二羽の鳥 製作六日目
翌々日の16時過ぎ。
いつもの常連のおじいさんも帰り、店内は静けさが支配する。
少し掃除でもしておくか。
そんな事を思って立ち上がった時だった。
カランカラン。
入り口に付けておいた鐘がなった。
「いらっしゃいませ」
そう言って視線を入り口に向ける。
そこには予想通りのお客がいた。
あのカップルである。
二人共結構荒い息をしている。
恐らくこの前と同じく走って来てくれたのだろう。
その期待に満ちた表情と荒い息が、とても微笑ましい。
要はそれだけ楽しみにしていたという事なのだ。
それを再度実感してうれしくなる。
男性が鞄の中から引渡書を取り出して渡そうとカウンタへに近づいてくる。
それを受け取ると笑って言う。
「大丈夫ですよ。まずは息を整えて」
そう言って御茶を二つ用意して二人に出した。
それを受け取ると、二人は息を整えてお茶を美味しそうに飲む。
飲みやすいように少しぬるめだったので、二人はお茶を飲んで落ち着いたのかふぅと息を吐き出している。
その間に、商品を用意しておく。
奇麗な小箱に収まった二羽の小鳥。
二人の視線は、それに引き寄せられるかのように向かう。
「こちらが完成品になります」
そう言って箱を二人の前に出すと、丁寧に一羽ずつ出す。
その二羽の小鳥を見て、二人は目を輝かせる。
「かわいいっ」
「すごいな……、これ……」
どうやら気に入ってくれたようだ。
二羽の小鳥の説明をしていく。
それを熱心に聞く二人。
ただその間も瞼を閉じるのを忘れてしまったかのように、視線は小鳥に向いていた。
説明を一通り終わると、受取書を取り出してサインを御願いする。
ここで現金の受け渡しはしない。
なんせ、単価が高いのだ。
魔術関係などの商品は特に。
それに、そうそう気軽に持ち運べる金額ではないし、そんな金額を持ち歩いていては物騒だ。
だから、代金は後日回収という形になる。
もちろん、やるのはパトロンだ。
契約書と受取書をパトロンに渡し、パイロンが代金回収。
そして、その八割がこっちに引き渡されるという流れである。
二割もとられるのかと思うかもしれないが、元々の金額が高いという事とお客のほとんどがパトロンの紹介で、さらにあっちの世界の金を渡されても困るだけなのだ。
もちろん、引き渡される代金も向こうのお金ではなく、貴金属や宝石という形で引き渡される。
それをこっちの世界の行きつけの業者に渡して現金化という形になっているのだ。
その形は、祖父がしっかりと作ってくれているので、自分は作る方に専念すればいい。
それにパトロンやこっちの世界の業者などの関係者は、祖父と長い付き合いのある人ばかりなので信頼できる。
商売っ気が皆無に近い自分としては、本当に助かっていると言える。
ありがたや、ありがたや。
そんな事を思っていると男性がサインが終わったのか、受取書とペンをこっちに返してくる。
それを見て確認する。
うん。間違いない。
書類とペンをなおすと二人に聞く。
「それで、ここで紐づけしていきますか?」
紐づけとは、魔力を注いで、ガレキに命を吹き込むことだ。
そして、一度魔力を吹き込まれるとそれ以降はそのガレキは吹き込んだ人物の使い魔となって、他人の魔力では魔力を補充できなくなってしまう。
だから、慎重に家で吹き込むという人もいるが、大抵はこの場で魔力を吹き込んで使い魔として連れて帰る人がほとんどだったりする。
「はい。こちらで紐づけしてよろしいでしょうか?」
男性がそう聞いてくるので笑顔で答える。
この紐づけという行為は、大好きなのだ。
ただの物であったものが、疑似とはいえガラスの目に光が宿り命を吹き込まれて動き出す。
それに自分の作品故に余計に満足感を感じさせるのだ。
だから喜んで頷く。
「ええ。構いませんよ」
その言葉を聞き、カップルの二人は嬉しそうだ。
そして、それぞれの小鳥を手に持って目を閉じた。
魔力とかそういったものはわからないはずなのに、二人の手に何やら力のようなものが集まっていくのが感じられる。
そして、手に集まった力のようなものがガレキの中に沁み込んていく。
段々と手に集まった分の力が小さくなっていく。
それは、それだけの魔力がガレキにしみこんでいく事でもある。
そして、ガラスだった目に、輝きが見え始める。
それは、生の輝きだ。
濡れた感じの輝きといったらいいだろうか。
ただのガラス玉だけでは出せない輝き。
それに合わせて、動かないはずのガレキの本体も変化が出始める。
ぶるり。
震える小さな身体。
そして、その震えは一回でおさまらず、何度か繰り返される。
ゆっくりと翼が拡げられ、そして手に集まった魔力がほとんどなくなった時には、もう彼らの手にあるのは、ただの物の塊であったガレキではない。
疑似的にとはいえ、生を受けた使い魔がそこにいた。
魔力をすべて受け入れると小鳥は身体の動きを確かめるかのようにいろんな部位を動かすと囀る。
うんうん。可愛いし、ちゃんと小鳥だ。
一気にほっとして肩から力が抜ける。
きちんとできなかったとしても、自分の責任は問われない。
そのはずなのだが、それでも心配なのだ。
自分の作ったものに責任を持つ。
それはプロとして当たり前だと思っている。
無責任な人物だけにはなりたくないし、祖父も自分の仕事には責任をもってやっている人だった。
そんな祖父を尊敬しており、自分もそうなりたいと常に思っているからなおさらだった。
二人は、使い魔としての生を受けた小鳥に歓声を上げる。
彼らにとって初めての使い魔なのだろう。
いくら魔術師の才能があるものは多いとはいえ、使い魔の媒体となるものは安くはない。
特に精密なものほど使い魔としての力は大きくなる傾向にある。
その結果、いい使い魔の媒体となるものは途轍もなく高くなってしまう傾向になるのだから仕方ないと言える。
なんせ、安い貧相な使い魔を使っていれば、その人物の能力を軽くみられるだけでなく、貴族ともなれば家の格式さえ関わってくるのだから。
一通り身体を動かし、問題ない事を確認したのだろう。
小鳥は羽ばたいて二人の周りを飛び始める。
その様子をカップルの二人は目を細めてみている。
そして、男性はこっちを見た。
「ありがとうございます。さすがサバラエティ公爵様のお薦めの方ですね」
そう言うと深々と頭を下げる。
それに続くように女性も頭を下げた。
「いえいえ。満足していただき、よかったです。こちらこそ、ありがとうございました」
そう言った後、頭を下げる。
そして、頭を上げた後、いつも言う言葉を言う。
「あと、末永くかわいがっていただければ幸いです」
それは、作った者としての思いだ。
「勿論です。な?」
「ええ。私達の絆の証だもの」
二人は互いを見て微笑んでいる。
うっ。羨ましくないやい。
一瞬そんな事を思ったが、グッと我慢をする。
「後、ご注文通り一番魔力蓄積の高い魔晶石で作ってはいますが、半年に一度くらいは最大まで魔力を注いであけでくださいね」
そうなのだ。
一度完全に魔力が空になってしまうと再び魔力を注いでも、それは蓄積されなくなってしまう。
そう、一度完全に魔力を失うと使い魔の仮の命は失われてしまうのだ。
「ええ。わかっています。その為に一番大きな魔晶石でお願いしたんですから」
男性はそう言うと女性を見る。
女性も男性の視線を受けると真剣な表情だった。
「ええ。そうね」
二人の意味深な言葉と余りにも真剣な表情、そして緊張した感じの雰囲気に言葉を失ったが、視線を降ろすと小鳥を入れていた箱が視線に入り、口を開いた。
「それはそうと、箱はどうしますか?」
その問いに、二人の間の雰囲気が柔らかなものになってこちらに視線を向けた。
「ああ、頂いていこうかな」
「わかりました」
紙袋に箱を入れて手渡す。
「今回は本当にありがとう。大満足ですよ」
「ええ。本当にうれしいです」
そう言って二人は笑うと肩に小鳥を乗せてお店を出ていった。
からんっ。
鐘が鳴り、ふーと息を吐き出す。
そして、二人の出ていった先を見てふと違和感が浮かんだ。
そう言えば、蒼い小鳥に男性が、赤い小鳥に女性が魔力を吹き込んだというのに、なんで吹き込んでいない方の小鳥を肩に乗せていたのだろうか。
普通なら、自分の使い魔なら、自分の肩に乗せるだろうに……。
そして、その疑問は、二日後に売り上げを回収しに来たパトロンであるサバラエティ公爵によって知ることになるのであった。




