サバラエティ公爵
カップルの依頼を終わらせて二日後の午後。
その日も特別にお客さんが来ることもなく、のんびりと店内を掃除していた。
まぁ、普段は本を読んだり新作を作ったりしているんだが、その日は天気のよさもあって掃除していたりする。
そして、そう思った時は、大抵いつもの人が来る。
別に魔法や勘が鋭いわけではない。
経験から、そろそろ来るだろうと予想して掃除していたわけである。
別に汚くしているわけではない。
だが、どうせなら奇麗な方がいいだろう。
なんせ、向こうの世界で、自分のパトロンなんてやってくれている方が来るのだから。
そして、予想通りパトロンがやってきた。
玄関に取り付けてある魔法の鈴が鳴る。
そしてドアが開かれて二人の男が入ってきた。
一人は、パトロンであり、もう一人は執事だ。
パトロンの方は、年の頃は四十なるかならないかのイケメン中年といったところか。
シンプルながらも上品で落ち着いた服を着こなしている。
バント・リスタニア・サバラエティ公爵。
サバラエティ公爵家の当主であり、向こうの世界では、フルチターク王国で最上位に位置する貴族である。
その財力は王家に次ぐとまで言われており、その上、フルチターク王の親友であり奥様は国王の妹の一人だとか。
そりゃ、とんでもない権力持ってますわな。
ともかくだ。
そういったとんでもない人(正確に言うと、現公爵の父親からだが)が、祖父の代からパトロンとしてうちの店をバックアップしてくれている。
ありがたいことだ。
「やぁ、元気にしているかな?」
そんな友人に語るかのように声をかけられる。
「はい。おかげて様でボチボチやっております」
「ふむ。いい事だ。前回紹介したお客からもいい仕事だ。紹介してくれてありがとうと礼を言われたよ」
ご機嫌にそう言う公爵様。
やはり、あのカップルの恐らく男性側の家が公爵と懇意にしている、或いは懇意にしたいと思っている家なのだろう。
「いえいえ。自分は依頼を受け、それをきちんと実行したに過ぎません。お客様が喜んでいただけたのなら満足です」
その言葉に、公爵は笑った。
「相変わらず、君は君の祖父にそっくりだな。あの男もいつも似たようなことを言っていたぞ」
「そうなんですか。祖父は職人気質が高かったですからね」
「ああ。本当にその通りだな」
そんな話をしていると、公爵の後ろについてきた年の頃は60代ぐらいの白い髪と髭を生やした執事が苦笑して言う。
「旦那様、そろそろ……」
そう言われて、公爵は苦笑した。
「いかんな。君と話していると君の祖父と会話している気持になってしまってな」
「いえいえ。うれしい限りです。祖父がどれだけ大事にされていたかが感じられて」
「そうかそうか。いやはや、本当に君の祖父には世話になったよ」
そう言って話を続けようとしたら、執事の咳払いで我に返ったのだろう。
「いかんな。ここに来ると昔を思い出してしまって」
そう呟くように言うと、咳払いをして言う。
「では、契約書の方をいいかね?」
「はい。こちらですね」
用意していた書類を封筒に入れて手渡す。
中身の書類は、カップルの作品を作る際に書いてもらった契約書と受取書である。
封筒から、それらを出して目を通す。
「ふむ。問題ないな」
そう言うと公爵は書類を封筒に戻して、封筒を執事に手渡した。
「代価はいつも通り一週間後になるがいいかな?」
「はい。大丈夫ですよ」
そう。
パトロンが書類で代金を請求し、それをこっちに持ってきてくれるのである。
書類を渡して執事と話をしている伯爵を見て、ふと引き渡しの時に思った違和感を思い出す。
確か、蒼い小鳥に男性、紅い小鳥に女性が魔力を吹き込んだというのに、魔力を吹き込んでいない方の小鳥をそれぞれ肩に止まらせて帰っていた。
自分の使い魔なら、自分の肩に止まらせるだろうに。
どうも気になって、それを聞いてみる。
話を聞いた伯爵は、苦笑した。
そして、なぜそうしたのかの理由を説明してくれる。
「彼はね、家督を継ぐため、国境の砦に三年間赴任する事が決まっているんだ。だから、お互いの使い魔を交換したのさ。縁が途切れないように。相手が元気でいることがわかる様にってね」
そう言われて思い出す。
魔力を吹き込まれた使い魔は、魔力によって主人である者と繋がっていると。
そして、一番大きな魔晶石を選んだのは、半年近く魔力補充がなくても大丈夫なようにという事と、半年に一回は、待っている君の元に会いに戻るという彼の意思表示なのだろう。
「なんというか……ロマンチックですね」
思わずそう言うと、公爵はニタリと笑った。
「ほほう。君もそう思うかね?実はね、私もそう思ってね。妹に話したんだよ」
そう言った後、楽し気に言う。
「そしたら、妹が君の仕事に興味を持ってしまってね」
その言葉に、嫌な予感がした。
「えっと……、まさか……」
「そのまさかだよ。今度、妹を連れて来るから、よろしく頼むよ」
実に茶目っ気たっぷりにそう言われてしまったのである。
「こ、困ります」
そうは言ったものの、パトロンであり、いろいろ恩がある以上、強く拒否できない。
「いやはや、少し変わったところがある妹だが、大丈夫。心配しなくてもいいぞ」
そう言われて、結局、一週間後、代金を受け取る際に合う事を引き受ける事となってしまったのであった。




