◆4
金曜日、風邪を引いた。起きた瞬間、仕事に行くのは無理だと思って職場に連絡を入れて、しんにもラインした。体温は38度を超えていた。しんどい。ゆいに伝えるかどうか悩んだが、ただの風邪だし、今日で治せば問題ないと思って連絡をするのはやめた。寝てれば治る。そう信じて、俺は寝続けた。
ピンポーン
チャイムの音で目が冷めた。しんが気を遣って何か買ってきてくれたのかと思った。インターホンを見ると、ゆいがいた。びっくりしすぎて転ぶかと思った。家、教えてないのに。しんが教えたのかな。にしても急すぎる。幸い、部屋はそんなに散らかしてないから入れることは出来るが、一日中寝ていて俺の見た目が終わってる。どうしようか悩んだけど、いつまでも待たせるわけに行かないしインターホンにでた。
「えっと、ゆい、ちゃん?」
「あ、あの、仕事終わりしんちゃんにたまたま会って、熱出してるって聞いて、看病頼まれて。色々買ってきたので、入ってもいいですか?」
「ん、ありがとう」
俺はドアを開けて、ゆいを迎えた。居酒屋で会ったときは肩くらいまでの髪を内巻きで巻いていたが、今日は巻いていないのかまっすぐ下ろしていた。巻いているのも可愛かったけど、ストレートなのも可愛い。ぼーっとしながらそんなことを思った。というか、こんな状態の自分で会いたくなかった。今回ばかりはしんを少し呪った。
「ご飯とか食べられてないですよね?私雑炊作るので、寝て待っててください。」
ゆいはそう言ってこちらを見た。そういう訳にはいかないから、何か言おうとした時にゆいから背中を押された。
「寝室どっちですか?こっちですね」
ゆいは俺をベッドまで連れていき、布団をかけて、キッチンに向かった。俺はぼーっとしながら天井を見た。こんな状況で寝られるわけない。自分の家の天井なのに、なにか違う空間な気がした。
「入りますよ~」
どれくらい天井を見ていた頃だろうか。ゆいがそう言ってお盆を持って寝室に入ってきた。それとともに、生姜のいい香りがした。さっきまでと違い、ゆいは後ろで髪を括っていて、ぼーっとしたままゆいに見とれてしまった。
「あ、起きてたんですね。じゃあこれ食べて、お薬飲んで寝てください。明日のデートはやめてまた今度にしましょう。」
ゆいはベッド横のテーブルに雑炊を乗せたお盆を置いてそう言った。嫌だ、明日遊びに行きたい。そう思った。
「やだ、明日行きたい」
「だめ。治してからいこ?」
「やだ」
「じゃあご飯食べて、熱測って、下がってたら明日行こっか」
「ん。」
「熱下がってなかったら明日病院いこ?」
「病院はやだ」
俺は病院が苦手だった。特に理由はないけど、なんとなく雰囲気が。
「いただきます。」
ゆいが作ってくれた雑炊を食べ始めた。今まで食べた中で一番美味しかった。涙が出そうになった。
「おいしい」
「そっか、よかった」
ゆいはそう言って微笑んだ。今までで一番幸せな瞬間かもしれない。風邪で頭がぼーっとしていて、何を考えているのか自分でもあまり分かっていない。おいしくて、かわいくて、
「すきだ」
口に出してから脳みそが正常に戻った。やばい、いきなり口走ってしまった。急にこんな事言われたらゆいも困るだろう。しかもこんな時に。なんとか訂正しないと。雑炊を好きだと言ったことにしよう。慌ててゆいのほうを見て口を開こうとした。
「わたしも」
ゆいは照れたように、下を向いてそう言った。嬉しすぎて目の前が真っ白になった。えっと、なんて言おう。今までしてきた告白はちゃんと準備した上で考えてしていたのに、今は自然と口から溢れてしまった。この後どうしたらいいかわからない。どうしよう。
「わたしも、すき」
ゆいが次は俺の目を見てそう言った。情けないことに返す言葉が出て来ない。こんな中途半端な告白嫌だ。かっこつけて、何か言いたい。幸せにするとか、ずっと隣で支えたいとか、何かそれっぽいことを。
「あはは、ゆうくん顔真っ赤」
下を向いていた俺を覗き込みながらゆいが言った。言われて更に顔が熱くなった気がする。余裕を、なんとか余裕を取り戻したい。
「熱だから赤いだけです。」
「他になにか言うことはないんですか?」
「付き合ってほしい。」
「了解しました。」
ゆいはそう言って、ニコっと笑った。
それから俺は無言で雑炊を食べ続けた。本当に美味しい。食べれば食べるほど回復したのか、正常に思考できるようになって、思い出して更に恥ずかしくなった。我ながらダサすぎる。告白もプロポーズも、将来出来る子供に自慢できるようなロマンチックなものを。というのが俺のモットーだったのに。これじゃあダサすぎて絶対に子供に話せない。プロポーズは絶対に自慢できる素敵なものにしよう。
「ごちそうさまでした。本当に美味しかった。」
「お粗末様でした。どれくらい美味しかったですか?」
「すっごく美味しかったよ」
「涙目になりながら好きって言っちゃうくらい?」
「マジで恥ずかしいから忘れてほしい。ていうかやり直したい。」
「だめでーす。嬉しかったんだから。一生忘れないよ。」
薬を飲んで、熱を測った。熱は37.2度まで下がっていた。
「明日はダメそうですね。デートはまた今度にしましょうか」
「明日起きたら元気かも」
「じゃあ明日の朝起きてから決めましょうか。連絡待ってますね」
「泊まっていかないの?」
「泊まる。」
ゆいは少し恥ずかしそうに笑った。衝動的に誘っちゃったけど、俺風邪引いてるんだった。移しちゃったら情けないからやっぱり帰そうかと思ったけど、自分から提案したのに今更引っ込めるのもダサいし、ゆいも嬉しそうだったから移さないことを祈って泊めることにした。それからゆいは一度帰って、仕事関係のものを家においたり、お風呂入ったり、着替えを持ってきたりするといった。帰ってくるの待ってるって言ったけど、病人は寝てなさいと言われた。待ってるつもりだったが、ゆいに添い寝されて気がついたら寝ていた。
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