたのは、ズボンをはいた騎乗服みたいな服装をした年は二十半ばといった感じの金髪の女性だった。
少し性格はきつそうな印象の細い目とすーっと細い鼻筋。
そして、細く意志の強そうな眉に少し大きめの唇。
腰には細身の剣を下げ、すらりとバランスの取れたからだときびきびした無駄のない動き。
その動きは、間違いなく訓練されて者の洗礼された動きであった。
間違いなく、これは女傑と言っていい部類のタイプである。
確か、向こうの世界では騎士という職業があるから、さしずめ女騎士といった感じだろうか。
その姿は実に凛々しい。
こっちの世界では、普通の生活していたら絶対に見ないタイプで、間違いなく美人である。
まさに宝塚とかそう言った世界の住人と言って差し支えないだろう。
彼女なら、女性だって見とれてしまうだろう。
だから、思わず女性に見とれてしまい見入ってしまっていたのは仕方ない事だ。
ああ。本当に仕方ない事だ。
だが、そんな様子を見かねたのだろう。
サバラエティ公爵はわざと咳払いをする。
「うおっほん」
それで我に返った。
「あ、す、すみません……」
「ああ。構わんよ。まずは代金を手渡そう。そして。その後は、妹に店内を案内してやってはくれないかね」
その言葉に、「あ、はい」と短く返事を返す。
一応視線は公爵の方に向けてはいたが、彼女が気になってしまっていた。
だから、ちらちらと見てしまう。
もっとも、代金の確認は忘れない。
そのあたりはしっかりやったが、それでも気になるものは気になってしまうのだ。
そんな様子を公爵はニタニタ笑ってみている。
「気になるかね?ちなみにだ。あんな男勝りのせいでな、普通の男は裸足で逃げ出してしまって二十も半ばを過ぎたというのに未だに婚約者もいない有様だよ」
こっちの世界では、その年で独身の女性は珍しくない。
だが、向こうの世界では結婚はかなり早かったはずだ。
ましてや、貴族だと家の繋がり等もあり、幼いころから婚約者が決められている事も多いと聞く。
それを考えれば、かなり変わっていると言えた。
そんな事を思っていると、その言葉に店内を面白そうに見て回っていた妹君がムッとした口調で文句を言う。
「何を言うのですかお兄様っ。言うに事欠いて酷いではありませんかっ」
「事実を言っているだけなんだがなぁ」
そう言われて、妹君は少し涙目で言う。
「まだ会ったばかりの男の人の前で言うのはあんまりです」
「わかった。わかった。私が悪かったよ」
そう言われると機嫌を直したのだろう。
少し嬉しそうな顔になる。
「では、私の御願いを一つ聞いてくださいませ」
「まぁ、できることならな」
その返事を待ってたとばかりに妹君はずばっと言う。
「お兄様の使い魔と同じものが欲しいです」
どうやらぱっと店内を見て、公爵の使い魔と同じものがないことに気がいたのだろう。
なお、公爵の使い魔は、龍である。
西洋風の竜ではない。
東洋の龍の方だ。
どういったものにするか聞いた時、祖父が見せてくれた龍の絵が頭に残っていたのだろう。
だから、それで作ってくれという事になったのである。
つまり、向こうの竜とは全く違う形なのである。
だから、それを見た妹君が羨ましくなって言ったのだろう。
「かわいい妹の頼みでもそれは駄目だ」
公爵は即答する。
その余りにも早い返答に、妹君は唖然としたものの、すぐにむくれる。
だが、その雰囲気から兄に言ってもらちが明かないと思ったのだろう。
視線がこっちを向く。
「お兄様には聞いていません。この方に聞いているのです」
いや、矛先、こっちに向けないで。
確かに貴方の姿に見入っていたけどさ。
でも、巻き込まないで欲しい。
スルーしたくて視線を外したかったが、パトロンの妹君を無視するわけにもいかないからなぁ。
仕方ないのでふーと息を吐き出した後に答える。
「すみません。それは出来ない相談なんですよ」
「なんでよ?木かと石と違って複製が出来るんじゃないの?」
そう言われてちらりと公爵を見るとしかないなと言う表情で公爵が頷く。
それを確認してから、申し訳ないと思いつつも口を開く。
「確かに元となっている原型はあります。それを使えば複製は出来るでしょう。ですが、それは出来ないんですよ」
「だから何でよ?」
「契約したんです。あの造形は伯爵だけのものとすると……」
その言葉に、妹君は黙り込む。
魔法のある向こう側では、契約というのは、こっちの世界以上に厳格であり、絶対的なものだからだ。
それに約束した以上、造形師としてのプライドもある。
だから、どう言われようと複製は出来ない。
唯一複製をつくる時があるとすれば、今、公爵が従えている使い魔の原型が壊れて契約が解かれ、公爵が再度契約を結ぶために必要になった時だけだ。
そしてしばしの沈黙の後、妹君は口を開いた。
「わかりました。それだと仕方ないですね」
よかった。わかってくれたようだ。
ほっとした瞬間だった。
「では、私だけの為の造詣を作ってくださいませ」
妹君は実に楽し気にそう言ったのである。
「え?!」
思わずそんな声が出た。
公爵もまさかの言葉だったのだろう。
慌てて言う。
「それは、駄目だ。そう言うのはとんでもなく高いのだぞ」
いや、公爵が一方的に価格を決めてやっているので、どれくらいかは知らないが、昔、木や石を削って作っていた時は、一体一体がオーダーメイドという事もあり、いいものになればなるほどかなり高価であるのは知っている。
だから、使い魔を従えているのは、かなりの金持ちであり、魔力持ちでなければならない。
しかし、レジンでの複製である程度似たようなものが量産できるようになり、量産品ならかなりお手頃価格でこの前みたいに若い人やちょっと裕福な人でも手に入るようになったという話を聞いている。
もっとも、公爵の紹介がなければ、買う事は出来ないけどね。
だが、オリジナルであり、その人独占ともなれば、昔のオーダーメイド並みの、いや下手したら以前よりも能力が高い分、とんでもなく高い価格になってもおかしくないのである。
で、公爵が妹君耳元で価格をぼそりと言うと、妹君が唖然としていた。
「その価格が最低ラインだ」
「嘘でしょう?!」
「妹と言えど、それは変えられん。なんせ、国王陛下ともその価格ラインで取引したのだからな」
実際、公爵以外にも、数人、同じようにその方オンリーという契約で作った事はある。
だが、あまりにも高価すぎてこっちで一気に変換できないような価格であり、その代金のほとんどは公爵預かりとなっていて、売り上げのない時に少しずつ渡されて換金しているという感じだ。
もっとも、それでもかなりの高額なんだけどね。
つまり、向こうの世界でなら億万長者なのである。
もっとも、こっちの生活の方が便利なのと向こう世界のしがらみが面倒なのであっちで生活していきたいとは思っていないのだが……。
流石に茫然としてしまう妹君。
いや、わかるよ。
それにそれだけ僕の商品に惚れ込んでくれているのはうれしいよ。
でもね、残念だけど……。
そう思った時だった。
何か思いついたのか、妹君がグッと手を握り締めてこっちを見て言う。
「では、自分で作ればいいのですね」
えっ?!
ち、ちょっと待ってっ。
なんでそうなる?!
その言葉に、公爵は一瞬きょとんとしたが、すぐに笑い出した。
「なるほど。そう来たかっ」
そしてこっちを向いて笑って言う。
「どうだね、変わりものだろう?」
なんか楽しんでいる感じだ。
いや、待って、止めてくださいよ。
そう思ったが、その前に妹君は視線を公爵に向けて言う。
「いいでしょ?お兄様っ。私、この方の元で修行して自分だけの使い魔を作りたいと思います」
その言葉に、公爵は益々楽しそうに笑ってこっちに話を振る。
「だそうだよ。どうだね?」
その様子はもう完全に止める気はないという意思表示であった。
「い、いや、不味いですって。大体、ここで生活すると言っても、異世界ですよ」
その言葉に、妹君はまくしたてるように言う。
「大丈夫ですっ。異世界でも、すぐに元の世界に戻れますからっ」
いかん。なんとか断らなくてはっ。
そう思って、続けて言う。
「い、いや、ここには僕と犬しかいません。そんなところに女性一人は、不味いですよ」
「大丈夫です。私、腕っぷしは強いですし、私専属のメイドも連れてきます。彼女は凄腕の暗殺者なんですよ」
ちょっと待てっ。
それは物騒すぎないか?
下手したらこっちの命の危機だってばよ。
いや、勿論、下手するようなことはしませんけどね。
その後も色々と理由をつけてみるものも、全部論破されていく。
いや、止めてぇ……。
一人と二匹の犬のお気楽ライフがぁぁぁぁぁっ。
だが、こっちの意思は関係なく、結局押し切られてしまったのであった。
「よしよし。では我が妹を頼んだぞ」
そう言って笑った後、公爵が僕に囁く。
「心配しなくても、妹に手を出しても命は取らん」
そう言った後、ニタリと笑った。
「もっとも、責任は取ってもらうが……」
つまりは、下手をしたら僕を取り込もうということですかっ。
確かに、下手しなくても、下手しても公爵は損はしない。
それどころか、下手してくれた方がいいという状況なら、反対するはずもないのである。
くうぅぅぅぅっ。
わかった。わかりましたっ。
やってやろうじゃないか。
妹君が自分のオリジナルを作ったら終了でいいんですよね。
そう開き直ると、ふーと息を吐き出した。
「わかりました。やりましょう。ですが、今すぐというのは無理なので、来週再度お越しください」
部屋とかいろいろ準備しなければならないからだ。
「ふむ。その通りだな。こちらもいろいろ準備しておかなくてはいかんな。では来週、また訪れよう。いいな?」
「はい。お兄様っ」
公爵は満足そうに。
妹君は嬉しそうに言うと帰っていったのであった。
あぁぁぁーーーーっ。
くそぉぉぉぉぉぉーーーーーっ。
二人が帰った後、店を閉めると海岸で僕はそう叫ぶ。
なお、その様子を見て、犬たちが可哀そうなものでも見るような視線でこっちを見た後、ペロペロと舐めて慰めてくれたのだった。




