第139話 〈配信コメント欄〉
颯が第8等級、金のダンジョンでラブボスの金流オウルディアと戦う様子を世界中の視聴者たちが見守っていた。
〈マジかよ。オウルディアってソロいけるの?〉
〈いや、これは颯が異常なだけな〉
〈普通は無理〉
〈うん。FWOはマルチプレイコンテンツだし〉
〈そん中でも金竜は難易度たかすぎ〉
〈避けても受けてもダメージ喰らう物理防御と魔法防御無視の攻撃に、あの飛翔速度。しかも戦闘開始して8割以上は空中にいるんだぜ? 攻略方法が見つかるまでにどれだけのFWOの上位ランカーがデスペナくらったことか…〉
元プレイヤーたちにとって悪魔のような存在。
ゲームで金竜オウルディアが実装された当初は強すぎて、世界中のFWO上位プレイヤーが掲示板で『どうやって攻略すればいいんだよ!? 調整ミスってんじゃねーの?』などと悪態を吐くほどの強敵。
実装されてから攻略されるまでに1か月以上かかったボスモンスターだった。
そんな金竜に颯はひとりで挑む。
「やば。きっつ」
余裕はなさそうに見える。
〈そりゃそうだろ〉
〈4パーティーで挑戦できるボスやぞ〉
〈体力減るっつってもソロは絶対無理〉
〈てかこの子、リアルで何してんの〉
〈それな。こんなん自殺行為だろ〉
〈普通はね〉
〈うん、普通はね〉
〈颯君は普通じゃないから大丈夫!〉
解説する余裕がない颯を見ても、視聴者たちは彼を信じている。
「……仕方ない。アレをやりますか」
〈アレって?〉
〈四刀流奥義の出番だろ〉
〈まだ使ってないもんな!〉
〈朧かな? それとも奏かな?〉
〈奏はダメージソースじゃない〉
〈朧も防御用では?〉
〈絶対防御張って敵に突っ込めばいい〉
〈敵に突っ込むのにマニピュレータ使うんだよ〉
朧はマニピュレータを最大速度で稼働させる必要がある奥義であり、それを使用時は移動にマニピュレータを利用できなくなる。
〈じゃあ最後のひとつだ〉
〈最初のひとつ目ともいう〉
〈アレか!〉
〈え、なになに?〉
〈奥義ってまだあるの?〉
〈昔のハヤテの配信見てない人は知らんか〉
〈アレの名づけ親って確か──〉
ピコーンと軽快な音が響く。
高額の投げ銭がされた合図だ。
赤文字のコメントに視聴者たちの注目が集まる。
〈颯、今こそ私が名付けてあげた奥義、"颯"を使う時よ!!〉
それは東雲玲奈が、レーナというアカウントで書き込んだコメント。
〈レーナが名づけたんだ〉
〈当時めっちゃ長文で『颯』の意味を解説してた〉
〈その熱量と、それっぽかったから〉
〈半ば俺らが押し切られたんよな〉
〈玲奈お嬢様なにしてんのwww〉
〈後でコメント欄を見たハヤテが技名を“颯”にするって配信で言った時、きっと大喜びしてたんだろうな〉
〈めっちゃ分かるww〉
〈想像に難くない〉
〈推しにそう言ってもらえたら誰でも喜ぶだろ〉
〈おい! そろそろくるぞ〉
〈覚悟決めた顔してらっしゃる〉
〈これで削り切れなかったら泥仕合決定〉
〈"颯"って敵を仕留める率低いんだよなぁ〉
「いくぞ」
颯がオウルディアに向かって突撃した。
〈え、正面から!?〉
〈颯は正面からじゃないとダメなんよ〉
〈敵の勢いも使うから〉
オウルディアと激突しそうになる。
「ステップメーカー!」
〈うおっ、避けた〉
〈すげぇ〉
〈タイミング神すぎ〉
〈俺は少し早くねって思った〉
〈それだったら死んでたな〉
颯が回転攻撃に入る。
「四刀流奥義 ”颯”!!」
オウルディアの頭部から首裏、背中、尻尾へと回転しながら切り込んでいく。
〈やっばぁ〉
〈相変わらず人間辞めてんな〉
〈体幹どうなってんの〉
〈これ他のゲームで似たのやったことある〉
〈俺もあるぞ〉
〈でもこれ現実だからね〉
〈颯ヤバすぎ〉
大ダメージを喰らい、オウルディアは飛翔の勢いのまま壁に激突する。
〈……やっぱダメか〉
〈え? 攻撃は決まったよな〉
〈ダメって何が?〉
〈"颯"は敵の全身を攻撃するからダメージソースにはなる。でもそんだけなんだよ〉
〈コアには届かないからなぁ〉
〈残念、泥仕合確定です!〉
「さぁ。どっちがこのフロアの覇者になるか決めよーぜ!」
〈颯も諦めてないな〉
〈次に突進来たらヤバいぞ〉
〈完璧に避けるしかない〉
〈金竜相手だとキツそー〉
〈でも颯なら〉
〈あぁ。ハヤテならやってくれる!〉
オウルディアが最期の力でボス部屋上空まで飛び上がり、超高速で飛翔してくる。
〈あの速度なら避けるだけで自滅するだろ〉
〈確かに。避けるのもあり〉
〈よかった。泥仕合にはならない〉
〈でもさぁ、それって……〉
〈こんだけアツい戦いした〆に相応しくなくね?〉
そう感じているのは颯も同じ。
「かかってこいやぁぁ!」
右のマニピュレータを超高速で稼働させ始めた。
右側だけに絶対防御領域が展開される。
〈避ける気はなさそうだな〉
〈あれを受けるつもりなんだ!〉
〈でもなんで片側だけ?〉
〈半分朧だ。ハーフ朧!〉
〈左側は壊れちゃった?〉
〈いや、違う。たぶんこれは──〉
金竜オウルディアが颯の元に到達した。
敵の頭部から生じる衝撃波を右側半分に展開した朧で受け流しつつ、左側のマニピュレータを超精密にコントロールする。
すれ違う時間はわずか0.2秒。
直撃を避けただけでも十分な速度である。
しかし颯はその瞬間に反撃もしていた。
コアが破壊された音が響き、ダンジョン踏破の証が表示される。




