4. 話しておきたいこと
「さてと、そっちもひと段落付いたようだし、そろそろ話してもよさそうだな」
ちょうど俺とレオンが抱っこやなんやでじゃれあっているのが終わったタイミング。終わるのを待っていたようで、父さんがベッドの方に歩いてきながら話をし始める。
ここに来た時もレオンやフェルを連れてきた以外に何か話したいことがあるって父さん言ってたもんな。話したいことって一体何なのだろう? わざわざそれを用事としてここに向かっていたぐらいだから大事なことであるとは思うんだけど……。
「そういえば話したいことがあるって言ってたわね。一体何なの? 話したいことって」
母さんが俺を抱え直しながら、父さんの方へと顔を向ける。
近くで話を聞くためなのか、フェルもさっきまで立っていた位置から一、二歩前に出ているみたいだ。
「明日のパーティーのことなんだが」
「明日の、パーティー? あ、ナイトの誕生パーテイ―のことね」
「あぁ。フェル、お前も一緒に聞いておいてくれるか、ってもう聞いてくれてるみたいだな。とりあえず、この後お前にも他の奴らと一緒について来てもらうことになると思うから」
「かしこまりまりました。一緒について来てもらう、ということは今日いつものを?」
「そういうことだ」
どんどん話が進んでいっているけど、俺だけ全くついて行けていない気がする。とりあえず、明日俺の誕生パーティーが開催される、ということだけは分かった。一歳からしかやらないものだと思ってたけど、生まれたばかりでも誕生パーティーをやることなんてあるんだな。
また前世の記憶にはなるが、弟が生まれた時時、多分俺の時もやったんだろうけど、すぐに何かお祝い行事をやったような気がする。この誕生パーティーがはそれと同じ感じなのだろうか? まあ、やっているお祝いの方法が全然違うわけだし、これも昨日すぐに目の前のものの形や色が認識できるようになったように前世の情報が全く通用しない類いのことなのかもしれないけど……。
「いつもの?」
そうそう。代わりに母さんが聞いてくれたけど、俺も疑問に思っていたことだ。父さんとフェルの間ではいつもので認識が一致しているようだが、俺はもちろん母さんも何のことを指しているのか分かっていなかったらしい。
「メインデッシュの調達のことだ。毎回何かしらパーティーがある度に俺らで行ってただろ?」
「えっと、あ、あれのことね、思い出したわ。でも、いつもは当日じゃなかった?」
「当日だとどうしてもバタバタするんだよな。だから今回は前日に行ってみてもいいんじゃないかと思って」
「なるほどね」
いや、やっぱり置いていかれているのは俺だけだったようだ。レオンももしかしたら俺と同じ側かもしれないけど、分かっている可能性も全然あるんだよな。
メインディッシュの調達──多分メインディッシュというのは、パーティーの目玉になる料理のことだと思う。
あとはさっき父さんが他の奴らと一緒について来てもらって行く、みたいなことを言ってたよね。ついて行く人数にもよるだろうけど、メインデッシュとはいえ、食糧調達でそんなに人が必要なことなんてあるのだろうか?
「でもなあ、いつ行くにせよ、〇歳の時の誕生パーティーのメインデッシュって主役が食えないから全く意味がない気がするんだよな。正直なくてもいいんじゃないか、って」
「そう? そんなことはないと思うけど。やっぱりあれがあった方がいつもより特別って感じがするし」
「まあ確かにな」
「それにナイトも食べられなくたって気になるわよね?」
唐突に母さんが俺にそう聞いてきた。
急にそんなことを言われても……。でも、メインデッシュがどんなものなのか、どんな風に食糧調達するのかは気になるのは気になるんだよな。俺が返事をしなかったり、変な返事をしたせいで調達がなくなったりしないように、とりあえずいい感じに返事をしておくか。
「ぷぁーあ!」
こんな感じだったら多分肯定的な意味で受け取ってもらえるはず。
「ね、ナイトも楽しみにしてるって」
「ナイトが楽しみにしてくれているならやるしかなさそうだな。じゃあ、そうと決まったら早速声をかけて回って。今からだったら、三十分もあれば準備もできるか。よし、フェ——」
父さんが先程と同様に後ろにいたフェルの方を振り返り、名前を呼ぼうとする。
多分、この後フェルも一緒に行くから、そのための何かを話そうとしていたんだろうと思う。
「あ、あなた、ちょっと待って。フェルに一つ提案なんだけど……」
そこに母さんが割って入った。母さんもフェルに何か言いたいことがあるようだ。
「な、何でしょうか、ジェナス様」
「今からのってもちろんあなたも一緒に行くのよね?」
「はい、そのつもりにしています」
母さんに突然名前を呼ばれ、一瞬びくっとしたフェルだったがすぐに冷静になり会話を続ける。さっきから父さんもフェルにはついて来てもらう的なことを何度か話に出してなかったっけ。なんでわざわざもう一度フェルにそんなことを尋ねたのだろう?
「あなたが行っている間、レオンくん一人ぼっちになっちゃわない?」
「え、まあ、はい……」
「でしょ。だから、その間あなたが帰ってくるまでレオンくんのことを私が預かっておくのはどうかしら、って思ったんだけど」
なるほど、母さんはフェルが留守にしている間のレオンを預かる提案をしたかったようだ。
家にフェルがいなかったらレオンが一人になるってことは、二人で一緒に住んでるのか。って、あれ、レオンの両親はどこにいるのだろう? まだこんなに小さいのにおじいちゃんと二人って……。
レオンの話題が出て、ふとレオンは何をしているのだろうと俺はそちらの方に目をやる。レオンは話の内容が気になるのか母さんの隣に座って、話を聞きながら大人三人の顔を交互に見ていた。しかし、ふと何かを思い立ったのかベッドから降り、フェルの下へと駆け寄る。
「ぱぱ? なーに?」
なーに? は多分俺も予想した通り話の内容が気になっていて、何の話しているの? と聞こうとしたのがそうなったんだと思う。
え、じゃなくて、パパ?! 今、レオン、フェルのことをパパって呼んだよね?
あまりに意外なこと過ぎて俺は驚きを隠せない。なんとフェルとレオンは祖父と孫じゃなくて親子だったのだ。
俺が衝撃の事実を知ったところで、フェルは何故かレオンが駆け寄ってきたことにはあまり反応を示さないまま、フェルと母さんの会話が再開される。
「そんな、毎度のことなのでレオンも留守番するのは慣れていますし、ジェナス様にお任せするのも何だか申し訳なく……」
「私のことは心配しなくていいのよ。それに留守番に慣れてるって、レオンくん確かまだ二歳だったわよね?」
「そ、そうですが……」
フェルはレオンを預けることをかなり渋っているように見える。
「もう、そうですが、じゃなくて。それにほら、レオンくんナイトとも年が近いからいっぱい一緒に過ごして仲良くなってくれた方が嬉しいでしょ?」
「ジェナス様がそこまでおっしゃられるなら……」
「フェル……あんまり考えすぎずにもっと普通にレオンくんに構ってあげていいのよ? 今もレオンくん、とっても寂しそうにあなたが返事してくれるのを待ってるわ」
レオンはぎゅっとフェルの着ている上着の袖を握りしめたまま小さく声を出した。
「だいじょうぶ?」
「そ、そうですよね。レオン、ごめんね……」
という訳で父さんやフェルたちがいない間、レオンは母さんが預かっておくになった。
なぜフェルはレオンを預けることや構うことを渋っているのだろう? 母さんが言っていた考えすぎなくていいというのが何か関係するのかな。もっと積極的に構ってあげたらレオンも喜んでくれそうなのに……。
「ごほん。えー、もうそろそろいいか?」
父さんがわざとらしく咳払いをする。母さんとフェル、あとレオンも? の会話が盛り上がってしまったので、会話の輪の中に戻る隙が見いだせずにいたのだろう。
「ごめんなさい、思いのほか時間を取っちゃったわね」
「ま、そんな急ぐようなことじゃないし、これぐらいなら問題ないだろ。よし、フェル、他の奴らにも二人で声かけて回って、俺らも準備に取り掛かるとするか。まあ、準備って言ってもあんまり何も大してやっていないんだが」
「言われてみれば確かにそうですね。三十分後にいつもの場所で大丈夫ですか?」
「あぁ。じゃあ、ジェナス、ナイト、あとレオンも、パパたち行ってくるな」
「ぱぱ、いってらっしゃい!」
「行ってらっしゃい。気をつけてね。いい獲物を持って帰って来てくれるの期待してるわよ?」
「分かってる。言われなくてもいい獲物を仕留めてくるつもりだ」
「では行ってまいります。レオンをよろしくお願いします、ジェナス様」
それぞれ父さんはこちらに向かって右手を挙げ、フェルはこちらにぺこりと頭を下げて二人は一緒に部屋を後にした。