表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

ウェンティ・A・ロットランド

延長、縮退、膨張、整形、魂の外郭を整えられ、西宮として生きていた魂の形が変質して行く。

引き伸ばされた光の無限流の中で、私はこれから私が宿る器の情報と、その世界の概要らしいものを魂に送り込まれていた。



これより降り立つは救済官アリエルの管轄する唯一大陸世界、名を『ノスタージア』。

魔法と呼ばれる現実世界には無い世界法則が存在し、人々は魔法と科学の二つと上手く同衾しながら緩やかな発展の中に生きている。そんな世界。

私はその中の一国、『魔道国家ローズモンド』の辺境の村に住む少年、ウェンティ・ロットランドとして生を受けるらしい。


こうして私と言う自我を残しながら別の存在に変わっていく瞬間を知覚すると言うのは、もう奇妙を通り越して若干怖いの領分である。

肉体が私を形作る訳ではないと理解した時点で既に恐ろしい気持ちになっていたわけだが、更に自在に魂を作り替えられる体験までするとは思っていなかった。もうここまで来ると、一体何が私と言う存在を作っている物なのか分からなくなってくる。


それにこうして情報を叩き付けられてみると、西宮として日本に生きていた時の事が不意に思い出され、何となく懐かしい気分になる。過程は違えど、西宮だった頃の私も20何年と時間を掛けて地球の文明やらを理解していったわけだ。自分の事しか見ていなかった幼少から、少しずつ、年輪のように視界を広げて、ようやく自分の住む地域の事を知る。


生きるとは知る事。結局基礎知識らしいものこそ教わったが、自分の降り立つ地域や世界の詳細な話は全く教えてもらえなかった。後は自分で見聞しろ、と言う事らしい。



魂の外郭が遂に完成し、光と暗黒が退いていく。

ウェンティ・ロットランドとしての初めての視界が、今広がっていく——————-








-------------------------








「………んがっ……」



ゴツンと、何かが頭に飛来した衝撃で、俺は目を覚ました。

ざわざわと木の葉を揺らしながら吹き抜ける風が起きたばかりの俺を歓迎し、心地良い緑に満ちた匂いを運んできてくれる。

布地を突き抜けた雑草が肌をくすぐり、凭れかかっていたゴツゴツの木肌のせいで背中が少し凹んでしまっている。


「……ここは…………」


そこは小高い丘に立つ、一本樹の根本だった。どうやら俺はそこで静かに眠りこけ、穏やかな昼寝と洒落込んでいたようだ。

コロコロと転がってきた赤い果実が体に寄り添う。どうやら落ちてきたのはリンゴだったらしい。


不意にリンゴをヒョイと持ち上げてみる。よく見ると、それは鏡面の様に磨き上げられていて、なにやら人為的な雰囲気を持っている様に見える。……ん、誰だこの美少年は……………




「………って、ンおお俺ッ!!?」



ペタンと頰を手で触る。リンゴに映る少年も同様に、頬に手を添えていた。

シュッとしていて無駄が無い輪郭、大きくて溢れそうな翡翠の瞳。一本一本が輝いているブランドの髪はアニメ的な造形を築き、後ろ髪は三つ編みに結われている。


総じて、絵画の様な造詣的美しさを秘める美少年。あるいは、近代アニメ的画調における美少年に、それは程近い。



「こ、これが……新しい俺の姿……」


「か、か、かっ………カッコ良いと可愛いをッ!!絶妙なラインで抑えているッッ!!!幼年より少し大人びた、でも青年と言うには可愛すぎるライン!!丁度中学生に入る頃くらいの発達途中の身体が描く緩いラインが愛らしさを助長する!!」



「すげえぇえーーーーーッッッ!!!!まさに理想の、完全完璧最強の身体だ!!!!俺はカースト最上位に立ったんだァアーーーーーー!!!!!」



心の奥からリビドーが溢れ出す実感!絶対的な人生に於ける強者となった確信!あまりにも最高すぎる美少年としての造形!!

完全。完璧。最強。まさにその三句を一言一句違えぬ、黄金の肉体を、いま俺は宿したのだ!



「ふへへ、ふひひ……最高だ……この身体でこれからの人生を謳歌できるのだと思うと……ふひひひひ…………」



残念ながら魂までは完璧にならなかったらしい。相変わらず薄汚いこの精神が美しい肉体に宿った事だけ申し訳なく思う。


ひとしきりリンゴ鏡で己の肉体を鑑賞した後、そろそろ自分の降り立っているこの世界の事が知りたくなった。

りんごをポイと地面に投げ置いて立ち上がり、丘から辺りを一望する。



「……すげぇ……ほんとに何も無い……話に聞く昔の景色だ……」



辺りを見渡してすぐに気付く。周囲は未開拓の森々によって囲まれていて、川の程近い所には集落らしいものが建っている。盤の様になっている田んぼや一面に広がる草原、辺りを歩いている石人形(ゴーレム)空を飛んでいる弱性飛竜(ワイバーン)達……



………いや、いや、そんな突然“らしいもの“が映るか!?なんか日常の風景に余りにも溶け込みすぎてないか!?何も無いって言葉を真っ向からぶっ壊すのはやめてくれよ!

なんか皆さんご存知みたいな感じでそこら辺を見た事ない奴らが闊歩してるけど、これ大丈夫だよな!?これが多分普通の景色なんだよな!?



「……ふふん、ビックリした?お寝坊さん。ここが私の箱庭、『ノスタージア』だよ」



木々のざわめく音が一層強くなって、短い草花が揺れる。後ろからトンと弾ける様な綺麗な声色が聴こえて、澄んだ丘の景色に浸透していく。

俺はパッと後ろを振り返って、木陰に立つ一人の女の子を目に映す。


僅かに隆起する胸部の双丘。スッと引き締まっている華奢な腰部から連続する、ぽんと弾けたお尻が印象的だ。パッチワークの目立つ少し汚れた衣装……それすらファッションの一つに見えてしまうほど端正な顔立ち。瞳はプラチナやパールの様な、白い美しさ、を……



「…………お、お前、アリエル‥‥様!?」



驚嘆、何だこの美少女はと思った矢先に現れたのは、あの楽園で邂逅した救済官、アリエルだった。



「シー、声が大きいですよウェンティさん!近くに人が居たらどうするんですか!」


「いや居たってその……つ、着いてきたのか??」


「……着いてきたって言うか……」



後ろで目を組みながら、彼女は視線を落とす。そして少し恥ずかしげにこう呟くだろう。



「……最後に仰ってたじゃないですか?“可愛い幼馴染もセットで“って……」


「………なっ……」



た、確かに言った。ラーメンを頼んだ後に追加注文で餃子を頼むくらいのノリで最後に付け足した。だがまさか、存在国宝レベルのアリエル(美少女)が着いてくるとは夢にも思わなかった!



「き、救済官としての仕事はしなくて良いのか?他にも俺みたいな奴を招かないといけなかったりするんだろ?」


「流石に分身ですよ!公務の方はちゃんと問題無くできます!それに…」


「たまにこう言う形で、転生者の方の周辺サポートを行う事はあるんです。時には召喚獣、時には師匠や親、時には旅路のパートナーとして、バレない様に生活を随行支援するんです」


「……バリバリ正体バレてるけど、それは問題無いのか?」


「まぁ今回は私があんまり隠す気無いですし……それに仰っていた『超可愛い』の定義が不明瞭だったので、直近でその……可愛いと言ったことのある容姿……つまり私の見た目を殆どそのままに……」



ぐっ……い、いじらしい……いじらしすぎるッ……惚れてしまうッ……長いハーレム生活が待っているのに、このままじゃ一途な男になってしまうッ……!!



「……いや、なんというか、アリエル様のその見た目だと……変な奴に襲われたりしちゃいそうで。前世だと可愛い子はそう言う苦労とか心配をしないと行けなかったらしいし」


「んぁッ…!」



俺には無縁の話だがな。そう心の中で毒付いて、続ける。



「でもありがとう、アリエル様が着いてきてくれるなら、これからの生活も全然心配いらないな。これからよろしくお願いします」


「ひぃぃいぃ………!!」



肝心のアリエル様はと言うと、相槌の様に素っ頓狂な声を上げながらいかにも恥ずかしいと言った感じの表情をしている。前世の頃の俺がこんな事言ったら“ひぃぃいい……“って言われながら距離を取られて、陰口の的にされていた事だろう。



あぁ!ルックス最強 is LOVE!やはり見た目は個人の印象を大きく左右する最もなポイントよなぁ〜〜!



実のところ、この盛大なる美貌を持ってカースト上位めの連中をごぼう抜きしたいだとか、醜かった頃の哀れな自分を慰める為の復讐だとか、そう言う魂胆は今全く無い。

ただこの十全たる肉体を思うままに!最高に!最強に!ハッピーに扱いたい!辛い事も暗い事も何も考えないでイケメンライフしたい!

そう言う正のエネルギーが体を満たし、今躍動させているわけだ。今の俺の前に昔の俺が居たら全然いじめるし、嘲笑するね。フハハ、俺は本来なら良いやつでもなんでもない凡骨一般人枠なのだよ。



「……あっ、でもウェンティさん!人前で『アリエル様』って言うのだけはやめてください……」



愉悦で満ちた心にアリエルの言葉が割り込んできて、不意に意識が現実に戻ってくる。



「ん……なんでだ?」



「この世界にある宗教の問題です。『アレィエル教』と呼ばれる一神教がこの世界に於ける一強派閥で、その宗教は私を創造主として信奉してるんですよ」


「一部の人の前で私を指して『アリエル様』と呼ぶと、もしかしたら怒ってしまうかもしれません……それに、実のところ、このアレィエル教は私が制御できてなくて……」


「制御できてない……?」


「ご存知の通り、私の真名は『アリエル』なのですが、ちょっと景気良く勢いづいて彼らに名乗ったら『アレィエル』と聞こえていたらしく……」


「いわゆる信仰エネルギーが私に来ない状況なんです。一応何とか頑張って“あるいはアリエル“って教えたんですが、真名の方が表記ブレ扱いで……」



この子、もしかして凄まじいポンコツなのか?もしかしたら中身の精神年齢が見た目と殆どイコールみたいな感じなのか?

と言うかその問題、割と深刻な気がするんだが、なぜ問題として大成するまで放っておいてしまったんだろうか。やっぱりホントにポンコツなのだろうか。



「……分かった。じゃあ何て呼べばいい?」



少し申し訳なさげな彼女の所作を受け取って、俺は改めて本題に話を戻す。



「えっと確か……()()()()、ソフィア・ラズラスタです」


「そっか。じゃあソフィア、これから色々頼りにしてるぜ」


「!……はい、任せてください。完璧な随行支援をお見せ致しましょう!」


「……完璧な随行支援ってこう、仰々しいな」







こうして俺の、あるいは俺達の第二の人生が始まった。

西宮誠二郎はウェンティ・ロットランドとして。

そしてアリエル様は、ソフィア・ラズラスタとして。



珍妙な奇怪な異世界転生。そんな山あり谷ありなほのぼのライフの幕が、今、上がった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ