5. 我が家はお屋敷でした?
父さんたちが出かけてからどのくらい経ったのだろう。一時間ぐらい、いや、差し込んできている日の向きからするともっと経っているかもしれない。まだ夕方とまではいかないものの、先程見た時より明らかに日が大きく傾いている。
というか、俺、父さんたちが行ったあと何してたんだんだっけ。内容までは覚えていないけど、母さんとレオンがベッドに座って他愛もない話をしているのを母さんに抱かれたまま眺めていて——
そんなことを考えながらふと見上げた天井に、俺は違和感を感じた。天井と俺との間の距離感がやけに遠い。ベッドから見た時はもう少し近かったような気がするんだけどな。
「むにゃむにゃ、ナイト、ほら、ママがいるから泣かなくても大丈夫よ?」
突然俺の耳元で何やら囁くような声が聞こえてきた。まあ声色や呟いている内容からして、一人しかいなそうではあるけど、俺は一応声のしたほうへと目を向けてみることにする。
すると、そこにはやはりすやすやと気持ちよさそうに眠っている母さんの姿があった。多分寝言からして俺をあやしている夢でも見ているのだろう。母さんの奥にはレオンも寝ているようだ。
ということは、なるほど。時間がかなり経っていて、天井がいつもより遠く感じたのはそういうことか。どうやら母さんを真ん中にして右側に俺、左側にレオンというように床の毛布の上に三人で川の字になって昼寝をしていたらしい。
俺だけ起きちゃったけど、どうしようこれ。このままにしておいてもいいのか、それとも起こした方がいいのか……。
悩んだ末に、俺は母さんだけでも起こすことにした。
起こすことにしたのはいいけど、どうやって起こそうかな。うーん、あ、これはどうだろう?
俺はふとある方法を思い立ち、それを決行することにした。まだ動けないし、喋れないから、俺ができる起こし方はこれぐらいしかなさそうだ。
勝手に、は出てくれそうにないので頭で考えてやってみることにする。まず、できるだけたくさん息を吸い込み、空気をお腹に溜める。そしてそれを口を開けて大きな声を出しながら一気に吐き出して……。
「ふぎゃぁああ! おぎゃあああ!」
大きな鳴き声が部屋中に響き渡る。むろん俺の泣き声、正確には泣き真似の声だ。泣き真似をしたのは初めてだったけど、それにしてはうまく泣けたのではないだろうか?
これで母さんも起きてくれるはず。赤ちゃん、ましてや自分の子供の泣いている声だったら親って結構敏感なんじゃないのだろうか。
「むにゃ、ナイト、って、はっ! 横になるだけのつもりだったのにそのまま私まで……」
「なーに、どうしたの?」
「レオン君まで起こしちゃったわね。ごめんね、せっかくお昼寝してたのに」
「ううん。へーき!」
母さんはすぐに俺の泣き声に気がついてくれた。レオンまで起こしてしまったのは申し訳なかったけど、泣き真似作戦とたった今名付けたばかりのこの作戦は無事うまくいったようだ。
どうやら俺たちを寝かしつけようとしていて、母さん自身も寝落ちしてしまっていたらしい。昨日から少なくとも俺が起きている時はずっと俺につきっきりだったから、母さんも疲れているのだろう。自分で何もできないうちはどうしようもないけど、なるべく父さんや母さんに負担をかけすぎないようにしないとな。
「あら、もう外がだいぶ暗くなってきてるわね。もうそろそろ帰ってくる頃かもしれないわ」
窓の外を見ながら母さんがそう言った。もうそろそろ帰ってくる頃かもしれない、というのは父さんたちのことを指しているのだろう。出かけていた父さんたちがもう帰ってくるということは、やっぱりあれから結構長い時間が経っていたみたいだ。
さらに、続けざまに母さんは俺たちに向かってこんな提案をしてくる。
「そうだ、ナイト、レオンくん。パパたちのお迎え、行かない?」
「いく!」
「あぅぶ!」
レオンは迷うことなく元気よく返事をする。俺も行きたかったからよかったけど、レオンの即答につられて思わず勢いで答えてしまった。
「ふふ、二人とも息ぴったり。じゃあ決まりね。外に出て、帰ってくるのを待ってましょうか」
赤ん坊の反応は基本泣く以外だと肯定的に捉えられるみたいだ。泣く以外に他に否定的な意味になりそうな反応……あ、ぐずる、もあるな。やることがない可能性もあるけど、もしどこかで機会があったら試しにやってみようかな?
「ナイトを抱っこして、っと。はい、レオンくんも」
母さん右は手で俺を抱え上げ、左手でドアを開けてからレオンと手を繋ぐ。
「外に出たらたくさん人がいるかもしれないから、はぐれないようにね? あ、でも、そうね……レオンくんはフェルのことを見つけたらフェルのところに行ってもいいわよ。私たちの方に付き合ってもらってたら時間がかかっちゃうかもしれないし」
「ぱぱ、みつける!」
そんなこんなで俺たち三人は部屋から出た。俺にとって初めての外だ。外と言っても、まだ部屋から出るだけで家から出るわけじゃないとは思うけど……。
「あう?!!!」
扉の向こう側に広がっていた光景に、俺は思わず声を出さずにはいられなかった。
壁や天井をはじめとしたあらゆるものが木材からなるとてつもなく広い空間。中央を吹き抜けとして赤い絨毯の敷かれた廊下が壁伝いにぐるりと一周、さっきまでいた部屋と同じ形状のドアが廊下に隣接するようにいくつかある。さらに、中央の吹き抜けスペースには大きな一階へと降りるための階段が俺から見て右上から左下に横切っている。
え、我が家、豪華すぎじゃない? 俺の家はまさかのお屋敷だったようだ。いや、もし万が一お屋敷じゃなかったとしても、少なくとも普通の家ということはないだろう。
「レオンくん、足元気を付けてね」
「うん!」
ただでさえ広いのに二階建てって、本当に立派だな。さっきから見ていた階段をゆっくりと下っていくと、今度はさっきまでのと少し異なる大きめのドアが階段からすぐのところにある。多分ここがこの家の玄関なのだろう。
母さんは部屋から出た時と同様にレオンと繋いでいた方の手を一旦離し、玄関だと思われるドアを押し開ける。
外はどんな感じなのだろう? 家の中だけでこんなに凄いのなら、外も凄いんじゃないかな? 外の様子が気になる気持ちが抑えきれない。早く見てみたい。